番外編1-2 在りし日の思い出(後編)秋海ナギサ視点
「分かった。わたしのおウチで遊ぼう。玄関にまわって」
「うん!」
タタタっとかけていく少年。
そんな彼のおしりをぼんやり見つつ、わたしはハッとした。
部屋を片付けないといけない。
年端もいかない子どもに見られては困るものが、この部屋にはたくさんあるのだ。
「あわわ……」
わたしは慌てて扉に向かった。
とりあえず部屋の鍵は閉めておこう。
最悪の場合、彼には10分くらい廊下で待ってもらわないといけないかも……。
◇◇◇◇◇
……遅いな。
見られては困るあれやこれやの本を押し入れに収納し終えてすでに10分。
まるでやってくる気配が無い。
まさか迷子になったわけでは無いだろうに……。
不思議に思いつつ部屋の鍵をあけ、廊下に顔を出す。
すると廊下の先に、にこにこの笑顔が見えた。
「あ! おねえちゃんだ! あそびにきたよーっ!」
ぶんぶんと両手を振ってから、どたどたとこちらに駆け寄ってきた先ほどの少年は、白い毛布のような布を頭から被っていて、まるでテルテル坊主のようだった。
「あはははは! なんだい、その格好は!」
なんだかとても可愛らしくて、笑いがこらえきれない。
少年は自分が着ている布を見下ろし、首を傾げている。
「えっとぉ……たしかぁ……ポンチョ!」
「あはははは! ポンチョか。あはははは!」
「なに? なにかおもしろいの?」
よく分からないようだが、私が笑っているのにつられたようで、にこにこしている。
本当にこうしていると、単なる子どもだ。
「ふふふ。面白いというか、てるてる坊主みたいでかわいいね」
「かわいい……?」
ちょっと不満そうだ。
少年のくちびるが尖っている。
そんな子どもらしい仕草も可愛い。
「ごめんごめん、かっこいいの間違いだった。どうしたのその格好は?」
「えっとね、前にお父さんが、ちゅーざいさんのところに遊びに行くときはこれを着るんだよって言ってたの。そんなことすっかり忘れてたけど、お父さんがここのおうちの人に預けてくれてたみたい。だから、おねえちゃんのおかーさんが着せてくれた!」
「へえ……」
そういえばうちのお母さんがそんなことを言ってた気がする。
この村の村長さんには息子さんがいて、わたしのひとつ年下なんだとか。
そしてその子が、この村に不慣れなわたしのサポートをしてくれるそうだ。
この村に馴染むつもりの無かったわたしは適当に聞き流していたが……つまりこの子の父親は、この村の村長さんというわけか。
一番偉い人なだけあって、想像よりかなりまともな人物のようだ。
たしかにいくら無邪気な子どもはいえ、裸で部屋に座り込まれたりしたら嫌だ。
でもこの格好ならそういうのを気にする必要がないし、なによりかわいい。
「あとね、おねえちゃんのおかーさんに、泥まみれだからお風呂に入りなさいっていわれたよ」
「ああ……だから時間が掛かったのか」
よく見ると少年の髪は濡れていた。
泥が気になったウチのお母さんは、ひとまず彼をお風呂場に送り込むことにしたらしい。
妥当な判断だと思う。
「それで、どこで遊ぶの? おねえちゃんのお部屋?」
「おっと、そうだね。こっちに来て」
少年を部屋に招き入れた。
一瞬リビングでもいいかと考えたが、彼を真人間に戻す計画は極秘裏に進めたい。
たとえお母さんと言えど、この作戦は内緒にしたほうがいいだろう。
とはいえ部屋の扉を閉めたわたしは、さっそく困ってしまった。
「……なにして遊ぼっか」
すべては仲良くなってからの話だと思ったけど、考えてみれば男の子がなにをして遊ぶのかまるで分からない。
スマホとかやってる感じじゃないし……。
「ボク、なんでもいいよ」
「……トランプにする?」
「うん!」
いい返事が返ってきて助かった。
他人と一緒に遊べそうな玩具なんてトランプくらいしか持っていない。
「神経衰弱ってわかる?」
「わかる! 同じカードを集めるやつでしょ!」
「そうそう」
軽くカードを切って、適当に床に並べていく。
「キミからでいいよ」
「ホント!? わーい!」
順番を譲っただけなのに、すごい喜びようだ。
嬉しそうにバンザイしてる。
わたしにはこういう愛嬌がないんだよなあ……。
などと思いつつ、わたしの視線はバンザイする彼の足元に向かった。
ポンチョの丈が短いせいか裾のあたりがめくれ上がり、正座している彼の膝小僧どころかふとももが見えていた。
……さらにその奥も、何となく見える。
…………。
「じゃあ……これと……これ! あー、ちがった!」
「……」
「おねえちゃん? つぎ、おねえちゃんの番だよ」
「あ、ああ……そうだね。じゃあこれと……これ」
「あはは! おねえちゃんも違うカード!」
「うん」
「じゃあボクはこれと……んー……もう1個はどれにしよっかなー」
赤ん坊がハイハイするような態勢になり悩みだす少年。
またもや裾がめくれていて、ちらちらと太ももが見えた。
……小麦色に焼けた健康的なふとももが、すぐ目の前にある。
「……」
別に気になるわけではない。
そもそもわたしは、この子の裸をさっき見てる。
ポンチョを着てる今のほうが露出が抑えられているわけで、当然なにも思ったりしない。
「……んーとんーともう1枚は……これ! やったあ! ほら、おねえちゃん、そろったよ!」
「うん、すごいね」
「……おねえちゃん、どこ見てるの?」
「どこって?」
「なんかぜんぜん目があってない気がするんだけど……」
「……それは当然さ。次にどのカードをめくるか考えてたんだ。キミの足元にある、どれにしようかってね」
「そっかー!」
感心したような声を上げる少年に、わたしの胸がちくちくと痛む。
もちろん本人には言えないが、せめて自分にウソをつくのはやめておこう。
さっきからこの子の太ももに、わたしの視線が吸い寄せられてしまうのだ。
たぶん、チラチラ見え隠れするからついつい気になってしまうんだと思う。
あとなんか、小麦色に焼けた肌がすっごくこう……イイ!
思わず手を伸ばして撫でまわしたくなるような、すばらしい太ももだ。
まあ、私は変態ではないのでそんなことはしないけど。
「じゃあ、次はおねえちゃんの番ね!」
「うん」
……結局そのあとは、日が暮れるまでその少年と遊んだ。
連城光太郎君。
彼はとっても良い子だ。
まさか全裸の変態が集う村に、こんなに純真無垢な子どもがいるなんて想像もしていなかった。
でもこんな子も大人になると、他の村人と大差ないような変態になってしまうのだろう。
やっぱりこの子だけでも助けてあげたい。
ふとももだってまぶしいし……いや別にそれが理由ではないけれども。
「じゃあね! 今日はおねーちゃんと一緒に遊べて、すっごく楽しかった!」
「うん。……わたしもだよ」
「また来るね!」
そう言ってポンチョをサッと脱ぎ去り、駆け出していく全裸の少年。
夕陽に照らされた彼の裸体を見て私は――。
なにかが心の奥でうずくのを感じていた。




