第29話 チョロチョロ風紀委員長(後編)
「連城さぁぁん……なにうまくやっちゃってるんですかぁ?」
オドロオドロシイ足取りで、こちらに近寄ってきた明星先輩は、下からねめつけるように顔を寄せてくる。
「目が怖いです、明星先輩」
「怖いのが目だけで済んでいるうちに、この風紀委員会をやめるおつもりはありませんかぁ……?」
「こら、それはいかんぞ。パワハラというものだ」
「むう」
そういって頬を膨らます明星先輩の様子は、どことなくラビュに似て見えた。
大人びて見える彼女にも、なんだかんだで幼い部分があるのだろう。
「むしろこれは優しさだと思うんですけどね……でもたしかにちょっと軽率でした。ごめんなさい、連城さん。別にあなたが嫌いで言っているわけではないんです」
「謝る必要は無いですよ。冗談なのは分かってましたから」
というか、涼月委員長と仲良くなりたくて俺を邪魔者扱いしているのは分かっているので、特に腹も立たない。
だが、当の委員長の考えは違ったようだ。
「本人が許している以上、あまりどうこう言いたくはない。しかし、後輩の優しさに甘えてはいかん。せめて貶したぶんくらいは、きちんと褒めてあげてはどうだ」
「褒める? れ、連城さんのいいところをですか? あの……それは……」
「もちろん、無いなんてことはないだろう?」
「え、ええ。それは当然、無いというわけでは……」
「ならばいい機会だ。どうも瑠理香の光太郎への態度は目に余るものがある。きちんと目を見て、褒めてあげろ。それができないのなら、この委員会から出ていくのは君のほうだぞ、瑠理香」
「くっ……」
予想外の厳しい言葉に、さすがの明星先輩も苦々しい表情になった。
彼女は眉を寄せたまま、こちらを振り向く。
「その……連城さん……」
「はい」
「あの……常日頃から、人間の形状を保っていられるのは、素晴らしいと思います……」
「俺のこと人間に擬態するバケモノとでも思ってるんですか……?」
「まったく。それが褒め言葉なわけがあるまい。自分で言わないのなら私が言うぞ? いいか光太郎、彼女は君に――」
「わぁー! わぁー!」
明星先輩が今まで聞いたこともない声を出しながら、大慌てで涼月先輩の口をふさいでいた。
「い、いくらなんでもそれはなしでしょう!? やよいちゃんはデリカシーというものがなさすぎます!」
「い、いやしかし、こういうのは出会った直後に伝えておいた方が――」
「そもそも伝える気が無いと、そう言ってるんです!」
「そ、そうか。すまん。まさかそこまで怒るとは」
よく分からないが、いつのまにやらふたりの立場が逆転したようだ。
明星先輩は、不貞腐れたように頬を膨らませてソファに腰かけた。
そんな彼女を見て涼月委員長は軽くため息をつき――そしてふと気づいたように俺に視線を向けた。
「ああ、そうだ。光太郎」
「はい?」
「悪いんだが、さっきのアレをもう一回頼めたりはしないだろうか」
「さっきのアレ?」
「告白だ」
「…………」
告白?
告白をもう一回ってどういう意味だ?
「いやあ、それはちょっと。いくらお遊びでの告白とはいえ、何回もやるものではないかと」
我ながら真っ当な理由だ。
でも本心は違う。
明星先輩が怖いのだ。
いまも真顔でジトッとした視線を向けてくるのがとても怖い。
「多少で良ければ謝礼も出すぞ。100円……いや、115円くらいなら……」
「なに、いいご縁を作ろうとしてるんですか、やよいちゃん」
「な、ならば千円だ! 私が『がんばれボイス』を集めているのは知っているだろう。これはそれの一環で、なんら恥じるところはない!」
「がんばれボイス?」
できればやり過ごしたいところだったが、よく分からない単語が出てきたせいで思わず聞き返してしまった。
涼月委員長は俺が興味を持ったことが嬉しかったのか、笑顔で頷いている。
「ああ。勉強がつらくてくじけそうになったとき、そのがんばれボイスを聞くんだ。すると、心の奥から無限の力が湧いてきて、いくらでも頑張れるようになるわけだな。まあ、そこに男の子の声をいれるのはちょっとした賭けではあるんだが、考えてみれば自宅で聞く分には腰が抜けてもどうにでもなる。試しに採用してみようと思ったわけだ」
何を言っているのかよく分からない。
やっぱ変わってんなこの先輩。
「作業用ボイスの良さは私にもわかります。ただ、告白というのは、さすがに刺激が強すぎるのでは?」
「いや、光太郎の告白ボイスは、作業用ではない。――ご褒美用だ」
「ご、ご褒美用!? まさかそんなことが……!」
俺が分からない領域の話をし始めたふたりは、やたらと話が盛り上がっていたが……なんにせよ俺の答えは変わらない。
「あの、申し訳ないんですが、さっきも言った通り何度も告白するつもりはないです」
「そうか……」
委員長は肩を落としていた。
こうも露骨にしょんぼりされると、なんだか心苦しくはある。
でもさっきは勢いで誤魔化しただけで、好きだと口にするのはさすがに恥ずかしい。
なんとか気を逸らしたいところだが……。
必死に頭をひねっていると、勢いよく入口の扉が開く音がした。
振り返ると、そこに立っているのは陰のある黒髪の少女。
御城ケ崎ゆらだ。
「ふふふ。どうやらわたくしの出番のようですね……」
不敵に笑っている彼女だが、やたらと長い棒を片手に持っているうえに、銀色に輝く重厚感のある謎の機材をショルダーバッグのように肩から斜め掛けしていて、なんだか珍妙な出で立ちだ。
「あ、あなたは『問題児』御城ケ崎ゆら! いったい風紀委員になんの用があるというのですか!」
「申し訳ありませんが、本日は明星先輩は後回しです」
そうきっぱりと言い切った御城ケ崎は、機材を大事そうに抱えつつ委員長に向き直る。
「涼月風紀委員長。先ほどの光太郎様の告白ボイス。――私が録音しているといったら、どうされます?」
「な、なに?」
「録音?」
え、どうやって?
手段がなくない?
もしかして、この部屋に盗聴器とか仕掛けてあるのか?
それとも今彼女が抱えているのが盗聴セットだったりする?
……というかよく見たら彼女が持ってる長い棒、先端に黒いスポンジみたいな風防がついてて、いかにもマイクですって雰囲気を醸し出してるんだが……。
「もちろん興味はあるが、しかし本人の許可が無いとさすがにな」
「いかがでしょう、光太郎様。先ほどのボイス、委員長にお渡ししても構いませんよね?」
長い棒を持ったまま、くるりとこちらを向く御城ケ崎。
その有無を言わさぬ態度と俺の口元に突き付けられたマイクに、なんとなく気圧されてしまった。
「そ、それはまあ言い直すわけじゃないし、別にいいけど……」
「無事に光太郎様の許可が出ました。ではのちほどデータでお送りしますね、涼月委員長」
「ああ、助かる」
「ちょ、ちょっとお待ちください! 録音って、まさかあなた、この部屋に盗聴器を仕掛けてるなんて言いませんよね!?」
追いすがる明星先輩に、御城ケ崎は軽く微笑む。
そして、自身の身体を示して見せた。
「はい、言いません。この通りたまたま録音機材を持って校庭をうろついていたところ、集音マイクが偶然光太郎様の告白ボイスを拾ってしまったのです。この部屋の窓が開いていたせいでしょうね」
「マイクが拾ったって……ここ2階だぞ。いくら窓が開いていたとしても、それはさすがに……」
確かにマイクは長いが、それでも地上からだと高さが足りないと思う。
けれど御城ケ崎は何食わぬ顔で頷く。
「たまたまジャンプしたら、窓の高さまでマイクが届きました」
「そんな偶然ある?」
いや窓の高さまでマイクが届くだけならあるかもしれないが、たまたまジャンプしたら俺が告白する瞬間で、偶然その声が拾えたなんて話はどう考えても信じられない。
やっぱり盗聴器でも仕掛けてるんじゃないか……?
「あったのですから、わたくしを責められても困ります……。ちなみに……」
御城ケ崎が、明星先輩に近づき耳元でささやく。
すると先輩は弾かれたように顔を上げた。
「あ、あのときの映像!? そんなものあるわけ……!」
「偶然入手に成功いたしました。わたくしを信用してください」
「信用しろと言われても……」
「欲しいのは欲しいのですよね?」
そう言うと、明星先輩の視線がちらりとこちらを見た。
その瞳は、どこか潤んでいるような……。
……なんの話をしてるんだ?
「そ、それはまあ……存在しているのなら欲しいかもしれませんね……」
「ええ、大丈夫です。わたくしは全ての乙女の味方。お任せを」
そう言って、御城ケ崎はスタスタと部屋を出て行った。
「えっと……」
「…………」
なんだかよく分からないが、涼月委員長も明星先輩も俺から視線をそらしている。
気まずい空気になってしまった。
「……報告会も終わりましたし、いつも通り部活のほうに顔を出してきますね?」
「あ、ああ」
「ええ、そう……ですね」
「で、では失礼します……!」
ぼんやりした返事しか返ってこない中、逃げるような気分で会議室を抜け出す。
……しかしあれだ。
廊下を歩きつつ、俺は先ほどの光景を思い出していた。
先輩たちと御城ケ崎は、なにやら面識があるらしい。
特に明星先輩は彼女に対して珍しく声を荒げていたが、それは親しさの裏返しのように思えた。
御城ケ崎は陰キャを自称する割に、交友関係が意外と広いな。
まあ、ボッチでいるよりは、良いことだろう。
……だよな?




