想いの行方
昼間に現実世界を闊歩するイービル。こんな異常事態に遭遇したことは無かった。しかし亜紀は結界にこの怪異を引き摺り込もうと杖を振ろうとしていたので咄嗟に止めた。
「今まで結界空間でしか実体化できなかったイービルが現実に街中を堂々と歩いてるヤバさに気付いてくれ。もしかしたらこれは自衛隊とか警察の出番かも知れないんだ」
「いえ、アレには通常兵器は通用しないそうです。例えば核兵器でも。だから異形の力を持つわたしたちがやっつけるんです。美麗ちゃん行こう。結界を張ります」亜紀は新体操のリボンみたいに杖を使い結界空間にイービルを移動させた。
亜紀、美麗のコンビはこの間以上に連携が取れて美しい動きをしていた。ある程度イービルのライフ的な何かを削ったあと二人の必殺技同時攻撃を繰り出した。
「フラワーハレーション!」「ライトニングアタック!」強力な技を同時に喰らいイービルは一瞬ぐらっとしたが退治することはできずまた歩き始めた。
「亜紀、美麗撤退だ。すぐにこっちまで来るんだ」私は自然と指示を出していた。二人は私の命に従って降りて来た。
「おっさん、あいつヤバいってまじ。今までの奴らとは違って桁違いに強い。どうしろってんだ」美麗が混乱しているようだったが、私はおっさんと言われたことを一生恨み続けると的外れなことを言って場を落ち着かせようとした。そしてなにか突破口のようなものを探ろうと思案を重ねた。するとあることに気が付いた。やつは亜紀、美麗に興味を持たずただ通過してしまったのだ。女体を好んだ今までの奴らとは明らかに違った。二人には無関心で襲おうとしなかったくらい奴は最初から追い詰められているんじゃないだろうか。最近の自身を重ねて心の闇に取り込まれている可能性を考えた。
「美麗、ライトニングアタックを俺に叩き込んでくれないか。きっと何かが起こる」
「お前じゃ無理だろう。何のための魔法少女だと思ってんだよ。俺たちに任せてお前はそこで見ていろ」言いかたはきついが明らかに心配してくれていた。以前の戦闘で救われたことを知っている亜紀は私が戦闘に出ることの意味について考えてるようだった。
「あれをやっつけようという訳じゃない。あくまで二人の魔法力が回復するまでの繋ぎだ」
「時間がない美麗頼む」というとしぶしぶ彼女は了承してくれた。
「リトルライトニングアタック!」美麗は手加減をしてわたしに放ってくれた。その一撃は私を変貌させてくれた。
「なんだこの格好は。伯爵?侯爵?とにかくジャンル違いだし装飾がたくさんあってやたらと動きづらい。手には剣を持っていたのでこれで戦えというのかな。とにかく行って来ます」颯爽と敵に向かう私を二人とも応援してくれた。ふんっと足に力を入れると驚くほどの速さでイービルの前に移動できた。背中のマントも役に立ってくれていた。私は敵の前に立ち塞がり両手を開いた。
「鬼ごっこはお仕舞だ。恨みはないが俺がお前を倒す」また一人称にブレが出た。両手で剣を構え打ち込んだが思ったような効果が出ないのでシャツの両腕を破り拳で殴った。けっこうな効果があったので今度は大外刈りでイービルを転がした。すると奴はようやく私を敵と認めたらしくなんらかのビームのようなものを放ちそれが私に命中した。まずい、思ったよりダメージを受けた。繰り出せる技はあと1回だろう。
「I don’t know who I am!」叫びながら剣に力を込め突き刺すと奴はゴロゴロと転がり悶えた。
「美麗、亜紀出番だ!」満を持して魔法力を回復した二人が宙を舞った。美しく強く舞う二人は交互に攻撃を加え徐々に敵を弱らせて仕上げの攻撃の体制に入った。
「ライトニングアタック!」「フラワーハレーション!」華の稲妻がイービルを捉える。弱った敵に耐える力はもうなく一瞬雄たけびを上げたあと爆発音と共に霧と化した。私は地面に横たわっていた。二人は心配そうにこちらに向かい舞い降りて来た。
「起きてください秀樹さん、死んじゃ嫌です!」亜紀が泣いていた。隙を見て美麗が私にキスしようとしたので亜紀は美麗の顔にアイアンクローを掛け彼女の策略を防いだ。亜紀って意外と腕力あるなと思いながら私は気を失った。
気が付くと現実の世界に戻っていた。名古屋支社のベッドで私は横たわっていた。「おっさんがまじで死んだと思ってお姫様キスしようとしただけだ。他に意味はない」舌を出しながら美麗が言うと「それもわたしの仕事なので美麗さんは何もしなくていいです」と言い返した。亜紀の独占欲が嬉しかった。
私は起きれるようになるとすぐに名古屋支部の責任者に抗議した。これほど強いイービルの存在をこちらに伝えなかったことについて。それからかなりの人間にあれを見られてしまったことが今後我々の活動の支障になるかも知れないことも告げた。本社で会議を行い処分が下ると思うのでそれまで待つようにと伝えた。
帰りの新幹線の中で我々は対策を話し合っていた。今後も登場するであろう強敵への対処について。
「新しい魔法少女の育成と現状の力の底上げと言ったところかな」私はごく当たり前のことを言った。
「スケコマシのお前が勧誘はしろよな」美麗は棘のある言いかたをわざとしてるようだった。
「なんてこと言うの、美麗ちゃん。あなたが勝手にわたしの秀樹さんを好きになっただけで彼はスケコマシじゃないと思います。たぶん」一見、亜紀は私を擁護してくれてるように感じるが最後のたぶんが私の心を折り砕いていた。とにかく先ずは社長に報告してみよう。会社なのだからちゃんと筋通そう。
東京に帰り会社に報告を終えた後私は病院に向かった。恐らく肋骨にヒビが入っている。美麗には黙っていたが亜紀にはちゃんと話したら病院まで付いて行きたいと言ってきた。
「社長、いいですか亜紀を連れて行っちゃって」と言ったら社長は親指をビシッと立てて返答した。
予想通りの診断結果だったが。幸い全治3週間で自宅療養と伝えられた。無茶をした代償としてはわりと安い方だと感じていた。それでもしばらく会社に行けない=二人に勉強を教えられないなのでそこはなんとかならないか考えていたら、亜紀は毎日通いますと言ってきた。大変嬉しいが勉強になるかどうかが甚だ疑問でもあった。
マンションに着くと美麗が入口ホールに立って居た。なんというか喋らない彼女は凛々しくて美しいなと思った。魔法少女になってくれと勧誘してからまだ半月ほどだが成功だったと確信できた。
「お前怪我してたなら俺にもちゃんと言え。それから亜紀は抜け駆け禁止だからな」そう言った美麗の言葉が最初ちゃんと理解できなかったが二人の間でなんらかの取り決めを作ったらしいということがなんとなく分かった。それにしても抜け駆けって… 亜紀はもう私の彼女のはずなので困惑した。
「えっと秀樹さんが困ってるので説明しますよ。わたしと秀樹さんはフィアンセですが美麗さんに言わせると数日会うのが遅れただけということなのでちゃんとはっきりどっちか選んでもらおうということなんですね」亜紀はさらっと恋人からフィアンセに格上げしてそう言った。
「なんか分かったような分からないような話だがいつまでもエントランスホールに居てもなんなので部屋に入ろう」教え子二人を連れて我が家に帰って来た。
ジュースを二人分、自分には珈琲を注ぎながら二人に疑問をぶつけてみた。
「そもそも美麗と付き合うとかそういうこと考えたことないんだが、亜紀は私と別れてもいいの」と率直に聞いた。
「お前に選んで貰えたら俺にも権利が発生するってだけでお前らはそのままでいいよ」美麗は言った。遊びやからかいじゃないかとじっと見つめたら美麗の顔が真っ赤になったのでどうやらやはり本気のようだ。ならちゃんと教えてやろう私の気持ちってやつを。
「私から亜紀を振ることは現状まずない。亜紀も同じだと思ってはいるが万が一私から離れていって尚且つ美麗を私が好きになると言う現実的じゃない条件になるけどいいのか」それでいいと美麗は言い切った。格好はいいが傷つくのはほぼお前だしそうなってもらいたくはないんだが…
「取り敢えず三週間会社に行けないのでここで勉強を見ます。その後君らは会社の指示に従ってイービル退治は継続して欲しい。こんなつまんない男のことは一旦考えなくていいぞ」亜紀の顔が曇った。
「つまんない男とか卑下しないで下さい。普通肋骨にヒビ入ってまであんな無茶しないですよ」はい、すみませんと亜紀に謝った。今カノ最優先だ。悪いが美麗の気持ちには応えない。
授業が終わったあと会社からなにか依頼来たか聞いてみたら今夜は都内にイービルは確認されてないと言うのでこれで仕事は二人とも終わりだ。遅くなる前にお帰りと言い掛けたら二人とも大きいバッグから部屋着を取り出していた。その意味がわかったところで私は亜紀と美麗を天秤に掛けて比べて良いのかと自問自答した。亜紀が変な取り決めを美麗としたのが悪いんだからなと言い聞かせた。
亜紀お風呂入っておいで次は美麗で。ベランダ行こう美麗。美麗は少し驚いたようだったが一緒に来てくれた。
「いいだろうここの夜景」私が自慢すると美麗は頷いた。最近美麗の学力は飛躍的に上がっていていずれ私を追い越す勢いだった。そもそも私自身がたいしたことないので。
「なんか大人しいな美麗。なんか新鮮だ」
「煩い女は嫌いだろ。努力してんだわたしも」美麗は一人称に俺を使わずわたしと言った。美麗が本気なのは前から知ってた。でもただの嫉妬の可能性も少しはあったので静観してたんだよ。と言いかけてやめた。
亜紀が風呂から上がったので入浴して来るよういうと美麗は何も言わず浴室に向かった。
今度は亜紀にも聞かなくてはならない。何故美麗にチャンスを与えたのかと。と思ったがやめた。理由が分かったからだ。亜紀は不安なんだ私の気持ちに。選ばせて改めて私の気持ちを確認したいんだと。正直に言うと私は常に不安で満たされている。隙がいっぱいなんだ。自虐どころかあの名古屋のイービルに親近感を抱いてしまうくらいに。精一杯生きてきたつもりだが失敗だらけだった。亜紀のような美少女が恋人なことを居心地悪く感じていた。たぶんそれで亜紀に不安が移った。ただ亜紀のことは愛している。手放すなんて絶対に嫌だ。それを知って欲しいのに半端だから伝わらない。誰でもいい、私の背中を押してくださいと切に願った。他力本願でもなんでもいい、たとえ悪魔の言葉でも。
今度は私が風呂に入った。女子中学生二人に想われていることは幸せなことだがそんなことは学生時代にもあった。結果を言うと二人とも離れていった。たぶんA学で見た目もそこそこいいというところに惹かれただけでそれほど時間も経たず飽きたのだろう。もちろん付き合ってなどいなかったが気持ちが離れていったことは分かった。女子中学生なんてそんなものだろうとその時は思ったが今はそんなことは言っていられない。
私も二人を好きだからだ。




