第45話 風紀委員会議
「…………」
放課後の喧騒の中、俺は足早に第三会議室に向かっていた。
重大な連絡事項があるので必ず来るようにと風紀委員長から念を押されていたのだ。
しかしいったいなんの話だろうな……。
廊下を歩きつつ、俺は正直不安だった。
風紀委員で共有しないといけない連絡事項ってことは、当然風紀に関する話なわけで。
……女体研究部、大丈夫だよな……?
誰かやらかしたりしてないよな?
まあ問題を起こしてたら、事前にナギサ先輩から話があるだろうし、杞憂だとは思うけど……。
そんなことを考えるうちに、第三会議室へとたどり着いた。
ここまで来た以上、腹をくくろう。
躊躇せずにドアを開け、室内に一歩踏み出すと――。
「おめでとう!」
その言葉と共に、パアンと破裂音が鳴り響く。
「うおっ!?」
派手な色の細長いテープを全身に浴びつつ、俺はわけがわからなかった。
「な、なんですかこれ」
3人の先輩は、こちらを見てにやにやと笑っている。
手元にはパーティクラッカー。
……音の発生源はあれか。
しかしそもそもどういう状況なんだ?
俺が呆然としていると、明星先輩がそそくさとこちらに近寄ってきて、俺の髪についたテープを指でつまんで回収しながら、笑いかけてきた。
「良いことがあったのですから、お祝いするのは当然じゃないですか」
「良いこと……?」
「とぼける必要は無い。変態管理官になったんだろう? 私もネットニュースで見たぞ」
「べつにとぼけては……というかネットニュース……?」
「これだ」
涼月風紀委員長が俺の目の前に差し出してきたスマホ画面には、「私立六ツ葉学園の風紀委員2名が、新たに変態管理官の道へ」と書かれたネット記事が映っている。
どうも正式な発表をもとに作られた記事らしく、参考リンクは変態管理局のアドレスになっていた。
つい先日の話なのにずいぶん素早いな。
「お祝いはありがたいですけど、でもそれならナギサ先輩がそっちにいるのはおかしくないですか。俺と一緒に祝われる立場なのでは?」
「私はすでに食らったよ。見習いになることが決まった日にね……」
なぜ遠い目を……。
よく分からないがあまり良い記憶では無さそうだし、触れないほうが良いのだろう。
「あの時のナギサちゃん、可愛かったですよねえ。クラッカーを鳴らしたら、ひゃあって叫び声をあげて……」
しかし明星先輩はそんなことを気にした様子もなく、頬に手を当てうっとりとしていた。
「そんなことあったかな」
「はい。驚きのあまり、尻もちまでついてましたよ」
「よく覚えてないね」
などと言いつつ、先ほどから目をそらし続けているナギサ先輩。
誤魔化すのが驚くほど下手だ。
しかし尻もちかあ……。
意外と突発的な事態に弱いよな、先輩って。
「たしかにナギサ君のあのリアクションは抜群に良かった。いつも自分の腰を抜かしてばかりだったが、たまには他人の腰を抜かせるのもいいものだな」
そして涼月委員長は、相も変わらずとぼけたことを言っている。
というか先ほどからこちらに残念そうな視線を向けてくるとは思っていたが、もしかすると俺が腰を抜かさなかったせいか……?
でもさすがにクラッカーが鳴ったくらいで腰を抜かす方がどうかしてると思う。
「まったく……」
ナギサ先輩は、思い出に浸る同級生たちを見てため息をついていた。
「もう私のことはいいよ、あの時に散々祝ってもらったし。今は連城君を祝う時間でしょ」
「……!」
ハッとした。
さっきからなにか違和感があったが、ようやくその理由が分かったのだ。
……ナギサ先輩が……ため口で話している……!
考えてみれば彼女が同年齢の生徒と話すのを見る機会って今まで無かったな。
フランクな話し方に、思わずドキッとしてしまった。
「そうは言うが、あれは管理官見習いになったお祝いで今回はネットニュースになったお祝いだ。ナギサ君だって遠慮する必要は無いさ」
「別に遠慮なんてしてないけどね。そもそもニュースになったって言われても、顔も名前も伏せられてるから実感なんて無いし」
「そこは残念でした。まあ昨今はプライバシーにうるさい時代ですから、やむを得ないところでしょうけど……」
「プライバシーというか、余計な疑念を持たれるのを避けたかったんじゃない? 私が秋海局長の娘だなんて調べればすぐに分かることだし、彼の『連城』という名字だって、気にする人は気にするだろうし」
「ん……」
委員長と明星先輩の表情に動揺が走り、ちらりとこちらに視線を向けてきた。
さすがに管理官を目指しているだけあって、俺が連城村の出身だと察していたようだ。
だとすると変に慌てるより、話に乗っかっておいたほうがいいな。
「俺の名前が出れば、連城双龍がスパイとして息子を送り込んだんじゃないか、くらいの悪評がたってもおかしくはないですもんね」
「私だって『合格したのは父親のおかげだ』くらいのことは言われるだろう。そして実際そのとおりだから、反論のしようが無いんだ。困ったものだね」
冗談っぽく笑うナギサ先輩だが、それが半分以上本心であることを俺は知っていた。
とはいえ、明星先輩は慌てて首を左右に振る。
「そんなことありません。ナギサちゃんがどれくらい優秀か、私たちがよく知っています」
「ああ、問題児と呼ばれた学生たちを次々に手なずける剛腕っぷりを間近で見てきたからな。ナギサ君がいなければ、この学園の風紀委員長なんて引き受けなかったさ」
「へえ」
問題児というのはラビュや御城ケ崎のことだろうが……。
思った以上にナギサ先輩は皆から信頼されているようだ。
なんだか自分のことのように嬉しい。
「はあ。だから私の話はもういいってば」
「まあ、そのくらいナギサ君の存在は私たちにとって大きいということさ。そもそも他にしないといけない話なんて……ああそうか、あったんだったな」
ふと思い出したように、涼月風紀委員長が鞄から手帳を取り出した。
そしてページをめくりつつ、つぶやく。
「忘れないうちに光太郎にも連絡事項を伝えておこう。心して聞いてくれ」
「あ、大事な話があるっていうのは本当だったんですね」
「『本当になった』というべきかな。つい先ほど理事長から連絡があったんだ。視察の日程がいよいよ決まったと」
「視察?」
「この学園に現役の管理官が来てくださるというお話です」
「ああ……」
そういえば、前にも聞いたな。
来年度から管理局との提携が本格的に始まる関係で、変態管理官が学園の視察にくるとかなんとか……。
まだ先のことだと思っていたが、ずいぶん展開が早い。
「ちなみにどなたが来るのか分かってるんですか?」
「あくまでも予定だが、あー……華真知管理官という方だそうだ」
「華真知……ああ、あの人ですか。面談のときにいた女性の方」
「そうだね。まあ、適任じゃないかな」
軽く頷くナギサ先輩。
同感ではあるが、他の人たちが向いてないだけだと思う。
獅子宮管理官や留岡管理官が学生相手に指導する姿は、ちょっと想像できない。
……まあでも、そういう意味では華真知さんも大差ないか。
面談の時でさえあんな露出度高めな服だったわけで、学園だからといってまともな服を着てくれるかはかなり怪しい。
それに彼女は面談のあいだも愛嬌たっぷりで個人的には好感を持ったが、恐らくああいう挙動は女性ウケが悪いだろう。
分かってくれそうなのは……この場にはいない御城ケ崎くらいかな。
あとはまあ、ラビュも彼女の魅力を分かってくれそうだ。
「モデルになって!」と大騒ぎを始める姿が容易に想像できる。
……ん?
ふむ。
もしかするとこれって……勧誘のチャンスか……?
◇◇◇◇◇◇
打ち合わせが終わり見回りに向かう途中、ナギサ先輩に思いついた作戦を話してみることにした。
「今度、うちの学園に華真知管理官が来るって話ですけど……そのときにラビュを呼ぶことはできないでしょうか」
「ラビュを? まあできるだろうけど……管理官との接点を作る狙いかな?」
「そんな感じです」
やはりナギサ先輩は察しが良い。
打てば響くって感じだ。
「この前も話しましたけどラビュって全てにおいてマンガ優先だから、管理官に勧誘したってそうそう頷かないと思うんです。でも逆に、マンガを描くうえでプラスになることなら、自分からぐいぐい首を突っ込んでくると思うんですよね。その点、華真知さんってかなりキャラが立ってるじゃないですか。取材対象として興味を持ってくれないかなと」
俺の説明を聞いたナギサ先輩は、静かに頷く。
「……悪くないかもね。今回の任務で一番重要なポイントは、ラビュを管理官に勧誘することではなく、いざというときに管理局による保護を受け入れてもらうことだ。つまり、管理局に良い印象を持ってもらう必要がある。その点ヒャプルさんなら好印象を持ってもらえる可能性は高い。ただ――」
「なんでしょう?」
「……あまりやりすぎると、今度は我々の個人的な作戦のほうに支障がでるかもしれない」
声を潜める彼女に、こちらも小声で応じる。
「……連城村の件ですか? ラビュを仲間に誘ったとき拒否される可能性が高まると?」
「まあそうだ。彼女は意外と流されやすいタイプだから、変態管理官との接触頻度があまりに多いと社会的な使命に目覚めて『全裸村なんて絶対にダメ!』とか言い出しかねないよ」
「むう」
それは困る。
困りはするが……。
「たしかにそういうリスクはあるかもしれません。ただ革命軍に狙われる可能性がある以上、ある程度は仕方がないです。まずはラビュの身の安全を確保しましょう」
「ふふふ、そうか」
俺の答えがお気に召したのか、彼女は嬉しそうに笑っている。
「デメリットを理解したうえでやるといるのなら、私としても文句はないよ。とりあえずヒャプルさんには私から話しておこう。まあ、わざわざ特別対策室のメンバーが来るんだ、もともとラビュの好感度稼ぎが目的だとは思うけどね」
「…………なるほど」
言われてみればその通りだ。
ラビュという味方が欲しいのは誰よりもまず管理局なわけで、能力すら未知数な見習い管理官である俺だけに対応を任せるはずがないよな。
今回の視察は急遽決まったようだし、城鐘室長が手を回した可能性は高いだろう。
「それとこれは一応伝えておこうと思うんだが……」
「はい?」
見返すと、先輩は妙に真面目な表情でこちらを見ていた。
「……私の願いはあくまでも、裸のキミと連城村を歩くこと。別にキミの唯一絶対の恋人になりたいと思っているわけでは無いし、独占するつもりも無いんだ」
「はあ……」
独占するつもりは無い?
なぜ急にそんな当然の宣言をするんだ……?
「ふふふ、やはりピンとこないか。まあ要するに、私はかつての『連城村』の在り様を知っているから、キミの結婚観だって分かっているつもりだ。それが世間一般的な『結婚』からほど遠いこともね」
「……まあ、そうだと思います。自分ではよく分からないですけど」
「だが、ラビュは違う。彼女は当然、男女の恋愛は一対一で完結すると考えている。私とは違って独占欲だってあるだろう」
「独占欲……」
「彼女を新しい連城村に誘うつもりなら、一番問題になるのはそこだろうね。どう対処するか、あらかじめ考えておいた方がいい」
「…………はい」
ナギサ先輩の懸念は分かる。
ただ結婚というシステムさえよく分かっていない俺なのだ。
具体的にどうすればいいのかは、正直なところなにも思いついていなかった。




