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愚牢人  作者: ふくはおに
1/1

一に

魂の牢獄とは天国あるいは地獄と言われる場所である。


そこは肉体を失った魂達が集まった集合体そのものである。


魂の集合体故に個々の魂が経験してきたあらゆるものが共有される。


そのため訪れた魂は肉体の時に思い描いた様々な願いを共有された経験を下に再現することができる。その感覚はさながら全知全能の神のようなものである。


悲しみや苦しみもない理想を体験し続ける天国の状況は魂を快楽の感覚に麻痺させ、徐々に個という自我を奪ってゆく。


共有された経験というのは先に流れ着いた魂達の自我が溶けた成れの果てなのだ。


どんなに自我が強くても肉体のない魂は、魂の牢獄そのものよりは肥大化することはできない。

なぜならば、肥大化するということは共有された理想を取り込むということであり、牢獄よりも大きくなるということは牢獄が見ていた理想の外に出てしまうということにほかならないからだ。

つまり、牢獄より大きな魂を維持するには牢獄では経験することができない経験を求める新たな意思が必要だ。

それは魂として牢獄を彷徨い、理想という夢を見続ける内に個という自我を失い、牢獄の一部となったその先に生まれるものである。


意思の宿った魂が牢獄で最後にみる理想は悪夢であることが多い。理想を否定した結果から生まれた意思は、牢獄からすれば自身を否定した悪魔に過ぎないからである。 


意思は生まれると同時に物質の世界での肉体が生まれその肉体に意思が宿る。

肉体に宿った魂は魂の牢獄の無限の連環によってかつて個としての記憶は全て失っている。

だが、無意識下に魂の牢獄で生まれた意思が存在している為その意思決定の元に新たな生物として個を全うする。


肉体のある世界では、かつて魂の牢獄で経験した

他者の理想を取り込み自分の理想を体現する連鎖を本能的に実現することになる。

つまり、食物連鎖や弱肉強食といった概念は魂の牢獄と本質的には同じなのである。

ただ、牢獄と違って共有するというのは喰う喰われる、殺し殺されるということになる。


この連鎖の中で個を維持するには、連鎖の中で他者を必要以上に侵食することなく生きていく必要がある。それは理想を切り捨てていくことにほかならない。

そして、その生き方でも肉体の限界を迎えると魂はまた牢獄に還ることになるのである。

牢獄に還る魂は牢獄で見る理想で再び満たされ個の自我を失う。


このサイクルで個の意思を存続させるには2つの方法がある。1つは肉体のある内に自らの子を生み自身の理想を子に託すという方法。

この方法は完璧な意思を存続させることはできないが確実な方法である。


もう一つは魂の牢獄で自我を保ち続け次の肉体に宿る意思となる方法である。この方法はとても困難である。なぜならば、成功する魂を見届けることはできないため、模倣するといった事が全くできない為である。本能からの偶然の選択をしていった結果で行き着く道であり、見方によってはイレギュラーな事故なのである。


これを意図的に繰り返す方法を伝える書物が物質の世界に沢山伝えていられているが、仮にそれが全て実際の体験談だったとしても、どの方法もその時の偶然の産物に過ぎず、同じ方法で上手くいく保証は全くと言っていい程の皆無なのである。


この魂の牢獄と肉体のサイクルを数奇な運命の元に繰り返す稀有な人間が存在する。

ここではその人間の彷徨う様を書き綴っていゆくことにする。

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