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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第1章 放課後のナギサ先輩

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第38話 ふたりの約束

「恥ずかしいところを見せてしまったね。キミの面談なのに大声で叫び出したりして」


 管理局からの帰り道、休憩がてら公園に立ち寄ることにした俺たち。

 自販機で飲み物を買い、ベンチに座った途端、ナギサ先輩が肩を落としていた。

 

 しかし、なにを言っているのやらという感じだ。


「助け舟を出してくれただけですし、恥ずかしく思う必要なんてないですよ」


 そして、ぐいっとコーヒーをあおり、俺の動きはピタリと止まる。

 

 ……うん、まあ、あれだ。

 ブラックにしたのは失敗だったな。

 

 先ほど見た城鐘室長の大人っぽい雰囲気に憧れ、大人といえばブラックコーヒーくらいの思い付きで選んだわけだが、そんな子どもっぽい発想しかできない俺なので、いつものようにカフェラテにでもすれば良かった。

  

 口いっぱいに広がる苦味を持て余しつつ、俺は言葉を続ける。

 

「たしかに驚きはしましたけどね。長いものには巻かれろと何度もアドバイスしてくれた張本人が、エリート管理官たちに食って掛かるんですから」


「はぁ~」


 先輩は肩を落として深くため息をついていた。


 フォローを入れたつもりだったが、たしかに思い返してみると俺の言葉は追い打ちでしかない。

 ブラックコーヒーの苦みのせいで、判断力が低下していたようだ。


「あんなことをするつもりは本当になかったんだ。でも、キミが貶されているのを見るうちに我慢が出来なくなって……もともと考えていたことでもあったから、つい口から出てしまった」


「もともと考えてた?」


「うん……」


 ナギサ先輩は手元の缶コーヒーに視線を落としている。

 

「長年痴漢を放置したのは無責任だ、という彼らの意見は私も正論だとは思う。けれど君の事情を知っている私としては、当然別の意見があるのさ。キミの行動を縛ったものがなにか、察しがついているからね」


「俺の行動を縛ったもの……」


 ギクリとした。 

 触れられたくない部分にナギサ先輩が手を伸ばしている、そんな気がした。


 彼女は缶コーヒーを両手で握りしめたまま、顔を上げた。

 そして俺の目を見つめながら、おずおずと口をひらく。


「――ショックだったんだろう、お父さんが逮捕されたことが。そしてその時受けた衝撃が、今もキミの行動を縛っている。……違うかい?」


「……」


 反論しようと口を開き――けれど言葉は出ない。

 だって彼女の指摘は図星だったんだ。


 あの蒸し暑い夏の日、父さんが逮捕されたという新聞記事を目にしたとき、俺は天地がひっくりかえるほどの衝撃を受けた。

 

 それまでの俺は世界中の人々が父さんを尊敬していると思っていて……もちろんそれは子ども特有の幼い勘違いでしかなかったが、でもこんな形で勘違いを正された人間も少ないだろう。


 その日以来、新聞もテレビも雑誌もネットニュースも変態村長への非難一色に染まった。


 俺は耳も目も塞ぎたかった。

 この世の情報すべてをシャットアウトしたかった。


 でも……父さんの現状を知りたいと思えば、自分から情報を探しに行くしか無い。

 テレビ、雑誌、ネット……広大な情報の波に飛び込むたび、俺の苦しさは増した。


 そこには俺の知りたい情報なんて少しも見当たらず、その代わりに聞きたくない言葉ばかりが並んでいたのだ。


「あの日のことがトラウマになるのは当然さ。少なくとも私は、それがおかしなこととは思わない。だから……吐き出して欲しい。今も君が抱えている苦しみを、私も分かち合いたいんだ」


「……この男は、改心するかもしれない。電車内で痴漢が伸ばす手を防ぎ続けながらそう思ったのはたしかです」


 ナギサ先輩が優しい言葉を掛けてくるせいだろうか。

 気持ちが口からこぼれ落ちていく。


「でも確信が無い以上、放置することはできません。だから電車が次の駅についたら、駅員さんに突き出そうと思ってました。なのに――頭をよぎったんです。あの日見た新聞が。あの時感じた絶望が」


「うん……」

 

 泣きごとなんて言いたくないのに……俺の言葉は止まらない。


「もしかすると、こんな奴にも子どもがいるかもしれない。父親が逮捕されたことを知ったら、その子が悲しむんじゃないか。……そんなの、俺が気にすることじゃないのに。全部あいつが背負うべきことなのに。でも、どうしてもその考えが頭から離れないんです」


「……キミは優しいからね」


「違います」


 俺は頭を振った。

 ナギサ先輩にそんな風に言ってもらう資格は俺にはないのだ。

 

「真実がどうかなんて俺にはどうだっていいんです。あいつが実際は独り身だったとしても、そんなことは関係がない。俺は結局、相手のことなんて考えてません。子どもの頃、自分が受けたショックを思い起こしているだけ。ただそれだけで逮捕をためらって……。結局、管理官の人たちが言っていたことが正しいんです。被害者が増える可能性に思い至っていたのに、警察にも変態管理局にも突き出さなかった。俺は単なるクズなんですよ……」


「不合理だと分かっていても、身体が動かない。トラウマというのはそういうものさ」


 ナギサ先輩はどこまでも優しい瞳で俺を見つめてくる。

 

「それにキミは自分のことを卑下するけど、私はキミがクズだなんて思わないよ。確かに痴漢を見逃したのは失敗だろう。でも、それをきっかけに、キミはどんなエリート管理官にも達成できない素晴らしい成果を生み出した。――痴漢を改心させるという成果を」


「それだってやっぱり、結果論でしかないです。あの人たちが言うとおり、たまたまうまくいっただけの結果論で……」

 

「私はそうは思わない」


 彼女の言葉は力強い。

 いったいどこからその自信が湧いてくるのだろう……。


「たしかに本来なら、キミの行動はミスとしか言いようが無い致命的なものだった。なのに結果的には大成功を収めたんだ。その要因はなんだろう? 運が良かったから? いいや違う。私は――相手を思う気持ちが伝わったからだと考えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という気持ち。幼い頃に感じた絶望が今もキミの行動を縛っているように。キミの願いが、その優しさが、相手の行動を縛ったんだ。それは他の誰でもない、逮捕を(いと)うコウちゃんだからこそできたことなんだよ」


「そう……なんでしょうか」


「そうさ。そうに決まってる。他の管理官ではなく、コウちゃんと遭遇したからこそ、あの痴漢は改心できたんだ。……コウちゃんはいつだって体当たりで相手にぶつかっていって、その結果相手の気持ちを動かすからね」

 

「そう聞くと俺って、周囲の人にとっては迷惑な存在な気がしますね……」


 素直な感想をつぶやくと、ナギサ先輩は楽しそうに笑っていた。

 

「かもしれないね。でも――」


 彼女は俺の頭にポンと手をのせ――。


「そんなコウちゃんだから、私は好きになったんだ」


「……」


 子どものように頭をヨシヨシと撫でられた俺は――。


「え!?」


 バッと、先輩の顔を見上げた。

 彼女は真っ赤な顔でそっぽを向く。


「あんまり見るんじゃない……は、恥ずかしいだろう……」


「は、はあ」


 いやでも好きって……恋愛的な意味で好きってことだよな?

 俺のことが……好き……?


 しばらくナギサ先輩を見ていると、彼女は諦めたようにこちらに視線を向けた。


「ねえ、コウちゃん。実は私も変態なんだと言ったら、コウちゃんは驚くかな?」


「いえ……人間は、みんな変態だって思ってます。だから驚きはしません」


「ふふふ、連城村の教えだね」


 ナギサ先輩はそう言って、昔を懐かしむように目を閉じた。


「最初は、とんでもないところに来たと思ったんだ。全裸の変態どもがうろつく村。そんなところに赴任することになった父親の不運を呪い、そこに私と母さんを連れてくるデリカシーの無さに憤慨(ふんがい)した。ぜったいに家の外には出ないと固く誓って。でも――」


 ナギサ先輩は片目だけあけて俺を見た。

 彼女はやはり笑っている。


「……窓の外で、キミが遊ぶ姿が見えたんだ。キミは、我が家の窓のすぐ近くまで笑顔で駆け寄ってきて、初対面だというのに飼い主にあった子犬のようにはしゃいでいたね。やはり子供だったからだろうか、キミが裸でも嫌悪感がなかったよ。家の中に招き入れるのだって、キミだったから許せた。それからしばらくは私の家でだけ遊んでいたけれど――やがて運命の日が訪れた。登校の日。私が恐れていた、外出せざるを得ない日」


 あの日のことは憶えている。

 とはいえ、彼女がそこまで嫌がっていたことには気づいていなかった。

 

 俺は父さんに言われるがまま、「洋服のお姉ちゃん」を迎えに行ったんだ。

 学校まで彼女を案内するために。


「私はキミに手を引かれておそるおそる家を出た。そしてそこに広がる世界に、私はめまいがしたよ。みんな裸なんだ。私は服を着てるのに、村人みんな例外なく裸。農家の人も学校の先生も、一緒に授業を受ける生徒たちも、みんなみんなみんな……裸。ごく普通の日常に、ただ服の存在だけが消えていた。あのときの私の気持ちは、キミには分からないだろう? 世間では、あの村の人たちは変態だといっていた。異常者の集まりだと。でも私は、キミと一緒にあの村を歩き回りながら全く逆のことを思ってた。村人たちはごく普通に、自然体で暮らしていたんだ。あの村で異常なのは私だけだった。別に数に負けたわけじゃない。私は、自分の心に負けたのさ。裸の人間たちが暮らす不思議な世界で、自分ひとりだけ洋服を着ているという異常性に、私の胸はたしかにときめきを感じていた。その中でも特に私をときめかせたのは――キミさ」


 彼女が、少しずつ距離を詰めてくる。

 他人が見れば恋人同士としか思わないような、そんな近距離。


「コウちゃんがあどけない笑顔を向けてくるたびに、私は罪の意識に苛まれたよ。私の視線が、無垢なキミの身体を汚していく。でも目をそらすことができなかった。そんな日々を重ねていくうちに、私は自分の気持ちに気付いた。気付かざるを得なかった」


 ナギサ先輩は、俺の手に自分の手を重ね合わせた。

 そして俺の目をじっと見つめる。


「ねえ、コウちゃん。私は――裸のキミが好きなんだ。裸のコウちゃんに手をひかれながら歩き回った連城村の光景が、今も忘れられないんだよ。だからぜひともコウちゃんには連城村を再建してもらいたい。そして、あの時みたいに私を案内して欲しいんだ。裸のコウちゃんと洋服を着た私で、村をゆっくりと散策したい」


「裸の俺と……ナギサ先輩が……」


「そうだよ。あの日感じたときめきを、もう一度私にちょうだい……」


 その甘えるような口調。

 熱を帯びた瞳。

 先輩もなかなかに倒錯した趣味を育んでいたらしい。


 でも……そんなの俺だって一緒だ。


「約束します。すべての変態にとっての楽園、変態パラダイス村。あの場所に先輩を連れて行ってあげます。だから――」


 俺は先輩の手を握り返しながら、微笑む。


「そのときは、とびっきり綺麗な洋服を着た先輩を見せてください」


「ふふふ、もちろんさ。キミが喜んでくれそうな服なら、私はたくさん持っているからね」


 そう言った彼女はその場でクルリと回転し、暗幕のように分厚い制服のスカートを見せつけるように翻す。


 ――この人のためにも、俺は絶対にしくじってはいけない。


 楽しそうな表情を浮かべながらクルクル回り続ける先輩を見ながら、俺は連城村再建への想いを新たにするのだった。

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