第83話 久々の再会
ステージの上でマイクスタンドの前に立ち、手を後ろに組んでちょっと偉そうに振舞う金髪少女――ラビュだ。
彼女は俺たちの視線に気付いたのか、滑らかな動きでマイクのスイッチを入れた。
そして穏やかな表情で話し始める。
「えー皆様、ようこそおいでくださいました。本日は晴天にも恵まれ、まさにプール日和ではございますが、こういう時にこそ体調に気をつけ、水分補給なども怠らないようにしていただきたいと――」
なにやら鷹揚に頷きつつ、マイクに声をのせ続けているが……。
「あれはいったいなんだ……? なんか、分かるような分からないようなことを延々と喋ってるみたいだが……」
俺のつぶやきに、ナギサ先輩が反応した。
「たぶん校長の挨拶みたいなのをやりたいんじゃないかな。長いぞってツッコミを期待してるんだと思う」
は?
えっ、ツッコミ待ちってこと?
「……なぜそんなよく分からんボケをかましてくるんだ。まだラビュとは会話すらしてないのに」
「むしろ、だからじゃない?」
ナギサ先輩は愉快そうに笑っている。
その態度にはかなりの余裕を感じた。
どうもラビュとの付き合いが長い分、こういう奇行にも慣れっこのようだ。
「きっと私たちと久々に顔を合わせるのが照れくさいんだよ。あれをやめてもらいたいなら、野次でも飛ばすしかないんじゃないかな。ラビュ自身、終わるキッカケが見つからないみたいだし、この調子だと何十分でも続きそうだ」
「マジですか……」
多少なら付き合うつもりだったが、さすがにそこまで長時間続くのはちょっとしんどい。
ならさっさと止めとくか。
こういうのは時間を掛ければ掛けるほど、止め方が難しくなるもんな。
と、そんな俺たちの会話を隣で聞いていた倉橋が、澄んだ瞳をキラリと輝かせた。
「ラビュちゃんに野次を飛ばせばいいの? じゃあ代表してあたしがやるね」
「倉橋が……?」
そういうのが得意そうには見えないが、妙に乗り気だ。
まあ、本人がやりたいというのなら、任せるけども。
内心首を傾げつつ見守っていると、倉橋は自身の口もとに手を添え、ステージに向かって大声を張り上げた。
「ヤジー! ヤジー!」
「倉橋は大胆にボケるなあ……」
思わず感心してしまう。
言うまでもないが、野次を飛ばすというのは別にヤジヤジ叫ぶことでは無い。
俺だったら、「話がつまらないぞ!」だの、「時間の無駄だ!」だのと罵声を浴びせかけたことだろう。
しかし倉橋はそうしなかった。
野次ではなく『ヤジー』を飛ばすという強硬手段に出ることで、ラビュの気分を害することなく話を強制終了させるつもりなのだ。
それは大胆なボケであると同時に、相手の気持ちを慮った優しさあふれる行動だと俺は思った。
「あの……これでラビュさんに伝わるでしょうか……?」
意味が分からなかったのか不安そうな様子の御城ケ崎に、俺は微笑む。
「伝わるさ。ラビュは他人の気持ちに敏感だから、倉橋の優しさだって伝わるに決まってる。すぐに挨拶を切り上げて、こっちに来てくれるよ」
「でもあたしだけじゃ声が届くか不安かも。だからみんなも一緒に叫ばない? ヤジー、ヤジー!」
「よしきた、任せろ。ヤジー! ヤジー!」
「!?」
倉橋と一緒に叫んでいると、ラビュはギョッとした様子で口をつぐんだ。
そしてマイクの電源を切るとステージを降り、こちらへよろよろとした危なっかしい足取りで近づいてくる。
「ほら見ろ、理解してくれた」
「えっと……たしかに挨拶は中断されましたが、意図が伝わったかは大いに疑問です……」
「御城ケ崎は疑い深いな。なら本人に直接聞いてみればいいさ。大丈夫、絶対伝わってるから」
俺が保証しても、御城ケ崎はやはり不安そうな表情を浮かべていた。
本当に疑い深い。
まあ慎重なのは悪い事じゃないけどな。
「えっと……」
ようやく目の前までやってきたラビュは、何か言いたげにモジモジしている。
そんな彼女に、俺は落ち着いて問いかけた。
「なあ、ラビュ。俺たちがヤジーって呼びかけたのは聞こえてただろ?」
「うん、聞こえてたよ」
「どう思った?」
「ラビュのあだ名って、いつの間にヤジーになったの?」
「全然伝わってない!」
叫びつつ、俺はむしろ嬉しくなってしまった。
意図は伝わってないのに、目的は達成できるというのはそれはそれですごいと思う。
「あ、ホントは何か違う言葉を叫んでたってこと?」
「いや、そういうことでもないんだが……しかし久しぶりだな」
目的を達成した以上、わざわざ掘り下げる必要もないだろうということで、俺は話題を強引に変える。
するとラビュの表情が、わずかに曇った。
「そだね。なんか……いろいろあって入院しちゃった」
「……だな」
ラビュの言う「いろいろ」には、それこそ様々な想いが含まれているのだろう。
今の彼女は、ドレッドさんが革命軍のトップだということを知っているのだ。
そして――自身が実験材料にされたことも。
でも今日はせっかくの退院祝い。
いつまでも暗い顔をさせてちゃいけない。
だから俺は無理やりにでも笑顔を作り、彼女を労うことにした。
「でも良かった。やっと元気な姿を見れた。退院おめでとう、ラビュ」
「うん」
頷いたラビュは、気を取りなおしたように微笑むと、その場でくるりと回ってみせる。
「ところでコータロー、どーお? すごいでしょ?」
「ん? ああ、確かにすごいよな。こんな豪華で綺麗なプール、生まれて初めてみたよ」
本心からそう思っていたので素直に同意したのだが、ラビュはそんな俺を見てぷーっと頬を膨らませた。
「なにそれ、そんなことわざわざ聞くわけないじゃん。そうじゃなくて水着! 久々に会ったラビュのセクシー具合を聞いてるの!」
「な、なるほど水着な」
まずいまずい、たしかに施設なんかを褒めている場合じゃなかった。
水着に興味が無いと、こういうとき失敗してしまう。
とはいえあらためて眺めてみると、ラビュが着ている水着はわざわざ主張してくるだけあって、なかなかに素晴らしかった。
端的に言って、『俺向けのセクシー』を有していたのだ。
特筆すべきは、パーカーを選んだという点だろう。
水着の上からパーカーを羽織るその重ね着スタイルは、ラビュのスタイルの良さも相まって、輝かんばかりのセクシーさ。
あと、パーカーの前面を開いているのも良い。
常夏を連想させるオレンジ色のビキニが見えていて、とても華やかだ。
これならいくらでも褒めようがある。
「たしかにかなり良いな。特にパーカーをチョイスしたところなんて実によく分かってる」
「でしょ? コータローはこういうの好きそうだなーって思って選んだんだよ。まあでも、ナギーがナチュラルに重ね着してたから、ラビュのインパクトが少なくなっちゃったけど」
「それは悪いことをしたね」
ナギサ先輩は、白いTシャツに半ズボンという自身の姿を見下ろしながら苦笑していた。
恐らくその下に水着を着ているのだろうが、たしかに重ね着という意味ではラビュの上をいっているかもしれない。
もっとも俺の好みの話を言うのなら、今回はさすがにラビュに軍配が上がる。
だってナギサ先輩は、いくらなんでも普段着すぎる。
「でも私の場合は普通に露出を抑えたかっただけなんだ。あまり自分の身体に自信がなくてね」
「えー!? ナギサちゃんもスタイルかなり良いのに! 脚だってそんなに綺麗だし、せっかくだから普通に水着になればいいと思います!」
「ありがとう。でも私は、これが性に合ってるんだ」
「けど――」
「まあ、本人がそれでいいって言うんだから、別にいいだろ。それより全員揃ったんだ、いい加減プールに入ろうぜ」
「だよね。ウイカもうずうずしてきたし、これ以上のお預けはつらいかなって」
「あ、ごめんなさい!」
みなもはハッとしたように口を押さえる。
そして自身の浅はかさを反省するかのように、しおしおとうなだれた。
「たしかにナギサちゃんの水着を無理やり脱がせるのは、水中のほうがいいですよね」
「そんな話してたか……?」
「光太郎様。さすがに水中で無理やり服を剥ぎ取るというのはいかがなものかと……」
「そしてなぜ俺が窘められてるんだ……?」
「わーい! プールだプール!」
頭にハテナが浮かぶなか、すべてのやり取りを無視してプールに突っ込んで行く倉橋。
自由だな、こいつ。
「あ、ひかりさんお待ちください! きちんと準備運動をしてから……」
御城ケ崎は、そんな彼女のあとを慌てて追いかけていく。
面倒見がいいと、こういう時に大変だなぁ。
俺は他人事のようにそんなことを考えつつ、きちんと準備運動してからプールへと向かうのだった。




