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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第2章 ラビューニャ・ハラスメントとセクシュアルなお姉さんたち

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第49話 奸計

「うぬ……?」


 微睡みから目覚めたものの、やたらと体が重く起き上がれない。


 それだけじゃなく頭にモヤがかかっているようだ。

 ……もしかして風邪でもひいたのだろうか。

 

 っていうか、俺なにをしてたんだっけ……。

 

 真っ白なベッドの上に身体を横たえてぼんやりしていると、不意に甘い香りが鼻先をくすぐった。


 この匂いはたしか……。

 

「……!」


 ガバッと勢いよく身体を起こす。


 俺を突き動かしたのはただひとつ――危機感。


 状況を理解できたわけではないが、このままではまずいと直感したのだ。

 

「うふふふ」


 俺が寝ていた場所のすぐ隣、まるで恋人のような距離に全裸の女性がいた。


 白いシーツに顔を埋め、いかにも楽しそうに笑っている妖艶な金髪美女。


 俺は目に力をこめ、静かに感情を吐き出す。


「なにが面白いんですか、シュアルさん。一応言っておきますが、脅そうとしても無駄ですよ。俺は起きたことをそのまま伝えます。少なくとも特別対策室の人間は、あなたではなく俺の証言を信じてくれるでしょうね」


「どういう意味かしら? 『この少年に襲われました』と私が主張するとでも思った?」


「…………」


 無言が肯定を意味しているのは、彼女にも分かっただろう。

 けれどベッドの上で頬杖をつき、のんびりと足をパタパタ動かすその姿は、特に不快そうにも見えなかった。


「そんなこと言っても、信用してもらえないわよ。貴方じゃなくて私がね。光太郎君は、ハラスメント家が持つ悪名の凄さをまだ知らないみたい。だからそうじゃなくて――面白かったの。初めて会ったとき、貴方ってばすっごく照れてたわね。こちらまで恥ずかしくなっちゃうくらいに」


「……?」


 たしかに重ね着をした彼女の姿に動揺した記憶はあるが……なんの話だ?

 彼女はなにを言おうとしている?


「分かってる? いま私たち、裸なのよ」


「そんなこと、見ればわか――」


 言いかけて、言葉につまった。

 そう、彼女が裸のように、俺も裸になっている。


 ホテルの客室らしき場所で、美しい女性と全裸でふたりきり。

 ……普通の人間なら、平然としていられる状況ではないだろう。


「貴方くらいじゃないかしら。裸の私を見て自然体でいられる人なんて」


「かもしれませんね」

 

「あら、意外と素直に認めるじゃない」


「父さんのことを知っているのなら、連城村のことも知ってるんじゃないんですか? 俺はあそこの生まれです。女性の裸なんて見慣れてるんですよ」


「……ふふ」


「……なんです?」


 彼女の余裕たっぷりな笑みが警戒心を誘う。

 もしかして……俺に襲い掛かるつもりか?


 彼女にとってセクハラはごく自然な行為なのだろうし、じゅうぶんあり得る。


 そして身体に重さが残るこの状況は、かなり不利だ。

 逃げ出せる気がしない。


「そんなに怯える必要はないわ。私、本心から拒否する子には手を出したことが無いの」


「……」


 率直に言って嘘くさい。


 脳裏によぎるのは、彼女に関するニュースの見出し。

 そこには被害にあったと主張する人々の悲痛な叫びが載せられていた。


 ……まあマスコミのことを全面的に信用しているわけでもないが、でもこの状況だ。

 とてもじゃないが彼女の言葉を信じる気にはなれなかった。


「はあ……どうも私は信用が無いみたいね」


 そんな俺の反応を見て、シュアルさんは大げさにため息をついている。

 そして困ったように眉根を寄せてこちらを見た。


「でも本当のことよ。はじめは嫌がってる子も、私がちょっと身体を撫でただけで、みんなぽやんとしちゃうの。私を告発した子はみんなそう。きっと後で自分の醜態を思い出して恥ずかしくなっちゃうのね。あとあと訴えるくらいなら、その時にきちんと拒否してくれればいいのに」


 彼女はそんなことを言いつつ俺の太ももに手を伸ばし――触れる寸前でその手を止めた。


「貴方と初めて会ったとき、私、がっかりしたのよ? 他のみんなと同じように、つまらない子だと思った。明らかに緊張してて……でもあれは、私が着こんでたからなのね。そして肌の露出が激しくなればなるほど、あなたは私に冷淡になる。裸になった私への、この扱いの悪さはどう? そんな人は今までいなかった。みんな逆なの。裸で向かい合うと、どんなに悪態をついてた相手もすぐに蕩けちゃう」


「……」


「私はね、恋人を探してるの。私を心の底から満足させてくれる生涯のパートナーを」


「俺じゃ無理ですよ」


「貴方じゃないと無理なの」


 全裸の彼女から情熱的な瞳でこんな事を言われれば、思わず頷く人もいるだろう。

 けれど、俺の返事は変わらない。

 

「申し訳ないですけど、あなたの未来は決まってます。睡眠薬を使って、未成年者をホテルに連れ込む、これは明らかな犯罪行為。俺の身体を調べれば、あなたが使った薬の特定だって――」


「それはムリよ」


 彼女は落ち着いている。


「……なにが無理なんです」


「だって睡眠薬なんて使ってないもの」


「…………」

 

 そう、たしかに俺は飲み物に手を付けていない。

 ただ、あの時の俺は明らかに異常な状態だった。

 なんらかの薬物を投与されたとしか思えない。

 

「……どんな手段を使ったかは分かりませんが、結局は同じです。専門家がきちんと調べれば、あなたの手口なんてすぐに特定できます」


「ふふ、別に専門家に調査してもらう必要なんて無いわよ」


 彼女は余裕たっぷりに微笑む。


「――私の視線には魔力が宿るの」


「…………」


 わけのわからないことを……そう言いかけた俺だったが、彼女の言葉の意味に気付いた。

 だって俺はその実例を知っているのだ。


 華真知管理官が先日披露してくれた、変態管理の技法。

 すなわち――。

 

「……催眠……」

  

「御名答。さすがは見習い管理官さんね。よく勉強してるみたい」

 

 レストランでシュアルさんと向かい合った際に感じた強烈な視線と甘い香り。

 ……たしかにあれは、華真知管理官がラビュに催眠をかけたときの手順と似ている。


 そして催眠であれば、飲み物に薬を投与するまでもなく、俺の行動を操れてもおかしくない。

 ただそれだけに気になる。


「……なぜ教えてくれたんですか。催眠は無敵の力ではないはずです。もう二度と俺には通じませんよ」


 そう、催眠には事前準備が必要なのだ。

 それについては華真知管理官も言っていたので間違いないだろう。

 

 そして催眠術の使い手ということさえ分かっていれば、視線にしろ香りにしろ対処の方法なんていくらでもある。

 どう考えても今後不利になるだけなのに、なぜ自分から暴露なんて真似を……?


 俺は不審の眼差しを向けるが、彼女は寝そべったまま器用に肩をすくめている。

 

「別に今後貴方に通じなくても良いもの。私としてもこんな力を使って悪いとは思ってるのよ? だからこうやって種明かししてあげたの。その誠意を汲み取ってもらいたいものね」


「誠意……?」


「ええそうよ。私の持つ特殊な力は、誰にも話したことは無い。ラビュにも、母様にも。でも貴方には伝えた。生涯のパートナーになる貴方には、私のことを全部知っておいてもらいたいから」


「……なぜ、俺なんです?」


 そう尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべていた。

 

「それを何度も説明してるつもりなんだけど……まあしょうがないのかしら」


 そしてのっそりとベッドの上に起き上がると、裸を見せつけるように両手を広げた。

 

「服を脱いだ私に冷たい態度を取れる人なんて貴方くらいなの。ラビュでも無理よ。照れ屋なの、あの子」


「それがあなたにとって大切なことなんですか?」

 

「そうよ、とっても大事なこと。だって嫌がる相手を無理やり襲うのが楽しいんだもの。……裸の私に冷たい視線を向けてくるあなたとなら、その理想を叶えることができる」


「……そういう関係は、俺の理想からかけ離れてます」


「だからいいのよ。襲い甲斐があるわ」


「…………」


 なんというかこの人が悪名を轟かせる理由がよくわかるな。

 生涯のパートナーなんて聞こえの良い言葉で飾ってはいるが、実際のところ俺の希望はまるで無視。

 あくまでも都合の良い道具としか見ていないわけだ。


 ため息をついていると、シュアルさんの呼吸が少し荒くなってきた。

 

「もう。あんまり冷たい目で見ないで。なんだかぞくぞくしてきちゃうじゃない」


「…………!」


 その反応に俺はハッとした。 

 なるほど、この人相手だと嫌がるのは逆効果なのか。

 むしろ大喜びしたほうが、幻滅して解放してもらえる可能性が上がるわけだ。

 

「……勘違いされてるみたいですけど、俺だって女体に興味はありますよ。特にシュアルさんはとても綺麗な身体の持ち主だと思いました。今まで見た中で、一番魅力的な裸で……ぜひとも襲ってもらいたいくらいです!」


「あはははははっ!」


 ……なんか爆笑してる。


「なにそれ、おだててる? それとも、『セクハラ』ってやつかしら? バカねぇ、ほんとに」


 どうも俺の作戦は失敗したらしい。

 なにが面白いのか彼女はひとしきり笑い転げたあと、はあと大きく息を吐き出し。


 ……その横顔に笑みを残したまま、純白のシーツを見つめてつぶやく。


「城鐘壱里――あの男を信じちゃだめよ」


「……」


 ――毒。

 そんな言葉が思い浮かんだ。

 俺たちの協力関係を破壊するために放った言葉。

 そうとしか思えない。


「信じるな、とはどういう意味です?」


「彼は野心家よ。どこまでものし上がることを目指している」


「どこまでも……?」

 

「管理局なんかよりも、もっと上。世界を手中に収める。それが彼の目的」


 世界?

 変態を管理することで世界を手中に収める……?


 どう考えても無茶だ。


「鼻で笑いたくなる気持ちは分かるわ。実際、どう考えても夢物語としか思えないもの」


 そうつぶやく彼女は、手のひらを天にかざす。

 

「でもだからこそ、城鐘壱里には必要なものがあった。彼の狙いは――『ドレッド・ノート』よ」


 ドレッド・ノート?

 それはたしか……。


「……戦艦の名前、でしたっけ?」


「あら、よく知ってたわね。けれど違うわ。母様が書き記したノート、別名『変態管理心得書』。うちの母のことは知ってるでしょう? 世界各地の変態が集まる集落を訪れ、つぶさに観察した変態管理法の記録、それこそが『ドレッド・ノート』なの」


「……」


「変態管理局と変態革命軍。ふたつの組織に、本質的な違いなんてものは存在しない。この世界は、やがて変態で埋め尽くされる。その時により強力な変態を支配下に置いた組織こそが、この世界の真なる管理者になれるの。城鐘壱里が私の母様を目の敵にしているのは、将来的に一番の対抗相手になると思っているから。そしてだからこそ彼は、私のことも嫌っている」


「それはつまり――」


 俺は慎重に尋ねる。


「変態革命軍を束ねているのはドレッドさんだと、そう解釈していいんですね? そしてシュアルさんも変態革命軍の一員として動いていると……」


「ふふ……」

 

 彼女は微笑み、そして――。

 

「……そろそろ出ましょうか。貴方に襲い掛かるのを我慢するのも、だんだん苦しくなってきたわ」


 そう言って、俺に洋服を投げてよこすのだった。

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