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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第109話 乱入

「君たちの身柄は抑えておいたはずだけど……ドレッドさんの仕業かな」


 父さんはこんなわけの分からない状況にもかかわらず冷静さを失っていないようで、城鐘室長だけでなく留岡管理官たちの動きにも目を配りながらつぶやく。


「特に意外ではないよ。彼女がシグマの解放を望んでいないことくらい気付いていたし、ここまで付き合ってくれただけでも感謝しているくらいだ」


「それに関しては的外れな推論だと言わせてもらおうか。まあ、スパイを送り込むのは君たちの専売特許ではないということだね」


「…………」


 即座に言い返され、父さんは無言になっていた。


 恐らく、ドレッドさん以外に裏切りそうな人物が思いつかなかったのではなく、むしろその逆。

 容易に思い至ったせいだろう。

 

 実際、革命軍のメンバーをきちんと把握していない俺ですら、その人物の顔がすぐに思い浮かぶ。

 

 ――セクシュアル・ハラスメント。

 状況を考えれば、革命軍を裏切ったのは彼女で間違いないと思う。

 

 というかあの人の場合は革命軍の仲間として活動するつもりが本当にあったのかすら怪しい。

 最初から裏切りを目的として仲間になったフリを続けていたとしても特に驚きはしない。

 だってシュアルさんだし。

 

「それにしても残念だ。伝説の城守たる連城双龍ともあろう人が、まさか変態革命軍などという馬鹿げた組織の指導者になるほど落ちぶれていたとは思わなかった。おかげで気が散って、あなた方の本拠地では散々な目に遭ってしまったよ」


 ……そういえば城鐘室長は、前々から妙に父さんのことを評価していたな。

 変態管理における要石だとかなんとか……。

 

 父さんのことを尊敬しているというのは、どうやら本当だったらしい。

 

 とはいえ、言われる側の受け取り方は違ったようだ。


「……伝説の城守。くだらない嫌味だ」


「おや、不快だったかな。ならば謝罪しよう」


 頭を下げもせずに、室長が応じる。


「でも訂正する気は無いんだ。貴方のことは本気で英雄視していたからね。――変態革命軍の本拠地でふんぞり返る、惨めな姿を見るまでは」


「……守るべき村を失った間抜けな城守が、どんな伝説になるという。僕のことを英雄視していた? ……くだらん」


 伝説の城守。変態管理における英雄。

 城鐘室長が煽り目的で放った言葉より、自身を褒め称える言葉のほうが無視できないものだったらしく、父さんは見たことがないほどに怒気をあらわにしていた。

 それはきっと、自分に対する怒りだろうが……。


 なんにせよ城鐘室長はそんな父さんの態度を気にした様子もなく、飄々とした振る舞いを続けている。


「悪いがそれについては見解の相違というやつだね。確かに貴方は連城村を守り切れなかったかもしれない。だがそれは城守としての評価を下げるものでは決してなかった。そもそも変態を管理する人間にとって、もっとも重要な資質とは何か? 私はそれを、納得させる力だと考えている。戦闘力ではなくね」


「納得させる力?」


 聞き返したのは御城ケ崎だ。

 彼女にとって、変態管理に関する話題は、こんな状況でも簡単には聞き流せないものらしい。


 そしてそんな御城ケ崎の反応を、留岡管理官が注意深く見ていた。


 ………………。


 室長の言葉は続く。

 

「そのとおり。人間はそもそも多くの悩みを抱えて生きているが、犯罪に走る変態ともなればその悩みはさらに多岐にわたり――ともすれば、その境遇に同情したくなることもしばしばだ。だが、彼ら変態犯罪者の言い分など、断じて認めるわけにはいかない。そして聞くべきですらない。彼らを苛む悩みはいかんともしがたく、赤の他人が興味本位で首を突っ込んだところで、解決などできるはずがないのだから」


「……ならばどうするのです」


「だから、納得させるのさ。相手が後生大事に抱え込んでいる難問には一切触れることなくうやむやにして、こちらが一方的に押し付ける平和的な結論に納得させ、幸せに生きてもらう。これこそが変態管理の神髄だ」


「……ずいぶんろくでもない思想の持ち主のようですね」


 呆れた様子でつぶやく御城ケ崎。

 

 たしかに同感ではあったが……けれど同時に思い浮かぶこともある。


 それはつい先ほどエントランスホールで起きた、秋海局長とナギサ先輩の親子の絆を巡る激しい応酬。


 秋海局長は、まさしく難問を抱え込んでいた。

 配偶者の不貞行為と、血のつながらない娘を愛せないという難問。

 

 一体誰が、あの悩みを解決できる?

 

 たとえ、奥さんが出てきて真摯な謝罪をしたとしても問題がこじれるだけで、解決に結びつくとは到底思えない。

 まして部外者である俺達がどれほど言葉を尽くして説得したとしても、局長は納得なんてしなかっただろう。


 だって彼が抱える悩みはすでにその心を蝕んでいて、破滅間近の危機的な状況にまで陥っていたんだ。


 一方、そんな局長に正面から立ち向かったナギサ先輩は――彼の悩みを解決なんてしなかった。

 

 苦しみを受け止めたりしないし、気持ちに寄り添うわけでもない。

 

 ナギサ先輩は話の論点を巧みにずらしつつ、勢いと暴力で見事に局長の悩みをうやむやにしてみせたのだ。

 

 局長は結果的に晴れやかな表情を浮かべてはいたが、彼が抱えていた難問は解決なんてできていない。

 思いっきりぶん殴られただけなのだから当然だ。


 でも、自身が抱えている悩みなんてどうでもいいことなんだと、心の底から思い込むことができるのなら。

 あるいはどうしようもない難問を心の引き出しの奥深くに押し込み、2度とそのことについて考えずに済むのなら……それはきっと良い事なんだと思う。


 だって、どうせ完全なる解決なんて望めないんだ。

 心の傷が完全に癒える時なんて、きっと永遠に来ない。

 

 それならいま手元にある幸せを噛みしめて生きたほうがよっぽどいい。


 ……父さんも。

 父さんもそうやって生きればいいのに……。

 

「確かにろくでもないやり方なのかもしれない。だが、それこそが変態管理において最も大切だと悟ったのは、私が連城村を訪れた時だった」


「連城村に?」

 

「あの頃の私は城鐘家の次期当主としての重責に押しつぶされそうになっていてね。そこで近隣の変態パラダイス村をいくつかまわり、参考にしようと思ったんだ。もっとも最初のうちは失望が続いたよ。どこもかしこも『パラダイス』とは名ばかりの、監獄じみた場所ばかり。少し気がきいたところでも、結局は規律でガチガチに固めている。これでは何の参考にもなりそうもないと嘆きつつ視察を続け――最後に連城村へとたどり着いた」


 懐かしむような表情を浮かべる城鐘室長の語り口はとても穏やかで……どこか作為的なものを感じた。


「率直に言って驚いたよ。全裸村として名高いだけに、退廃的な光景ばかり想像していたんだ。でもまるで違った。そこには田舎の牧歌的な景色が広がっていて、全裸の男女が微笑みを交わしながら、日々をゆるやかに過ごしていた。それはまさに『パラダイス』の名に相応しい、安らぎに満ちた理想的な暮らし。そしてそんな村で優しい日差しを浴びながら、連城双龍は悩みを抱える変態たちの相談に乗る。彼は決して賢し気なことは言わない。アドバイスなど与えたりはせず、ただ静かに頷くだけ。でもそれで構わないんだ。悩みを解決するのは城守ではなくこの村のすべて。連城双龍と共に全裸で村を歩くだけで、来訪者は自然と心が洗われる。そして気付く。己が抱える悩みがいかにちっぽけであったかを。そして理解する。この連城村こそが、すべての変態を受け入れてくれる理想郷なのだと」


「……理想郷、か」


 つぶやく父さんはやや意気消沈として見えたが……。

 室長は穏やかに微笑みながら話を続ける。


「そう、あの村はたしかに理想郷だった。別におだてているわけでは無く、真実そうだったんだ。……連城村の視察を続けるうち、村人に見知った顔が混じっていることに気づいてね。正直言ってギョッとしたよ。その男は我が村で問題ばかり起こしていたろくでもない変態で、生粋の嗜虐趣味の持ち主だったのだが、どうしても矯正することができず、私の父がとうとう村から追い出してしまった。どうやって連城村にたどり着いたかは知らないが、見間違えるわけが無い。たしかに彼だ。私の目の前で、実に朗らかな顔つきのまま農作業に精を出している。無論、全裸でね」


 嗜虐趣味の男……?

 そんな奴がいた記憶はないし、作り話のように思えるが……でも父さんは真剣な表情で聞いている。

 もしかすると思い当たる人物がいるのかもしれない。


「……周囲の村人たちと笑顔で交流を行う彼に、かつての身勝手さも暴力性も一切感じなかった。誓って言うが、彼は露出願望なんてものはまるで持っていなかったんだ。にもかかわらず彼は、見事に全裸村に溶け込んでいた。私は畏怖を感じたよ。多種多様な欲望を抱える変態たちをどうやって管理するか、それはまさにすべての変態パラダイス村にとっての難問だった。だがどの村も出した結論は同じ。――規則でがんじがらめにするしかない」


「……すべての村が同じ結論に達したわけではないよ」


 静かにつぶやく父さんに、室長が頷く。


「ああそうだ、確かにその通り。例外がひとつだけあった。つまりは連城村だ。私も連城村の評価の高さは以前から聞き及んでいたが、それは全裸の変態だけを集めているせいだと思っていた。変態同士の揉め事がない分、管理しやすいのは当然だとね。けれどそれは違ったんだ。全く違った。全裸の変態だけを集めていたわけではなく、実態はむしろその逆。――連城村に来ると、すべての変態が全裸を愛するようになる。そしてそんな変態たちは村にふさわしい自分になろうと、自分自身の管理を始める。規則正しい生活を送り、他人とは争わず、ただ露出を行うことにのみ心血を注ぎ……全ての変態を全裸の海に飲み込む魔性の村、それこそが連城村の正体だったのさ」

 

「…………」


 言われてみれば、頷けるところのある話ではあった。

 連城村に来れば誰だって、露出の素晴らしさに気付くことだろう。

 

 ただ……さすがに誇張が過ぎる気もする。


「だからこそ私は、連城双龍氏を高く評価していて――ああ、そういえば連城村ではこんなこともあった……」

 

 室長の話はさらに続くようだ。

 父さんも御城ケ崎も完全に聞き入っている。


 ……そろそろか……?

 

 密かに心の準備を整えていると。


 さりげなくこちらに視線を向けた留岡管理官が、わずかに肩を動かすのが見えた。


 そして耳元で響く、ズサッという切断音。


 よしきた!

 

 俺は心の中で快哉を叫びながら、切断された縄からするりと抜け出す。

 そしてその場を飛び退り、室長たちのもとへ。

 

「!」


 俺の脱出に気付いた御城ケ崎が即座に応戦の気配を見せたが――。


「おっと失礼」


「……」

 

 間に割り込む獅子宮管理官を見て御城ケ崎は不満げに顔を歪ませていたが、突っ込んでくるつもりはないようだ。


「よしよし、思ったより良い反応じゃねえか」


 留岡管理官は、作戦が図に当たったのがよほど嬉しいのか、やたらとご機嫌だ。


「てめえまで室長の話に聞き入ってたらどうしようかと思ったぜ」


「あの村を知っている人間にとっては興味深い話でしたよ」


「人質から目を離す間抜け2人の食いつきようを見た限り、確かにそうみたいだな。だがまあ、益体も無い雑談はそのあたりで良いだろ。お互いにフラストレーションがたまってるだろうし、そろそろバトルの時間といこうぜ。なあ、変態革命軍さんよぉ」


 挑発的な留岡管理官の態度に、父さんはいら立ちを隠せていない。

 連城村の話を聞いて落ち着いていたオーラが、再び鋭くなる。

 

「……君たちのことなんてどうでもいいが、シグマの目覚めが間近に迫っている。光太郎に薬を飲ませないと困るんだ。なんなら君たちの分も用意しようか? どうせ君たちではシグマを抑え込むなんて無理だし、ここで争う意味などないさ」


「薬をやるから味方につけと? 悪いけれど、その要求には応じられない。私たちの目的は、この状況を解決することだ。貴方のように、混乱に身を委ねるなんて無責任な真似はできない立場でね」


「……」


 にらみ合うふたり。

 周囲に漂う、重苦しいほどの沈黙。

 そして――。

 

「……っ!」


 動き出したのは室長だった。

 父さんをまっすぐ見据えたまま、全力で駆け出している。

 

 先手を取るつもりなのかもしれないが、距離もあるし、スピードもまるで足りていない。

 さすがにこれは無茶では――。


 そう思った瞬間、室長の背後でスポーツカーが爆発した。

 それはわずかに車体が浮き上がる程度の小規模のものだったが、室長の攻撃を警戒していた父さんにしてみれば凶悪なまでの目くらましに感じたことだろう。


「シャッ!」


「……っ」


 爆発を背負った状態で繰り出す、室長の鋭い貫き手。

 だが父さんは体をひねって見事に躱し、逆に肘を突き出すことで迎撃までしてみせた。

 まともに見えていないだろうに、凄まじい反射神経だ。


「おっと危ない」


 軽くバックステップして距離を取った室長は、必殺の一撃を避けられた動揺も見せず、やれやれと首を振っている。


「さすがに、不意打ちで倒せる相手ではなさそうだ」


「……」


 ……ふたりとも、こんなに強かったのか……。


 思わず見入っていると、隣の留岡さんが軽く小突いてきた。

 

「おい、向こうの親玉は室長が抑えてる。俺たちは3人掛かりでこっちのガキを捕まえるぞ」


「……あ、ああ、なるほどそうですね」

 

 確かにぼんやりしている場合じゃなかった。

 御城ケ崎を捕らえないと、さっきみたいに最悪なタイミングで横やりをいれられかねない。

 

 そしてHENTAIレボリューションパワーの持ち主である御城ケ崎であれば、3人掛かりでいくのも妥当だろう。


 そうたしかに妥当なやり方ではあるんだ。

 

 でも――本当にそれでうまくいくのだろうか?


 どうしても疑念が湧いてしまうのは、彼女に圧倒された印象がいまだに残っているから……というだけではない。 


 御城ケ崎ゆら。

 彼女は子どものころから革命軍の一員として活動してきた、経験豊富な手練れ。

 しかも今まで特別対策室が相手取ってきた暴走カンリシャとは違い、理性を失ってもいない。

 

 そして一番引っかかるのは、彼女が名家として知られる御城ケ崎家の血を引く者であるという点。


 連城村のホタルたちが全裸ボタルという技を密かに伝えていたように。

 御城ケ崎だって、なんらかの技を受け継いでいてもおかしくないんじゃないか……?

 そしてその技が、多人数相手に効果を発揮しないとも限らない。

 

 3人掛かりなら勝てるというのは、むしろ油断に他ならないような……。


 ……………………。


「留岡さん」


「ああ?」


「……ここは俺一人でやらせてください」


「はぁ!?」


 俺の提案に、留岡管理官は案の定目を剥いていた。

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