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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第2章 ラビューニャ・ハラスメントとセクシュアルなお姉さんたち

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第57話 ラビュ・ハラ(後編)

「ラビュはね……昔っから他の人の持ち物が欲しくなっちゃうの……。根っからの泥棒にゃんこ。それがラビュなんだ……」


「泥棒……にゃんこ……」


 こんな時なのに、表現がかわいい。

 

 ただ意図して放ったかわいさではなかったようで、ラビュの表情は硬いままだった。


「ラビュの家族は、反面教師として優秀なんだって。アルハラをすると、ああいう風に嫌われる。パワハラをするとあの人みたいに世間から爪弾きにされる。……きっとあと5年もしたらラビュもおんなじ扱いになっちゃうんだろうね。ラビュの名前を聞いただけで、みんなが顔をしかめるようになるの。それで嫌われ者のラビュを指さして、お母さんが子どもに言うわけ」


 顔を上げたラビュは俺の目を見て力なく笑い……。

 

「人の物を欲しがるのは『ラビュ・ハラ』だって。ああいうふうに人から嫌われる人生を送りたくなければ、我慢できるようになりなさいって」


「ラビュ……」


 考えすぎだと言いたかった。

 そんなことないと伝えたかった。

 

 でも――たしかにそれはあり得ることなのだ。


 だって彼女の姉であるセクシュアル・ハラスメントがまさしくそうだったのだから。

 

 そしてラビュは、姉の名前が悪名として轟くようになった経緯を目の当たりにしている。

 誰よりも近い場所で、最愛の姉が世間から嫌われていく様を見てきたのだ。


「…………」


 ラビュの悲しそうに揺れる瞳を見つめ――けれど言葉は出ない。

 だって未来に怯える彼女に、どんな言葉を掛ければいい?


 いつも太陽のように明るい少女だと思っていた。

 

 でも実際はその笑顔の裏で、常に葛藤していたのだ。

 彼女はハラスメント家の呪縛に囚われていた……。


 ラビュの苦しみが分かるからこそ。

 生まれついた境遇への諦めにも似た感情が理解できるからこそ、彼女への慰めの言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。


 身動きさえとれないような重苦しい沈黙の中――。


「コウちゃん」


 つぶやきが聞こえた。

 俺の耳にだけ届くよう抑制された、ほんのささやき。


 視線を向けると、ナギサ先輩は意味ありげに俺に頷いて見せた。


「…………」


 それ、何の頷きですか……?

 意味ありげに頷いてるから意味はあるんだろうけど、でもなんかよく分からない。


 ラビュの横にさり気なく立った俺は、ナギサ先輩を見ながら軽く首をかしげて、伝わっていないことをアピールしてみる。

 すると先輩はグッと俺に親指を突き出しながら、さっきより深々と頷いてくれた。


 ……いやだからそれが分からないんだって。

 どれほど頷きを深くしても、理解できないことに変わりはないんだ。


 いやまあこの状況だし、なんとなくなら伝わってくるのもたしかだけど……。


 たぶんナギサ先輩は、ラビュを慰めろと言いたいのだろう。


 でもそんなの無理だ。

 傷ついたラビュの心を救えるような、気の利いた慰めの言葉を掛けるなんて、俺には絶対無理。

 付き合いの長いナギサ先輩のほうがよっぽど上手くやれるはずなのに、なぜ俺にやらせようとするんだか。

 

 ただ――。

 

 信頼たっぷりの視線を向けてくるナギサ先輩を見ながら、俺はぼんやり考える。


 落ち込むラビュになんて声を掛ければいいのか分からない、それは確かだ。


 でもだからって、なにもしなくていいのだろうか?

 慰めの言葉が思い浮かばないから、ただ黙って見守るだけ?


 ラビュはあんなにも辛そうなのに声すら掛けないなんて……それはやっぱりおかしい気がする。

 

 そもそも慰めというものは、良い言葉を思い付いたからやるとか、失敗しそうだからやらないとか、そういう類のものではないはずだ。


 思い浮かぶのは、みなものこと。

 父さんが逮捕されて俺が辛かったときに彼女が掛けてくれた沢山の慰めの言葉は、まるで要領を得なかったけど俺の心にたしかな温もりを感じさせてくれた。

 

 身振り手振りを交えて必死に話しかけてくれたみなものおかげで、世間から『変態村長の息子』と呼ばれている俺だって、この場所にいていいんだと思えた。


 あのとき彼女は、慰めが成功するかどうかなんて考えもしなかったはずだ。

 

 結局のところ、大切なのは相手を想う気持ち。

 つたない言葉だろうとそこに気持ちがこもっていれば絶対に伝わるはずだ。


「ラビュ、よく話してくれた。……ラビュの苦しみが理解できるなんて簡単には言えない」


「うん……」


「せっかく話してくれたのに、ラビュの悩みを解決できるかも、正直分からない」


「解決なんて無理だよ……。コータローだけじゃなくて、他の誰にも無理……」


「かもな」


 俺はあっさり頷いた。

 実際ラビュが長年悩み続けた問題を瞬時に解決なんてできるはずがない。


 ――でもだからこそ。

 

 俺はラビュの前でひざまずき、目線を合わせた。


「でもさ、落ち込んでるラビュのこと、見てられないんだ。たとえ悩みは解決できなくても、ラビュには笑顔でいてほしい。だって俺は笑顔のラビュが好きだから」


「……え?」


 彼女の頬に、ポッと赤みが差した気がした。

 表情も、かすかにではあるが明るくなっている。

 良い傾向だ。

 

「ラビュの笑顔を取り戻したい。でも本音を言うと、どうすればラビュを慰めることができるのか、元気づけることができるのかまるで分かってないんだ。だから――ラビュも協力してくれないか」


「協力……? ラビュ……なにをすればいいの……?」


 不思議そうな彼女に、俺はゆっくりと語りかける。


「俺と一緒に遊びに行こう。今度こそ2人きりで。ラビュと一緒に出掛けたいんだ」


「それは……ラビュとデートしたいってこと?」


「そういうことだ」


 即座に頷いた。

 ここで一歩でも引いたら、ラビュの気持ちがどこか遠くに飛んでいきそうな気がした。

 

「考えてみれば、俺はラビュのことをまるで知らない。どんな言葉がラビュの心に響くのかも、正直なところよく分からない。でも、ラビュのことを笑顔にしたいとは思ってて――だからチャンスが欲しい」


「チャンス……」


「ああ。俺はデートをしながら、ラビュを慰めることができる『とっておきの言葉』を探す。そしてデートが終わるその瞬間に、俺の『とっておき発言』で、落ち込んでいるラビュを見事に励ましてみせる! だから頼む! ラビュを慰めるチャンスを俺にくれ!」


「…………」

 

 ラビュをまっすぐ見つめる俺に、沈黙がのしかかる。

 ただし先ほどとは違い、重苦しさは感じない。


 俺の感覚がマヒしただけだろうか。

 それとも……?

 

「……コータローが言ってること――」


「おう」


「……よく分からない」


「…………」


 でしょうね。

 自分でも思い付きで言ってるから。


 ただ。

 

 ――手応えはあった。

 それも大いに。

 

「でもね……」


 こちらの想いに応えるかのように、ラビュは俺の目をじっと見つめ。

 

「そういうわけがわからないの、ラビュ……嫌いじゃないよ」


 そう言って、ようやく彼女は笑顔を見せてくれたのだった。

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