第42話 セクシーを身につけろ
しかしラビュには悪いが、俺は下着ごときで動揺するような男ではない。
ここは普通に選ばせてもらおう。
「うーん、ラビュはなんでも似合いそうだが……これとかどうだ?」
「え、これ? このスポーツブラみたいなやつ? たしかに可愛いとは思うけど……コータロー遠慮してない? 男の子の好みを知りたくて呼んだんだから、もっとセクシーなのでもいいのに」
「……」
普通にセクシーなスポーツブラを選んだつもりだったが、ラビュ的には論外だったようだ。
布地は多ければ多いほどエロさに繋がるというのは俺的には常識なのだが、他人の共感を得られたことが無いんだよな。
「ですが光太郎様のお気持ちもわかります……」
いつの間に戻っていたのか、ラビュの背後に御城ケ崎が立っていた。
彼女は俺が手に持つ下着をやけに真面目な表情で眺め、コクリと頷く。
「あえて幼さを連想させる下着を着せることで、ラビュさんの発育の良さを際立たせ、犯罪的な可愛さを漂わせようという企てでございますね」
「まるで考えてなかったな」
即座に切り捨てる俺。
スポーツブラという下着が幼い子ども専用着のように言われるのは、はっきり言って心外だった。
いろんな人を受け入れてくれる懐の深い下着なのに、その可能性を信じてあげられない御城ケ崎が可哀想だと思った。
「シンプルに似合いそうだからこれにしたんだ。企てなんて一切ない」
「まあ、おにいちゃんの好みはどうしても布地多めだからね。あたしのも似た感じだし」
みなもはそう言って自身の胸元に抱きかかえている下着に目を落とす。
たしかにジャンル分けするならばそれらもスポーツブラなので彼女の言いたいことは分からなくもないが、これもまた心外な話ではある。
みなもの好みを考慮に入れて、比較的布地は少なめにしてあげたのにその配慮が伝わっていないらしい。
「んー……じゃあラビュもこれにしようかな」
そんな俺たちのやり取りを眺めていたラビュは、俺の手から下着を静かに抜き取った。
「このコータローが激推ししてくれたやつ。たしかにこれもかわいいもんね」
「試着はしなくていいのか?」
「えっと……」
ちらりとラビュが視線を送ると、意図を汲んだ様子の御城ケ崎が鷹揚に頷く。
「もちろんご自由にご試着ください。お気に召さない場合、わたくしが個人的に買い上げますので」
親切なようで普通に怖い。
個人的に買い上げるってなんだ。
なにをどうするつもりだ。
「そっか。じゃあ試着させてもらうね」
しかしラビュは気にしなかったようで、お店のど真ん中にある小さな試着室にそそくさと移動すると、カーテンをピシャっとしめた。
俺たちはそんな彼女のあとをゆっくりと追い、試着室の前で思い思いに佇む。
俺はともかく他の皆は自分の分を選んでもいいだろうに……付き合いのいい連中だ。
「…………」
しかし結構長いな。
まあもちろん、女性の着替えにはいろいろとあるのも分かるが。
「………………」
……それにしても長い。
体感5分はたってるぞ。
みなもだったらとっくに支払いも終えて、すでに家に帰り始めているくらいの時間だ。
「……おーい、ラビュ。まだか」
たまりかねて声を掛けると、彼女はカーテンの端からひょいと顔だけのぞかせてきた。
「ごめーん、今いろんな角度から見てたの。後ろからだとどう見えるのかなーとか」
「ん? もしかして試着はできてるのか? だったらカーテンを開けろよ」
「……え?」
なにを言われたのか理解できなかったのか、こちらをぼんやりと見つめている。
「えっとね、ラビュ、いま下着になってるから……」
「だからカーテンを開けたらいいだろ。そしたら俺も見てやれるし」
「そしたら俺も見てやれるし!?」
なぜかオウム返しされてしまった。
信じられないと言いたげな瞳が、俺を見上げている。
「ラ、ラビュが下着になってるのが分かっててカーテンを開けろって言ってたの!? 堂々覗き宣言!?」
「覗きとは違うだろ。ラビュが自分の意志で下着姿を披露するだけだ」
「なにそれ!? なんでラビュがそんなこと……!?」
「……なんでって……」
彼女の異様な驚き方を見て、俺は答えに詰まった。
なんか話が噛み合ってない気がする。
もしかしてラビュって、下着姿を異性に見られるのは恥ずかしいタイプだったりするのだろうか。
でも初対面のときには下着姿で旧校舎に現れたわけで……今さらなにを照れているのか分からない。
「男の意見を聞きたいからこの場に俺をつれてきたんじゃなかったのか? 試着したところを見ないと感想なんて言えないぞ」
「べ、別に選んでもらうだけでじゅうぶんっていうか……な、なんで『下着姿を見せろ』なんてこと、堂々と主張できるの……?」
混乱したように目をぐるぐるさせながら周囲を見回すラビュだったが、やがて俺の背後に立つ御城ケ崎を見てハッとしていた。
そして助けを求めるように必死の表情で叫ぶ。
「し、審判! 判定を!」
「面白そうなので、問題なしと判断しました。続行いたします」
「くう。審判に言われたなら仕方がない……」
一瞬で話はまとまったようだ。
便利だな、審判システム。
しかし問題なしと判断したそうだが、そもそもなにが問題視されていたんだ……?
俺の疑問をよそに、ラビュはどこかモジモジしながらこちらを見てくる。
「で、でも……コ……コータローは、私の下着姿を見たいってことでいいんだよね? そこははっきり言って欲しい。じゃないと、なんかヤダ……」
「そんなこと言われてもな。別に俺が見たいわけじゃなくて、ラビュが見て欲しがってるだけだし」
「……」
彼女はエサを求める魚のように口をパクパクさせている。
なんて言っていいのかわからない、そんな雰囲気だ。
「どうしたんだよ?」
本当にさっきから様子がおかしい。
いつもの元気さが完全に消え失せている。
熱でもあるんじゃないか……?
「ラビュ……見て欲しいのかな……?」
「自分から誘っておいてなにを今さら。ラビュは、俺に下着姿を見せつけたかっただけなんだ。当然だろ」
「すごい攻めますね、光太郎さん……わたくし胸がドキドキしてきました……」
「無自覚なドSか……たしかに悪くないね」
周囲の声は俺の耳にも届いていたが。
「……み……見て欲しい……」
つぶやくラビュの頬が赤く染まっている。
そして、本当に熱でもあるのかと思うほど潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「コータローに、ラビュの下着姿を……」
「おう。ちゃんと見てやるから、安心しろ」
「すごい上から目線だ」
「これが洋服の試着なら特に違和感はないのですが……下着ですので不思議な俺様感がありますね……」
「さっきからうるさいな」
ラビュに頼まれたから見てあげるだけなのに、なんで俺が悪いみたいな雰囲気になるんだ。
わけがわからん。
と、カーテンがシャーっと開く音。
「ど、どー……?」
試着室の中に、下着姿のラビュが立っていた。
彼女のことだからモデル立ちでもしてくるのかと思いきや、身体を隠すように手をクロスさせている。
「手が邪魔」
「う、うん……」
伝えると、意外と素直に手をどけてくれた。
しかしこれは……。
「……すごっ……」
みなもが俺の感想を代弁してくれた。
ラビュの下着姿は前にも見たことがあるはずなのに、今回は俺が選んだ下着だからだろうか、それとも恥じらいを感じるせいだろうか、伏し目がちに立つ彼女から目が離せない。
なにも言えずにごくりと唾をのみ込んでいると、みなもが言葉を続ける。
「ご、ごめんなさい、あの、おにいちゃんに見せる趣旨なのは理解してますけど、これちょっと凄いです! もしこの世界に天使がいるとしたら、それはラビュにゃんこ先生だと思います!」
「そ、そう?」
「はい! あと、もしこの世界に悪魔がいるとしたら、それもラビュにゃんこ先生だと思います!」
「天使で悪魔!? それはさすがに言い過ぎっていうか……」
「言い過ぎなんかじゃないです! そのくらい、人の心を惑わせます! ね、おにいちゃん!」
「お、おお」
急に話を振られ内心慌てたが、動揺を悟られるわけにはいかない。
必死に冷静を装って答える。
「たしかに可愛いと思う。なんていうかこう……かわいい」
「あっ! おにいちゃんが照れてる!」
……さすがにバレるか。
語彙力が消え失せてしまったもんな……。
「そ、そお? なんかコータローの反応が薄いような……」
「違います、それは違います! 普段のおにいちゃんなら、そもそも反応を示しませんから。下着姿でおにいちゃんを照れさせるのは、はっきり言って快挙ですよ!」
「えっと……」
探るような視線を向けてくるラビュに、俺は軽く頷いて見せた。
感想を伝えると言った以上いい加減に誤魔化すわけにもいかない。
きちんと感じたことを伝えよう。
「似合ってるよ、想像以上に。いまなら御城ケ崎が言ってたことも分かるな。スポーツブラをつけたラビュは、たしかに犯罪級に可愛いと思う」
「……えへへ」
答えがお気に召したのか、ラビュの表情が緩む。
そんなとき――。
「あら、ほんと。かわいいわよ、ラビュ」
背後から涼やかな声が響いた。




