第82話 リゾート施設『ルナマリン』
眼前に広がる、湖と錯覚しそうなほど広大なプール。
その水面は頭上から差し込む光を反射してキラキラと輝いていて、思わず抜け駆けの誘惑に駆られた。
……まあ少しくらいなら良いよな。
ゆっくりとプールサイドに近づいた俺は、その場にしゃがみ込み、指先を軽く水に浸してみる。
――ほどよくぬるい。
さすが高級リゾートだけあって、適温こそ至高ということをよく心得ているらしい。
指先についた水気を軽く振り払いながら立ち上がった俺は、満足感と共にきらめくプールを再び眺めた。
高級リゾート『ルラマリン』。
それがこの施設の名だ。
案内してくれた御城ケ崎曰く、ここにはプール以外にも高級ホテルや施設利用者のみが利用できるショッピングモール・病院などがあり、この広大な敷地内だけで日常生活を過ごせるよう設計されているのだとか。
まさに至れり尽くせりといった感じだが……でもだからこそ『高級』という2文字が頭に付いているわけで。
そもそもリゾート施設の利用料が安いわけないのに、さらに『高級』だもんな。
御城ケ崎が招待してくれなければ、俺も訪れる機会なんて一生なかったろう。
というか彼女の退院祝いのはずなのに、無関係なはずのみなもまで招待してくれて……本人は「御城ケ崎家の関連会社が運営しているのでかなり無理がきくんです」とは言っていたが、実際そう簡単な話でもないだろう。
なにかきちんとしたお返しを考えておかないといけないよな。
と。
「お待たせ、おにいちゃん!」
「来たか」
背後から聞こえてきた楽しそうな声に、こちらまで思わず笑顔になりながら振り返ると、そこには水着に着替えたみなもの姿があった。
……そして、みなもの姿しかない。
「みんなは?」
薄々理由は察していたがそれでも一応尋ねてみる。
するとみなもは、やはり楽しそうに身体を揺らしながら答えてくれた。
「どの水着にするかで悩んでるよ。更衣室の手前に水着を売ってる場所があったんだけど、ズラーって壁一面に水着が並んでて、ホントすごかった。圧巻ってああいうことをいうんだろうね」
「そうか……」
やっぱり水着選びで難航しているようだ。
まあ、今回のプールの誘いはあまりにも急だったから、そうなる気持ちも分かるけどな。
なんといっても昨日の今日だ。
まあ、御城ケ崎も水着の準備が間に合わないと理解していたからこそ、「施設内で販売している水着を、どれでも一着差し上げます」なんて提案をしてくれたのだろうが……現地で水着を選ぶとなったら、そりゃ悩みもするよな。
まあこいつみたいに悩まない奴もいるけど。
「みなもはスク水か。……本当にそれで良かったのか? もっといろいろあっただろ」
「そうだけど、結局これが一番かわいくない?」
かわいい?
色は地味な紺色だし、女の子が好みそうな装飾がついているわけでもないのに?
個人的な意見を言わせてもらえれば、布地が多めという評価ポイントはあるものの、それでも所詮はぺらぺらな水着。
その魅力などたかがしれている。
スクール水着とはその名の通り学校が指定する水着というだけであって、それ以上でもそれ以下でもないと俺は思う。
とはいえみなもは明らかに褒めてもらいたがっているし、彼女のテンションを下げそうな言葉を口にするのはやめておこう。
「水着単体で可愛いかは分からんが、スク水を着たみなもは可愛い。それは確かだ」
「でしょ?」
嬉しそうに胸を張るみなも。
ちょっと褒めただけでこの反応、やはり可愛い。
と、そんな彼女の背後に複数の人影が見えた。
「おっ、思いのほか早かったな」
「あ、ほんとだ。こっちこっちー!」
ぶんぶん手を振るみなもに導かれるように近づいてくる集団。
その先頭に立っているのは、御城ケ崎のようだ。
日よけのためか大きな水色の帽子を被った彼女は、白いビキニを身にまとい、腰には華やかなパレオを巻いている。
そして俺の目の前で立ち止まると、軽く頭を下げた。
「お待たせいたしました光太郎様……着替えに少々手間取ってしまいまして……」
「いや別に待ってない。というかあれだ。御城ケ崎の退院祝いなのに、こんな凄い所に招待してもらって悪いな。マジで感謝してるよ」
あらためてお礼を告げると、御城ケ崎は照れたように微笑む。
「お気になさらず……あくまでも退院祝いというのは名目ですから……」
「名目?」
「はい。そもそもわたくしの入院がなくても、この場所に皆さまを招待するつもりだったんです。オープン前の運営テストを兼ねて、皆様と楽しく遊べたらと思っておりました……」
ん?
オープン前のテスト?
「……もしかしてここってまだオープンしてなかったのか? それにしてはこの施設の名前はよく聞く気がするんだが」
「ホテルとかは先行オープンしてたけど、プールはまだだから。駅に貼ってるポスターにも、7月末に正式オープン予定って書いてあったじゃん。知らなかったの、おにいちゃん?」
「知らんかった……」
どうりで、こんなに広くて綺麗なプールなのにお客が俺たち以外にいないわけだ。
物理的に入りようがなかったわけね。
「でも凄いよねえ」
御城ケ崎の背後からひょいと顔を出した倉橋は、日差しを手で遮りながら頭上に浮かぶ太陽を見上げた。
「これが室内だって言うんだもん。信じられないよ」
「だよね、だよね?」
さらにその背後で楽しそうに頷いているのは、柚子島だ。
「ウイカも太陽を見た瞬間、思わず日焼け止めを探しちゃったくらいだし。でもあれって、単なるCGなんでしょ?」
「はい、実際はドーム状の屋根に覆われておりますので、日差しも疑似的なものでございます……なんでもこのプールで一番お金を掛けたのは、常夏をイメージした映像の天井部への投射と、疑似的な太陽光の再現だそうで……」
「さすがは世界に名だたる御城ケ崎家、こだわりも一流だね」
うんうん頷くナギサ先輩の言葉にまったくもって同感だったが、俺の視線はそんな彼女の周囲を彷徨った。
「……ところでラビュは? 先に来てるって話だったから、てっきり一緒に更衣室から出てくるかと思ってたんだが。もしかしてまだ水着を選んでるのか?」
「うん? いや、更衣室にはいなかったよ。私もてっきりプールにいるとばかり……」
「あの……ラビュさんでしたら、あちらにいらっしゃるようです……」
困惑した様子の御城ケ崎の声に促されるように、俺たちの視線はプールの端にある特設ステージに向かう。
本来であればライブイベントなどが開催されるであろうその場所は、雰囲気作りのためか室内にもかかわらず屋根付きになっている。
そしてそんなステージの中央に、ひとりの少女が立っているのが見えた。




