第91話 それはやめてください
御城ケ崎の先導で訪れたのは、高級リゾートの一角にあるレストラン。
俺たちが来ることは事前に伝わっていたらしく、席に着くや否やコース料理の提供が始まった。
「さすがに絶品ね」
シュアルさんは用意されていたスプーンでスープをすくうと、ゆっくり口をつけ、うっとりとした表情を浮かべている。
さすがに場慣れしているせいか、こういう時の彼女は意外なくらい振る舞いが上品だ。
なんとなく見つめていると視線に気付かれたらしく、シュアルさんは俺を見てにっこりと微笑んだ。
「光太郎君と一緒に行ったホテルもなかなか良い料理を出すけれど、ここも決して引けを取らないわ。そうは思わない?」
「ホテル?」
その単語を聞きとがめたラビュは、正面に座る俺に冷たい視線を向けてきた。
「それっていつの話?」
口調こそ冷静だが、その裏に潜む怒りを隠しきれていない。
食事が始まるや否や爆弾を投げ込んでくるとはさすがはシュアルさん、いやがらせの達人だ。
とはいえ、これに関してはラビュの過剰反応ではあった。
「ラビュも知ってるやつだよ。ほら、無理やりシュアルさんにホテルに連れ込まれて、ナギサ先輩に助けてもらったことがあっただろ? あの時の話さ」
「ああ、あれのこと? てっきりラビュが入院してるあいだにも、内緒で行ってたかと思っちゃったよ」
幸いにも俺の言葉を素直に信じてくれたらしく、表情が和らいでいた。
しかし、ラビュが怒る判断基準がいまいち分からない。
俺とみなもが恋人になることには拒否反応が無かった割に、シュアルさんにはやたらと厳しい気がする。
もしかして、本当にラビュのマンガの読者かそうでないかが重要だったりするのか?
冗談とかじゃなく?
「な、なんかすっごい話を聞いてる気がするんだけど?」
「ええ、ホテルに無理やりというのは犯罪の香りがいたしますね」
「香りというか、そのものずばりってかんじ。ストレートに犯罪っていうか……」
そして、テーブルの隅でひそひそ会話を交わす部活の仲間たち。
そういえば、ナギサ先輩とラビュ以外は、あの出来事を知らないのか……。
そのせいで露骨に非難めいた言葉さえ聞こえてくるが、でも実際シュアルさんの行動は犯罪としか表現できないし、フォローはしないでおこう。
許したなんて思われても困るからな。
「あらあら、私の評判が地に落ちちゃったみたいね。さすがに落ち込んじゃうわ」
と、特に気にした様子もなく笑ったシュアルさんは、再びこちらに視線を向ける。
「でも犯罪的って意味では、光太郎君の方が上じゃない? 親が留守になった途端、自宅に何人も女の子を連れ込んで……」
「女の子を連れ込む……!?」
「人聞きが悪い言い方はやめてくださいよ。ヒャプルさんが驚いてるじゃないですか」
というかこの人は、ウチのマンションの状況をどこから聞きつけたんだろう。
まあ誰から聞いたにせよ間違いだらけだから、誤解を解くのも容易だけど。
「あ、あの、たしかにあたし以外の女の子もウチのマンションにはいるんですけど、でもそれは別におにいちゃんが望んでそうなったわけじゃなくって……」
「みなも……?」
正直意外だ。
まさかみなもがフォローに入ってくれるとは……。
彼女の言葉はたどたどしくはあったが、真実を伝えたいという誠実な態度が伝わってくるため、ヒャプルさんも口を挟まずに聞き入ってくれているようだ。
「全部うちの母が悪いんです。『光太郎も、たくさんの女の子たちと同居生活を送らせれば、ひとりくらい恋人ができるでしょ』って笑ってました」
ん?
んんん!?
「なにそれ初耳なんだけど……?」
「おにいちゃん、ちょ……顔が怖いよ」
「この顔は生まれつきだ。それよりどういう意味だ? 叔母さんが? 俺に恋人ができないことを心配して? だからあのマンションに女の子たちが詰め込まれた?」
「う、うん。昨日の夜電話で話してたら、そんな感じのこと言ってた。もちろん藤井さんの入院のこともあったみたいだけど、それなら別に宅配サービスの手配とかでいいしって」
「……」
まあ、柚子島だけならともかく、他の人たちをウチのマンションに住ませる必要なんてまったくないからな。
そういう意味では別の目的があったと言われたほうが、むしろ納得はできる。
納得はできるんだけど、でも俺に恋人ができなかったとしても普通にほっといて欲しい。
そして俺には恋人がいる。
ラビュと言う恋人が。
みなもも俺が言いたいことは分かったのか、苦笑いになった。
「おにいちゃん、ラビュにゃんこ先生と恋人になったってこと、マミーに伝えてなかったでしょ? だからそういう決断をしたみたい」
「そりゃ別にわざわざ言わないけど……まじかあ……」
シンプルに余計なお世話。
しかも行動力が高い分、本気で迷惑な結果しか生んでない。
「光太郎さんの叔母さんというと桜川外部理事ですか。なるほど……」
そして今のやり取りで、ヒャプルさんもいろいろと察してくれたらしい。
みなもの説明に説得力なんて欠片もなかったように思えるが、叔母さんにはすべての反論を封じ込めてしまう、嫌な方向での信頼があるようだ。
きっと管理局の外部理事として辣腕を振るってるんだろう。
巻き込まれるヒャプルさんも大変だな……。
「でも大丈夫だから。あたしがきちんとマミーに説明しといたし」
「説明? 叔母さんに?」
「うん。おにいちゃんはラビュにゃんこ先生とお付き合いしているから、そういうの大丈夫だよって。そしたら――」
「そ、そしたら……?」
もしかして、マンションへの詰め込みは今日で終わり……?
つまり全員解散……?
ま、まあ保護者である藤井さんが入院中だから柚子島が残るかもしれないが、それ以外の面子が出ていってくれるだけで、だいぶ気楽にはなる。
期待する俺に、みなもも嬉しそうな表情を向けてくれた。
「そしたら――ラビュにゃんこ先生もマンションに住むことになったんだよ!」
「なんでだよ!」
俺は吠えた。
涙まじりに吠えた。
「減らせよ! なんでこの期に及んでさらに住人を増やそうとするんだよ! マンションがぎっちぎちになるだろ! すでにぎちぎちなのに、もう身動きもとれないくらいにぎっちぎちになっちゃう!」
「さすがに、そこまでではないでしょ。普通に身動きはとれるじゃん」
「たしかにそうだけど! 俺の心がぎっちぎちなの!」
「これからよろしくね、コータロー」
「おう、よろしくな! ラビュと一緒に暮らせるなんて夢みたいだ!」
「おにいちゃん、情緒が不安定すぎない……?」
何とも言えない表情でこちらを見てくるみなもに、俺も複雑な心境で言葉を返す。
「しょうがないだろ……別にラビュが悪いわけじゃないんだから……」
そして冷静になってみると、叔母さんが悪いとばかりも言い切れない。
退院したばかりのラビュを自宅に送り返すわけにはいかないのは確かだからだ。
ドレッドさんは、現在も姿をくらませているという話だが、それでもヒャプルさんは自宅にいるはず。
ラビュとあまり接触させたくないし、だからウチに泊まってもらうというのはむしろ好判断とすら言える。
叔母さんはあんな感じでも管理局の外部理事という責任ある立場の人なので、今回の件も無茶な対応に見えて実のところはラビュの保護という目的があるのだろう。
そう考えれば叔母さんを責める気にはなれない。
ただ、理性ではそう分かっていても、気持ち的にはまた別の話。
だってこれでマンションの追加住人は計8人になってしまった。
ラビュまで来たら、余ってる部屋なんてさすがにもう無い。
そらもうギッチギチよ。
うちのマンション、マジでギッチギチ……。




