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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第1章 放課後のナギサ先輩

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幕間 城鐘壱里との密談(後編)

 父さんの身柄を奪還?


 それはつまり、変態管理局には父さんがいないということか?

 いや、まて、鵜呑みにするな。


 ここは慎重に探るべきだ。


「奪還するということは、父さんの居場所の目星はついているということですか」


「ああ」


 城鐘室長は軽く頷くと、懐から古ぼけた写真を取り出し、こちらに見せてきた。


 そこには「HRP」と金色の文字で書かれた腕章をつけた、黒ずくめの集団が写っている。


「『変態の変態による変態のための政治』を標榜(ひょうぼう)する、変態革命軍なる秘密組織がある。彼らこそが拘置所を襲撃し、連城双龍氏の身柄を奪った犯人だ」


「身柄を奪った? 俺は、ボヤ騒ぎのあいだに脱走したと聞きましたけど……」


「騒ぎにならないよう、情報を伏せたのさ。外部には火事が起きたと発表しているが、実際は武装集団による襲撃だ。私も映像を見せてもらったから間違いない」


「……」


 彼の話を鵜呑みにしてはいけない。

 ……その言葉を胸中で繰り返しつつ、俺の視線は黒ずくめの集団から目を離せなかった。


 こいつらが……父さんを……。


 心に浮かぶのは怒りではない。

 むしろ俺は内心ほっとしていた。


 変態革命軍が、変態に友好的な組織だというのなら、かえって父さんの身は安全なんじゃないか?

 というか父さんが今の今まで姿を隠しているのは、彼らの理念に共鳴し、組織の一員になったからでは……?


 そんな考えを見抜いたように、城鐘室長はトンと机を指で叩き、こちらの思考を遮る。


「……君が安堵する気持ちは分かるが、その判断は甘すぎると言わせてもらおう。変態革命軍はかなりの過激派でね。我々とは違い、変態を管理しようという発想がそもそもないんだ。『変態は人間の上位種であり、我々が普通の生活を過ごすためには、一般人である国民が犠牲となることもやむを得ない』。そのくらいのことは平然と言うし、実際に犠牲にしてみせる連中だよ。彼らに泣かされたのならまだいいほうで、物言わぬ死体にさせられた市民が数えきれないほどいるのさ」


「……意見が合いそうもない奴らですね。俺とも、父さんとも」


「まあ、そういうことだ。連城双龍氏を味方にできると考えて『救出』した変態革命軍だったが、実際は意見が対立してしまった。説得もうまくいかず、その結果として拘束が長引いている。……実情はそんなところじゃないかな」


 それはなんの根拠もない希望的観測だったが、彼もそんなことは分かっているだろう。

 だから俺もそれ以上触れなかった。

 聞きたいのはもっと別なことだ。


「……革命軍に拘束されている父さんを、変態管理局が救出する……?」


「正確には、特別対策室だ。室長である私の権限で動かせるメンバーだけでやる。少数精鋭でなければ、事前に察知される恐れがあるからね」


「俺も参加させてください!」


 前のめりになる俺を見て、城鐘室長はにこりと笑った。

 

「もちろん呼ぶさ。君が作戦実行までに、我々に比肩するような力を身につけていればね」


「……」


 それは要するに、呼ぶつもりはないということではないだろうか。

 そんなひねくれた考えが思い浮かぶが、とはいえ人殺しもいとわない連中を相手にするのに、今の俺では力不足だと言われれば否定はできない。


 ……とにかく研鑽あるのみか。


「そう気を落とさないでもらいたい。むしろここからがキミに伝えておきたい本題なんだ」


「……本題……ですか?」


 父さんの救出作戦より重要なことがあるとは思えないが。

 でも考えてみれば俺を実行部隊に呼ばないのなら、そもそもこんな話をする必要も無かったはず。


 固唾を飲んで言葉の続きを待っていると、城鐘室長から笑みが消えた。

 今までとは違う真剣な表情で、手元のコーヒーに目を落としている。


「変態革命軍の構成員は、無論極秘だ。けれど我々の長年の調査の結果、ようやく目星がついてきた。今から言う名前は決して口外しないでもらいたいのだが……」


「……ええ」


 そんなろくでもない変態の名前なんて知っているはずが無いが、それでも耳を澄ます。

 その名を心に刻み、救出の日に備えるのだ。


 意気込む俺の視線の先で、城鐘室長の口元が歪む。


「変態革命軍を率いるリーダーは――かの有名な変態詩人、ドレッド・ハラスメント」


「……え……?」


 その言葉が理解できず、呆然と彼の顔を見つめ返す。


 ドレッド・ハラスメント。

 彼女が父さんを誘拐した組織のトップ……?


「そん、そんなわけ……」


「のみ込めないのも無理はない。彼女は平和的な変態として知られる人物だからね。だが……実情は違う」


「実情……」


「世界各国を旅するうちに変態たちの窮状を知った彼女は、暴力による状況の打開、つまりテロリズムに傾倒するようになった。近年では薬物を用いた凶悪事件への関与も疑われている。部下にさせたのではなく、彼女自身が実行犯だという証言がいくつも出ているのだ」


「…………」


「私も彼女のファンの1人として、非常に残念に思っているが――しかし問題はここから。変態革命軍は今もなお規模を拡大している。そしてどうも、彼女の娘であるセクシュアル・ハラスメントも革命軍入りしている疑惑が出てきた」


「シュアルさんが……」


 衝撃は薄かった。

 むろんあり得る話だ。

 母親が革命軍のリーダーなら、その娘が入っていてもなんら不思議ではない。

 

 でもそれなら……ハラスメント家の面々が変態革命軍の一員だというのなら……。


 俺の脳裏をよぎるのは、風に揺れる金色の髪。

 そしてこちらまで明るくしてくれる、楽しそうな笑顔。


 ……彼女は……。

 ラビューニャ・ハラスメントは……?


「セクシュアル・ハラスメントが持つある種のアイドル性は、敵に回すとなると恐ろしく厄介だ。彼女が変態革命軍のスポークスマンとして全面的な広報活動に打って出た場合、この国に暮らす成人男性の半数以上が変態革命軍を支持するという予測まで出ている。当然彼女を味方につけたいがおそらく難しいだろう。だからこそ、君のお父上を奪還する前に、対策を講じておきたい」


「対策……」


「――ラビューニャ・ハラスメントを我々の味方につけるのだ」


「ラビュを味方に? それは……管理官として勧誘するということですか……?」


「無論それも一つの方法ではある」


 わけも分からず放った質問を肯定され、俺としてはかえって困惑した。


「意味がよく分からないです。 たしかにラビュは管理官に向いてる気はしますけど……」


「この際、彼女の管理官としての資質はいったんおいておく。もっとも重要なのは、()()()()()()()()()()()という部分なのだ。極論、彼女が変態管理官の地位を蹴ったとしても、我々のためにハラスメント家と対立してくれるのなら何の問題も無い」


「はあ」


「我々が連城双龍氏を奪取した場合、人質を失った変態革命軍は死に物狂いで攻勢に転じるだろう。そしてセクシュアル・ハラスメントの声明を打ち消せるインパクトを生み出せるのは、ラビューニャ・ハラスメントをおいて他にいない。ラビュ君を味方につけるというのは、救出作戦を実行するうえでの前提条件といえる」


「なるほど……。つまり保険を掛けたいということですか」


 俺としては父さんさえ救出さえできれば後のことは知ったことでは無いと言いたいところだが、さすがにそれは無責任すぎるもんな。


「話は分かりましたけど……でもラビュがシュアルさんに対抗できるというのはどうでしょう。互いの知名度が違いすぎると思いますし、存在も知られていない女の子が何を言っても、世間からは聞く耳をもってもらえないのでは?」


「そのあたりのことに関しては我々に任せて欲しい。人はだれしも光り輝くスターの誕生を心待ちにしている。セクシュアル・ハラスメントはその行動から反感を持つ人間も多いし、対立構造を上手く作ることができれば、ラビュ君でも5分5分以上の戦いができるだろう」


「はあ、そういうものですか」


 俺にしてみればラビュを巻き込みたくはなかったが、とはいえそもそも父さんの監禁にハラスメント家がかかわっているというのなら、彼女が無関係とも言い難い。


 ドレッド・ハラスメントが信用できない人物だとしたら、たしかに管理局で保護したほうがマシだろう。


「とはいえ、我々としても懸念はある」


「懸念?」


「ああ。ラビュ君が、すでに変態革命軍に取り込まれている可能性だ。もっともナギサ君はノーと言った。君はどう見る?」


 ラビュが変態革命軍の一員?

 市民の犠牲もいとわない、過激派組織のメンバー?


「……正直、分かりません。ただ――」


 思い浮かぶのは、机に向かい原稿とにらめっこするラビュの顔だった。

 彼女はいつもマンガのことばかり考えていて、たまにこちらにちょっかいを掛けてくることはあるが、それすらもマンガのネタ作りの一環でしかないのだ。


 そんな彼女が、変態革命軍に?


「……ラビュがそういうことに興味を持つとは思わないです。彼女はマンガに命をかけてるので」


「そうか。君たちの見立てを信じよう。ただ、心せねばならない。今の彼女は変態区分が未確定。いわば羽化を待つさなぎ。なにがどう転ぶのか分からないのだ」


「…………」


 確かにラビュからはすさまじいほどの変態パワーを感じていた。

 彼女の振る舞いには常に危うさがつきまとう。

 少しボタンを掛け違えただけで致命的なズレが生じそうな、そんな予感がするのだ。

 

「ラビュの勧誘ですけど……」


「うん?」


「――俺にやらせてください」


「ふむ。あるいはナギサ君に任せるという選択肢もあるが……」


「ナギサ先輩は俺が失敗したときのフォロー役のほうが良いと思います。彼女のほうが付き合いが長いので、うまくやってくれるはずです」


「ふふ、そうか」


 城鐘室長の表情が緩んだ。

 やはり彼としても、俺にやらせたかったんだろう。


 そもそもナギサ先輩に頼むつもりなら、俺にこんな話をする必要が無いもんな。


「実のところその言葉を待っていたんだ。光太郎君がラビュ君の勧誘に成功してこそ、私も局長になる甲斐があるというものだからね」


「……? それはどういう……」


「君がラビューニャ・ハラスメントを味方につけた暁には、その功績に報いるためにもある任務を与えることになるだろう。ラビュ君は大切な客人だが、ハラスメント家の一員である以上、スパイの可能性が否定できない。つまり、変態管理局に近づけるわけにはいかないんだ。かといって、変態革命軍と接触する隙を与える可能性を考えれば自由行動を取ってもらうことも難しい。匿う場所がどうしても必要になる。そこで、君への提案だ」


 提案。

 今までとは違い、城鐘室長の口調がやけに柔らかい。


 まるで知り合いの子どもにプレゼントを渡す前のような。

 そんな優しい口調。


「――私が場所を提供しよう。君にはそこで、自分が思う理想の村を作り上げてほしい。変態であるラビューニャ・ハラスメントが快適に暮らせるような、地上の楽園を」


「!」


 それはつまり……連城村を再建しろという話か?

 城鐘室長の口ぶりは明らかに連城村の……変態パラダイス村の復活を示唆していた。


 とはいえそんなことはさすがにありえない。

 だって、あの村は変態管理局にとって禁忌といってもいいはず。

 それを再建していいなんて、いくらなんでも話がうますぎる。


 ――でも。

 あまりにも魅力的な話だからか、俺の脳裏に反論の言葉が浮かぶ。


 城鐘室長もかつては連城村のような場所で暮らしていたそうだ。

 だとしたら彼は、同志といっても過言ではない存在なのでは?

 俺がスパイ目的で変態管理局に入ったように、城鐘室長も変態パラダイス村を復活させるために管理局に潜り込んだ……?


 だとすると、荒唐無稽としか思えない今回の話だって、あり得ないとは言い切れないような……。


 城鐘室長の言葉は続く。


「無論それは一時的なものにすぎないが、私が変態管理局のトップに立てば、恒久的なものにすることができる。連城双龍氏の身の安全も同じだ。私が局長であれば、彼を救出したあとのことなど、どうにでもなる。……私と協力体制を敷くことで得られる君のメリットについては分かってもらえただろうか?」


「……あなたのメリットはなんですか? たしかに俺には利点があるかもしれません。でも城鐘室長のほうは……」


「私が変態管理局のトップになるということ、それ自体が私にとってメリットなのだよ。秋海局長ではダメだ。彼のやり方はしょせん連城の管理法、その猿真似にすぎない。借り物の力ではやがてぼろが出る……というか、すでに出始めている。かつての城守としては、変態をうまく管理できていない現状が歯がゆいんだ」


「……」


 城鐘室長が真実を話してくれているのか分からない。

 でも彼が提示してきたメリットは想像をはるかに超えていて――だから俺の答えはひとつしかなかった。


「……協力します。ラビュを変態革命軍に渡したくないですから」


「ああ、理由はそれで構わない。具体的な方法は君に任せよう。無論、手助けが必要であればいつでも連絡を」


 他にも用事があるのだろう、城鐘室長がサッと席を立つ。


 俺は椅子に腰かけたまま、勘定を済ませ去っていく彼の背中を、ぼんやりと見送った。


 変態管理局から連城村再建のお墨付きをもらえるかもしれない……?

 どう考えても不可能としか思えなかったのに、こんなにトントン拍子に話が進むとは……。


 正直に言うと信用しきれないところはあるが、俺に求められているのはあくまでもラビュの勧誘だけ。

 特にリスクがあるわけではない。


 ……やってみる価値はあるよな。

 

 俺は勢いよく立ち上がると、ラビュを味方につける策を練りながら、店を後にするのだった。

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