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第1話:ひまわり号と、カーテンの向こうの彼女(東京バナナの誘惑) (Day 1)

<ココロの日記>

6月5日。今日から、見知らぬ場所で暮らすことになった。

車の中。カーテンが閉まっているから、どこを走っているのかもわからない。

外の音はする。人や車の音。

怖い。でも、なぜか、少しだけ心臓がドキドキする。

このドキドキは、何だろう。


---


「はぁ〜、マジかよ……」


俺、ユウタは目の前の軽キャンピングカーを見上げて、深くため息をついた。


デカい。


いや、デカいのは俺の抱える問題の方か。


今日から始まる日本一周の旅。


その相棒となる『ひまわり号』と名付けたポンコツ軽キャンパーの車内は、まだ生活感のない無機質な空間だ。


出発する喜びよりも、正直、不安の方がでかかった。


「これで本当に、俺のSNS、バズるのかよ……」


今、俺のSNSは停滞期に入っていた。フォロワーは伸び悩み、「いいね」の数も頭打ち。


このままじゃ、ただの「過去の栄光」で終わっちまう。


俺の価値は、SNSの数字で決まる。


そう思い込んでる節があるのは、自分でもわかってる。


でも、止められないんだ。


完璧なVlogを作って、みんなに認められたい。その承認欲求が、俺を突き動かす唯一の原動力だった。


そんな時、突然、実家から電話がかかってきた。親戚のおばちゃんからだった。


『ユウタ君、悪いんだけどさ、ココロのこと、ちょっと見てあげられないかな?』


ココロ。俺の三つ下の従妹。俺は今20歳で、ココロは17歳だ。学年で言えば三つ下になる。


確か、引きこもりになって、もう何年になるんだっけか?


小学生の頃以来、ほとんど会ってない。


最後に会ったのは、まだ背が俺の肩くらいだった時だった気がする。


『もちろん、旅の費用はこっちで持つから! その代わり、ココロのこと、頼むね』


おばちゃんはそう言って、破格の旅費を提示してきた。


正直、渡りに船だった。この旅でSNSをバズらせて、一発逆転を狙う。そのための資金は喉から手が出るほど欲しかった。


もちろん、ココロを連れていくことに、旅の費用が浮くという打算もあった。


そして、ココロを連れていくなんて荒療治で、本当に彼女を救えるのかという責任感と、もし失敗したらどうしようという不安も同時に押し寄せた。


俺に、そんな大役が務まるのか?


約束の時間。おばちゃんに連れられてやってきたココロは、完全にフードを被り、顔を隠していた。


「ココロ、ユウタお兄ちゃんと一緒に、日本一周の旅に出かけるのよ」


おばちゃんの言葉に、ココロはわずかに身を震わせた。視線は足元に固定されたままだ。


「……行かない」


か細い声が、フードの奥から聞こえた。


当たり前だ。


いきなり、見知らぬ男と、見知らぬ車で日本一周なんて、引きこもりにとって拷問でしかないだろう。


「ココロ、大丈夫だから。俺、別に怪しいもんじゃねーから」


そう言うと、ココロは少しだけ顔を上げた。フードの隙間から覗く、大きな瞳。


その目は、警戒心と、微かな恐怖に満ちていた。


色白な肌に、少しだけ潤んだ唇。


パーカーのフードから覗く華奢な首筋が、なんだか放っておけないような危うさを醸し出している。


俺は思わず、目を奪われた。


「ほら、見てみろよ、この車。軽キャンパーだぜ? これで日本中を旅するんだ。すげーだろ?」


俺はなんとか場を和ませようと、ひまわり号を指差した。


だが、ココロはすぐに視線を逸らし、再び足元に目を落とした。


「……無理」


ダメ元で、俺は最終手段に出た。


「あのさ、ココロ。この旅、俺一人じゃできないんだ。お前がいないと、俺、困るんだよ」


これは半分は本音だ。ココロを連れていくことで、この旅は「引きこもりJKとVloggerの旅」という、明確なコンセプトを持つことになる。


そして、それはきっと、SNSで「映える」だろう。


ココロは、そこで初めて、じっと俺の顔を見た。


その表情は、まだ戸惑っていたが、少しだけ好奇心のようなものが混じっているように見えた。


「……困る?」


「ああ。俺、旅のVlog作ってるんだけどさ、一人だとどうしても絵が寂しいんだ。お前がいてくれたら、きっと、もっといい動画が撮れるんだ。俺、ココロの撮る写真、前から見てたんだ」


ココロの大きな瞳が、揺れた。


「……写真?」


「そう。お前、写真のセンス、あっただろ?だから、ちょっとだけ、俺に力を貸してくれないかな?」


俺はそう言って、手を差し出した。


数秒の沈黙の後、ココロはゆっくりと、震えるような手で、俺の指先に触れた。


その指先は、ひどく冷たかった。


そして、そのまま、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「……わかった」


か細い声で、ココロはそう言った。


「よし! じゃあ、行こうぜ、ココロ!」


俺は心の中でガッツポーズをした。


そして、ココロの小さな手を引き、ひまわり号のドアを開けた。


ココロは躊躇するように、ゆっくりと車内へと足を踏み入れた。


そして、出発。


ひまわり号は、エンジン音を響かせ、走り出した。


ココロは、すぐに後部座席の窓に備え付けられたカーテンを閉め切ってしまった。


外の光を完全に遮断し、自分だけの世界に閉じこもるように。


「……ま、最初はこんなもんだよな」


俺は運転席からバックミラー越しに、そのカーテンをちらりと見た。


今はまだ、閉ざされたままのカーテン。


でも、いつか、このカーテンが開く日が来ることを、俺は願わずにはいられなかった。


そして、その瞬間を、最高のVlogにしてやる。


俺のスマホは、もうすでに、この旅の物語を記録し始めていた。


---


<ユウタのVlog再生画面のコメント欄>

* え、いきなり軽キャンパー旅!?無謀すぎだろw

* ユウタくん、相変わらずフッ軽でうらやま!

* でも、誰か助手席にいる?気のせい?

* 運転中もスマホ構えるの、さすがVlogger!

* 旅の始まりってワクワクするよね!頑張れ!


---


<ココロのSNS(X)タイムライン>

※第1話時点では、まだ投稿を再開していないため、コメントは表示されません。


---


<ココロの心情>

外の世界の光は、私にはまだ眩しすぎる。ユウタは、私にとって、ただの「監視者」でしかない。この旅が、早く終わればいいのに、と静かに願った。


<次回予告>

ユウタ「なあ、ココロ。なんか、腹減んないか?」

ココロ「……」

ユウタ「東京バナナ、買ってきたんだけど、どうだ?」

ココロ「……東京バナナ?」


第2話:閉じられた世界と、届く「東京バナナ」の光!

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