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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第1章 放課後のナギサ先輩

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第37話 結論

「…………なに……?」


「すべての変態を管理するなんて大層なお題目を掲げながら、あなた方は現状維持すらできてないんです。これが失敗でなくてなんなんですか。あ、もしかしてその程度のことにも気づいてなかった? だとしたらずいぶん間抜けですね」


「……間抜けだと!?」


 今までどこか余裕があった獅子宮管理官に、怒りの表情が浮かんでいた。

 真っ赤な顔で、まるで茹でダコのようだ。

  

 そしてアロハ男はそれを見てニヤニヤ笑っている。


 ……想定と逆の反応だ。

 アロハ男を煽るつもりで、彼の言葉を拝借したんだが……。


 まあいい。なんにせよここが踏ん張りどころなのだ。

  

 辞退さえしなければ見習い管理官になれるという俺の読みは、おそらく間違っていない。

 例え特別対策室の人たちから嫌われたとしても、管理局の英雄として大人しく過ごしていれば、父さんの情報を入手できるチャンスなんていくらでもあるだろう。


 でも――それだけじゃダメなんだ。

 だって俺は、父さんの身柄だけじゃなくて、名誉も救いたい。


 けれどこうして管理局の人たちと直接会話を交わすうちに、名誉回復の手段として考えていた『連城村の再建』に足りないピースがあることに、俺は気付かされたのだ。


『――どうやったら理想がぶつかりあうような変態同士が、他人に危害を加えることなく、同じ世界で、共に手を取り合って笑顔で暮らせるようになるのか。父さんは、いつもそのことを考えてるんだよ』


 今にしてみると、それは父さんも悩んでいたこと。

 変態パラダイス村などと呼ばれていたにもかかわらず、連城村には露出願望の持ち主しかいなかった。


 否――それ以外の変態を住ませることができなかったのだ。 


 実際あの村に性犯罪タイプの変態が紛れ込んだら、あっという間に平和な暮らしが崩壊したであろうことは想像に難くない。


 一般市民と変態の共存が難しいように、違う種類の変態同士が共存することもまた難しいのだ。

 

 だが今の俺は、そんな父さんの頭を悩ませ続けた難問にも答えを導き出すことができた。


 それは拍子抜けするほど単純な話。

 変態の種類が増えることで管理しきれなくなるのなら、管理者の数を増やせばいい!


 そう、連城村では変態を管理できる人間が父さんだけだったから、露出魔の管理だけで限界が来てしまったのだ。


 俺は今、変態管理局の英雄となるチャンスを得ている。

 どうせ管理局にもぐりこむのなら――そのついでに優秀な変態管理官を引き抜く!

 

 父さんの居場所を探るだけでなく、連城村に配置する管理官の勧誘も実施するという、これはまさに一石二鳥、いやむしろ三鳥(さんちょう)の作戦!

 三鳥目が具体的になにを指しているのかは自分でもよく分かっていないが、絶対にそれだけのメリットがこの行動にはあるはず!


 そのためにもまずは彼らに、管理局のやり方ではダメだという不信感を植え付けるのだ。

 一時的に反発されたとしても、それが本心から出た言葉であれば、きっと彼らに届くはず……!


「出所したばかりの変態が再犯したニュースを聞きました。変態を逮捕して刑務所に入れてしまえば、それで変態管理官の仕事は終わりですか? 再犯しないための教育がまるで抜けていますよね」


 ゆっくりと言葉の釣り糸を垂らしていく。

 すると案の定、獅子宮管理官が引っかかった。

 

「貴殿は知るまいが、そのために専門の矯正官がいる。我々管理官は、あくまで変態を捕まえるのが仕事だ。それ以外のことは管轄外なのである」

 

「ですからその『今までのやり方』が間違っているというんです。変態を矯正するのなら、その願望が発露する場での教育が最も効果的です。痴漢なら満員電車、露出魔なら夜道が王道ですね。逆にそれ以外の場所での矯正措置なんて、ほとんど無意味ですよ。先ほども申し上げた通り、平常時の変態は一般人と特に違いがありませんから。きっと矯正施設に連行された変態たちは、さぞかしお利口に矯正教育を受け入れたことだろうとは思いますよ。反省の弁を述べ、涙を流した人だっているでしょう。でも――そんな人が、容易に再犯するんです。痴漢を満員電車に押し込めば、信じられないほど簡単に弱い心に負けてしまう。このあたりのことは、皆さんのほうがお詳しいのでは?」


「…………」


 図星だったらしく、獅子宮管理官は俺を睨みつけ肩を震わせている。

 俺に対する怒りというより、信頼を裏切った変態犯罪者を思い浮かべている様子だ。

 

「だというのに、現場ではただ捕まえるだけ? 再犯を防ぐ対策は、他の人にしてもらう? 獅子宮管理官! それはあなたにとって無責任な行動ではないんですか!? あなただって変態が増え続ける現状に終止符を打たないといけないと気づいているはずです! 今のままのやり方ではダメだと分かっていて、それでもなおその方法にこだわるのは無責任ではないんですか!」


 俺が放った渾身の問い掛けに返ってきたのは――かなり強烈な反応だった。


 立ち上がった勢いで椅子を背後の壁まで吹き飛ばしながら、獅子宮管理官が吠える。

 

「世の中には適材適所というものがあるッ! すべてをひとりでこなそうなど、あまりにも傲慢(ごうまん)、貴殿は管理官としての素質を欠くこと(はなは)だしい! 今すぐ訓練室に来いッ! 変態管理官の先達として、我輩直々に指導してくれるわ!」


「…………」


 俺はしばらく沈黙したあと。


「……えっとそれは、俺を変態管理官として認めてくれたってことですか……?」


 思わず素で聞き返してしまった。


 俺にとっては願ったり叶ったりな展開なんだが、本当にその結論でいいのだろうか?


「そらまあ、そうとしか解釈できんわな」


 アロハ男がニヤニヤ笑いながら仲裁に入ってきた。


「とはいえ悪いが今のはナシだ。獅子宮のおっさんも、あんまり熱くなるなよ」


「熱くなどなっておらんわッ!」


「はいはい、熱くなってるやつは皆そう言うんだって。そもそもおっさんの一存でこいつの合否を決められるわけがねえのは分かってるだろ。んで――」


 ニヤニヤ笑いをスッとおさめたアロハ男は、一転して冷たい視線を俺に向けてくる。

 品定めでもしているのか、彼の瞳は鈍く光っていた。


「お前さんも俺らを言い負かそうと思って喧嘩を吹っ掛けてきたわけじゃねえよな? 悪いがこちとら育ちが悪くてね。気が短けえんだ。結論をさっさと言えよ。お前さんがそうまでして俺らに伝えたいことはなんだ」


「……見習いだからこそできることもあると思うんです。まともに戦力に数えられていない広告塔だからこそ、世間に訴えかけられることもあるはずなんです」


 アロハ男の視線に促されるように、俺は言葉を吐き出した。


 今から語ろうとする話は、あらかじめ考えていたものでは無い。

 

 彼らと意見をぶつけ合ううちに俺の心の中で少しずつ形になってきた、どうせ管理官になるのならやってみたいと思ったこと。

 それは単なる夢物語かもしれなくて――でもだからこそ俺はそのアイディアに魅力を感じ始めていた。


「俺は――危険度の高い変態を改心させたいと思っています。そして真人間になった彼らに、変態管理局の活動に協力してもらいたい。そう思ってるんです。別に雇えと言ってるわけではありません。満員電車や夜道など彼らの普段の行動範囲において、凶悪な変態が出没しないか目を光らせてもらう。それだけでも今の状況が改善していくんじゃないでしょうか」


「ふん。変態どもに協力してもらうだと? 犯罪者予備軍を信用するなど、ありえぬ話だ」

 

「ですが、メリットがあります」


 即座に言い返す。

 獅子宮管理官はなんだかんだでこちらの話を遮ったりはしないと分かっていた。

 

(じゃ)の道は(へび)。変態だからこそ、他の変態が出没する場所の予測も容易なんです。実際俺だって、ある程度であれば彼らの出没地点を予測できますから。別に彼らを全面的に信用しろと言ってるわけじゃなくて……要は使いようだと思うんです。だってこの作戦がうまくいけば、変態犯罪を()()()防げる確率が格段に上がるんですよ。それはつまり、被害にあう人々の数が減らせるということ! たしかに真っ当ではない手段かもしれませんが、リターンの大きさを考えれば賭ける価値はあるはずです!」


 (つたな)い提案かもしれないが、ありったけの熱意を込めた。

 

 変態が使()()()と思ってもらえれば、変態の地位向上に一役買える。

 それは囚われの身である父さんの解放が近づくだけでなく、変態パラダイス村の復活に向けた重要な布石となるはず……!


「発想は嫌いではないですが……根拠も勝算もないのでしょう? 今この場を乗りきろうと、思いつきで言っているだけ。そのくらいのことは目を見ればわかります」


 しかし、反応は(かんば)しくない。

 華真知管理官は扇子でパタパタ自身を扇ぎながら唇を軽く尖らせている。


「そうだな。だが……」


 そんな華真知管理官を横目で見てから、アロハ男はつぶやく。


「――本気で言ってるのも、目をみりゃ分かる」


 その言葉には今までと違う響きがあって、思わず俺はアロハ男――留岡管理官の顔を見直してしまった。


「……被害者を減らしたいという気持ちに嘘がないのなら、管理官になる資格はあるだろうよ」


 そう口早に言って、彼はすぐに目をそらしたが……もしかすると俺のことを多少は認めてくれたのだろうか。

 

「ふん。本気ならいいというわけでもあるまい。いつからここは気合がすべてを解決する脳筋部署になったのだ。大切なのは結果。変態を信頼するなど言語道断である」


 まあもちろん、そういう反応もあるだろう。

 というか、俺は調子にのって喧嘩を売りすぎたようだ。


 獅子宮管理官に露骨に嫌われてしまった。

 いまも鬼のような形相でこちらを睨みつけてくるし。

 

「…………」


 どうやら俺の提案は不発に終わったらしく、面談室に静寂が訪れてしまった。


 管理官たちは互いに探り合うような視線を交わしていたし、俺も言葉を発するタイミングを掴めない。


 この場を包む重苦しい沈黙は、もしかすると永遠に続くのではないか。

 そんなことを思い始めた頃――。


「……いいんじゃないかな。彼を見習い管理官に採用しても」


「室長!?」


 沈黙を打ち払ったのは、今までこの面談に無関心をつらぬいてきた窓際に立つ男だった。


 彼が室長?

 特別対策室のトップである、城鐘壱里(しろがねいちり)


 ワイングラス片手に窓の外を眺めていた彼は、ゆっくりとこちらを振り返る。

 黒髪をオールバックにした白スーツ姿は、正面から見てもかなり決まっている。

 洗練された大人の雰囲気を感じた。


「いや、キミたちの話を興味深く拝聴させてもらっていたが、結局のところナギサくんが言っていたことに一理あると思ったのだよ。そもそも変態管理の分野は、いまだ成長段階だ。かくあるべしといえることすら少ない。けれどもそんななかでナギサ君の唱えた変態管理の基本理念――被害者も犯罪者も出さない変態対策。これは、多くの一般市民を頷かせてくれることだろう。そしてそんな理念を体現する存在としての、連城光太郎。手放すのは惜しい……というと、君たちには嫌われるかもしれないが。だが彼が管理局に入ってくれると、事務方の連中はありがたがるだろうね」


「……広告塔として? ですが、先ほども言った通り、あの痴漢が再犯したら――」


「私からすると、なぜ君たちがそこにこだわるのかが不思議だね。実際にそうなったときに責任を取ることになるのは少なくとも君たちじゃないし――そして彼でもない。まあ私と、運が悪い上層部の誰かが頭を下げれば済む話さ。それに心配はないんじゃないかな。私も例の転向者を見てきたが、あきらかに変態行為への欲求が消えていた。彼は『買い』だと思ったよ」


「ふむ。……まあ室長がそう判断されたのなら、我輩に異論はありませんが」


「そもそも私はどちらでも構いませんわ」


 獅子宮管理官と華真知管理官が頷く中で。

 留岡管理官だけはアロハシャツの襟を直しつつ、傲然と顔を上げていた。


「――俺は反対するね」


「おや? それは予想外だ」


 城鐘室長はいかにも楽しそうに笑っている。


「先ほどのやり取りで、君はてっきり光太郎君に(ほだ)されたものだとばかり。理由を聞いても?」


「あんただって分かってるはずだ。こいつは優しすぎる。変態ひとりひとりに真正面から向き合っていたら、心が持たねえ。そう遠くないうちに壊れちまう」


「かつての君のように?」


「なんとでも言え」


 顔を思いきり歪めた彼は、城鐘室長を睨みつけていた。

 

「俺はあんたと違って右も左も分からないガキを、いいように煽てて使いつぶすつもりはねえんだよ」


「それこそ何とでも言ってくれというところだが――なんにせよそれも君が気にするようなことではないよ。管理局がそれを望み、彼自身がそれを受け入れるのならなんの問題もないはずだ。違うかい?」


「……あんた、保証できるのかよ。このガキの人生を真っ当なものにすると」


「それは私が保証する類のものではないと思うが――まあ、いいだろう」


 城鐘室長は、俺に視線を向けるとスッと姿勢を正した。

 そして赤い液体がキラキラと輝くワイングラスをこちらに軽く掲げる。


「城鐘の名に懸けて、光太郎君の未来を輝かしいものにすると誓おう」


「ふん」


 つまらなそうにその光景を眺めていたアロハ男は、鼻を鳴らし――。


「……だったら異論はねえよ」


「それは良かった」


 笑顔で頷いた城鐘室長は、俺につかつかと歩み寄ってくる。


 そして。


「これで君も変態管理局の一員だ。ようこそ。変態管理官見習い、連城光太郎君」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 城鐘室長だけでなく、この部屋のすべての人たちに向けて、勢いよく頭を下げた。

 どんな形であれ、認めてもらえたことが嬉しかったのだ。


 もちろん将来的には彼らのことを裏切るわけだが……。

 でも今くらいは喜びに浸ってもいいはずだ。


 この場の誰よりも嬉しそうにしているナギサ先輩を見つつ、俺はそんなことを考えていた。

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