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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第2章 ラビューニャ・ハラスメントとセクシュアルなお姉さんたち

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幕間 面会(前編)

 あの激闘から一週間。

 管理局からの連絡を受けた俺は、休日の早朝から『白夜街』の一角にある本部ビルを訪れていた。


 心身共に疲れ果てていた俺が、それでも大人しく管理局までやってきたのは、そうするだけの理由があったから。

 

 ――以前から申請していたドレッド・ハラスメントとの面会許可がついにおりたのだ。

 

 今回の事件の首謀者と目されている彼女に聞きたいことなんて腐るほどある。

 ラビュを狙った理由。旧校舎への侵入経路。革命軍の目的。

 そしてなにより……父さんの監禁場所。


 催眠による取り調べ許可さえおりればどの疑問もあっという間に解決するところではあるが、現行の法制度では本人の同意がない催眠は犯罪行為になってしまうそうだ。

 歯がゆくはあるが、それが決まりである以上ヒャプルさんに無理強いするわけにもいかない。


 つまりは自力で聞き出すしかないってわけだ。

 だから今日の俺は、ちょっとばかし気合が入っていた。


「連城光太郎です。面会の手続きはこちらと伺ったのですが……」


 管理局の受付にいた女性にそう伝えると彼女は微笑みながら立ち上がる。


 そしてその5分後、俺は彼女とともに管理局の地下通路を進んでいた。

 どうやら彼女は面会の担当者で、俺のことを待っていてくれたらしい。

 

「面会場所は地下にあるんですね」


「ええ。地上だと逃走の恐れがありますので」

 

「なるほど……」


 頷きはしたが、本心から納得できたわけではない。

 

 カンリシャが本気を出せば地下からだろうと逃げ出すことは容易だ。

 意味のある対策とは思えなかった。


 俺はよほど不安そうな表情でもしていたのか、案内の女性はこちらを見てくすりと笑う。


「心配はご無用ですよ。逃走を防ぐため、上級の変態管理官が常時5名体制で配備されています。そのうえ彼らは催眠対策として、特殊なガラス越しに彼女と接触することになっていますから」

 

「特殊なガラス?」


「視線が届かないよう、あえて歪めて作ってるんです。見た目はすりガラスみたいな感じですね。ちなみに面会場所に設置されたガラスも、同様の加工が施されていますよ」


「へえ……」

 

 たしかに催眠を掛けようと思えば、相手と視線を合わせる必要がある。

 その点、物理的に目が合わなければ、催眠の掛けようがないというわけか。

 

 感心していると、彼女の歩みが止まった。

 その視線の先には『談話室』と掲示された扉がある。

 

「こちらが面会場所です。面会時間は先ほどもお伝えした通り30分。時間になりましたら声をおかけしますね」

 

「ありがとうございます」

 

 軽く頭を下げながらドアノブに手をかけた俺は、蝶番が軋む不愉快な金属音に顔をしかめつつ、慎重に扉を開けた。


 談話室。

 そこは、かすかにかび臭さを感じる、2m四方の小さな部屋だった。

 外壁も床面も打ちっぱなしのコンクリートのせいか、無機質で冷たい印象。

 中央に設置された分厚いガラスによって部屋が区切られていて、その両側には安物のパイプ椅子が置かれている。

 

 全体的に談話室というより刑務所の面会室を連想してしまうが……この部屋の役割を考えれば特に間違いでもないか。

 

 そしてそんな狭苦しい場所で、俺を出迎えてくれたのは――。

 

「来てくれたのね」


 ドレッド・ハラスメント。

 娘を実験材料にすることさえ厭わない、非道な革命軍のトップ。

 

 ラフな私服姿なのは、まだ起訴すらされていないからだろう。

 今の段階では犯罪者扱いするわけにもいかないので、細心の注意を払って対応しているわけだ。


 悠然とパイプ椅子に腰掛けている彼女を警戒しつつ、目の前に置かれていた自分用の椅子に近づく。

 

 意外なことに、この部屋には彼女の姿しか無かった。

 例の上級管理官たちは、奥に見えている扉の外で待機しているようだ。


 この部屋の狭さを考えればそんなものかとも思うが、しかし誰か1人くらいは室内で警戒していても良いような……。


 不安な気持ちを押し隠しつつ、安物のパイプ椅子に慎重に腰を下ろした俺は、ガラス越しに彼女を見据えて静かに口火を切った。

 

「ドレッド・ハラスメント。貴方には聞きたいことがあるんです」

 

 すると彼女も重たい口を開く。

 

「私も聞きたいことがあるわ。ラビュとの馴れ初めとかね」

 

「…………」


 いや、重たいってことはないな。

 むしろ軽口を叩かれてしまった。

 

 彼女の態度に余裕を感じるのは、収容されてまだ日が浅いせいだろう。


 未だにラビュは入院中だというのに、罪の意識を欠片も感じていないその姿には思うところがあるが、怒りをぶつけてもどうせ無駄だ。

 

 というより余裕のなさを見透かされ、会話の主導権を握られるだけ。

 ここはあくまでも冷静にいこう。

 

「なぜ、ラビュを狙ったんです」


「さあ……」


 彼女はじれったくなるほどゆっくりと脚を組み変え――そして首を傾げる。

 

「どうしてかしらね」


「……」


 韜晦(とうかい)は想定内。

 にもかかわらず言葉に詰まってしまったのは、彼女の反応にそれ以上のなにかが含まれているように思えたからだ。


 適切な問い掛けができれば、きちんとした答えが引き出せそうな予感があった。


「ラビュはあの日カンリシャになりました。そしてその力は即座に失われた。俺たちの迅速な対応によって。率直に聞きます、貴方の計画は失敗したんですか。それとも……」


 ガラスによって奇妙に歪む彼女の姿を見つめながら。

 あの日感じた違和感をそのまま言葉にする。

 

「ラビュが力を失うところまで含めて、あなたの計画だったんですか?」


「うふふふ……」


 返ってきたのは、思わせぶりな微笑み。

 

「私は何も計画なんてしていないわ。ただ巻き込まれちゃっただけだもの」


 そして、ごまかしの言葉。

 どうやら彼女はまともに受け答えする気が無いらしい。


 いや、それとも……?


「巻き込まれたというのは、いったい何に――」


「あなた、カンリシャがどういう存在か分かる?」


「え?」


 唐突な質問に、思わず彼女を見返す。

 無論、歪んだガラス越しには何も分かりはしなかったが。


「……カンリシャ。それは、革命軍が薬物によって生み出した、変態の成れの果て。恐ろしいほどのパワーを持つ、理性を失った獣……」


「0点ね」


「……」


「ごめんなさい。やっぱり15点くらいはあげてもいいかもしれないわ。恐ろしいパワーをもっているのは確かだものね」


「つまり、それ以外は間違いだと?」


 聞き返すと、彼女の肩がわずかに揺れていた。

 笑っているらしい。


「カンリシャとは本来、適性を表す言葉に過ぎないの。群れを率いるリーダーとしての適性を持っていれば、その人間はカンリシャと呼ばれる。ちなみに貴方には、その()()がなにを指しているのか分かるかしら?」


 群れを率いるのに必要な適性。

 それはつまり――。

 

「……優しさ?」


「あははっ!」


 爆笑されてしまった。

 ガラス越しにも、お腹を押さえて思いっきり前かがみになっているのが分かる。


「そうね、良い答えだと思うわ。もっとも正解には程遠いけど」


 目をこするような仕草と共に笑いを収めた彼女は、ガラスにゆっくりと顔を近づけた。

 

「――戦闘能力。結局はそれよ。意に反する相手を叩き潰す力がなければ、群れを治めることなどできない」


「戦闘能力って……」


 たしかに武勇に優れた人間(イコール)優れた指導者だった時代もあっただろう。

 

 ただそれはあくまでも過去の話だ。

 この現代において、戦闘能力の高さがそのままリーダーとしての適性の高さとなるだろうか?


 ……まあ、あり得ないよな。

 

「所詮は昔の話でしょう? 今どき、暴力的なリーダーなんて嫌われるだけですよ」


「ええ、そうね」


 彼女は気軽に首肯し、言葉を続ける。


「でもそんな遠い昔の話が、現代へと繋がるの。かつて群れの長として生きることを宿命づけられたカンリシャたちは、優れた遺伝子を残すことに躍起になっていた。強大な力を持つカンリシャ同士で交配を行い、生まれた子どもたちも同じように優秀な子を作り……そうやって脈々と受け継がれてきた遺伝子の積み重ねは、やがて人間という生物の限界を押し上げた」


「生物の……限界」


 その言葉を聞いて思い浮かぶ光景があった。

 彼女はこちらの想いを見透かしたように、静かにつぶやく。


「あなたも見たでしょう? あの日、カンリシャとして目覚めたラビュはすさまじいパワーを発揮した。肉眼ではとらえきれないほどの速さで移動し、素手でコンクリートを破壊し……でも実のところ、あの子はいつでもあの力が出せるはずなの」


 あの力を?

 あの常軌を逸した破壊力を、ラビュはいつでも発揮できる?


「……ラビュとはここ数ヶ月一緒にいましたけど、そんな様子は無かったです」


「でしょうね。だって本人に自覚はないもの」


 真正面から否定しても、彼女はどこまでも落ち着いていた。


「そこには心理的な枷がある。普通の人間にはできないから自分にもできない、そう本人が思い込むの」

 

「…………」

 

 たしかにメンタルが身体に与える影響は大きい。

 できないと思い込むことで、実際にできなくなるというのはあり得る話だ。


 ただ、あの時のラビュの暴れっぷりを思い返してみると、とてもそんなレベルの話では無かったような……。


 それに問題がもうひとつ。

 

「心理的な枷があるというのなら、あのときのラビュはなぜ力を発揮できたんです。……あなたが理性を奪ったからですか?」


「必ずしも否定しないわ。でもあの子はそもそも、危うい状況にあった。私の行動とは無関係に暴走寸前だったの」


 彼女の言葉には苦いものが混じっていて、単なる責任逃れの発言とも思えなかった。

 とはいえ信じるに足る証拠があるわけでもない。


「もう少し具体的に聞かせてもらえませんか。危うい状況って、なんです? 俺に思い当たるのは、()()()()がラビュに仕掛けた、地下の機械室に誘い込む一連の流れくらいで……あれ以上に危うい状況なんて、ちょっと思いつきません」


 嫌味にしか聞こえないだろうが、構いはしない。

 そんな気分で放った言葉だったが……。


「本当に? その前からラビュのメンタルが不安定になっていたことは、あなたも気付いていたはずよ」


「……っ」


 その指摘に、ハッとした。

 たしかにラビュには、見たことが無いほど落ち込んでいた時期があった。

 あれはまさしく危うい状況で、だからこそ俺は彼女を元気づけるためにデートに誘ったのだ。


「……それで?」


 短く尋ねる。

 言い様のない不安がじわじわと心を満たしていくのを感じていた。

 

「カンリシャによる血の積み重ねは、K細胞と呼ばれる特殊な細胞を体内に生み出し、肉体的な強固さを確固たるものとしたけれど……弊害もあった。K細胞によって肉体が力強さを増すのと反比例するように、精神が脆くなってしまったの」


「…………」

 

「そして正常な細胞がさまざまな要因でガン化するように、K細胞も外部からの刺激で変異してしまう。それはいい方向に変化することもあれば――」


「……悪い方向に変化することもある」


「ええ。メンタルへの過度な負担が引き金となって、K細胞が悪性変異する。悪性変異したK細胞は理性では抑えきれないほどのパワーを発揮し、その暴力性は自身の精神に更なる負担を掛ける。その負担はK細胞の悪性変異を更に促し――そんな負のスパイラルに陥った結果、人間を凌駕するパワーを持ちながら、正常な判断能力を失ったカンリシャが生まれてしまうの。あの日のラビュのようにね」


「…………」


 たしかにあのときのラビュは、明らかに判断能力を失っていた。

 そして、人間を凌駕するパワーも持っていて……。

 

 でも……。


「……そんな話、今まで聞いたことが無いです」


「でしょうね。今までは村があったから」


 村。

 その言葉だけで彼女が示す場所は理解できた。

 日本に108箇所あったという変態パラダイス村のことを言っているのだ。


「長い年月をかけて構築された変態パラダイス村のシステムは、対カンリシャとしては理想的と言っていいわ。例えカンリシャが暴走しても、後継者となる子どもや、ストッパーとしての役割を持った人々がその場で適切に対処する。それでじゅうぶんだったの」


「……けれど今は、そんな村が無くなってしまった」


「そうね。昔と今とではカンリシャを取り巻く状況は大きく変わった。パラダイス村の有無もそうだけど……。貴方だって、スマホくらい持ってるでしょう? 情報化社会の波が、カンリシャの脆い精神に多大な悪影響を及ぼしたの。田舎の村で情報を遮断し、気心の知れた仲間たちと穏やかな生活をするぶんには問題が無くても、他者との摩擦が避けられないこの大都会で大量の情報にさらされていれば、メンタルの平穏を守り続けることは難しい。ラビュなんかは、自分の描いた漫画をネットで披露してたみたいだから、尚更だったでしょうね。結果、あんなことになってしまった」


 彼女はそこまで話すと、こちらの反応を待つように黙り込む。

 一方の俺はと言うと、判断に迷っていた。


 彼女の説明を聞いて、今回ラビュが暴走するまでの経緯はある程度納得できた。

 

 でもだからこそ、ドレッドハラスメントの取った行動が理解できない。

 

 ラビュの暴走を防ぐことを第一に考えるのなら、情報にあふれた東京を離れ、田舎で静養すればいい。


 なのに、そうしなかった。

 それどころか、あえてラビュの暴走を促したようにさえ思える。

 

 そこにはきっと俺が知らない事情があるはずで、現状それが全く分かっていないのだ。

 

「あなたの話は……」


「ええ」


「……信用できないです」


「でしょうね」


 彼女は気軽に頷く。

 俺の返事などどうでもいいかのように。


 というより実際そうなのだろう。

 

「でも貴方が信じようと信じまいと、状況は刻々と進んでいく。破滅の未来に向かって」


「貴方は……いえ、変態革命軍は、なにをしようとしているんですか」


「私たちは備えているの。この世界のすべてを滅ぼしかねない、過去最強のカンリシャの目覚めに」


「過去最強の……それはいったい……」


「…………」 


 彼女の瞳はジッと俺を見つめている、そんな気がした。

 意図を測りかねた俺がさらに質問を重ねようとした……その時。


「――失礼」

 

 背後で扉が開く音がした。

 慌てて振り返ると、カツカツと足音を立てながらこちらに歩み寄ってきたのは、ここまで案内してくれた女性局員だ。


 もしかして、もう時間になったのだろうか?

 

 そう思い時計に目を落としたが、まだ時間は半分以上残っている。


 それならいったいなんの用だ……?


「申し訳ないですが、面会はここまででお願いします」


「えっと……? まだ時間は残っているはずですが……」


「ええ、確かに。ですが、ドレッドハラスメントを即時解放するよう、上からの指示があったのです」


「……は!?」


「つい先ほどのことです」

 

 彼女は俺から視線を離すと、ガラス越しのドレッド・ハラスメントに苦々しい顔を向ける。


「たとえ面会の最中であろうと、すぐさま拘束を解くようにと」


「……」


 彼女が何を言っているのか理解できなかった。


 ドレッドハラスメントを解放するよう指示が出た?

 

 それはありえない。

 

 別に有罪だの無罪だのを言いたいわけじゃない。

 彼女はあくまでも変態管理局で拘束したから、この施設で一時的に身柄を預かっているだけ。

 

 だから検察側の受け入れ体制が整い次第、厳重な警備が敷かれた特別施設に移送され、やがて検察の手によって起訴、裁判を受け……いや、細かい流れはどうでもいいが、とにかく管理局が勝手に拘束を解くことなどできるはずがないのだ。

 

「ごめんなさい、お迎えが来たみたい。話はここまでにしましょうか」


 けれどドレッドハラスメントは、驚いた様子もなく悠然と立ち上がると、背後の扉から室外へと出ていく。

 その落ち着いた振る舞いを見た限り、彼女はこの展開を予期していたようだ。

 

 ――もしかしすると。

 

 室外へと消えていく彼女のうしろ姿を呆然と見送りつつ、俺の脳裏にひとつの可能性が思い浮かぶ。

 

 ……検察からドレッド・ハラスメントを解放するよう、要請でもあったんじゃないか?

 外部からのクレームとは違い、検察から横やりが入れば、管理局で身柄を拘束する理由はなくなるし、即時釈放だってあり得なくはない。

 

 つまり革命軍は、検察の上層部を完全に掌握している……?


 自分でもその考えが正しいのか確信が持てないまま、俺はふらふらと立ち上がる。


 はっきり言って混乱していたが……でも一人で考えたってしょうがないよな。


 なんといってもここは、変態管理局の本部ビル。

 相談する相手なんていくらでもいるのだ。

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