第60話 らびゅらびゅデート(乱入者あらわる)
「はー笑った笑った」
「やっぱ笑ってたんじゃねーか」
ウインドウショッピングを終えた俺たちは昼食をとるべく家電量販店の地下に向かっていたが、ラビュはいまだに俺の描いた絵が忘れられないらしい。
下りのエスカレーターの手すりを掴みながらも、表情がにやけっぱなしだ。
「だーってあんなに自信満々だったのに、5歳児のお絵かきみたいなのが出てくるんだもん」
「5歳児……」
そんなに?
そんなに酷かった?
「ほんっと良い絵だよね。好きだなーこういうの」
などと呟きながら、手に持っていたスマホを眺めだすラビュ。
その様子にイヤな予感がして背後から画面をのぞき込むと、そこには俺が描いた猫の絵が写っていた。
「……おい」
「どしたの、コータロー。怖い顔して」
「いつの間に写真を撮ったんだ」
「いつって……コータローが絵を消そうとタブレットを必死に操作してたときだよ。パソコンの画面には絵が映りっぱなしだったから、『今だ!』って思って撮ったの」
「……なるほど」
確かに俺は、タブレットに表示される絵を必死に隠そうとしていたんだよな。
我ながらバカすぎて、泣けてくる。
「……撮るのは良いけど、他の連中に写真を送るのはやめてくれよ。俺にもプライドというものがあるんだ」
「そんなことしないって」
諦め半分の要求だったが、思いのほかすんなり頷いてくれた。
それどころか、スマホを胸元で大事そうに握りしめている。
「だってこれ、コータローがラビュのためだけに描いてくれた絵だもん。他の人には絶対に見せないよ」
「ん……?」
なんか予想と反応が違うな。
……ま、まさか!?
「もしかして俺の絵って、上手なのか!?」
「ううん、ドヘタだよね」
「ドヘタかぁ……」
そうなんだ。
いや分かってた。
だって俺の絵を見て爆笑してたもんな。
上手いわけが無いよ。
「コータローが描いたにゃんこは、おバカさんな感じが出てていいよね。なに考えてるか分からないっていうか。マヌケ可愛い的な?」
「……それ、褒められてると思っていいのか?」
「もちろんいいよ。なんていうかさ、ラビュも綺麗な絵はもちろん好きだけど、どうしても自分が描いたのと比較して嫉妬したり落ち込んだりするでしょ? でもコータローの絵はそういうのがないから、心がほんわかしてくるっていうか」
「なるほど。俺の絵は、比較対象にならないくらい下手だもんな。嫉妬する心配がないから安心して見ていられるわけだ」
「だからそうじゃなくって……んー、言葉だと表現しにくい……」
そうつぶやくラビュは、エスカレーターをおりると同時、俺に真正面から抱き着いてきた。
「お、おい……!」
慌てる俺の胸元に、ラビュは顔をこすりつけてくる。
前にもしてきた、子犬のような仕草だ。
「にひひっ」
俺が戸惑っていると、ラビュは笑いながらスッと離れてくれた。
「コータローのこと、こうやってぎゅーって抱きしめたくなるくらい好きな絵だったよ。……これなら伝わった?」
「いや……」
伝わったのは、ラビュの体温だけ。
絵が好きな気持ちなんて伝わるわけが無い。
……というか、俺のこと好きなのかな、とかそっち方面のことばかり考えてしまうくらいで……。
「にひひっ、伝わったみたいだね。じゃあ、食事に向けてレッツゴー!」
動揺する俺を見て楽しそうに笑ったラビュは、俺の手をグイグイ引っ張り進むのだった。
「なに食べよっか」
「お、おー、そうだな」
家電量販店の地下にある飲食フロアには、俺ですら名前を知っているような人気店ばかりが数十店舗も軒を連ねていた。
俺は動揺が収まらないまま、ラビュと並んで壁面に貼られたフロアマップを眺める。
和食・洋食・中華……本当になんでもござれだな。
……そういえば、ラビュの好物ってなんだろう。
見た目で言うのなら洋食派だろうが、実は和食のほうが良かったりするのだろうか。
いや、意外とファストフードを好んだりするのかも?
「ラビュは――」
「お、コータローじゃねーか」
ラビュに好みを聞こうとしたタイミングで、背後から聞き覚えのある声がした。
慌てて振り返ると、そこに立っていたのは予想通りの人物。
クラスメイトのショーゴだ。
「あー…………買い物か?」
言葉に詰まったのは、ショーゴが柄物のシャツにグラサンという普段とはかなり違う出で立ちだったせいだ。
見た目の印象で言うと、買い物というよりもナンパ目的ではないかとも思ったが、さすがにそれを聞くのは憚られた。
だって明らかにひとりだし。
ナンパだとしたら、どう考えても失敗してるし。
「おう、そんな感じ。そっちは? 今日はいつもの先輩さんと一緒じゃねーの? つーかその子って、たしか同じ学年の……」
さすがにラビュのことは知ってるか。
まあそうだよな。
「ラビュとは部活が一緒なんだ。今日はふたりで適当に遊びまわってる」
「ふーん」
「コータローのお友達?」
背後からぴょこんと顔を出すラビュに、俺は頷く。
「そう。クラスメイトで友達の、井上ショーゴ。あだ名はチャラ男」
「チャラ男!?」
「いやいやいやいや!」
驚くラビュを見て、ショーゴはギョッとしていた。
「そ、そんな呼び方するやつはお前くらいだろ、光太郎!」
「ん? そんなことなくね? むしろ俺だけ呼ばないというか――」
「光太郎!」
ショーゴは真剣な顔でグッと俺の両肩を掴んできた。
そしてやけに瞳に力を込めて語り掛けてくる。
「ここは俺の顔に免じて、お前だけがチャラ男と呼ぶ、そういうことにしておいてくれないか」
「なんでショーゴの顔に免じて、そんなことをしないといけないんだ……?」
などとつぶやく俺だが、彼の真剣きわまる態度を見て、その理由は察した。
……こいつ、ラビュ狙いか。
まあラビュは可愛いし、ショーゴが一目ぼれしても不思議ではない。
それに、チャラ男というあだ名の隠ぺい工作くらいなら加担してやってもいいとは思う。
ただなあ……。
「へー。それでチャラ男はなにを買ったの?」
ラビュがそんなオモシロ系のあだ名に食い付かないはずがないから、すでに手遅れなんだよなあ……。
「くっ……」
ショーゴも遅きに失したことには気付いたようで、俺の肩から手を離し軽くうめいていた。
そして渋々といった様子で、手に持っていた小さな袋を掲げる。
「イヤホンを探してたんだ。ま、もう買ったけどな」
「ふーん。そっか」
聞いておきながらラビュは袋には目もくれない。
ショーゴだけをジッと見ている。
そんな彼女の表情は妙に楽しげで、嬉しそうで――俺の胸はなんだかざわついた。
「ラビュたちこれからご飯を食べようと思ってるんだけど。……もし良かったら、チャラ男も一緒に来る?」
「ん?」
「え……!?」
その言葉に意表を突かれたのは、ショーゴよりむしろ俺のほうだった。
だって今はデート中なんだ。
ふたりきりで同じ時間を過ごすことに意味があるのに、どうしてラビュはそんなことを言うんだ……?
俺の脳裏をよぎるのは、ラビュが見せていた屈託のない笑顔。
そして面白いもの好きという彼女の特性。
もしかしてラビュ……いま会ったばかりなのにショーゴのことを……?
「……んー。誘ってくれてサンキュな。でも……」
ショーゴは自身の顎を軽く撫でたあと、チラリと横目で俺を見た。
「今日は遠慮しとくわ。お邪魔虫になりたくねーし」
「……!」
お邪魔虫、か……。
どうやら心に巣食うモヤモヤが、表情にまで出てしまっていたようだ。
ショーゴに悪いことをしてしまったな……。
内心反省していると、ショーゴは俺の肩にポンと手を置き、静かに顔を寄せてきた。
そして真顔でつぶやく。
「いいか、光太郎。俺の足は早くも震えだしている。どうも金髪美少女が放つキラキラオーラを前にして、心底ビビっているらしい。悪いが醜態を晒す前に帰らせてもらうぞ。彼女にはなにかいい感じに誤魔化しておいてくれ」
「お、おお」
うん、まああれだ。
俺に気を遣ってくれたのかと思ったが、いつものビビリが出ただけらしい。
女子とふたりきりじゃないのに発症するのは珍しいが、それだけラビュの美少女っぷりに威圧されてしまったのだろう。
「じゃーな、おふたりさん。また学校で会おうぜ」
そう言って片手を上げ、颯爽と去って行くショーゴの背中をぼんやり見ていると、ラビュが俺の腕をツンツンつついてきた。
「ねえコータロー」
「ん、なんだ? あ、ちなみにショーゴは腹痛だとさ。だから別にラビュと遊ぶのが嫌とかそういうわけじゃ――」
「じゃなくて。あのチャラ男の人が帰るって言ったとき、コータロー嬉しそうな顔してたね」
「は? 俺が?」
「うん。すっごく良い顔になってた」
そんなはずない――そう言いたいところではあるが、でもたしかに彼がラビュの誘いをOKしていたら、俺は心底がっかりしたことだろう。
だから、帰ると宣言したときに喜んでいたと言われれば、あまり否定もできない。
俺が沈黙していると、ラビュは軽く首を傾げながらジッと見つめてくる。
「もしかしてだけど……ラビュがあの人のことを食事に誘ったの、嫉妬した?」
「嫉妬っていうか……」
彼女の言葉にはどこか真剣な響きがあって、だから俺は正直な気持ちを話すことにした。
「……デートなのに、どうして他の人を誘うのかな、とは思った。ラビュにとっては俺とのデートなんてどうでもいいことだったのかなって」
「どうでもいいわけがないよ」
返ってきたのは想像以上に強い否定。
そして強い眼差し。
「でもコータロー、あのときデートしてるとは言わなかったでしょ? ラビュと遊んでるだけーみたいな言い方をしてたから、もしかしてデートは終わりにしてお友達と遊びたいのかなって」
「それは……」
たしかにあのとき俺は、デートと伝えなかった。
同じ部活の子と遊んでいるとだけ言った。
そこに深い理由はない。
……でも、浅い理由ならある。
なんだか照れくさかったのだ。
友人に対して、デートしてると宣言するのが恥ずかしくて、だから曖昧に誤魔化してしまった。
「悪い。照れたりせずに堂々とデート中だって言えばよかった。そうすればラビュに変な気を遣わせないで済んだのに」
「にひひっ、そうだねー」
ラビュは俺の答えがお気に召したのか、楽しそうに笑う。
そしてこちらに歩み寄ると、からかうような上目遣い。
「ねえねえコータロー」
「……なんだ」
「ラビュがあの人のことを食事に誘ったの、嫉妬した?」
……それは先程と全く同じ問いかけ。
もちろん答えだって変わらない。
――変わらないはずなのに。
「……嫉妬した」
今度は、素直な言葉が口をついた。
だって、ラビュがショーゴに笑顔向けただけで、胸がざわついたのだ。
ラビュがショーゴを食事に誘った瞬間、足元がぐらつくような気分になったのだ。
たしかにあのときの俺は、嫉妬していたとしか言いようが無い。
連城村の村長を目指すものとして、そんな感情認められなかっただけだ。
「やっぱり? まあ、知ってたけどね」
ラビュは軽く答えると、笑いながらこちらの腕を取りグイッと身体を寄せてきた。
待ち合わせの時と同じ、大胆すぎる行動。
でも今回は不思議と、浮ついた気分にならない。
触れ合う腕だけでなく、じんわりと全身が温かくなっていく。
「お店は実際に見てから決めればいいよね。とりあえずぐるっと一周してみよ!」
意気込むラビュの楽しそうな横顔から、目が離せなくて。
彼女が見せるキラキラの笑顔を独り占めしたくて。
「おう、そうするか!」
……だから返事をしつつ、俺は思った。
俺、いつの間にか――ラビュのことが好きになってる。




