第34話 変態管理のエリートたち
高層ビルが立ち並ぶ、都内でも有数のビジネス街。
いつまでも明かりが消えないことから『白夜街』とも称されるその街の一角に、ひときわ輝くガラス張りの建物があった。
――変態管理局。
太陽の光をガラス窓に反射させながら堂々と佇むその姿は、巨額の資金が掛けられた高層ビル群の中にあってもかなりの威容を誇っている。
……この建物のどこかに、父さんがいたりするのだろうか。
そんなことを思いつつ天まで届きそうな建物を見上げていると、入口から1人の少女がロングスカートを翻しながら小走りでこちらに近づいてきた。
見慣れた学園の制服姿。ナギサ先輩だ。
彼女は変態管理局の案内役を買って出てくれただけでなく、本日実施される面談の場に同席することになっていた。
休日だというのに学園の制服を着ているのは、そのためだろう。
ちなみに面談の当事者である俺も学園の制服を着ている。
こういう時には制服が一番良いと叔母さんが言っていたし、俺も同感だった。
「待たせたね。これが君のパスだ。ご覧の通り紐付きのホルダーに入ってるから、首から下げておくといい」
「ありがとうございます。それと申し訳ないです。せっかくの休みを、俺のせいで潰してしまって」
「べつに良いさ。私としても君の面談は気になっていたからね」
ナギサ先輩はそう言ってにこりと笑う。
今日の面談は変態管理局の13階で実施されるのだが、本来は施設内に入るだけで面倒な手続きが必要らしい。
それを今回はナギサ先輩と一緒に行動することを条件に、かなり省略してもらえるそうだ。
もっとも面談の場所を指定してきたのは管理局のほうなのだから、恩着せがましく言われる筋合いもないように思うが……。
なんにせよ入口の大きな自動ドアの左右で立哨している警備員に軽く頭を下げながら、ナギサ先輩と一緒に施設内へ。
「ん……?」
足を一歩踏み入れた途端、俺は思わずその場で立ち止まってしまった。
目の前に広がっているのは、常夏を思わせるような開放感のある明るい印象のエントランスホール。
ときどき一般市民を招いてイベントをやっているらしく、子ども連れの家族が遊んでいる映像をニュースで見たことがあるので、これに関しては特に意外というわけでもない。
ただ、やけにひと気が無くて、それがちょっと意外だった。
もっとスーツ姿の大人たちが慌ただしく行き交う姿を想像していたのに。
「連城くん。こっちだ」
「あ、はい!」
ぼんやりしている間に、ナギサ先輩はかなり先行していたようだ。
タッチパネルが光り輝く無人の受付を横目で眺めつつ、彼女のあとを追いかける。
すると、関係者以外立ち入り禁止の立て看板が置かれている細長い通路にたどり着いた。
看板のすぐ後ろには、改札型のゲートが設置されている。
「まあ察しは付くだろうが、さっき渡したカードをこのゲートにかざすんだ。そうすると、ゲートが開いて進める仕組みになっている」
「駅と同じシステムですね」
「そうそう」
そんな会話を交わしつつゲートを通過。
なんの飾りっ気もない通路をしばらく進むと、今度は広々としたエレベーターホールへ出た。
エレベーターの横を指さすナギサ先輩の無言の指示に従い、壁に埋め込まれた小型のディスプレイにカードをかざす――と、一番手前にあるエレベーターの扉がスッと音もなく開いた。
「ふっふっふ」
なぜか自慢げなナギサ先輩と共にエレベーターに乗り込み階数表示を見ると、13階のボタンがすでに光っている。
止まる階はあらかじめ指定されているようだ。
エレベーターが高速で上昇していく浮揚感を楽しみつつ、俺はぼんやりと考え事をしていた。
……この建物は一見すると普通のビルのようだが、どうも変態の襲撃を想定しているらしく、なかなかに堅牢な造りをしている。
完全に機械制御されているエレベーターシステムもそうだが、なんといっても先ほど通った狭くて長い通路、あれはかなり面倒だ。
改札ゲートさえ突破すればあとはなんの障害もないように思えるが、あのやたらと長い通路には、襲撃者を閉じ込めるための隔離シャッターが一定間隔で配置されていたのだ。
防火シャッターなどとは違い、脱出用のくぐり戸がついていないので、閉じ込められれば通路からの脱出はきわめて困難だろう。
そうなると、俺が仲間を引き連れてこの変態管理局を襲撃したとしても、まともに進行できるのはエントランスホールまで。
改札ゲートを強行突破し狭い通路にまでたどり着けたとしても、遠隔操作でのシャッター閉鎖により仲間と分断され、密閉空間に無力化ガスを流し込まれてそれで終わりだ。
……管理局に無理やり侵入するのは現実的ではない……か。
「さあ、13階に着いた。悪いけれど、面談室に直行だ。心の準備はここで整えておくといい」
ナギサ先輩は俺を勇気づけるように明るく笑っている。
きっと俺の表情が沈んでいる理由を、緊張しているからだと勘違いでもしたのだろう。
とはいえ彼女の助言は、的外れというわけでもない。
強硬手段を採れない以上、今回の面談の重要度はますます上がったのだ。
絶対にしくじれないのだから、まずは余計なことを考えず目の前の状況に集中しないとな。
昂る気持ちを抑えつつ軽く深呼吸した俺は、13階のフロアに足を踏み入れたのだった。
◇◇◇◇
「『変態の洪水』以後、この国はかつてない危機に直面しています」
面談室の中央に置かれた椅子に、俺は姿勢よく座っていた。
そしてそんな俺の目の前で、身なりの良い高齢の女性が光を全身に浴びながら演説している。
本来なら俺に向けられた照明なのだろうが、立ち位置の関係でまるで彼女をライトアップしているように見えた。
「道を歩けば変態に当たる――これは決して極端な話ではありません。我々は憂慮しているのです。変態があふれた結果、この国はどうなってしまうのだろうかと」
白髪交じりの髪を揺らしつつ熱弁をふるっていた彼女は不意に口を閉じると、俺をじっと見つめる。
なにを求められているのか分からない――というか彼女が誰なのかも分かっていなかったが、とっさに頭を下げた。
「うふふ」
その対応が正解だったのか、或いは慌てる俺の姿が面白かったのかは分からないが、彼女は上機嫌で頷いていた。
「貴方が礼儀正しい子で良かったわ。やっぱり『変態管理局の英雄』が子どもたちに悪影響を与えるような存在だと困るものね」
英雄……?
どういう意味だ……?
「会えてよかったわ、連城光太郎君。貴方には本当に期待しているの」
「ありがとうございます」
もう一度、今度はお礼を述べつつきっちり頭を下げる。
しかし顔を上げたとき、彼女はこちらを見ていなかった。
秘書らしき黒服の男性に耳打ちされている。
「理事長。そろそろ……」
「ええそうね。ごめんなさい、これでもなかなか忙しい身なの。また会う機会はあるでしょうし、今日はこれで失礼させてもらうわ」
慌ただしく彼女が部屋を出ていき、バタンと扉が閉じると、急激にその部屋の温度が下がった気がした。
これからが本番ということか。
出鼻をくじかれた感はあるが、気合を入れ直そう。
「…………」
この面談室は10メートル四方のやや広い正方形の部屋だった。
そして俺の目の前には横長のテーブルがあり、3人の人物が一定間隔で座っている。
彼らが本日の面談を担当する特別対策室の面々だそうだ。
しかし……とてもそうは見えない。
中央に座っているのは、40代ほどの豪胆そうなスキンヘッドの男性。
理事長が乱入する前に名乗ってくれたが、獅子宮竹虎という名前らしい。
服装自体は無難なスーツ姿だが、体格があまりに立派すぎて、いまにもはちきれんばかり。
強面なことも相まって、街中で遭遇したら反社会的勢力であることを疑ってしまうことだろう。
そんな彼の右隣に腰掛けているのは妖艶な美女。
その名も華真知ヒャプル。
黒髪の和風美女だ。
胸元のかなりあいた、夜の街を華麗に舞う蝶を思わせるようなひらひらとした華やかな出で立ちで、座り方も何処か艶めかしい。
彼女も管理官というより、管理される側のタイプに見えた。
ちなみに年齢に関してはちょっと分からない。
おそらく20代後半くらいだとは思うが、あまり自信は無い。
そしてそんな彼女と真逆、スキンヘッドの左側に座っているのは、アロハシャツのボサボサ頭の男。
たぶん30代くらい。
彼に関しては名乗りが無かった。というか名乗る意味が無いと言っていた。
目つきが異様に鋭く、俺への敵対心むき出しといった雰囲気だ。
椅子に片足を立てていて、ガラの悪い彼には似合いの仕草ではあるが、いくらなんでも態度が悪すぎると思う。
しかしこうしてあらためて見ると全体的に面談というか……なんだろう。
例えるのは難しいがあえて言うのなら動物園に来た気分、そんな感じだ。
そのくらい普段の俺の生活からは縁遠いタイプの人たちばかりが並んでいる。
そんな彼らのまとめ役は中央に座っているスキンヘッドの男性、獅子宮管理官なのだろうが……。
俺はちらりと部屋の隅に視線を向けた。
この面談室は壁一面ガラス張りになっていてブラインドで目隠ししているのだが、部屋の片隅にブラインドが開放されている箇所があった。
そしてそこに、目の前の管理官たちとはまた違った意味で異彩を放つ人物が立っている。
ワイングラス片手に窓の外を眺める、髪をオールバックにした白スーツの男性。
シュッとした横顔といいセンスある服装といい、ビルを見下ろすその姿はなかなか雰囲気が出ていたが、なぜこの状況でそんな雰囲気を出しているのかが分からない。
そして彼の名前も不明だった。
俺が入室する前からこの面談室にいたわけだが、彼に至ってはそもそも名乗りの場に参加もせず、我関せずといった様子でずっと窓の外を眺めていた。
ずいぶん自由人のようだが、そんな振る舞いが許されるということは、あるいはそれなりの地位の人物なのだろうか。
いろいろと気になることが多い今回の面談だが――実のところ俺はそこまで緊張していなかった。
なんといってもこの場には心強い味方がいるのだ。
俺のすぐ斜め後ろに、彼女がいた。
――秋海ナギサ先輩。
最初面談の話を聞いたときは、当然俺一人で受けるのだろうと思っていただけに彼女の同席が許されたのは嬉しい誤算である。
と。
「…………」
面談官たちが一様に身じろぎした。
どうやら時間らしい。
俺の今後の人生を左右する重要な面談が、ついに始まるのだ……!




