第61話 らびゅらびゅデート(駅ビルの屋上)
恋心を意識したせいだろうか、なんだか浮ついてしまって、その後のことはよく覚えていない。
一緒に食事をしていても、ラビュ御用達の洋服屋に行っても、彼女の一挙手一投足が気になってしまうのだ。
なるほど。
これが恋だと言われればぐうの音も出ない。
そして早くも時刻は夕方。
――別れの時が近づいていた。
「はーあ」
駅ビルの屋上。
落下防止用の白い柵に手を乗せたラビュは、ビル群の谷間に沈みゆく夕陽を眺め黄昏れている。
「かえりたくないにゃー」
「……だな」
「ラビュが欲しかったもの。何かわかる?」
唐突な言葉に思わずラビュを見たが、彼女はこちらに目もくれず夕陽をまっすぐ眺めていた。
普段とは違う、緊張を押し隠すような態度。
それは彼女が抱える不安のあらわれなのだろう。
「ラビュが落ち込む原因になったやつか」
「うん」
「……分からない。シュアルさんの持ち物ってだけじゃ情報が少なすぎるし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
突っ込んで聞いてみたのは、彼女がそれを望んでいると思ったから。
案の定というべきか、俺の問い掛けにラビュは素直に答えてくれた。
「――コータローだよ」
「ん?」
コータローって……俺のことか?
いや、さすがに聞き間違いだろう。
だって俺、シュアルさんの持ち物じゃないし。
どんなにラビュが欲しがっても、シュアルさんが渡せるわけが無いし。
「すまん、よく聞こえなかった。もう一度言ってもらえるか?」
「ラビュはね、コータローが欲しかったの」
聞き間違いじゃないだとお……?
「あの、申し訳ないんですけど」
驚きのあまり、俺はなぜだか敬語になっていた。
「俺はシュアルさんのものじゃないんです……あの人が何を言ったのか知りませんけど、信用はしないほうがよろしいかと……」
俺の反応が面白かったのか、ラビュはようやく笑顔を浮かべてくれた。
「にひひっ、それはそうなんだけどね」
けれどひとしきり笑うと、彼女の表情は再び暗くなる。
「それはそうなんだけど、でもおねえちゃんが本気で狙ったらコータローはきっと断らない。ううん、断れないの。おねえちゃんはそういうの上手だし、コータローも優しいから。……あの時のこと、覚えてる?」
「あの時……?」
「コータローと、はじめて渡り廊下で会った時」
「ああ……そりゃあ覚えてる」
入学式から数日たったあの日。
旧校舎に向かう俺は、渡り廊下でラビュと出会い、彼女が放つ強大な変態オーラに気付いた。
そして――こちらを熱心に見つめる視線にも。
「もともとコータローに興味を持ったのは、ナギーとウイウイがよく話題にしてた男の子だったからなんだよ。ウイウイなんて、毎日のようにコータローの写真を見せてくるし……そんな子がこの学園に入学してくるって話を聞いたら、やっぱり気になるでしょ? だからあのときもコータローを探してて、それでようやく見つけたところだったの」
彼女とすれ違う時に向けられた、熱い眼差しを思い出す。
てっきり俺の変態オーラに反応したとばかり思っていたが、実際はもっと単純で、俺の顔に見覚えがあっただけということか。
「そのあとコータローを部活に誘ったのだって、下心があったから」
「下心?」
「ナギーかウイウイのどっちかとお付き合いしてると思ってて、だからラビュも欲しくなったの。近くにいれば奪い取るチャンスも多いでしょ? ……でも話してる様子を見てると、どうも恋人って感じじゃなかったから拍子抜けしちゃった。ナギーなんて、ラビュとコータローをくっつけようとしてたくらいだし」
「……」
ナギサ先輩、俺に内緒でラビュ勧誘作戦を実行していたのか。
本当に彼女には頭が上がらない。
まあ、あまりにも露骨すぎて、肝心のラビュには見透かされてたみたいだけど。
だがそんなところも御愛嬌というやつだ。
「そのせいか最近は、泥棒にゃんこな気持ちも落ち着いてて――でもね、だからこそおねえちゃんの話を聞いたとき、ラビュは衝撃を受けたんだ」
「……シュアルさん、俺のことなんて言ってたんだ?」
「コータローと一緒にホテルに行って、同じベッドで寝たって。それも裸で」
あの人なに言ってんの!?
いや、ホントにマジでなに言ってんの!?
さすがの俺もその厚顔無恥っぷりに慄くわ。
催眠で無理やりホテルに連れ込んで、意識が無い状態で服まで脱がせておきながら、その犯罪行為を自慢するメンタルってやばくない?
「あの、それはまったくの誤解なんです」
動揺のせいか、再び敬語が出てきた。
けれどこんな時に丁寧な話し方をすると、かえってラビュに悪印象を与える気がしたので、すぐに普段の口調に戻す。
「シュアルさんに薬物的なもので強制的に眠らされたあげく、無理やりホテルに連れ込まれただけだ。そこに俺の意志は一切ない。純然たる犯罪被害者、それが俺だ」
「うん、おねえちゃんもそんな感じなことを言ってた」
な、なんだ。
さすがにフォローはしてくれていたのか。
まあ、そもそもそんな犯罪エピソードを妹に披露するなとは思うが、それでも最低限の良識はあったようでなによりだ。
「それなら分かるだろ? 俺は、今までもこれからもシュアルさんの物じゃない。ラビュが嫉妬するようなことはなにもなかったんだ」
「でもコータロー、おねえちゃんのこと嫌いじゃないでしょ? そんな酷い目にあわされた今でも、おねえちゃんのこと『シュアルさん』って、さん付けで呼んでるし」
「それは……」
言葉に詰まった。
さん付けで呼ぶから好意があるはずだと言われても困るが、それでもラビュの意見を否定しきれないことに気付いたのだ。
セクシュアル・ハラスメント。
彼女は、信用してはいけない人だと思う。
いやそれどころか明確な敵だとすら思っている。
ただそれでも。
彼女に呼び出されたら、俺は再び会いに行くことだろう。
無論、あらゆる警戒の手段を尽くしてからではあるが、それでも無視はしない。
革命軍の情報を得るため、もちろんそれもある。
でも決してそれだけではない。
……彼女のことを放っておけないというか……とにかくシュアルさんは不思議な魅力のある人なのだ。
とはいえこの状況で、そんな誤解を生みそうなことが言えるはずもない。
「たしかに嫌いではない。苦手ではあるけど」
だから俺にはそれが精いっぱいの言葉だった。
ラビュは陰鬱な表情で頷く。
「言いたいこと、ラビュにも分かるよ。おねえちゃんってすっごく良い所と、とんでもなく悪い所がたくさんあるの。だから皆からとっても嫌われるけど、でも異常なくらい好かれもする。……コータローはきっと、おねえちゃんのことを大好きになっちゃうタイプだと思う。この危なっかしい人を助けてあげなきゃって、のめり込んじゃうだろうから」
「それは……」
ラビュの指摘は手痛かった。
シュアルさんのことを放っておけないのは、危なっかしさを感じているせいだと言われればその通りだと思う。
彼女には、思わず手を差し伸べたくなるような、そんな危うさがあった。
でも――今の俺は、それと同じものをラビュにも感じている。
助けてあげたいと心から思う。
「もうすぐコータローは、おねえちゃんのものになる。そう思ったら、消えてたはずの感情がまた出てきたの。おねえちゃんからコータローを奪い取りたい。全部自分の物にしたい。……ラビュって本当に泥棒にゃんこだよね。誰の物でもなければ平気なのに、誰かの物になるとすぐに欲しくなっちゃう」
泥棒にゃんこ。
その言葉はハラスメントを危惧するラビュにとっては致命的なワードなのだろうが、俺にしてみれば単なる嫉妬心としか思えない。
というか、ラビュだって本当は分かってるんじゃないのか?
「それは違うだろ」
「……違う……?」
「だってラビュが自分で言ったんだ。『もうすぐコータローは、おねえちゃんのものになる』って。それってつまり、今はまだ俺がシュアルさんのものじゃないと分かってるってことだろ」
「…………」
「誰かの物になったから欲しくなったんじゃなくて、誰かの物になりそうだから焦った。それは単なる嫉妬心だ。誰もが持ってる感情に過ぎない。……ラビュは泥棒ネコなんかじゃないよ」
「でも……ラビュは人の物が欲しくなっちゃうから……」
やけに頑なだ。
もしかすると彼女は、その言葉をいつも逃げ道に使っていたのかもしれない。
世間から嫌われたくなければ我慢するのが当然だと、そうやって自分を律してきたのかもしれない。
ここはなんとかして、ラビュの心の氷を溶かしたいところだが……。




