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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第2章 ラビューニャ・ハラスメントとセクシュアルなお姉さんたち

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第55話 みなもと訓練

 大きく開いた窓から爽やかな風が流れ来る、早朝の自室にて。

 俺は軽く息を整えながら、みなもと向かい合って立っていた。


「じゃあ今からみなもの身体を触るからな」


「うん」


 こいつ本当に状況を理解しているのか?


 そんな不安をおぼえつつ俺はすーっと手を伸ばし――やがてその手は、みなものお腹に触れた。


「やんっ♪」


「…………」

 

 こいつマジかよ。

 なにか秘策でもあるから身動きしないのかと思ったのに、信じた俺がばかだった。

 

「おにいちゃん、目が怖いよ」


「みなもが真面目にやらないからだ。これは痴漢封殺術の特訓だって、ちゃんと分かってたよな? なぜ抵抗をしない」


 3連休の3日目ということもあってか、暇を持て余した様子でやたらと俺にまとわりついてくるみなものために、今日は訓練をつけてやることにしたのだ。

 

 痴漢封殺術は連城村の秘伝の技。

 みなもの母親は連城村出身だし、受け継ぐ資格はじゅうぶんあると思う。

 

 それなのに教えた動きをしないどころか、ぼんやりその場に突っ立っているだけというのはいくらなんでも不真面目すぎる。


 しかし俺に責められたみなもは、不満気に口を尖らせ反抗的な態度をみせていた。

 

「そんなこと言われても、そもそもあたしが教えてって頼んだわけじゃないし」


「…………」

 

 それは確かにその通りだ。

 刺激溢れる都会の生活を過ごしてきたみなもにとっては、こういう地道な訓練なんて退屈なだけというのも分かってはいた。

 

 しかし変態革命軍の活動が活発化しそうな現状において、俺がもっとも不安なのはみなもの身の安全。

 

 できれば自分の身を守れるようになって欲しい。

 そうじゃないと、革命軍が生み出す凶悪な変態の餌食になる可能性がある。

 

 ……いやまあ、本音を言えば革命軍がそんな人体実験をしているのか未だに半信半疑だったりするのだが……でもあとで後悔したくないし、その前提で動いておいたほうがいいよな。


「心配なんだよ、みなものこと」


「その気持ちが嬉しくないとは言わないけどさ。そもそもあたし、おにいちゃんと違って電車通学じゃないから」


「今まではな。お前だって来年は高校生になるんだし、それが自転車で通える距離の高校とも限らないだろ。それに他人に危害を加える変態は、いつどこで現れるか分かったもんじゃない。自転車だから安全安心ってわけにはいかんぞ」


「それはまあ、そうかもだけど」


「だろ? だからいつ変態に襲われても対処できるように、まずは心構えから鍛えよう。身体に向かって手を伸ばされた時に、ぼんやりしてちゃいけないぞ。訓練でできないことが、実戦でできるわけがないからな」


「まったくしょうがないなー」


 俺の熱意が伝わったのか、ようやくやる気を出してくれたらしい。

 

 こいつはちょっとひねくれたところはあるが、根は素直なのできちんと話せば分かってくれるタイプ。

 説得自体は難しくなかったりする。


「じゃあ、もう一回やるぞ。ぼんやり見守るのは無しだからな」

 

「はーい。……よ……ほ……は……」


 俺が手を突き出すたび、みなもは両手を用いて巧みに捌いている。

 

 ……やはり筋は悪くないな。

 反応が良いし、俺の次の狙いを読む予測力だってある。

 

 時間をかけて訓練すれば、俺を超える封殺術使いになれるかもしれない。


 ――ただ。


「もーむり。あたし、ギブ」


 ……根性がなあ。

 無いんだよなあ……。

 

「まだ3分も経ってないぞ。もう弱音か」


「むりぃ。あたしがんばったぁ」


 その場にへろへろと崩れ落ちている。

 明らかに演技だが……でもまあ封殺術はかなり体力を使うのもたしか。


 まだ初日だし、今日のところは大目に見るか。


「まったく、しょうがないな。分かったよ」


「やった!」


 座り込んだまま小さくガッツポーズするみなもに、俺は言葉を続ける。

 

「5分ほど休憩してから、特訓を再開しよう」


「ひー。鬼すぎるって」


 みなもは俺の脚にすがりつき、目を潤ませて上目遣い。

 

「そもそもこんなわけの分からない技を使いこなせるのなんておにいちゃんくらいだって。訓練しても無駄なの。なんで分かんないのかなあ」


「そんなことないさ。さっきのは、なかなか筋が良かったぞ」


「ほんとにぃ……?」

 

「ほんとさ。そもそも俺以外にも結構いるんだぞ、封殺術の使い手。同じ部活の子なんて、才能だけなら俺より凄いんじゃないかな。ほら、この前下着を買いに行くときにも一緒にいた、倉橋ってヤツ。あいつはすごいぞ」


「……」


「体格だってお前と大差ないのに、あの洗練された技はなかなかのものだった。だからお前だってきちんと訓練を続ければ、俺を超える封殺術使いになれるって」


 そう声を掛ける俺だが、みなもが何とも言えない表情で黙り込んでいることに気付いた。

 なんか変な雰囲気だな。


「どうかしたか?」


「……おにいちゃん、部活に入ったの?」


「……!」


 しまった……!

 

 女体研究部などという変態的な名前の部活に入ったなんて言えるはずもなく、当然のように内緒にしていたのに。

 なのに自分から暴露してしまうとはなんたる迂闊。


 とはいえここで慌てるわけにはいかない。

 俺は何食わぬ顔で返事をする。


「ああ悪い、単なる言い間違えだ。風紀委員に入ったって話をしただろ? 俺が言いたかったのはそのことなんだ。だから気にしないでくれ」


「それ、嘘じゃないよね? おにいちゃんが言うんだったら、信じるよ?」


「…………」


「ラビュにゃんこ先生に聞いたら、一発で真実が露呈すると思うけど、信じるよ?」


「ごめんなさい、嘘です」


 立ち上がりながらスマホを掲げてくるみなもに、俺は頭を下げた。

 

 嘘をつくのは簡単だ。

 でも、つき通すことは難しい。

 肝に銘じておこう。


「なんで嘘なんかつくの?」


「みなも」


 俺は彼女の肩に手を置き、目をしっかり見つめた。


「たとえ俺がどんな部活に入っていたとしても、俺のことを嫌わないでいてくれるか?」


「そんな前置きが必要になる部活なんてある?」


「まったくもって同感だが、存在する以上は仕方が無いだろう。なんていうかこう、ちょっと誤解を招きそうな名前だったから言いづらかったんだが……にょ、女体研究部っていう部活で……」


「ん?」


 案の定眉をひそめる彼女だが、その後の反応は予想とはだいぶ違うものだった。


「女体研究部って、『俺にょた』の?」


「俺にょた?」


「だから、『(つがい)を求める俺様の波乱万丈学園生活〜巨体な女体を探せ〜』に出てくる部活の名前でしょ? ラビュにゃんこ先生のマンガ」


「……そういやお前、ラビュのファンとか言ってたな」


 なら隠す意味なんて始めから無かったわけか……。

 焦って損した。


 するとみなもはそんな俺を見て、スッと目を細める。


「むしろなんでお兄ちゃんはファンでもないのに、女体研究部に入ったの? 女体を研究したかったわけ?」


「…………」

 

 鋭い追及に、無言で目をそらすことしかできない、無力な俺。


 いやもちろん女体を研究するために入ったわけではないので、違う理由をあげることは可能だ。

 でもその場合、『ラビュに近づくため』ということになるわけで。

 それって女体研究が目的で入るのと大差ないような……。


 つまりどんな返答をしても俺はみなもに軽蔑されてしまうわけだ。

 

 しかたがない。

 こういうときは伝家の宝刀「すっとぼけて話をそらす」作戦といこう。


「しかしなー、そもそも読んだことが無いんだよなー、その『俺にょた』ってやつー。どんな話なんだろーなー、すっごい気になるなー?」


「えーっとねー」


 露骨すぎる話題転換だったが、幸いみなもは気にしなかったようでニコニコの笑顔でスマホをいじり始める。

 よっぽどハマってるようだ。


「あった。これこれ」

  

 みなもが見せてきたのは、マンガの表紙らしき画面。


 それは学生たちが校舎の前に並んでいる、記念写真のような1枚絵。

 学生たちの中央には、校舎の2階ほどの高さがある、大きなドラゴンの姿が描かれている。

 まるで生徒の一員のように、学生服の上着だけを着ていた。


 なんだこれ……。


「えっと……ドラゴンが出てくるのか?」

 

「うん。もともと主人公はドラゴンの牙なの」


「ドラゴンの牙。……ドラゴンじゃなくて、牙?」


「そう、牙のほうだよ。それで通りすがりの騎士団長に叩き折られるんだけど」


「通りすがりの騎士団長」


「うん。それで泣きながら歩いてたら、屋台をひいてたおでん屋さんが出汁を分けてくれて」


「おでん屋さんが」


「うん。それであふれる涙を誤魔化すためにその出汁に浸かってたら、いつのまにか人間になってたわけ。それでごく普通の男子生徒として学園に通うことになるの」


「…………」


 最初から最後まで意味が分からない。

 そもそもファンタジーっぽい世界観なのになぜ突然おでん屋が……。

 

 でもまあ、俺はマンガのことをよく知らないし、どのマンガもこんな感じなんだろう。


「なんか面白そうだな」


「え!?」


 なんの気なしに言った言葉だったが、失言だったらしい。

 みなもは驚愕の表情でこちらを見ている。


「おにいちゃん正気!? いまの説明のどこに面白さを感じたの!?」


「いやえっと……」


 その場しのぎの言い訳はいくつか思い浮かんだが、なんだか面倒になった。

 

「悪い。本当はよく分からなかったんだが、ラビュのマンガを貶すのも良くないかなって」


「あー、そっか。まあ、作者と知り合いだとそうなるよね。私も気をつけないと」


 その言い草からすると、どうやらみなもも無条件に受け入れているわけではなさそうだ。

 

 そういえばラビュと初めて会った時も、そんな感じのことを言ってたっけ。


「……みなもも前に言ってたもんな。面白いけどラブコメではないみたいなことを」


「ん~、どうだろ?」


「どうだろってなんだよ」


「主人公ってもともとドラゴンの牙だから、人間の常識が分からないの」


「それはそうだろうな」


 だってドラゴンの牙だし。

 ドラゴン界の常識を弁えているかも怪しいと思う。


「だから最初はドラゴンと人間の感覚の違いを面白おかしく描いたコメディだったんだけど……でも最近はちょっと展開が違うんだよね」


「展開が?」


「そう。ラブコメって言われても否定できない感じのイベントが多くなってて……」


「へえ」


「普通にキスシーンとかあるんだよ。それも、あっまーいヤツ。たぶんあれがラビュにゃんこ先生の理想のキスなんだろうなーって感じの」


「理想ねえ……」


 別にマンガに描いたからといって本人の理想とは限らないだろうに。


「その顔、疑ってるでしょ。でも間違いないよ。だって本人が返信でそう言ってたもん」


「返信?」


「うん。ラビュにゃんこ先生、今回も最高です! あたしもこういうキスしてみたいです! ってコメント欄に書いたら、『ラビューンも同感なりー』ってコメントが返ってきたの。コメ返しなんて激レアだからあのときは興奮したなー」


「ふーん」


 ラビュってネットの世界だと一人称がラビューンなんだ。


 いや別にいいけど。


「あ、そうだ。おにいちゃんに参考までに教えてあげるけど、このマンガって主人公とヒロインが結構身長差があってね」


「ん? 突然なんだよ」


「いいから聞いてよ。それで、そのキスの仕方なんだけど……背の高い主人公が背の低いヒロインに屈んでするわけ」


「……」


 なんか聞き覚えがある。

 っていうか間違いなく、ラビュと出会った直後くらいのときに旧校舎の階段で話したアレだな。

 そういえばマンガの参考にするとか言ってたか。


 でもたしかあのとき俺が出した案は、背の低い女の子が背伸びしてキスするやつだったような。


 実践までしたし、ラビュも気に入ってくれてたみたいなのに、結局俺の案は没になったのか。

 仕方が無いが、ちょっと残念。

 

「あたしすぐ分かったよ。ラビュにゃんこ先生、男の子にグイグイ来てほしいんだなーって」


「グイグイ?」

 

「そう、グイグイ! おにいちゃんもラビュにゃんこ先生のこと狙うんだったら、ちょっと強引なくらい押せ押せでいったほうがいいと思うよ?」


「くだらんことを言うな。そもそも俺たちはそういう関係じゃないんだからな」


 俺が真面目に答えると、みなもも本気で言っていたわけではなかったのかケラケラと笑っていた。


 こいつは、なにかにつけてすぐ俺をからかってくる。

 

 しかし、ラビュが恋愛モードに入ってる、か……。


 もしかするとみなものおかげで、重要な情報が手に入ったかもしれない。


 新生『連城村』の住人としてラビュの勧誘を目指している俺だが、それはラビュと恋人になりたいという意味では当然ない。

 

 極端な話、ラビュが恋人を作ったとしても、その相手ごと連城村に来てくれるのなら問題はないのだ。


 そうなると俺にとって一番避けたいのは、恋愛モードに突入したラビュが連城村に絶対来てくれなさそうな人――例えば革命軍の人間と恋仲になること。


 接点はそうそう無いだろうし確率的には低いと思うが、でもそれが起きると彼女の勧誘に致命的な悪影響を与えるのもたしか。


 明日は学校だし、ラビュに探りを入れてみるかね。

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