#20:Secret.
新卒で入社してから十年以上勤めていた会社を辞め、ボクは新しい挑戦を始めていた。
はじめは驚いていた佐々木ご夫妻も、ボクが子供の頃に憧れていた『何かを作って誰かに感動してもらいたい』という、本当にやりたかったことへの思いを汲み取って、二人の元で花屋の修行をさせて欲しいという願いを快く受け入れてくれた。
素人のボクに、一から花屋の何たるかを教えてくれていたし、感謝してもしきれないくらい本当に良くして貰っていた。
最近では、逆に二人から「結婚はまだか」なんて言って貰えるようになっていたけれど、彼女が宣言した『約束』の答えが出るまでは、お互いにこのままでいようと話をしていた。
娘は複雑そうな顔をしていたけれど、ご夫妻や桃香さんに懐いて可愛がられていて、父親としてはホッとしていた。
花屋と言っても、その形態は千差万別にある。この彼女の実家『FLEURISTE』では、生花や種などの販売はもちろんのこと、なんと言っても店の『看板商品』はご夫妻の作るフラワーリースとウエディングブーケで、個人から結婚式場やレストラン、教会まで幅広い客層をガッチリと掴んでいた。
父の健さんはフラワーリース作りを担当していて、アーティフィシャルフラワーは使用しないという強い拘りを持ち、できる限り生花で作り上げることをモットーにしていた。
そんな職人気質なところは、あの頑固さに繋がっている(絶対に言えない)と思ったけれど、決して妥協しないその姿勢は、本当に尊敬していた。
母の結子さんは、ウエディングブーケが専門で、ラウンドブーケ・キャスケードブーケ・クラッチブーケ・ティアドロップブーケなど、色んなスタイルのブーケを作り上げる、職人と呼ぶよりもアーティストと呼ぶ方がしっくりくる、芸術家肌の人だった。
そんな二人の作品は、モデル雑誌やウエディング情報誌に使用されることが頻繁にあって、彼女がモデルの世界に入る『きっかけ』にもなったらしい。
まだ二人の域までには到底及ばないけれど、ボクはあることを考えていた。
あの『約束』の結果がどうなるかは分からない。でも、その覚悟を胸に秘めて前を向いている彼女に、後悔だけはして欲しくなかった。
たとえ失ったとしても、ボクと娘は絶対に傍に居ること…その想いをカタチにする為に、ボクは娘と二人で『彼女には内緒の』ある共同作業を進めていた。
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パパから『ママには秘密』の作戦を初めて聞いた時、私に流れる芸術家としての血が騒いだ。
この芸術家・表現者としての血は、考えてみると祖父母からも、パパとママからも受け継いでいるものだった。
それにしてもパパはロマンチックなことを考える人で、ネギ子には絶対見せられない姿だと思った。
鼻血を出して、紅葉おろしモドキにでもなられたらたまったもんじゃない。紅葉おろしは大根だけれど。
私にはデザイナーとしての職務だけではなく、ネゴシエーターとしての職務も自分で勝手に与えていた。
あの『約束』の結果がどうあれ、この作戦は決行されることが決まっていたし、そこには絶対に必要なピースがあった。
もう『主役は私』の気分だったけれど、パパとママの笑顔…いや、感動して涙を流す姿を想像するとやる気に満ち溢れていた。
パパからのミッションは、デザイン画を作って欲しいというものだった。この手のデザイン画は描いたことがなかったので、祖父の知恵も借りながらだったけれど順調に進められていた。
ただ、ネゴシエーターとしてのミッションは、日時までの逆算・交渉方法・人間関係…と決して一筋縄では行かない高難度なものになりそうだった。
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あの『約束』を果たすため、ワタシは今まで以上に精力的に女優としての仕事に向き合っていた。
映画の番宣と称して、朝の情報番組やバラエティ番組などにも多く出演させて頂いた。
最初の頃は、共演者から『笑わない女優』として扱われてやり辛さがあったけれど、未来とダブル主演のセットでの売り出しだったので、彼女には本当に助けられていた。
美咲さんにだけは先に相談していたけれど、特に親友である未来に『秘密』にしておくことは、少し心苦しかった。
いざ話そうとしても、どんな顔をするだろうか、最悪この関係が破綻してしまうかもしれないと想像してしまって、胸が痛んでタイミングを失っていた。
もちろん未来だけでなく、観てくださっている方や、関係者に『秘密』にしていることは、不義理な気がして空回りしそうになることもあった。
彼が、ワタシの実家を継ぐことを考えていると言ってくれた時には、正直驚いたけれど、あの両親…特に父は人が変わって『まるで自分に息子が出来た』かのように彼に接してくれている姿は、あの頃のワタシには想像できないものだった。
もし『約束』の結果が芳しくなくても、ワタシと娘が生きていく基盤を作ってくれていることは、本当に心強かった。
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娘にお願いをしていたデザイン画を初めて見た時、恥ずかしながら鳥肌が立ってしまった。
改めて見る娘の才能は、ボクの想像を遥かに越えていた。
これを具現化することは至難の業だったけれど、試作を繰り返しながら、日々フローラルフォームの土台に向き合っていた。
使う花と色の種類と本数は決めていた。それだけのオーダーで、ここまでのデザイン画を上げてくれた娘の努力にも報いたかった。
花屋としての修行をしつつ、最高の想い出にするため、寝る間も惜しんで没頭してしまう日も少なくなかった。
気づけばあの映画が公開されてから一年が経ち、彼女にとっての『運命の日』が刻一刻と迫っていた。
健さんと結子さんからも太鼓判を押してもらったこの作品を手に、ボクは娘と二人、緊張してテレビの前で指を組んで祈りながら、その時を待っていた。
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パパから受けたデザイン画の注文に対する縛りは、お花の種類と色と本数だけだった。意味を聞くと、なるほどロマンチックなパパの考えそうなことだった。そこに私の想いも込められていたことは、手のひらで転がされているようで気恥しかったけれど、その気持ちは共感できるものだった。
デザイン画を作り上げた後、ネゴシエーターひまわりこと私は、一人で瞳さんと会う約束を取り付け、あのスタジオを目指すことになった。
そこにネギ子が先客で居たことは誤算だったけれど、強引に付き合わせることにした。いずれ分かることだったし、ネギ子…凛は私の唯一の親友だ。彼女にこれ以上隠すつもりもなかった。
『秘密』は当日までのお楽しみと言って濁しておいたけれど、快く手伝ってくれたことは感謝でしかなかった。
瞳さんには正直なところ断られるかと思っていた。でも、半分面白がっているのか、あっさり引き受けてくれた。
プロジェクターの操作や、動画編集はこの二人に教えて貰わなければ出来なかったことだったので、私はすぐにネゴシエーターから動画クリエイターにジョブチェンジした。
パパだけが何かを作っていることに対抗心が芽生えた私は、パパからアルバムを借りて、恥ずかしがるパパをスマホの前に座らせ、ママへの贈り物を作り上げたところで準備は整った。
凛と瞳さんにはスタジオに待機してもらって、私とパパはテレビの前で固唾を飲んでママを見守っていた。
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無事に主演女優賞にノミネートされたと聞いた時、まずはホッとした気持ちだった。
これで未来にも『秘密』を打ち明ける覚悟ができたワタシは、ありのままを話すことにした。
「なにがあっても友達でいよう」と言ってくれたことは、家族以外の理解者がいる心強さを再認識することができて、未来との出逢いに心から感謝した。
下馬評みたいなものはあまり見ず、もし『そうなったとしたら』ということも考えず、来る日に向けて心の平穏を保つように努めていた。
久しぶりに黒以外のドレスを着たワタシは、美咲さんの運転する車に乗り、親友と一緒に『日本映画賞』の会場へと足を踏み入れた。
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「パパ…私、緊張してきちゃった」
「パパなんて…今にも吐きそうですよ…」
私達は、テレビに映し出されている『日本映画賞』を怖いもの見たさで眺めていた。
「あっママだ!綺麗だねー」
「そうだね…」
彼女が綺麗だとか、それどころの騒ぎじゃないくらい、ボクの胃の中で小さいひまわりが走り回ってるんじゃないかと思う程に、胃がキリキリしていた。
「パパ、まずは作品賞からだって」
「うん…」
画面の中では、昨年最優秀賞を受賞した司会者の俳優二人が、淡々と時折ジョークを交えつつ発表の進行を務めていた。
『記念すべき第五十回 日本映画賞、まずは最優秀作品賞の発表です』
『栄えある最優秀賞に選ばれたのは…』
『二人の主人公が再会を果たし、生きていく辛さや笑顔を取り戻すことの難しさを、素晴らしい映像美と当時からのキャストを引き続き起用することでリアルに作られました、memories〜ever after〜です!関係者の皆様おめでとうございます!』
「パパ!作品賞だって!やば!」
「おぉ…まぁ…これからだから…落ち着こうな」
(ヤバいのはボクの胃だよ…ホント若いって羨ましいな)
プロデューサーと思われる男性が、何やら壇上で挨拶をしていたけれど、緊張しすぎてボクの耳には入ってこなかった。
「これならイけるんじゃない?!」
「まだ分かんないから…そんなに興奮しなさんな…」
『続きまして、最優秀監督賞の発表です』
『最優秀監督賞は、実に十五年ぶりに本作を手がけ、後に発売された原作の世界観を忠実に再現された、memories〜ever after〜の島岡真美監督です!』
「パパ!監督賞もだって!ヤバすぎ!!」
(もう胃が口から出てきちゃうかも…)
『島岡監督、ご挨拶をお願いいたします』
『え〜、このお話を頂いた時には、まだ原作も発売されていませんでしたので、かなりの重責を担ってしまったと思っておりましたが、演者…特に主演のお二人、そして一人一人のスタッフとその御家族、撮影に協力して下さった全ての皆さんの力で受賞することが出来ました。改めて御礼申し上げます。この賞に恥じぬよう、これからも精進したいと思っております。本当にありがとうございました』
最優秀主演男優賞が発表され、いよいよ最優秀主演女優賞が発表される頃には、パパは緊張のあまり立ち上がって歩き出してみたり、座ってみたり落ち着きがなくておかしかった。
「パパ、ちゃんと座って見よう!」
「うん…」
私も緊張して、座ったパパを離さないようパパの腕を組んで、その時を待っていた。
『続きましては、最優秀主演女優賞の発表です』
『最優秀主演女優賞は……………』
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ワタシはあの夜のことを思い出していた。
「でも私も覚悟していることがあるの」
「花ちゃん…それは未だ言わなくても…」
「んーん、やっぱり言わなきゃダメだよ。あの、ワタシね…今回の映画で最優秀主演女優賞を取れなかったら女優を辞めようと思ってる」
「やめるって…お姉ちゃん本気で言ってるの?」
「うん…」
「花…」
父も母も言葉を失っているようだったけれど、ワタシは決めていた。
「それとね、もし受賞できたとしても、ひまわり…この子のことは公表しようと思ってるの」
「どういうことだ?」
「ワタシ、やっぱりこの子の卒業式とか入学式とかに出たいんだよ。ワタシのせいで寂しい思いをさせてしまっていたし…母親として出来ることは何でもしてあげたいの」
「ママ…」
「だからね…もし女優を続けられたとしても、堂々と生きていたいと思うの。受賞できるかは分からないけれど、その位の覚悟で撮影にも臨んだし、持ってる力は全部出し切ることが出来たから満足してるの」
「本当にそれでいいのか?」
父からの言葉にも、逃げずに宣言した。
「うん。絶対に後悔はしないよ」
「そうか…お前がそう言うんなら何も言うことは無いよ」
久しぶりに見る父の笑顔は、温かかった。
「もしも受賞できたら、皆にも…その、迷惑掛けてしまうかもしれないけど…その時はごめんなさい」
「まあ、父さんと母さんなら大丈夫よ」
「私も週刊誌とかに狙われちゃうかな?」
父と母と妹は、離れていてもずっとワタシの活動を応援してくれていた。
彼も娘も、ワタシのこの想いを否定せずに受け入れてくれた。
美咲さんも未来も、理解して背中を押してくれた。
どんな結果でも、この先のワタシの人生はキラキラと輝いているに違いない。
「花ちゃん…」
緊張しているワタシに、優しく差し伸べてくれた未来の左手を握り、ワタシ達は発表の時を待っていた。
『最優秀主演女優賞は、女子高校生だった主人公二人の、苦悩と友情の日々を描き、前作から引き続きその二人、澪と灯を演じられた…なんと史上初のダブル主演でのダブル受賞となりました!memories〜ever after〜より、未来さんと海さんのお二人です!』
★★作者からの御礼とお願い★★
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