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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
第1章 放課後のナギサ先輩

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第35話 面談

「そろそろ始めるか。ま、だいたいのところは今のババアに言われちまったが」


 面談の口火を切ったのは意外にもアロハシャツの男だった。

 しかし理事長のことをババア呼ばわりとは、なかなかに口が悪い。


 そんな彼はこちらをギラギラした瞳で見据えている。


「変態管理局はスーパースターを求めてる。スポーツを見てみろ。スター選手がいればそれに憧れたガキどもが一斉に群がってそのスポーツを始めたりするだろ? それと同じさ。スーパースターを作り上げて、変態管理官を目指す若者を増やす。そうすりゃあ変態の数を減らしつつ管理官の増加が見込めて、一石二鳥ってわけだ。んで、上の連中はお前さんにそのスーパースターとしての役割を期待してる。管理局の広告塔になって欲しいんだとよ」


「いくらなんでも表現が露骨すぎる。その言い方では、我輩たちの品性まで疑われてしまうではないか」


 眉をひそめる獅子宮(ししみや)管理官。

 もともと怖い顔が、さらに怖くなっている。


 そしてその隣では妖艶な美女――華真知(はなまち)管理官が胸の谷間から派手な扇子を取り出し、パタパタと自身を扇いでいた。


「ですが結局のところ話を進めるためには、そこをのみ込んでもらう必要がありますわ。変に言いつくろうより、かえってよろしいかと」


 彼女は言い終わると同時、にっこり微笑みながらウインクしてきた。

 愛嬌たっぷりだ。

 でも面談の場には不要な愛嬌だと思う。


 なんというか本当に個性的な人ばかりだな。


 エリート中のエリートが集う対変態の切り札、それこそが特別対策室だと聞いていたがどうもそんな感じではない。


 ……とはいえ、だ。

 例えば俺の父さんは変態達を取りまとめる村長として優れた才覚を発揮したわけだが、その見た目が優れた管理者に見えたかと言われれば答えはノーだろう。

 

 むしろいかにも管理官らしい人間より、こういう適当そうに見える人たちのほうが変態の気も緩んでかえって良い成果を生めるのかもしれない。


 ぼんやりそんなことを考えていると、獅子宮管理官が咳払いをした。


「さて、貴殿に白羽の矢を立てたのはさきほどの理事長なわけだが、当然それには理由がある」


「理由……ですか」


「うむ。痴漢を仲間に引き入れたことが評価されたのだ」


「……仲間に引き入れた?」


 意味が分からず聞き返すと、彼は俺の疑問などお見通しだと言いたげにスキンヘッドを光らせながら頷いていた。


「例の痴漢が確保されたことは知っているな? 奴の犯行は貴殿の手で未然に防がれたということもあり、結局のところ法の裁きを受けることは無かった。それに対して思うところはあるが、結果は結果である。我輩たち現場の人間もその判断を尊重し、本来ならそこで話は終わりとなるはずだったのだが――」


「今回は、それで終わらなかったってわけだ」


 話を引き継いだのはアロハシャツの男。

 彼は口もとをゆがませながら言葉を続ける。

 

「再び犯行に及んだ? いいや、そうじゃねえ。奴は乗り合わせた電車で、別の痴漢を取り押さえたのさ。それも1ヶ月の間に2度もな。その結果、お前さんの行動は痴漢願望の持ち主を改心させた英雄的行為として、あのババアの心を強く打ったってわけだ」


「……くだらない話ですわ」


 形の良い眉をひそめながら、吐き捨てるようにつぶやく華真知管理官。


 けれど俺が見ていることに気付いた彼女は、こちらに軽く微笑むと小さく手を振ってきた。

 こんなにシリアスな状況なのに、この呑気さはすごい。 


 一方、華真知管理官の辛辣な言葉を受けて、アロハ男はニヤリと笑っていた。


「ま、同感だ。変態は所詮どこまでいっても変態。改心なんてするものかよ。どうせ獲物が被って、同業者を売ったとかその程度の話しだろうさ。だが、表面的にはたしかに改心したように見えなくもねえし、世間の連中はこういう『美談』が大好物なのも否定はできねえ」


「もちろんその趣旨は理解しますわ。ですが、この子を英雄に祭り上げるのはリスクが大きすぎます。いまは称えている連中も、あの痴漢が再犯すれば手のひらを返すのが目に見えていますもの」


「そうなると作り上げられた英雄様の評判も、ともに墜落するってわけだ」


 アロハ男は、意味ありげに俺に視線を向けた。


「まあ、はっきり言ってな。俺たちはあのババアと違って、現実ってやつを見ている。お前さんはたしかに短期的には管理局に貢献するだろう。痴漢野郎の犯行を長年にわたって完封し続けたと聞くし、実力が無いとも思ってねえ。だがここで英雄扱いされるのは、お前さんの今後の人生にとってどうだろうな? 世間の連中の手のひら返しは怖いぜぇ。利用されるだけされて、用が済んだらポイ捨てされてそれで(しま)いだ」


 彼はニヤニヤ笑いながら、軽く身を乗り出してきた。


「だからな、俺としちゃあ今回の話は辞退してもらいたいと思ってる。んで、高校を卒業したら正規の手順で管理官の試験を受けろよ。その頃になれば上の連中もお前さんを広告塔として使おうなんて馬鹿な考えは忘れてるだろうし、試験をクリアしたってんなら俺だって素直に仲間として歓迎するさ」


「……」


 ……辞退……か。


 望ましくない方向に話が進んでいるのは察していたが、こうもはっきり言われるとは思わなかった。

 そして彼の言葉には否定しがたい部分があるのもたしかだ。

 実力が伴わないのに評価されても、将来的にはマイナスのほうが大きくなるというのは、実際そういうものなのだろう。


 ただ――俺が求めているのはまさしく『英雄扱い』だった。


 通常入手できない情報を手に入れ、普通ならアクセスできない場所に入り込む。

 英雄であればそんなことも可能になるかもしれない。


 当初の想定とはかなり違う形だが、これはチャンスだ。

 この機会をものにできれば、父さんの情報に一気に近づける……!


「諦める気なんてありません。変態管理官になるのが、俺の昔からの夢なんです。そのために努力を続け、変態たちにも立ち向かってきました。結果、長い時間を掛けてしまいましたが、痴漢願望の持ち主を改心させることにも成功しています!」


「改心ねえ……」


 精いっぱい訴えかけてみたが、室内にはしらけた空気が漂っている。

 しかし、俺にできるのはお願いすることだけ。


 というより俺はお願いさえし続ければいい。


 先ほどこの部屋で演説をぶちかましていたあの理事長は、俺が受かると確信している様子だった。

 その一方で面談者たちは、俺に辞退を促している。


 わざわざ呼び出して面談まで実施しておきながら辞退させようとする異常性、それが意味するところは明らかだ。


 つまり管理局の内部ではすでに合格が内定していて、俺が拒否しない限りこの話は決まる。


 ――そう思っていたのだが。


「ここまで言って分からんかね」


 アロハ男がまとう空気が一変した。

 だらけた雰囲気も今は完全に消え失せ、突き刺すような視線を向けてくる。


「なら誤解の余地が無いようにはっきり言わせてもらうぜ。俺はな、てめえのことなんざまるで認めてねーんだよ。長い時間をかけて痴漢を改心させた? 笑わせるな。ビビって対処できなかっただけだろ?」


 口から吐き出される言葉の端々に――こちらを睨みつける暗い瞳の奥に、彼の闇が垣間見えた気がした。


「なにより俺が気に食わねえのは、痴漢をほったらかしにして平然としていられるその性根だ。あの場で確保せず奴を見逃すことで、被害者が増える可能性があるってわかってたか? 分かってなけりゃ間抜けだし、分かったうえでやってりゃ単なるクズさ。どっちにしろてめえは根本的な資質という部分で管理官に向いてねえんだよ」


 そう指摘されることはあらかじめ覚悟していたはずだった。

 けれど現実はどうだ?

 正面からぶつけられた感情の重さに、俺は思わず息を呑んでしまう。


 彼の言葉には実感がこもっていた。 

 それはきっと多くの被害者を見てきたからだろう。

 人生を踏みにじられる苦しみを目の当たりにしてきた彼らは、変態という存在に心底容赦がない。


「…………」


 ……こちらが言葉を失ったせいだろうか。


 アロハ男は俺に憐れむような視線を向けたあと、静かに目を閉じると、自身の気を落ち着かせるかのようにゆっくりと語りだした。


「だがまあ、お前さんはまだ若い。判断が甘くなるのだって、仕方がないと言えんこともない。だからとりあえずこの場は辞退しろや。もっと人生経験を積め。背負うべきものを見つけろ。そしたら、お前さんも自分がどれくらいバカげた失敗をしたのか分かるだろうぜ。結果論で褒められて、いい気になってちゃいけねえ。管理官を目指すつもりなら、最低限自分の失敗の重さに気付けるようになってからじゃねえとな」


 彼の言葉は厳しいが――同時に俺への気遣いも感じた。

 無論それを喜ぶ気にはなれない。


 彼が優しくなったのは、こちらの心が折れたと判断したからだ。

 そのくらいのことは俺にだって分かる。


「まあ、1人の犯罪者への対処に3年もの時間を掛けるのは、あまり現実的ではありませんわね」


「確かにな。慎重さも必要とはいえ、さすがに限度というものがある」

 

 他の面々からも、俺の行動を否定する言葉が聞こえてくる。


 彼らの言葉を素直に認めることができたらどれほど楽だろう。

 辞退しますとこの場で言えたら、どれほど晴れやかな気持ちになれただろう。


 だって、自覚はあったのだ。


 背中を丸めて立ち去る痴漢のうしろ姿を見送りつつ――俺は己の失敗に気が付いていた。

  

 あの時奴を警察に突き出す気になれなかったのは、俺の心の弱さのせいだ。

 

 そしてその弱さは、今も俺の心をむしばんでいる。


 変態を管理する。

 彼らが言うその言葉の意味を、俺はどの程度理解できていた……?

 その責任の重さを、俺はどれほど背負うことができる……?


 たとえ父さんの居場所を探るためのスパイ目的だとしても、俺が変態管理官になったせいで犯罪被害者が増える――そんなことは絶対に許されないのだ。


「今回は辞退する、それで文句はねえな? 向いてないことをわざわざやる必要はねえんだからよ」


 そう……俺には向いていないんだ……。


 いっそ、彼の言葉に頷いてしまおうか。

 そんな弱気な考えが頭をよぎった、そんな時。


「それは違います!」


 ――ナギサ先輩が立ち上がっていた。

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