勝鬨橋
紫が独り暮らしを始めるらしい。美麗はたまに遊びに行ってやれと言ってるが冗談ではない。日光でも昨晩も本当に危険だったんだ。別に逮捕されることが怖いんじゃない。ちょっとした公権力などもはや力で簡単に捻じ伏せることが出来る。問題は私自身だった。あの小さな女の子をこれほど愛してしまうとは思っていなかった。はっきりと自覚してしまったのは亜紀と美麗を救うべくセグメンテーションを放ち力尽きて落ちてきた時だ。あの時たまらなく愛おしく感じ彼女を抱きしめ続けた。
昨夜のイービル二連戦で我々は連休を取ることにした。普通なら彼女たちは学校へと思うだろうがそちらも休ませる。戦闘時なんらかの疲労が残らないようにと。そして何故か紫が私の家で皆に勉強を教えていた。
「由紀子会長、こんなんじゃ中高一貫校じゃなかったらアウトでしたよ」紫が由紀子に激を飛ばしていた。
「美麗先輩は不登校だからバランスが悪いです。理数もちゃんとやってください。亜紀先輩はなんというかもう無残なので分数からきちんとやりましょう」二人とも姿勢を良くして聞いていた。
「元山先生のプリントは特に亜紀先輩には漢字が多すぎるのでちゃんと読み方ルビ振ってあげてください」亜紀が泣きそうなので後でキスしてあげないと…
お茶を出しながら紫にベランダ来へ来ないかと誘ってみたが警察を呼びますよと言われ断られた。紫から振ってくれるのが一番いいんだがと一人ベランダでレインボーブリッジを見ながら考えていたら美麗が休憩と言ってこちらにやって来た。
「紫のどこが気に入ったんだ?あの平坦な胸と子供パンツか」と言われビールを吹き出してしまった。
「たぶん違うと思いたい。情熱的なところかな一番は」好きの部分を否定はしないんだなと美麗は思った。
「戦闘もあるのに私のせいで搔き乱して申し訳ない。二人と一緒にずっと過ごせるように頑張るから。今度また旅行に行こう。今度は海もいいな。希望があったらどんどん言ってくれ」美麗は何も言わなかった。
「言ってやれ紫のとこに。その方が俺や亜紀にもいいんだよたぶん」
「絶対に嫌だ。行かないからな俺は」ビールの酔いもあって大きな声になってしまった。
休憩に入って来た紫に聞かれてしまった。そして彼女は無言でまたリビングに戻って行ってしまった。
「追っかけて行けって。可哀想だろうが」私が行かないので美麗が追いかけて行った。空が急に曇りだし雨が降って来た。屋根があるから濡れないがずぶ濡れになってしまいたい気分だった。
「寿司の出前頼んでいるのでそろそろ届くはずだ。皆もそろそろ休憩してくれ」亜紀と由紀子は私の方へ駆け寄って来たが、紫と美麗はなにやら楽しそうに笑いあっていた。
昼食を終えると皆はしばらくリビングで羽を伸ばしていた。5人居ても狭さを全く感じない程このマンションは広かった。午後は1時間だけ私が勉強を見るので後は自由行動って伝えた。ついでに外は雨が降っていることも。
美麗と紫は散歩らしいこの辺りは景色がいいからと。亜紀と由紀子はここでのんびりしたいそうだった。
「けっこう降ってんな雨、あいつに車出してもらえば良かったかな。ってあいつ酒飲んでたな」
「あいつっていう仲なのですね。羨ましいです。元山先生としか呼べる立場じゃないので」その言い方があまりに悲しそうだったので美麗は慌てて訂正した。
「元山は本当に馬鹿だよな。ハーレム構成員全員揃ってんのに朝からビール飲んでやがる」紫は唇を嚙みしめた。好き合ってるのになんで一緒にいちゃダメなのか。そもそも絶対に好きとは言ってくれないことを。わたしを触れる手は限りなく優しいのに。
「勝鬨橋って昔は跳開してたみたいですね。開けば風情があるのに残念ですね」この橋をあの人と一緒に手を繋いで歩きたい。わたしの年齢の問題ではなく彼には守る人がもう居たからそうできない。してくれないんだ。紫は悲しみでしゃがみこんでしまった。美麗は紫に濡れるぞと傘を差してあげた。
「あの二人どこまで行ったんでしょうね遅いですね」亜紀が外を眺めながら言った。
「あの子は自由ですからね。何処へでも羽が付いてるように行ってしまいます。ですが今日はきっと違うと思います」由紀子は昨夜から情緒不安定な後輩を案じた。
部屋で飲んでる私を見かねた亜紀が入って来てベッドに腰を掛けた。両手の人差し指をくるくる回しながら何やら思案している様子だったが独り言のように言った。
「この部屋広いですよね。あと一人暮らせるくらいには」っつ、言わんとする意味はすぐに分かったが無視した。
「最初は二人で一緒に住んでゆくゆくはとか考えていましたよ。ですが今は美麗ちゃんも居てとても楽しいんです」指回しをやめ立ち上がりこちらに向かって歩いて来た。
「紫ちゃんをこの家に誘ってあげてください。でないと私は出て行きます」亜紀は言い切った。彼女は強い、そう言った以上私がそうしなければ必ず出て行く。言うことを聞きますといい私は嗚咽した。
「美麗様と紫のご帰還だぞ」かなりずぶ濡れになりながら二人は帰ってきた。紫はもうこれ以上はないという悲しい顔で静かに泣いていた。亜紀が二人にバスタオルを用意し風呂にお湯を張り始めた。奥さんみたいでかわいいと思ったがわたしは出て行ける顔ではないので部屋に戻ろうとしたら美麗に捕まった。
「誰かと同じように泣いてんじゃん、馬鹿だな」美麗は呆れてるようでホッとした顔をしていた。
「お部屋の模様替えしてますからお風呂から出て休んだら手伝ってくださいね」亜紀は二人に言った。模様替え?今?あっ、部屋の名前タグが一つ増えている。紫はゆっくりと近づいて行った。タグには手書きで名前が書いてあった秋山紫と。
皆で片づけをしたのでわりとすぐに模様替えは終わった。由紀子は流石に二泊は出来ないということで帰った。夕飯は亜紀と美麗それに紫三人で作ってくれると言うことでリビングで待っているのだが問題は部屋割りだった。亜紀&美麗そして紫&秀樹となっていた。
海鮮サラダとたらこパスタ、和牛ステーキとアイスのデザートとなかなか豪華メニューだった。
「今日からお世話になります秋山紫と言います。よろしくお願いいたします」食事前に紫は改めて自己紹介をしたので皆拍手で迎えた。
食事をしながら雑談していたら紫はまた泣いていた。今度は嬉し泣きですから気にしないでくださいといいつつ大粒の涙を流していた。美麗も昔を思い出したと言って泣いてしまった。亜紀とわたしは見つめ合って軽く微笑んだ。
「二人部屋になるけど寝室は今までどおりの四人用ベッドです。いいですよね」亜紀がそう言い皆手を上げた。食事を終えると美麗が言った。
「俺と紫はもう風呂済ませたからお前ら一緒に行ってきな」と言ったので!?となった。確かに三人で一緒とかよくあるし我が家では普通なんだが紫も加わって即それはまずいのではと思っていたら、いってらしゃいと紫は普通に答えた。了承されたので手を振って亜紀と二人で風呂場に向かった。
「いろいろとありがとう亜紀。助かった」
「当たり前のことしただけなのでお礼はいいですよ」と亜紀が言った。当たり前な訳が無い。美麗と三人暮らしでも相当異常なのにその上紫まで受け入れたんだ。すべて私の我が儘で以前は美麗と確執あったりしたのに。
亜紀が身体を洗い終え私の横にちょこんと座り頭を私の肩に載せて来た。左手で胸を隠していたのでそれを下に置かせた。亜紀の美しい裸をしばらく眺めた。亜紀は恥ずかしそうではあったがもう隠そうとはしなかった。無言でキスをしても驚きも嫌がりもせず受け入れてくれた。
「そう言えばまだ入社したての頃社長に言われた事がある。内容は俺が来年くらいに亜紀に子供産ませてそう、だったかな」亜紀の顔がまた赤くなったけど満更でもなさそうだった。流石に中学生で親にさせることはないよと言いながら、失敗したらごめんねと付け足した。
風呂を出たらそれぞれの部屋に戻った。私のルームメイトは紫だ。彼女が居心地悪くならないよう極力普通で居よう。部屋借りなくて済んで良かったと伝えた。
「雨の中での散歩だったけど風邪とか引いてないか?」
「勝鬨橋の上で泣いてしまいそれを慰めてくれた美麗さんに惚れちゃいました」惚れられていたのは私じゃなく美麗だった。紫を本当に追い詰めてしまったことを詫びた。自分の不甲斐なさに情けなくなったが亜紀が後押ししてくれたことも話した。
「じゃあ亜紀さんにも惚れました」やはり私であるはずはなかった。
「もう誘惑しませんから欲しい時は先生から言ってくださいね」と紫が言うので正直にいつでも皆が欲しいと答えた。じゃあ皆で今夜襲いますと紫が言うのでアレの体力には自信があると断言した。
「ずっと悪者で悲しかったよ」紫がまた泣いたのでベッドに腰掛けるように言い胸の中で泣かせてあげた。顔を上げ目を閉じたのでそっと口づけした。
「ちょっと待っててください。ベッドの位置争いしてきます」と言って紫は部屋を出て行こうとしたがまだ伝えていないことがあったので呼び止めた。
「紫、愛してる」
今まで見た中で一番いい笑顔をして紫は部屋を出て行った。
女の子たちが寝る前に一人近場をドライブすることにした。東雲ジャンクション下をくぐり右に曲がるとすぐお台場でレインボーブリッジの足元だ。10分と掛からずお台場の潮風公園に付いたのでここからいつもと逆に我が家のあるタワーマンションを探すとすぐに分かった。あの灯りの中にかわいい恋人たちが居る。複数形なのは当然いけないことなのだが…
もう随分の数の魔物と戦ってきたので雰囲気がわかるようになっていた。イービルの気配だ。だが本体はどこにいるのかわからない。恐らく海の中、敵は東京湾に潜んでいるはずだ。連絡がないと言うことは本社はまだ気づいていない。先制攻撃のチャンスだ。それと彼らが顕現する瞬間を捉えるチャンスでもあった。
「亜紀、俺だ。タクシー拾ってすぐ来て欲しい。間もなく敵が出現する。お台場海浜公園で迎え撃つ」援軍を要請した。
まずは例のふざけた男爵風衣装に変身。イービルが生まれた瞬間に捕獲する準備をした。亜紀の固有結界で厳重に捉えて運べばいい。羽化してしまったら戦闘開始だ。




