第70話 教えてナギサ先輩
「……というわけで、みなもも協力してくれることになりました」
風紀委員として見回りがてら、昨日起きた出来事を報告する俺に、ナギサ先輩から返ってきた言葉はたった一言。
「なんか手が早くない?」
「……」
想像と全く違う反応に言葉を失っていると、ナギサ先輩は失言だったと言いたげに口元を押さえていた。
「あ、ごめん……」
「いえ……」
あいまいに答える。
彼女がそう感じたというのなら俺がどうこう言う話でもないが、みなもの勧誘に成功したのに喜んでもらえないのはちょっとショックだ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、ナギサ先輩は申し訳なさそうに口を開く。
「コウちゃんに話があるって言われて、私はてっきりラビュと恋人になった報告だと思ってたんだ。あんなことが起きたせいで、結局細かい経緯も聞けてないから、あらためて話してくれるんだろうなって。でも……みなもちゃんの勧誘に成功した話なの? いや、もちろん問題は無いよ。彼女はコウちゃんの事情を知っていて、なおかつ好意的に接してくれる人物。そういう意味では、連城村復活に絶対必要な人材とさえ言える。でもさ……」
ナギサ先輩は、巡回用のタブレットを胸に抱きかかえ、うめくように言った。
「……なんか手が早くない? ラビュはいまだに入院中なのに、なんでこのタイミングで恋人が……」
彼女としては、そのあたりが腑に落ちないらしい。
俺だって納得できていないのだから、気持ちはよく分かる。
「あの、さっきも言いましたけど、恋人になったわけではないです。あくまでも俺の恋人はラビュだけで、みなもは単なる協力者。まあ本人はラビュと直接話すとは言い張ってましたけど……。それでもラビュが拒否した場合、恋人になるのは諦めてくれるそうなので」
俺の説明を聞きながら、ナギサ先輩の表情はますます険しくなっていった。
「で、コウちゃんはそんなみなもちゃんの言い分を素直に受け入れてしまったというわけだ。うーん」
「えっと……なにか?」
「いや、なんていうかコウちゃんって、恋愛観とか結婚観とかに関してはかなりのポンコツだよね。実際にラビュが拒否したとして、みなもちゃんがそう簡単に諦めてくれるとは到底思えないし、いつものコウちゃんなら断固拒否してたと思うよ。でもまああんな変態村で幼少期を過ごしていたら、そのあたりの判断が鈍くなるのも仕方ないのかな」
「は、はあ」
先輩の危惧するところも分からなくはないが、それにしてもずいぶんな言われようだ。
でも、いつも広い視野で物事を見ている先輩が俺の判断に疑問を持ったのなら、たぶんその感覚のほうが正しいのだろう。
「ナギサ先輩の言いたいことは分かります。ただ俺にとってみなもは、ラビュに負けないくらい大切な存在なんです。だからリスクがあることは分かっていたんですけど、村人になってもらいたいと思ってしまって……」
「ああいや、すまない」
ナギサ先輩は俺の落ち込みように慌てたのか、タブレットを抱えたまま、器用にぶんぶん両手を振っている。
「別にコウちゃんの判断を責めてるわけじゃないんだ。タイミングが気になったのはたしかだけど、そもそもラビュだってハーレム展開自体は予想してたはずだし、そこについて彼女が文句を言うことは無いんじゃないかな」
「そう……なんですか?」
「うんまあ、君が連城村の出身だって知れば、ラビュは当然興味を持つよね。あんなインパクト抜群な場所なんだ、そりゃあ気になるのが当然さ。だから私も知ってる限りのことは伝えたし、その中には当然あの村特有の婚姻制度だって含まれている。ラビュもコウちゃんと恋人になると決めた時点で、ハーレムを受け入れる覚悟を決めたんじゃないかな。……あくまでも想像だけどね」
あの村特有の婚姻制度。
ナギサ先輩はハーレムと表現しているが、それはつまり村人全員が夫であり妻であるという連城村独自の重婚システムのことだ。
俺としては必ずしも新生連城村にその制度が必要だと思っているわけでもないが、その考えが変わっていざ導入しようと思った場合、事前に説明しておかないと話がこじれることは容易に想像できる。
だからナギサ先輩が、導入の下地を作ってくれたことには感謝するべきだろう。
「ありがとうございます。ナギサ先輩には、俺が知らないところで随分フォローを入れてもらってたみたいですね」
「はあ……」
俺の勘者の言葉を聞いた先輩は、なぜか盛大なため息をついていた。
「あの……?」
「感謝してもらえるのは嬉しいけれど、まだまだ油断できる状況じゃないよ。着実に仲間は増えているが、みなもちゃんを入れても村人の数がまるで足りてない。さすがに3人じゃね」
ん?
3人?
「4人ですよね? 俺とラビュとみなも、そしてナギサ先輩」
「悪いけど、私は人数に入らないよ」
「え、なんでですか?」
ナギサ先輩は村人の中でもメイン格だと思ってたのに。
俺が村長なら副村長でもおかしくないのに。
「私は別に全裸で暮らす気は無いんだ。あくまでも客人、あくまでも協力者。その立ち位置じゃないと私の夢はかなえられないのは、君だって知ってるだろう?」
「いやいやいや」
俺は全力で首を左右に振った。
もちろんナギサ先輩の気持ちも分かる。
彼女の目的を果たすためには全裸村において異質であり続ける必要があって、だからこそ村人という表現に抵抗があるというのは頷ける話だ。
ただそれを考慮に入れても、俺の主張はなんら変わらない。
「そもそも連城村自体、そのあたりはゆるーくやってましたし。ナギサ先輩含めて駐在さん一家は普通に服を着てましたけど、あいつらは村人じゃないなんて主張する人は誰もいませんでした。だからナギサ先輩だって村人で問題ないですよ」
「そう? まあ、村の代表であるキミがそう言うのなら、それでもいいけどね」
などとつんと澄ましつつも、その横顔はどこか嬉しそうに見えた。
俺の説得をあっさり受け入れてくれた彼女の反応に安心しつつ……とはいえ結局、村人が3人だろうと4人だろうと、人数がまったく足りていないことに変わりは無い。
ナギサ先輩の理想は、全裸の村人たちが日常生活を送る中で、洋服を着て歩くこと。
まあ最低でも何十人は必要だよな。
なのに、現状は4人。
そして人数を増やせる見込みは特にないと。
「……道のりは、まだまだ遠いですね」
「まあそうだね。でもさっきはキミに気合を入れて欲しくてあんな意地悪なことを言ったけど、実のところ4人集まっただけでも凄いことだとは思ってるよ。だってこのご時世に全裸村だもの。それに、みなもちゃんが仲間になってくれたというのも大きい。私も次の村人候補として、ゆら君かみなもちゃんの勧誘をすすめようと思ってたんだ」
「みなもはなんとなく分かりますけど……御城ケ崎ですか?」
「うん。彼女はコウちゃんに悪い印象を持っていないようだったし、盗撮を好むという変態的な願望にうまく寄り添うことができれば味方になってくれる可能性が高いと思っていたから。……まあ、入院中だし、今のところどうしようもないんだけどね」
ナギサ先輩の言うとおり、御城ケ崎はラビュと一緒に入院生活を送っていた。
検査入院という名目だが、実際は催眠の専門家であるヒャプルさんが催眠の後遺症について確認しているらしい。
……本音を言うと、彼女のような特殊なスキルを持った人材にはぜひ村に来てほしいけど、さすがに難しいよな。
そのうちヒャプルさんに聞いてみようかな。
あなたの一族で、全裸生活に興味がある人はいませんかって。
男性ならなおのこといいんだけど……まあどっちにしろ無理か。
そんなこと聞いたら、変態として警戒されるだけ。
少なくとも父さんの奪還作戦が決行されるまでは大人しくしておかないと。
「そういえばいつか聞こうと思ってたんだけど……」
そんなことを考えていると、ナギサ先輩がひょいと俺の顔をのぞきこんできた。
軽快な動きとは裏腹にその表情は硬く、彼女の緊張が伝わってくる。
「なんです?」
「もしかしてコウちゃん、村人として男の人を勧誘しようとか考えてない?」
「え? それはもちろん考えてますよ。そろそろ男女比のバランスが悪くなってきたんで」
素直に答えると、彼女はふうとため息をつく。
「それ、気をつけたほうがいいよ」
「気をつける?」
そりゃまあ、全裸村への勧誘なのだから細心の注意を払う必要があるだろう。
でもナギサ先輩が言いたいのは、そういうことではなさそうだ。
「私は別に男の人がいてもいいんだけどね。あの村を再現するのなら、男性の住人もいたほうがむしろ自然だし。でもラビュにしろみなもちゃんにしろ、コウちゃんに魅力を感じているだけで、全裸村自体に魅力を感じているわけでは無いと思うんだ。だから好きでも無い男と全裸で暮らすとなったら、拒否反応が出ると思うよ」
「いやいや、それは大げさですよ。別に一つ屋根の下で過ごすわけじゃなくて、あくまでも同じ村に住むというだけじゃないですか」
「でもその人たちは全裸だよね?」
「それはまあ。でもラビュたちが見知らぬ男に全裸を見られるのが嫌だってことなら、外では服を着ていてもいいのかなとは思ってます。それこそナギサ先輩という前例があるわけですし」
「はあ……」
先輩は呆れたようにためいきをついた。
「私が言っているのは、見られる側の話じゃないよ。そうじゃなくて、好きでもない男の裸を見たくないという話さ。強制的に裸体を見せつけられるというのは、性的な嫌がらせと言っていいからね。君にはなかなか飲み込めないだろうけど、それが一般的な感覚ってやつだよ」
「……いえ、露出魔が嫌われるっていうのは、俺にも分かります。だから……村ではそういうことにならないよう、男性にもきちんと配慮してもらって……」
「本当に? 露出を希望する人間に、服を脱ぐなとは絶対に言わない。それが君の理想の変態パラダイス村だろう?」
「……」
たしかにそうだ。
脱ぐタイミングに配慮をしましょうといえば聞こえはいいが、結局のところ配慮に配慮を重ねて常時服を着ていないといけない状況に追いやられるのは目に見えている。
妥協が悪いというわけでもないが、その結果生み出されるのが都会と同じ着衣生活なら、村を復活させる意味などなにも無い。
俺が言葉を失っていると、ナギサ先輩は表情を緩めた。
「課題は山積みだね。でも、キミは決してひとりじゃない。私がいるし、ラビュやみなもちゃんだって相談に乗ってくれるはずさ。まあ、とりあえず一歩ずつ歩みを進めていこう」
「……御城ケ崎が退院したら、とりあえず誘ってみます」
「それがいいね。私も他に誘えそうな候補がいないか、考えておくよ」




