第43話 遭遇
顔色が変わるラビュに驚きつつ、俺が振り返ると――。
「!?」
そこにはロングコートを着た女性が立っていた。
思わず後ずさりしてしまうほど、こちらを圧倒するオーラの持ち主。
――セクシュアル・ハラスメントだ……!
変態革命軍との関与が疑われる要注意人物にして、俺が今もっとも会いたくない相手。
そんな彼女は俺を見てニコリと微笑んだ。
「妬けるわね。あんなに恥ずかしがり屋だったラビュに、半裸を晒してもいいと思える相手ができるなんて」
「あ、えっと……その……」
まずい、うまく反応できない。
思わず口ごもってしまったのは噂通りの美貌に気圧されたから――というわけでは勿論ない。
シュアルさんがやたらと厚着をしていた、それがすべての原因……!
過ごしやすい春という季節でありながら、いったい彼女は何枚重ねしているというんだ……!?
4枚……いや5枚!
間違いない、彼女は洋服を5枚重ねしてる!
「ど、どもっす……」
ちくしょう、我ながら情けない挨拶しか出てこない!
せめて彼女が一番上に羽織っているのがふかふかコートでさえなければ、もっと冷静に対応できるのに……!
なんか……なんか悔しい……!
「こんにちは。私はラビュの姉の、セクシュアル・ハラスメントよ。好きなように呼んでちょうだい」
そう言って彼女が伸ばしてきた手を、俺は慌てて握り返す。
そして背中にじっとりと汗をかきながら、言葉を絞り出した。
「こ、光太郎です。あ、連城……光太郎です……ラビュさんとは同じ部活に入ってて……はい……」
「うふふ、緊張してる? かわいいわね……あら?」
「ぷー」
「どうしたの、ラビュ。ほっぺたを膨らまして」
試着室に歩み寄ったシュアルさんは、不貞腐れているラビュのほっぺたを綺麗な指でつんつんしている。
「べっつにぃー」
「そう? それならいいのだけれど。でもあんまりデートの邪魔をして、ラビュに嫌われても困っちゃうわね。今日はこのくらいにしておこうかしら。あくまでも、仕事で来ただけだもの」
「仕事?」
「モデルを頼まれてるの。このお店のね」
彼女の視線の先には、ビシッと頭を下げる店長さんがいる。
なぜこんなところにシュアルさんがいるのかと思ったが、そういうことか。
しかしあまり女性受けが良くない彼女を、よくモデルに起用しようと思ったな。
優れた容姿と人間性は別問題ということなのだろうか。
「……」
「そんな寂しそうな顔しないで、ラビュ。おうちでまた会えるわよ」
「ふーん、べっつにー。会いたいとか思ってないしぃ~」
「あら残念。てっきり別れ際にはハグでもしてくれるのかと思ったのに。まあいいわ、またおうちでね」
そう言って華やかに笑うシュアルさんは、軽やかな足取りで店長のもとへと向かう。
ラビュは不満気に見送っていたが、ふたりの姿がバックヤードへと消えると、こちらに向き直った。
その顔は、いまだにふくれっ面だ。
いやむしろさっき見た時より頬の膨らみが悪化してる気がする。
「コータロー、デレデレしてたね」
「そ、そうか?」
「お姉ちゃん、美人だもんね」
「まあそれはそうだ」
「ぶー! だったらお姉ちゃんと一緒に帰ればいいじゃん!」
そうして、更衣室のカーテンをバッと閉めた。
「え? いやどうしたんだよラビュ。帰るもなにもまだ来たばっかだろ……!? っていうかなんで俺がシュアルさんと帰らないといけないんだよ……!?」
「あーあ、やっちゃったねえ、光太郎くん」
「く、倉橋。なんでラビュは怒ったんだ?」
「まあそれは自分で考えたらいいと思うよ、おにいちゃん」
「みなもまで!?」
なんか皆冷たい。
とはいえ、ひとり目配せしてくれる人物もいた。
ナギサ先輩だ。
「まったく、なにをやってるんだか。しょうがない、しばらくふたりきりにしてあげるから、連城君はラビュの機嫌を取っておいてくれ」
「…………は、はい」
呆れた様子のナギサ先輩だが、その言葉の真意くらい俺にだって分かる。
作戦を実行しろというわけだ。
本音を言えばこの状況でラビュとふたりきりにされるのはかなり不安ではあったが、シュアルさんがすでに帰ってきているのなら多少強引だろうと話を進めざるを得ないのも確か。
失敗してもナギサ先輩がフォローしてくれるだろうし、とにかく当たって砕けろだ。
やるだけやってみよう。
「えー? ふたりっきりにするのは危険だと思います」
「べつにそんなことは無いだろう。連城君は紳士だから」
「いえ、そっちじゃなく。ラビュにゃんこ先生がおにいちゃんになにをするか分かったものじゃないと思うんです」
「……」
「先輩、こっちまで不安になるんで、心配そうな目を向けないでもらってもいいですか」
「あ、ああ、すまない」
ナギサ先輩は軽く咳払いしてから、にっこりと微笑む。
「まあ平気さ。そもそもラビュは意外と奥手だからね。ふたりきりだと止める人がいないぶん、かえって安全と思うよ。だからこの場は連城君に任せて、私たちは自分の下着を選ぼうじゃあないか」
そう言って、強引にほかの皆を押しやっていく先輩。
御城ケ崎だけはなにやら名残惜しそうにこちらを見ていたが、強引なナギサ先輩の様子になにか察するところでもあったのか、最終的には大人しく先輩のあとについていく。
ある程度みんながこの場から離れたのを見計らって、俺は試着室に声を掛けた。
「ラビュ、入ってもいいか?」
「……」
「ラビュ?」
繰り返すと、ラビュが試着室のカーテンの隙間から顔だけのぞかせてきた。
眉根を寄せてはいたが、もう怒ってはいないようだ。
「試着室に入りたいってこと? いまラビュ、お着替えの途中なんだけど……」
「それは分かってる。でも、ラビュとふたりきりになりたいんだ」
「……」
ラビュは遠くに移動しているナギサ先輩たちに視線を向けたあと、こくんと頷く。
「入って……」
「ありがとう」
カーテンの隙間から潜り込む。
着替えの途中と言っていたが、ラビュはさっき見たときと同じ下着姿のままだった。
そのせいか彼女は居心地が悪そうにしているが、この機を逃すわけにはいかない。
変態革命軍の悪口を大量に吹き込んで、ラビュが参加する可能性を徹底的に潰しておくぞ……!




