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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第111話 悪あがき

「……光太郎か」


 父さんは、迫りくる城鐘室長を回し蹴りで牽制し、入れ替わるように突進してきた獅子宮管理官に痛烈な打撃を加えたあと、近寄る俺を見て冷静につぶやいていた。


 ……この2人を相手にしてもなお、ここまで余裕があるとは。

 やはり父さんの力量は頭一つ抜けているようだ。


 もっとも父さんに負けず劣らず、城鐘室長には余裕がありそうにも見える。

 わざわざ胸元のポケットからハンカチを取り出して、口元についた血を拭ってるし……。

 

「おっと真打のご登場だ。やはりここは、場を譲るべきだろうね」

 

 俺の視線に気付いたのか、背後に下がっていく城鐘室長。

 

 父さん相手に大見得を切ったり、こちらに任せてみたり……。

 いまいち彼の意図が掴みきれないが、なんにせよ父さんと話せる状況を作ってくれたことは素直にありがたい。


 俺はゆっくりと歩みを進め、父さんの前に立つ。


「……」

 

 無言でこちらを見る父さんの瞳からは、先ほどの狂信的な輝きが消えていた。


 とはいえ本質的な部分でなにか変わったかというと、そんなことはないだろう。


 結局のところ、母さんを暴走から解放したいのなら、まず父さんの説得から始めないといけないわけだ。


「……父さんの目的は分かった。俺に薬を飲ませたい理由も理解した。でもだからこそ、なんで俺達が戦わないといけないのかが分からないんだ」


 そう言って、俺はゆっくり拳を掲げる。

 もちろん攻撃するためではない。


「――全裸ボタル。父さんも、俺がこの技を使えることは知ってるんだろ? 俺なら母さんの膨れ上がった変態オーラだって吸収できる。オーラ量の問題さえ解決できれば、あとは御城ケ崎家が開発した新薬を使って暴走を抑え込めばいい」


「…………」


 父さんは無言だ。

 何を考えているか分からないが……俺の言葉がきちんと伝わっていることを信じ、俺は説得を続けた。


「俺も父さんも、母さんを助けたいって気持ちに変わりはないはず。だからここで俺たちが対立する意味なんてないんだよ。……そうだろ?」


 期待を込めて問いかける。

 

 が。

 

「助ける、か……」


 返ってきたのは苦いつぶやき。

 

 こちらを見る父さんの顔には、後悔がにじみ出ているように見えた。

 

「……光太郎は、母さんを助ける難しさについてあまりにも無知だ。もちろんそれを責める気は無い。でもね、光太郎。全裸ボタルは決して万能な技ではない。むしろ今回のようなケースで安易に使用すると、使う人間の命を縮めかねないリスクの大きい技なんだ」


 父さんの口から、諦観に満ちた言葉が溢れる。

 きっと幾度も検討を重ね、そのたびに絶望的な結論にたどり着いたのだろう。

 

 つまり――全裸ボタルでは駄目なのだという結論に。


「シグマから変態オーラを吸収したとして、光太郎というひとりの人間の器に、いったいどの程度の量を収めることができると思う? シグマが吸収した相手は、ひとりやふたりじゃないんだ。長い年月を経て、数百人分にまで膨れ上がってしまったそれは、もはや常人の器には収まりきれない。下手に吸収すれば、その巨大なオーラが光太郎の身体を内部から破壊するだろう。そのうえシグマの持つオーラすべてを吸収できるとは限らない。その場合待っているのは……暴走する人間が2人に増えるという絶望的な未来だ」


 ……父さんが及び腰になっているのは、俺の身の安全を考えてのことか。

 本来なら心配してもらったことを喜ぶべきなのかもしれないが、さすがにこの状況だとそんな気にはなれない。


「分かってくれるね、光太郎。HENTAIレボリューションパワーを身に着けるという対処法が、結局一番いいんだ。たとえどれほど不合理な選択に見えたとしても、それは熟慮に熟慮を重ねた結果。長い旅路の果てにたどり着いた僕の結論を、どうか尊重してほしい」


「……たどり着いた?」


 その言葉が、自分でも意外なほど俺の気持ちを逆撫でする。


「そうやっていい感じに表現したって、俺は騙されない……!」


「光太郎……?」


「はっきり言うけど、父さんはどこにもたどり着いてなんて無い! いまも変な方向に突っ走ってる最中の、単なる迷子だ!」


「……」

 

「たしかにHENTAIレボリューションパワーは、母さんに吸収されない力なのかもしれない。でもだからって、リスクがなくなったわけじゃない。暴走状態の母さんに攻撃されて耐えられるかは全くの別問題だろ。秋海局長も薬によってHENTAIレボリューションパワーを手に入れてたけれど、はっきりいってナギサ先輩に一蹴される程度の力しかなかった。あれで暴走する母さんの攻撃を耐えられるのか? 俺は無理だと思う。絶対に無理だ。結局父さんは、母さんを暴走状態のまま野放しにすることのリスクを、まったく適切に評価できてない。そんな意見、尊重できるかよ……!」


「……たしかに僕だって、これが唯一絶対の正解と思っていたわけじゃない。でも――」


「いや、そんなレベルじゃないんだって! 唯一絶対の不正解を突き進んでるんだよ、今の父さんは!」


 感情に任せて叫ぶと、父さんもさすがにイヤそうな顔をした。


「……今の光太郎にはまだ分からないかもしれないけれど、理想論では解決できない現実というものがこの世の中にはあるんだ。僕だってすべての問題を完全に解決できるような絶対的な答えが欲しくて、不可能の壁に何度も挑戦した。何度も何度もさまざまな様々な手段を駆使し、繰り返し繰り返し挑戦を続け……そのたびに挫折する日々。その結果、理解したんだ。理解せざるを得なかった。僕たちは、少しでも成功する可能性が高い選択肢を選ぶしかない。そしてそれこそがHENTAIレボリューションパワーをその身に宿し、シグマと共存するというものなんだ」


 そう言い終えると、父さんは静かに構える。

 これ以上反論があるのなら、物理的に理解してもらうことになるという脅しなのだろう。

 

 けれど俺は……。

 俺は……。

 

「いろんな手段で挑戦して、そのすべてが失敗した……? たしかにそうだったのかもしれない。でも――そこに俺はいなかった! そうだろ!?」


 俺は吠えた。


 もはやその言葉は、父さんを説得するためのものではない。

 俺の心にふつふつと沸きあがる、整理のつかない感情をそのまま叩きつける。


「そりゃ父さんは長い時間を掛けて何度も壁にぶつかって、その結果諦めがついたのかもしれない! どれほど穴のある案だろうと、もうこの方法に縋るしか無いって思い込むことができたのかもしれない! でも俺はまだ、なにもしてないんだ! 母さんが生きてるって知ったのも今日だし、暴走してることも今日知った! それなのに、暴走する母さんと一緒に生きる世界を作る!? そのために薬を飲め!? そんなこと急に言われても、はい分かりましたなんて言えるわけが無いだろ!」


「……光太郎……」


 父さんの構えが揺らいでいた。

 その心に訴えかけるように、俺は声を絞り出す。

 

「ねえ父さん、俺にも悪あがきさせてよ! 母さんを助けるために全力を尽くさせてよ! だってこれは――俺の母さんの話なんだ!」


「…………」


 その沈黙は明らかに今までとは違っていて。

 俺の言葉が父さんの心にたしかに届いた、そんな気がした。

 

 ――けれど。

 父さんは静かに頭を振る。

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