第65話 わずかな違和感
「……」
暗闇の中、ラビュがしがみついてくる。
いきなり電気が消えたせいで、軽いパニック状況になっているようだ。
俺は彼女を落ち着かせるため身体を抱き寄せ、背中をポンポン叩く。
そして小声でささやいた。
「……学園の外に出るぞ」
「で、でも、真っ暗だし……あっ、スマホのライト!」
「いや……それはやめておこう」
周囲の気配を探りつつ、俺は答える。
「もしこの状況を仕組んだヤツがいるとしたら、俺たちが懐中電灯やスマホのライト機能を使うことくらい想定しているはず。それなら暗い中を駆け抜けたほうが、逆に安全だと思う。まあ、武器にはなりそうだし、懐中電灯は持っていくつもりだけどな」
「で、でも明かり無しで動き回るのは、危なくない……?」
ラビュの言うとおり、今夜は月に雲がかかっているらしく、室内も廊下も真っ暗だ。
とはいえ山奥の村で育った俺にとっては、この程度どうということもない。
「大丈夫、俺は夜目が利くんだ。このくらいなら安全に先導できる。状況次第ではラビュのことを抱えて走ったっていいしな」
「そ、そっか」
「とりあえず校舎を脱出して、不審者の姿が見えなければ正門までダッシュしよう。もし門が閉まってても、あの高さならよじ登れるだろ」
「うん……分かった」
覚悟の表情で頷くラビュ。
ひとまず話は決まった。
ラビュの手を握った俺は、体勢を低くしてジリジリと扉に近づき、そっと廊下の様子を窺う。
……不審者の姿はない。
「よし、行くぞ」
ラビュと共に息をひそめ、慎重に廊下を移動。
先の気配を探りながら、ゆっくりと階段をおりていく。
高まる緊張感。
人影は見えないが、だからといって油断はできない。
そのまま忍び足で昇降口から校庭へ向かい……。
「……出れたね」
「なんか出れたな」
拍子抜けするくらい、あっさり校舎を脱出することができた。
相変わらず、周囲に人の気配はない。
しかも、来た時と同様にグラウンドは照明によって明るく照らされ、正門は開いたまま。
……革命軍の襲撃というのは考えすぎだったのか?
いや、今はとにかく油断せずに、この場を脱出することを考えよう。
「正門までダッシュで駆け抜けるぞ」
「うん」
頷き合う俺たちが、互いに手を握ったまま正門に向けて駆けだそうとした、その瞬間――。
「まったく、おふたりには困ってしまいます」
「……!」
突如背後から聞こえてきた、聞き馴染みのある声。
勢いよく振り返ったラビュは、昇降口の陰に立っていた制服姿の黒髪少女を見て驚愕の表情を浮かべている。
「ユーラ!? なんでここに……」
そこにいたのは、たしかに御城ケ崎ゆらだった。
彼女は呆れた様子で首を左右に振りながら、悠然とした足取りでこちらに近づいてくる。
「せっかくのお祝いなのに、まさかすべてを無視して帰ろうとするとは思いませんでした」
「お、お祝い?」
「はい。おふたりが恋人になったお祝いです。サプライズパーティというやつですね」
「……まじかよ」
つまり、俺の妄想が当たってたってこと?
御城ケ崎家パワーをふんだんに使って、俺たちを冷やかすためのリアル肝試しを開催した?
そうなると、これまでとは違う意味の恐怖が出てくるわけだが。
だって俺たちは、ついさっき恋人になったばかり。
どうやってそのことを知ったんだ、御城ケ崎のやつ……。
「もー! ラビュはこういう悪ふざけ、よくないと思う!」
何事も陽気に楽しむ彼女にしては珍しくムキになっているが、俺もまったくもって同感だった。
「御城ケ崎に何かあったんじゃないかと思って、俺たち凄く心配したんだぞ」
「すみません」
本気の抗議だということは伝わったのか、御城ケ崎は申し訳なさそうに頭を下げた。
そして垂れてきた前髪を、指で軽くはじく。
「本当はもう少し段取りをきちんとするつもりだったんですけど、あまりにも急なことで行き当たりばったりになってしまって」
「む、むー。まあ、ラビュたちを喜ばせようと思ってやったことなら、別にいいけどぉ」
素直に頭を下げられると、ラビュとしても文句を言いづらいらしい。
俺としてはもう少し苦言を呈したいところではあるが……でもなんか疲れてしまった。
革命軍の襲撃じゃなかっただけで、今はもう十分だ。そう思うことにしよう。
「とりあえず、こちらに来てくださいませんか? パーティの準備があるんです」
御城ケ崎は妙にウキウキとした様子で、正門とは反対方向を指さしている。
「もしかして、旧校舎の地下?」
「はい、そうです。皆さん、お揃いですよ」
「皆さん? ……このくだらないドッキリの協力者は何人いるんだよ」
「それは行ってからのお楽しみということで」
「まじか……」
この感じだと、ひとりふたりじゃ無さそうだな……。
俺たちの周りには暇人しかいないのか……。
「そんなにたくさんの人がラビュたちのことをお祝いしてくれるの? にひひっ、こうなったらたっぷり楽しむしかないね、コータロー」
「ラビュは切り替えが早いなぁ」
俺のほうは、もう帰りたくて仕方がないというのに、元気なことだ。
……しかし協力者か。
間違いなくそこにはナギサ先輩も含まれているはずで……考えてみれば、それはちょっとショックかもしれない。
こちらを気遣うそぶりを見せながら、内心では俺のビビりっぷりをあざ笑っていたわけだ。
危機的状況でも頼りになると尊敬の念さえ抱いただけに、本当に残念だ。
というかそうなると、城鐘室長と話したとか留岡さんたちがこっちに向かってるとか言ってたのもブラフか。
なんなのあの人。
いくらなんでも演技がうますぎるだろ……。
「…………」
そう……。
御城ケ崎の先導で旧校舎にむかいつつ、俺はぼんやり考える。
もしあれが演技だったとしたら……いくらなんでもちょっと上手すぎるんじゃないか?
ナギサ先輩の反応は、心底俺たちの身を案じているとしか思えなかった。
そもそもナギサ先輩が御城ケ崎の協力者なら、俺たちを旧校舎の地下に向かうよう誘導することも簡単だったはず。
それなのに実際の彼女の指示は、職員室での待機。
そして、いざとなったら学園を脱出しろ……。
かなり違和感がある。
……でもまあその通りに行動した結果、こうやって御城ケ崎と合流出来たんだよな。
だったらそのあたりも織り込み済みってことか……?
「こちらからお入りください」
考えながら進むうちに、旧校舎へとたどり着いていた。
笑顔の御城ケ崎は正面玄関のガラス戸を開け、まずはラビュを迎え入れる。
「うわあ……! やっぱり夜の旧校舎はホラー感マシマシって感じ!」
「お気に召したようでなによりです。光太郎様もどうぞ」
「おお」
ラビュに続いて俺も旧校舎へ足を踏み入れる。
考えてみれば、いつも通用口みたいなところから入ってるから、表玄関を使うのは初めてかもしれない。
でもたしかにここから入ると、階段が目の前にあるから地下に行くのに便利だよな。
「では参りましょうか」
「はーい」
旧校舎の地下へと続く階段を一歩ずつ下りながら。
俺は先行する黒髪少女の背中をぼんやり見つめていた。
「…………」
もやもやと。
浮かび上がってくるのは、彼女に対するひとつの疑問。
なんか言葉では表現しづらい、ほんのわずかな違和感なんだけど。
――今日の御城ケ崎、妙にハキハキ喋るな……?




