第71話 同居の少女が増えました(前編)
「うーん」
リビングのソファで横になりながら考えていたのは、宇佐先生について。
彼女が革命軍の一員かもしれないという話を聞いてから、すでに1週間。
ナギサ先輩とも相談しつつ宇佐先生の様子を探ってみたが、特に不審な行動は確認できていない。
というか、何をもってして不審な行動なんだろう。
先生っていつもびくびくしているから、怪しいといえばいつだって怪しいし。
かといって、彼女が革命軍に関与していない証拠を探すとなると、こちらは完全にお手上げ状態。
やっぱり悪魔の証明だよな。
ただでさえナギサ先輩から指摘された『連城村の男性住人どうする問題』で頭がいっぱいなのに、宇佐先生のほうもまるで成果無しという現状は、さすがにちょっと気が滅入る。
……まあいいや。
今日は休日だし、久々に骨休めといこう。
ここのところ外出してばかりだったもんな。
きちんと休息を取らないと、良い案だって思い浮かばないさ。
そんな言い訳じみたことを考えつつ、みなもと共にリビングでくつろいでいると、叔母さんが声を掛けてきた。
「ふたりとも、ちょっといいかしら」
妙にかしこまった態度だが、よくあることなので用件は察しがつく。
出張でしばらく家を留守にするとかだろう。
みなもなんて早くも期待に目を輝かせてるし。
「悪いんだけど、出張が入ったのよ。明日から2週間くらい家に帰って来ないから」
「いよっし!」
「はいそこ。ガッツポーズしない」
「は~い」
みなもは注意されても気にした様子はなく、ソファから身を乗り出すように前傾姿勢となり、にやにやと嬉しそうにしている。
夜になると途端に怖がり、俺の部屋に逃げ込んでくるのがいつものパターンだが、まだ懲りていないらしい。
「しかし急だなあ」
「マミーが急なのはいつものことじゃん」
「そうは言ってもいつもならせいぜい2、3日前には教えてくれるだろ。前日に、しかも2週間の出張を伝えてくるのはさすがに珍しくないか?」
俺がそう言うと、責められたとでも思ったのか、叔母さんは盛大にため息をついた。
「しょうがないじゃない、決まったのが今朝だったんだもの」
「今朝? それはまた急な……」
「一応前々から、管理局の担当者さんと一緒に全国の私立高校を回ろうって話はあったんだけど、ついさっき連絡がきて『明日からにならないか』って言われちゃって。ほら、うちの学園って管理局と提携をしている教育機関のモデルケースでしょ? こういうのも契約に入ってるから、実際に提案されちゃうと断るのが難しいのよね」
「ああ……」
要は補助金関係の話か。
連城村出身者である叔母さんが理事長を務めているうちの学園は、いろいろな面で薄氷の上に立っているらしいので、こういうときにしっかり媚を売らないといけないらしい。
叔母さんって世間的にも知名度が高いから、こういう時に他の人では代わりにならないんだよな。
「じゃあ、マミーがいないあいだ、今回も藤井のおばちゃんが来てくれるの?」
藤井さんは、いわゆるお手伝いに来てくれる60歳くらいの温和な女性で、叔母さんが留守のときは定期的にこの家に来て俺たちを孫のように可愛がってくれるのだ。
人見知りなみなもも彼女にはかなり懐いているので、もはや家族の一員と言っても過言ではない。
けれど叔母さんは、再びため息をつく。
「うーん、私もいつもどおり藤井さんに頼むつもりだったんだけど……彼女、入院することになったらしくて」
「え? そうなんだ」
「もともと調子が悪そうなことは言ってたんだけどねえ」
確かにこのところ姿を見ていないとは思っていたが……入院か。
それは心配だな。
「それで、あなたたちのことなんだけど――」
「まあそういうことなら仕方が無いし、今回はみなもとふたりでうまくやるよ。今さら知らない人が家に来ても面倒なだけだし」
叔母さんの言葉を遮り、口早に告げた。
どうやら藤井さんの代わりに誰か来てもらうことを考えていたようだが、見知らぬ他人と2週間過ごすなんて、どう考えても地獄だ。
「さんせー。おにいちゃんの言う通りだと思いまーす」
「そりゃあ、あんたたちのことだからそう言うとは思ったけど、さすがにふたりだけじゃ心配でしょ」
「えー」
ぶーたれるみなも。
もちろん俺だって不満だが、こうやって他人の意見を切り捨てたあとの叔母さんはテコでも動かないんだよな。
反論しても叔母さんの機嫌が悪くなるだけで良いことがまるで無い。
ここはさっさと諦めて、受け入れ態勢を作ったほうが賢明だろう。
「じゃあ、新しい人に来てもらうことにしたんだ?」
俺が話の続きを促すと、叔母さんは嬉しそうに頷いた。
「ええ、そうよ。ふたりは知らないでしょうけど、藤井さんってもともとお孫さんとふたり暮らししてたの」
……お孫さんとふたり暮らし?
「たしかに知らなかったけど、それがなんの関係が……」
「藤井さんが入院しちゃったら、お孫さんはひとりで住まないといけないでしょ? でもこのご時世、若い女の子が家にひとりでいるのも危ないし、ちょうどいい機会だから、そのお孫さんにここで暮らしてもらおうかなって」
「は? それって……」
ゾッとしつつ聞き返す。
「そのお孫さんが、ここで寝泊まりするってこと?」
「だからそう言ってるじゃない」
「はあ!? そんなこと急に言われても困るって!」
みなもはソファから立ち上がり猛烈に反発するが、叔母さんの笑顔は崩れない。
「うちって空いてる部屋が結構あるでしょ? 無駄なスペースだなって前から思ってたの」
「無駄じゃないし! っていうか若い女の子がウチに来たらおにいちゃんに襲われるよ! あたしも毎晩襲撃するし!」
無茶なことを言い出すみなもだが、是が非でも拒否したいというその気持ちはよく分かる。
藤井さんは線引きがきちっとした人で、俺たちのプライベートを侵すような真似は決してしなかった。
だからこそ、好き嫌いが激しいみなもですら、彼女には懐いていたのだ。
でもお孫さんにその絶妙な距離感を期待できるかというと、望み薄だろう。
苦痛に満ちた2週間が待っているというのに、素直に受け入れられる道理がない。
なんとか考え直してもらいたいところだが、雑な反論をしても黙殺されて終わりだし、なにか説得材料を見つけないと……。
内心焦りつつ叔母さんを止める言葉を探していると、来客を告げるインターホンの音が鳴った。
「あ、ちょうど来たみたい」
来た?
俺の疑問をよそに、インターホン越しに会話を交わしてから、マンション入り口の自動ドアを遠隔操作で解錠する叔母さん。
その様子に、俺は不安を覚えた。
「もしかしてお孫さん? いくら何でも急すぎない?」
「別に急じゃないわよ。この時間に来てって私が呼んだんだもの」
「……つまり、俺たちに説明する前から呼んでいたと?」
「ごめんなさい、ちょっと玄関に迎えに行ってくるわね」
こちらの言葉を無視して足早に廊下に向かう叔母さんを見て、俺は思わず肩を落とす。
これはもう止められそうにない。
所詮俺は居候なので、家主の指示には大人しく従うしかないのだ。
それに、泊まる準備万端でやって来た女の子を、追い返すわけにはいかないもんな……。
「迷わなかった?」
「はい、前にも来たことがあるので――」
ああ、玄関口から女の子の声が聞こえる。
せめてまともな子だといいんだけど。
これで夜遊びに出かける不良タイプだったら目も当てられない。
……でもなんか今の声、聞き覚えがあるような気が……。
やがて廊下からペタペタと足音が響き、叔母さんに続いて姿をあらわしたのは、合宿にでも行くかのような大きなスポーツバッグを肩から提げている、明るい髪色でどこかギャルギャルしいミニスカ少女。
いや、というか――。
「うぇーい、タロタロ! 元気してた?」
「……柚子島!?」
つばの長い帽子を被っていて顔がイマイチ見えづらいが、この底抜けに高いテンションは間違いなく柚子島だ。
「なんでここに……!?」
「えー? なんでって言われたらそりゃまあ、そこにタロタロがいるから……的な? なんちゃって?」
「はあ、なるほど」
「もーっ! もすこしリアクションしてよ! いくらなんでも反応うすすぎ!」
そう言いながら、笑顔でこちらにビシッと指を突き付けてくる。
今日も柚子島は、元気いっぱいだな。
「うぇいうぇーい!」
大荷物を抱えたまま俺にショルダータックルをしてくるくらい、本当に元気いっぱい。
「あらあらさっそく仲良しね」
「いや仲良しっていうか……なんで柚子島が……」
「なんでって、だからさっき説明したじゃない。藤井さんのお孫さんに来てもらうって」
「え……?」
それってつまり……。
「柚子島が藤井さんのお孫さん……!? でも名字が全然違うじゃん!」
「そりゃあお孫さんだもの。名字が違っても別におかしくないでしょ」
「うぐ……たしかにそうか。いやしかし……驚いたな」
「えー?」
俺へのタックルをやめた柚子島は、サッと帽子を脱ぎ、綺麗な赤い髪を手で撫でつけながら照れた様子で笑っている。
「驚いたのはウイカのほうだって。うちのおばあちゃんがタロタロのおウチに行ってるとか、ウイカぜんぜん知らんかったし」
「まあそれは守秘義務ってやつよね。藤井さんはそのあたりちゃんとしてるから、ウチにお手伝いに来てることは誰にも伝えてなかったみたい。でも本人が入院ってなると話が違うでしょ? だから初夏ちゃんには、私からきちんと説明させてもらったの」
「……ねえ。このテンション高い人、おにいちゃんの知り合い?」
みなもは話しについていけないようで、柚子島を見ていぶかしげな顔をしていた。
そういえば下着を買いに行ったときには柚子島がいなかったから、これが初対面なのか。
「えっと小学校のとき同級生だった子で、今は同じ部活の柚子島――」
などとみなもに説明していると、インターホンの音が再び部屋に響く。
「あ、来たみたい」
シレッとつぶやき、パタパタと玄関に駆けていく叔母さん。
「……来た……?」
イヤな予感がする。
すっごく嫌な予感がする。
考えてみれば今回の同居生活のやり口は、いくら叔母さんといえど強引すぎるんだ。
それはつまり、強引に話を進めないと俺たちが拒否すると考えたということで……。
もしかして――同居人って一人じゃなかったりするのでは?
ありえる。この叔母さんならありえる。
「良かった、これで全員揃ったわね」
笑顔で戻ってきた叔母さん。
そして、そのあとに続いてリビングに入ってきたのは――少女が4人。
……4人!?
思わず目を疑うが、確かにやってきたのは4人だ。
しかも全員知ってる顔。
風紀委員長の涼月先輩。
風紀委員の明星先輩。
おなじみのナギサ先輩、そして俺と同じ一年生の倉橋。
そんな4人の横に立ち、叔母さんがにっこり微笑む。
「この子たち、今日からここに住むことになったから」
「限度ッ……!」
俺は声を絞り出した。
「物事には限度ってもんがあるだろ……! そりゃ藤井さんが大変だっていうのなら、俺だって協力したいとは思うよ。でもそれはせいぜい、お孫さんまでの話じゃん! 無関係の4人を含めて、いきなり5人と同居生活を送れというのはあまりにも無法……! 度を超した暴挙……!」
「それは言い過ぎよ。この子たちだって藤井さんの入院と無関係じゃないもの」
無関係じゃない?
この4人も藤井さんの入院と関係してる?
「……まさか全員が藤井さんの孫だとか言わないよな?」
「言わないわよ。だって違うし」
叔母さんは呆れ顔だ。
まあたしかに違うだろうが、なんか不合理な反応だと思う。




