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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第3章 変態パラダイスマンション

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第84話 水遊び

「ふー」


 プールを縦横無尽に泳ぎまわった俺は、休息を兼ねてぷかぷかと水面に浮かびつつ、天井に投射された青空をぼんやりと眺めていた。


 じりじり照り付けてくる太陽といい、風に押し流されていく白い雲といい、どう見ても屋外としか思えない。


 でも実際は屋根に投射された、単なる映像。

 まあ、凄いとは思うんだけど……ただどうなんだろうな、こういうの。

 無機質な天井を見せられるよりは良いとは思うが、でもなんとなく落ち着かない。

 

 やっぱ偽物って分かってるせいか?

 知らなければ気にも留めなかったんだろうけど、知ってるとどうもなあ……。

 

「ぬーん」


「ん?」


 近くから奇妙な声が聞こえた気がして、周囲を見回す。

 

 目に入ってきたのは、ぷかぷか浮かぶラビュの姿。

 

 浮き輪にすっぽりおさまっていて、小さな波にもてあそばれる彼女は、不思議なほど無表情。

 何を考えているのか、まるで分からない。


 ……というか、このあたりは水深がかなり浅くなってるな。

 普通に足がつく。


 そしてそんなところで浮き輪を装着しているということは――。


「なあラビュ?」


「ぬー?」


 呼びかけると彼女はゆっくりとこちらをみた。

 そしてぼんやりとした口調で答える。


「どしたの、コータロー」


「もしかして、泳げないのか?」


「ラビュ、インドア派だから」


「なるほど……」


 つまり泳げないのか。

 まあでもそういうものだよな。

 

 天は二物を与えず。

 ラビュはずば抜けた可愛らしさを持っているうえに、絵心もあって……。


 ん?

 すでに二物を与えてんな。

 

 ならケチケチせずに、泳ぎの才能も与えたらいいのに。


「ぬー。コータロー。ちょっとお願いがあるんだけど……」


「お願い?」


 泳ぎの特訓に付き合ってほしいとかだろうか?

 いい心がけだとは思うが、しかし俺には人に教えられるほどのスキルが無い。


「こうやってぼんやり水に浮かびながら、ぬーぬー鳴く謎生物の物真似をするのにも飽きてきたし、そろそろラビュも普通の人間として生きていこうと思うんだけど……」


「うん? ……うん」


 一瞬聞き返そうかとも思ったが、深い意味はなさそうだったので適当に聞き流す。

 するとラビュはパチャパチャと水をかき分け、こちらに近づいてきた。

 

「コータローはこれからの人生、ラビュのビート板として生きていく気はない?」


「あるわけないだろ。というか意味が分からんぞ。どうやってビート板になればいいんだよ」


「仰向けでぷかぷか浮かんでたら、それってもうビート板だよね?」


「違うと思う」

 

「それでね、コータローがビート板になってくれたら、それをラビュが押して進めるでしょ? ラビュ、バタ足なら得意だから」


「ああ……」


 つまり一緒に遊ぼうというお誘いだったわけか。

 やけに回りくどい言い方だったから、本気で意味が分からなかった。


「わかった、それなら俺もビート板になる覚悟を決めよう。今から仰向けになるから――」


「えいやっ!」


「うおっ!」


 いきなり背後にずっしりとした重み。

 前のめりに倒れ込みそうなところをなんとか踏ん張っていると、すぐ耳元から楽しそうな声が聞こえてきた。


「あははっ! タロタロびっくりしてる!」


「いやするだろそりゃあ……」


 背中に飛び乗ってきたのは柚子島か。

 こちらの首に腕を巻き付け、強制的におんぶの体勢にさせられてしまった。 


 そんな俺たちを見て、ラビュが不満そうに口を尖らせる。


「ずるーい! コータローはラビュ専用のビート板になったのに!」

 

「誰がラビュ専用だ」


「え? じゃあ光太郎くんはみんなのビート板なの?」


「いや違うぞ倉橋、俺はそういうことを言いたかったわけじゃ――」


「え、えい……」


「ぐう!?」


 重みが増した!?

 いまの遠慮気味な声は……。


「御城ケ崎ぃ、なぜ俺の上に乗ったぁ……」


「そ、その、今がチャンスかと。そして、私が乗ったのは光太郎様ではなく、初夏さんです」


「たしかにそだね。背中にぎゅってしがみつかれてるもん」


「そのふたりを俺が背負ってるんだぞ……! 押しつぶされそうになりながら……!」


「たあー」


「まてラビュ! この状況で俺の腹を押してくるな! バランスが崩れるだろ!」


「そんなこと言われても、ラビュはビート板に向かって突き進んでるだけだし。たあー」


「バタ足をやめろぉ! 体勢が……崩れるっ……!」


「きゃあっ!」


 前方からの圧迫と、上方からの重圧に耐えかねた俺は、近くの水面に浮かんでいた倉橋を巻き込みながら、横向きに倒れ込む。

 

「……ごぼごぼ……ぷはあ! はあ……はあ……」


 再び浮かび上がった時には、当然のように息も絶え絶え。

 顔面についた水を腕で拭いながら荒い呼吸を整える。

 

 全くひどい目に遭った……。

 いくらなんでも、はしゃぎすぎだろ。

 

 しかも俺を押し倒したラビュは、俊敏に回避したらしく、ひとり涼しい顔をしてこちらを見てるし。


 と。


「全く君たちは元気だね」


 死屍累々の水上を、ナギサ先輩が乗るビニールボートが優雅に通過していく。

 どうやら彼女はそもそも泳ぐつもりがないようだ。


 しかしだとしたら、そもそもプールになんて来るべきじゃなかったな。

 まして、この場に近づいてきたのは明らかに失策だ。

 

「にひひっ」


 ほら見ろ、さっそくラビュがボートを見て悪い笑みを浮かべている。

 良いイタズラを思い付いたという顔。

 こういう時の彼女は、誰にも止められない。

 

「たあー!」

 

「ちょ、ラビュ……! 危ないからボートを押さないで……うわあ!」

 

 バタ足で突撃するラビュにより、ボートは見事に沈没。

 乗っていたナギサ先輩もあっけなく水中に転落していた。

 

 そりゃまあ、こうなるよな。

 むしろ先輩もこの展開を期待して近づいて来たのではないかと思えるほどだ。

 

 ……………………。


 しかしあれだな。


 先輩、全然浮かんでこないな。

 っていうか、どこにいるんだ?


「ナギー?」


 ラビュも見つけられずにいるようだ。

 水中を眺めながら、きょろきょろ見回している。


 ――そんなラビュの姿を見て、じわじわと不安が増していく。

 

 さすがにこれはちょっとおかしいんじゃないか?

 

 ナギサ先輩が着てたのは、水着というより洋服だった。

 

 もしかして水を吸って、かなり重くなってる?

 そのせいで浮かぶことが出来ない?

 

 …………………………。

 

 ちょ、ちょっと俺も探してみるか。

 焦った俺は、ひとまずその場に勢いよく潜り、水中で目を凝らす。

 

 水底には……いないか。

 まあそうだよな、上から見てもいそうになかったし。

 

 でもそうなると、先輩はいったいどこにいるんだ……?


 必死に不安を抑え込みつつ、水中を見回す。


 と。


「…………!」

 

 ひっくり返ったボート。

 その真下に人影が見えた。

 

 ナギサ先輩!

 ボートが邪魔で浮かべなかったのか……!


 そう思って慌てた俺だったが、なにやら様子がおかしいことに気付く。

 ボートの下のナギサ先輩は、こちらに気付くと、両手を振り始めたのだ。


 それは近づくなというハンドサインのように思えた。


 つまり意図的にボートの下に隠れている?


 だとしたらその狙いは――。

 

 俺は、ざぶんと水面に顔を出すと、いまだにきょろきょろしているラビュに声を掛けた。


「やっぱりいないな、先輩」

 

「だよね。もしかしてどっかいっちゃったのかな?」

 

「どうだろうな。先輩のことだから大丈夫だとは思うが、何かあったら困るしなぁ」


 そう何食わぬ顔で答えてから、言葉を付け加えた。


「とりあえず俺は、高い所に立って探してみるから、ラビュはビニールボートの向こう側を頼む」


「うん、分かった」


 素直に頷くラビュは、警戒する様子もなく水をかき分け、ボートに近づいていく。


 そして。


「ひゃああ!」


 突然水中に消えた。


 やはりナギサ先輩は意趣返しを望んでいたんだな。

 しかし死角から近づき水中に引きずり込むとは……結構えげつないやり方だ。


 あまり怒らせないほうが良さそうだ。

 

「もー! びっくりさせないでよナギー!」


 水面から顔を出し、満面の笑みで抗議するラビュを見ながら、俺はそんなことを思うのだった。

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