第26話 顧問のうさちゃん先生(前編)
「むむむぅ、もうちょっとこう、みんなが喜びそうな展開に……うーん、むむむ……」
放課後の部室で、長机につっぷしては顔を上げ、広げたノートとにらめっこしているラビュ。
『ネーム』とかいうマンガの作業で悩んでいるらしい。
ソファに座った俺は、苦悩する彼女をぼんやり眺めながら、物思いにふけっていた。
考えていたのはもちろん、彼女を仲間に誘う方法だ。
ラビュは俺にかなり懐いてくれていると思う。
その理由について考えてみた結果、俺はひとつに結論にたどり着いた。
――変態シンパシー。
こちらが彼女の変態パワーを感じ取ったように、彼女も俺が変態であることを見抜き、親しみを感じてくれたのではないだろうか。
ハラスメント家は変態一家としても知られているし、俺が変態であることがマイナスではなく、むしろプラスに働いた可能性はじゅうぶんにあると思う。
そういうことであれば、俄然彼女を仲間に誘いたいところだ。
一緒にいて楽しいし、ラビュの無邪気な振る舞いは、周囲を笑顔にしてくれる。
俺が作る理想の変態パラダイス村には、彼女の存在が欠かせないと、心からそう思えた。
けれど問題もある。
――どうやって誘おう……?
それは単純なようで、かなり深刻な悩み。
だって冷静に考えてみると、『俺と一緒に変態パラダイス村の一員になってくれ』と誘うのはかなり難易度が高い。
ある意味で愛の告白をするより難しい気がする。
とはいえ、あまりグダグダしてもいられない。
ラビュに恋人でもできれば、俺の提案を受け入れてくれる可能性はゼロになってしまうだろうし……。
「うぬぬぅ、しょーがない。不本意だけど、おっぱいパワーに頼るかぁ……。結局オトコノコを喜ばせようと思ったら、おっぱいをさわってもらうのが一番! ラビュは王道ど真ん中を全力ダッシュするタイプ!」
悩みは無事解消したらしく、上機嫌でペンを走らせるラビュ。
彼女が足をパタパタさせながらマンガを描く様子に思わず笑みが浮かぶが――すぐに気を引き締めた。
……変態パラダイス村への勧誘は、俺が思っている以上にハードルが高いだろうし、当然断られることも考えておかないといけない。
勧誘を断られたあとも友人関係が続くのならいいが、おそらくその見通しは甘すぎるだろう。
彼女との関係がそこで断絶してしまう可能性は高い。
そうなるとまずは彼女の母親、ドレッド・ハラスメントを紹介してもらうのが先決か?
ラビュがどれほど将来有望な変態であろうとも、すでに変態連中との太いパイプを有しているであろう変態詩人ドレッドのほうが、俺にとっての有益度が高い気がする。
――父さんの居場所の情報がつかめるかもしれないからだ。
とりあえずナギサ先輩に頼んで、ラビュの家に遊びに行く機会でも作ってもらうか。
そうやってドレッド・ハラスメントとの面識を得てから、ラビュを仲間に誘う。
うん、それがいい。
ようやく俺が今後の方針を固めたところで――コンコンコンコン、と小刻みなノックが聞こえた。
……誰だ?
ノックをしてこの部室に入室してくるのは御城ケ崎くらいのものだが、彼女とは違って妙にせわしない叩き方だったような。
「あ、来たみたい」
「来た……?」
ラビュはやけに嬉しそうな表情をしていた。
もしかすると、まだ見ぬ6人目だろうか。
いや入部の順番で言えば俺こそが6人目なんだけど。
「どーぞー!」
扉に向かって陽気に声を掛けるラビュ。
しかし、一向に開く気配はない。
代わりに扉の向こうから声が聞こえてきた。
「今から、せ、先生が入りますからね! 先生ですよ!」
このおっかなびっくりとした声には聞き覚えがある。
俺のクラスの担任の宇佐先生だ。
そういえばこの女体研究部の顧問という話だったな。
きちんと活動しているか様子を見るために、わざわざこんな所までやってきたのだろうが……。
「遅すぎないか、扉を開けるの」
思わずつぶやく。
だってスローモーションかと思うほどそーっと入口が開いていくのだ。
じれったく思いながらも見守っていると、その隙間が20cmほどになったところで扉の動きがピタッと止まった。
「……うー……」
祈るような声を上げつつ、隙間から目だけをのぞかせてくる宇佐先生。
なんだかホラーだ。
「……!」
とはいえその甲斐あって、ようやく異常がないと確信が持てたらしい。
ガラガラと扉を開けて、宇佐先生が室内に入ってきてくれた。
「お疲れ様です、先生」
「え、ええ! みんなもその……お疲れ様!」
相変わらず宇佐先生は、俺たち生徒に対してもどこかおどおどした態度だ。
その背中を丸めた姿勢のせいで、一見すると分かりにくいが、彼女はかなり背が高かったりする。
180は超えているんじゃないだろうか。
そして身長だけでなく、身体全体がデカい。
別に太っているというわけではなく、純然たる体格の良さを感じるのだ。
「どしたの、うさちゃん。今日はいつにもまして入ってくるのに時間が掛かってたね」
「どうしたのはこっちのセリフです、ラビューニャさん」
彼女は、自身の腰に手を当て、ラビュを上から見下ろしていた。
その仕草といい声の調子といい、保育園児を叱る保育士といった感じだ。
「あなたの声が、廊下にまで響いてましたよ」
「声? ラビュの?」
「ええ、そうです」
先生は重々しく頷いていた。
そして教え諭すような真剣な眼差しを俺たちに向けてくる。
「あのね、みんなもお年頃だし、そういうことに興味があるのは仕方が無いと思うの。でも私も教師だから『そういう現場』を目撃しちゃうと、注意だけじゃなくて学校にも報告しないといけなくなるのね」
「はい……」
勢いに押されて思わずうなずく俺だが……これなんの話だ?
彼女の言いたいことがよく分からない。
「だから、私の目の前で変なことは絶対にしないこと。その……お胸を触らせるとかそういういやらしい行為は、論外だから」
「……」
なるほど分かった。
つまりは本人が最初に言っていた通り、ラビュの声が扉の外にまで聞こえていたというわけだ。
俺は先生の勘違いを正すため、まっすぐ手をあげた。
「先生、誤解です」
「誤解?」
「はい、ラビュが言ってたのはマンガの話です。読者をどうやって喜ばすのかという話をしていました」
「読者……?」
先生はいまだに理解できていないのか、表情がぼんやりとしている。
「マンガの話……だったの?」
「はい。あくまでも読者サービスとして、マンガ内のキャラクターに胸を触らせようという話で、実際に俺たちがそういう行為をしようという話ではないです」
「ほ、ホントに? 先生が勘違いしてただけ?」
「もーそーだよ、ウサちゃん。エッチなこと考えすぎぃー!」
「そ、そうね、ごめんなさい。考えてみたらラビューニャさんみたいに真面目な子が、連城君にお胸を触らせるなんてそんな破廉恥なことするはずがなかったわね」
「…………」
「なんでふたりして黙り込むの?」
ウソをつけない素直な生徒だからです。
「ところで先生、なにか用事があったんですか?」
このままだとまずいと判断した俺は、話を変えることにした。




