拝啓、お姉様。溺愛夫婦になるための秘訣を教えて下さいませ。
拝啓。親愛なるお姉様へ。
私が国を発ってから、もう1月が経ちましたわね。お姉様は元気にしていらっしゃるかしら? もう随分顔を見てない気がしますわーーまだほんの少ししか経っていませんのにね。
私ですか? 私はとっても元気ですわ。殿下やラッフェルフェン王家の皆様、それにお城の皆さんもとっても良くしてくださいます。
それに食事もとっても美味しくて……結婚式まで日がないのですから、体型が変わらないように注意しないといけないですね。
さて、きっとバンクレールはもう日差しが厳しくなっている頃でしょうか?
ラッフェルフェンはそちらより随分と北にあるからか、まだあまり暑くないのです。なんなら朝と夜は少し寒いくらい。フレン殿下のおっしゃる通り、厚手の服を沢山用意しておいて良かったです。もっとも、我が婚約者殿は、こっちの気候に合わせた服をたくさん用意してくださっていたので、手持ちがなくてもどうにかなったかもしれませんが……
こちらではこの時期になると、あちこちで色とりどりのポピーを見ることが出来ます。バンクレール名物の大輪の薔薇と比べると、随分小さなお花ですが、これはこれでとっても可憐なのですよ。殿下がこの季節の風習だから、ととんでもない大きさの花束をくださったので、私の部屋はあちこちから花の良い香りがしています。いくつかは侍女のみんなと押し花にしたから一輪送りますね。
ところでお姉様? ここからが本題ですわ。 実は折り行ってご相談したいことがあるのですーーえぇ、お姉様にしか相談出来ない話。
お姉様はどうやって義兄上との仲を深められたのでしょうか? いえ、フレン殿下は素敵な方ですし、いつも紳士的に振る舞ってくださいます。とはいえほら? 私とフレン殿下は、ずっと手紙でのやり取りしかしてなかったでしょう? だからどうしても壁のようなものを感じてしまうのです。
もちろん、これが両国の関係を強化するための、政略結婚であることは重々承知しておりますが……だからこそ! 私とフレン殿下が仲睦まじいことは、両国の平和のためにも大事なことだと思うのです。
やっぱり……まずは見た目からでしょうか? 人間中身、といいますが、やっぱり最初の印象は見た目からですものね。
そういう意味では私は失敗してしまったかもしれません。いえ! バンクレールの皆様が選んで下さった夜会服はとっても素敵で、顔合わせの日の夜会でも、あちらの国の方々から随分と褒めていただけました。
……ただ、そう……殿下の反応がいまいちで……
「綺麗です」とは言ってくださったのですけど、その割にあんまりこっちを見てくださいませんでしたの。むしろ「少し肩が出すぎでは?」とショールをかけられてしまいました。
このくらい、夜会服では当然の領域だと思うのですが……
殿下はあんまり大人っぽいのはお好きでないのかしら?
そう思って翌日の昼にはうんと可愛らしく装ってみたのですが、それはそれで「可愛いです」とだけおっしゃられて、やっぱり目を会わせてくださらなかったのです。
私、あんまり可愛い装いには、自信がないのですよね。一応お姉様と同じ髪と瞳の色なはずなのですが……人形のよう、と称えられるお姉様と違って、あまり可憐なドレスは似合わない気がするのです。
だからこそ、殿下の好みを調べて、それに合わせた装いをしたいのですが……
分かります? もちろん褒めていただけるのは嬉しいですけど、私が欲しいのはただ「綺麗」、「可愛い」じゃなくて、どこがどう良いのか伝えていただきたいのです。そう、それこそ義兄上のように。
あ、ごめんなさい。愚痴っぽくなってしまいましたわね。決してフレン殿下に不満がある訳ではないのです。むしろ私より5つも下なのに王太子の重責を背負われている殿下には、尊敬の念しかありませんわ。
それは、そうと殿下と仲良くなる方法ですわよね。
あと、やっぱりお姉様と義兄上のようにデートに出かけてみるのも大事でしょうか? お二人はよく変装してあちこち出掛けていらっしゃいますよね。
でも殿下はお忙しい方なのですよねーーいえ、決して! 断じて! 放って置かれているわけではありませんわ。夕食はだいたい一緒に食べてますし、午後のお茶をご一緒するときもあります。そう……この前は王都の視察に連れて行っていただきましたの。
やっぱり気候が違うと、街の造りも随分と変わりますよね。こちらの建物は寒い地域だからか、バンクレールよりもどっしりとした造りな印象です。お忍びであちこち見回ったのですが、とっても楽しかったですわ。
ただそう、聞いてくださいましお姉様! 殿下ったら私と殿下を姉と弟だ、っていう設定にしてしまわれましたのよ。せっかくなら夫婦とか恋人とかありますわよね?
癪に触ったので、全力で優しいお姉様を演じて差し上げましたわ。もちろん、お姉様を参考にです。フレン殿下に屋台でお菓子を買って差し上げたり、口元を拭って差し上げたり……。実は私、弟に憧れがありましたので、ちょっと楽しかったのは秘密ですわ。
あと、この国の言葉で屋台の店主さんとお話していたら驚かれましたわ。街の人たちの言葉はどうしても訛りがありますからね。ラッフェルフェン語を覚えたての人には聞き取りが難しいこともあるそうなのです。
ーーでも私はずっと前から殿下との結婚に向けて勉強してきましたからーーそう話したら、殿下はポンポンって頭を撫でて、とっても褒めてくださいましたわ。殿下が弟っていう設定なはずですのにね。でも……嬉しかったです。
他に殿下との距離を縮めるとしたらなんでしょう……プレゼント作戦とかでしょうか? お姉様はよく刺繍をして義兄上に贈っていらっしゃいますよね。私は不器用なので羨ましいですわ。
でもこういうのは練習あるのみですものね。殿下の誕生日にはお姉様が作るような、素敵な刺繍のハンカチーフをお贈りできるよう、頑張って練習しますわ! お姉様がいらした時には是非、教えてくださいませ。
そうそう、プレゼントといえば、殿下と城下に降りた時に素敵な髪飾りを買ったのです。この手紙に添えるお姉様へのプレゼントを探したい、といったら殿下が探してくださいましたの。むしろそれが城下に降りた一番の理由かもしれません。こちらでよく取れる青い鉱石を使った髪飾りですわ。殿下が「蜂蜜色の髪によく似合うと思う」と仰っていたのですが、まさにその通りなのです。殿下はセンスがあります。きっとお姉様の綺麗な髪にピッタリなので是非使ってくださいませね。
あと、こちらの名物のハーブ入りのクッキーも贈りますわ。ほら、よく殿下が私宛ての手紙に添えてくださっていたものです。たくさんハーブが入っているから随分長持ちしますの。それにふんわりと優しい香りがしてとっても美味しいですのよ。
私ったらバンクレールにいる時は、頑なに誰にもあげませんでしたよね。一応お姫様なのに、なんてがめついこと。殿下にこのお話をしたら、苦笑いされて、そっと殿下の分までクッキーをくださいました。私……随分意地汚い女なだとおもわれてないかしら?
まあ、そんなこんなな訳で、色々策はあるのですが……なかなか現状を変えるまでには至ってないのです。もしかしたら結婚すれば何か変わるのでしょうか?
今の殿下は、随分と私との間に紳士的な距離を作っているように感じます。その……口づけも式の予行演習で一度したきりですし……
いえ、口づけしたいって訳ではないのですよ。でも憧れのフレン殿下とようやく会えたのですから、そのーーそう! お姉様と義兄上みたいな、砂糖菓子を煮詰めたような甘い関係をつい夢見てしまうのです!
いけない、つい力説してしまいました。とはいえ、この国での生活は概ね順調です。なのでお姉様はご心配なさらず。
結婚式の時は、みんなでこちらへおいでくださるのですよね。みんなに会えるのが今から楽しみですわ。それまでにはきっと殿下との関係も、もう少し近くなっているはずです。
随分と長くなってしまいましたわね。最後に、これからどんどん暑くなってくるでしょうけど、お体にはくれぐれも気をつけてくださいまし。
愛を込めて リーゼより
そこまで読んで、『お姉様』ことフィーゼは手紙をそっと置き、控えていた侍女に目配せした。
「御用にございますか? 姫様?」
「ええ。コーヒーを淹れてくれない? 砂糖もミルクもいらないわ」
「かしこまりました、姫様。しかし紅茶党の姫様にしては珍しいですね」
「そうね……でも今はなんだか、とっても苦いコーヒーが飲みたい気分なのよ」
フィーゼはそう言いつつ、便箋を一枚手にとって、軽く降って見せる。その素振りで侍女は何か感づいたようだった。
「あらあら……でもリーゼ様が幸せそうななら何よりですわ。では準備してまいりますね」
侍女はカラカラと笑い、部屋を出ていく。それからフィーゼは今一度、文机に視線を戻した。
自分の経験談から言わせて貰えれば、自分がラッフェルフェンに向かう頃には、妹とフレン殿下は間違いなく、やや鬱陶しいほどの甘い婚約者となっているだろう。
正直、アドバイスが必要とも思わない。
だが、
「それでもうだうだとしているようなら、とっておきを教えてあげましょうか」
あの朴念仁を落としたとっておきだ。フィーゼはクスリと笑い、それから返事を書くため、文机から新しい便箋を取り出した。