幕間 城鐘壱里との密談(前編)
「やあ、奇遇だね」
学校からの帰り道、いつもの駅前広場を歩いていると、背後から声を掛けられた。
振り向くとそこに立っていたのは白スーツの男性。
インパクトのある服装なだけに、それが誰なのかすぐに思い出せた。
「あなたは、変態管理局の……」
「特別対策室室長、城鐘壱里だ。名刺を渡しておこう。これから会うことも多いだろうからね」
「はあ」
名刺には連絡先が書かれていたが、この人に電話する機会があるとも思えない。
受け取った名刺を持て余していると、城鐘室長は俺の背後にあるこじゃれた喫茶店に視線を向ける。
「ちょうど話したいことがあったんだ。時間が許すのなら、コーヒーでもどうだい? もちろん支払いは私が持つよ」
「……ぜひお願いします」
あまりにも流れがスムーズすぎて反射的に拒絶しそうになったが、冷静になってみるとそんなことをする意味が無い。
話の内容も気になるし、大人しくついていくことにした。
悠然と歩く城鐘室長のあとに続いて、アンティーク調の看板が出ている喫茶店へと入る。
「…………」
想像に反して、店内はがらんとしていた。
駅前というかなりの好立地なのにお客さんの姿が見えない。
城鐘室長はカウンターの脇に佇むこの店のマスターらしき人物に向けて軽く片手をあげたあと、店の奥にある2人掛けのテーブル席に座った。
そのテーブルの上には、カップに入ったホットコーヒーが2つ置かれている。
……注文前にドリンクが用意されているのか。
偶然を装っていた割に、なんか露骨だな。
そんなことを考えながら向かいの席に座ると、城鐘室長は軽く微笑んだ。
「ホットコーヒーが苦手だったら、他の物も用意できるよ」
「いえ、構いません。……それで話というのは?」
「ああそれなんだが、私は回りくどい話が苦手でね。いやもちろん必要であれば無駄話を披露するのもやぶさかではないが、しかし君、なんの意味も無い雑談というのは互いに苦痛なものだろう? だから今回は率直にいかせてもらおうと思うんだ」
言葉とは裏腹に、やたらと回りくどい前置きをしてから、室長は俺をピッと指さした。
「君と協力関係を結びたい」
「協力関係?」
「ああ。私は変態管理局の局長の座を狙っていてね。ぜひとも君に支持してもらいたいのさ」
「……」
率直にもほどがあると思った。
要するに組織内の派閥争いの話なのだろうが、想像とはかなり違う展開でぶっちゃけ反応に困る。
「なぜそんな話を俺に……?」
単なる見習いの俺が彼を支持したところで、なんの影響力もないことくらい分かっているはずだ。
シンプルに意味が分からなかった。
室長は軽く頷いてから、湯気が立ちのぼるコーヒーに口をつける。
そしてこちらがじれったくなるほどゆっくりとした動きでカップを置いた。
「私は、君の望みを知っているから」
「俺の望み?」
室長の口元が歪んだように見えた。
「――連城村の復活」
「……」
「ビンゴだろう? いや、顔色ひとつ変えないのは偉いが、けれど図星を指されたときは驚いて見せるくらいの愛嬌があったほうが、私は好きだな」
彼は確信があるかのように微笑んだあと、優雅な動きでコーヒーに口をつけている。
別になにかをしくじったとは思わない。
以前ナギサ先輩に忠告されたように、俺の出自は知られているのだ。
これはただ俺を試しているだけ。
落ち着いて反論すればいい。
「俺が生まれ育った村ですから、昔を懐かしむ気持ちがあるのは否定しません。でもさすがに復活なんて望んでないですよ。なんといっても『変態パラダイス村』ですからね。一人前の変態管理官を目指している身としては、あの村の出身者だということ自体が黒歴史で……消したい過去ってやつです」
「私を支持することが、君の望みを叶えることにも繋がる。そう言ったらどうする?」
「どうするもなにも、連城村の復活なんて望んでいないので……」
俺の答えを無視するつもりなら、こちらも適当にとぼけるまでだ。
どうせどれほど疑われたって証拠なんてあるはずがない。
のらりくらりとやり過ごすのが正解だろう。
「私は、そうは思わない」
やけにはっきりと言い切ってから、彼は軽く咳払いした。
「とはいえ警戒するのは当然だし、ここは私の立場をきちんと伝えておくべきなのだろうね。私は連城村に悪い印象なんて持っていないんだ。そして連城村の出身であることが、管理官を目指すうえで黒歴史になるとも思っていない。……実は私も『城守』でね」
「……城守……?」
室長は、頭にはてなを浮かべる俺を見て拍子抜けしたようだ。
「そうか、知らないのか。……『変態の洪水』。この言葉なら聞いたことがあるね?」
「え、ええ。5年ほど前に起きた、変態が突如として大量発生した出来事……」
「そうだ。『変態の洪水』。東京に突如として身元不明の変態が押し寄せたあの事件は、今なおこの国に暗い影を落とし続けている」
言葉を切った室長は、こちらに意味ありげな視線を向ける。
「君がその事件の一報を聞いて思い浮かべたことは想像がつく。予測が外れ、安堵したこともね」
「……」
図星だ。
俺は変態が大量に現れたというニュースを聞いて、連城村に住んでいた人たちが東京に押し寄せたのだと思った。
でも――違った。
逮捕された変態たちに、見知った顔は一人もいなかった。
当時の俺は、それだけ多くの変態がどこからやってきたのか不思議に思ったものだ。
「君の心配は的外れというわけでもない。ただ単に、前提条件を把握していなかったというだけの話さ。――変態たちが平和的に暮らす連城村のような場所は、実のところ日本各地に108か所存在していた」
「そんなに……!?」
「ふふ、個人的にはむしろ少ないと思うが、今はその話は置いておこう。『城守』。それは変態管理に特化した人々のことであり、同時に変態が住む村の管理者を指している。連城村においては君のお父上の連城双龍氏がそうだった。そして私も、かつてはある村の城守だったのさ」
「城鐘室長が……」
思わず彼の顔を見返す。
もちろんそこに、変態パラダイス村の出身であることが分かるなにかを見出すことなどできなかったが――。
「なぜ……あなたは逮捕されていないんですか……?」
自然とそんな質問が口から零れ落ちていた。
しまったと思ったが、城鐘室長は気にした様子もない。
「そう問いたくなる気持ちは分かるが、むしろ逆だね。私が逮捕されていないことがおかしいのではなく、君のお父上が逮捕されたことが異常なのさ」
話が核心に近づくなか、城鐘室長はこちらを焦らすようにゆっくりと言葉を続ける。
「城守が持つ権力は凄まじく、村の中に限っては日本国の法律さえ及ばないほどだった。治外法権という奴だ。けれど政府関係者は、日本にそんな無法地帯が108か所もあることを快く思っていなかった。城守があらゆる分野で栄華を極めていて、それが目障りだったというのもあるのだろう」
目障り。
その言葉が頭の中で繰り返し響く。
まさか父さんが逮捕された理由というのは……。
「彼らは見せしめに、もっとも従順でもっとも小規模な村の城守を逮捕した。連城村村長、連城双龍。――彼こそが、この国の変態管理における要石とも知らずに」
「……」
つまり父さんは、見せしめのために逮捕された……?
国と城守のあいだには、明確な上下関係があることを分からせるために……?
「無知な連中は、不思議と最悪な選択をしてしまうものだ。連城双龍氏の逮捕を引き金として、大量の変態が世に解き放たれた。すべての城守が一斉に変態管理から手を引いたのさ。我らが城鐘家も右に倣った。そもそも変態管理なんてものは、手間がかかるだけで利益が生まれるわけでもない。すくなくともかつての権力者たちは、その面倒さを理解していたからこそ城守たちに対処を押し付けていたのに、月日がたつにつれそんなことさえ忘れられていったようだね。まあ、あえてそういう方向に動かした人間もいたのだろうが……」
「……あの村が治外法権だったということは……父が逮捕される法的根拠は無かったということですか……?」
「少なくとも私はそう認識している。もっとも治外法権云々というのは公になっていない話だから、政府がその約束を『踏み倒せる』と考えたのも無理のないところだとも思うが。だがなんにせよ、連城双龍氏が逮捕されたことで、この国には大きなほころびが生じた。破滅の危機は今や目前にまで迫っている」
「破滅の危機? それはいったい……」
「申し訳ないが、その全貌は我々にも把握できていないのだ。現時点で分かっているのは、国家存亡の危機が近いということだけ。だからこそ私は――すべてのキーマンである連城双龍氏の身柄を奪還したいと考えている」
「……!」




