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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第108話 再会と油断と(後編)

「いや、そうじゃない。御城ケ崎家の総力を結集しただけあって、彼らが作り上げた新薬は想定以上の成果を上げてくれた。だから問題は、むしろシグマの側にあったと言っていい。彼女は意識が無い状態にもかかわらず、周囲からエネルギーを吸収し始めたんだ」


「エネルギーを吸収……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はある光景を思い出した。

 それは連城村の川のほとりで母さんに教わった、ある技の記憶。


「――全裸ボタル」


 俺のつぶやきに、父さんは頷く。


「ああ、連城村のホタルたちに伝わる秘伝の技。その名も全裸ボタル。本来は村長が暴走した際に、強制的にその力を奪うことで事態を収拾する手はずになっていたみたいだけれど……」


 ……そうだ、俺はたしかに母さんからあの技を教わったのだ。

 なのにそんなことすっかり忘れていた。

 ドレッドさんが俺に掛けていた催眠は、あの日起きた連城村の惨劇だけでなく、母さんに関する記憶すべてにまで影響が及んでいるらしい。

 

「なんにせよ僕がその技の存在を知ったのは、すべてが手遅れになってからだった。シグマが放つどす黒い変態オーラは、催眠状態にもかかわらずどこまでも膨れ上がり、あっという間に新薬を投与しても抑えきれない状況になってしまった。もちろんシグマを目覚めさせること自体は容易なんだ。けれど、そのあとの対処ができない。どれほど素晴らしい力をもった城守であろうと、カンリシャとしての力を吸収されてしまえばただの人間、暴走するシグマに蹂躙されるだけ。だからこそ我々は、彼女に対抗できる新たなる力を求めた。革命軍という組織の力をフルに使い、警察すら捕獲に手間取るような凶悪な犯罪者をひそかに捕らえ、新薬の開発のための実験台にし……そうしてようやくたどり着いたんだ。それこそが、HENTAIレボリューションパワー。全裸ボタルでも吸収することができない、人間という生物が進化の果てにたどり着いた真なる力。人類の英知の結晶。この力さえあれば母さんと共に生きていける」


 父さんは声を弾ませているが……一方で御城ケ崎の表情は曇っている。

 その理由はなんとなく想像がついた。

 

 本来は保険に過ぎないはずの変態革命軍という組織が本格的に動き出したということは、恐らく御城ケ崎家はこのあたりのタイミングで手を引き始めたのだろう。


 父さんはサラッと説明したが、いくら凶悪な犯罪者であっても薬の実験台にして良いとは思えない。

 もちろん国からの許可も無いはずで、倫理面だけでなく法律的にも危ういとなれば御城ケ崎家が協力を渋るのはむしろ当然だ。

 あまりにもリスクが高すぎる。


 ……父さんはそのことを理解しているのか……?


「さて光太郎。疑問は尽きないかもしれないけれど、そろそろ本題に入ろうか」


 そう言って、こちらに笑顔を向けてくる父さん。

 

 その瞳は奇妙な輝きを放っていた。

 まるで狂信者のような、暗い情熱を感じさせるギラギラとした瞳。

 

 ……今の父さんは、明らかに正気を失っているとしか思えない。

 

「この薬を飲むんだ、光太郎」


 いつから持っていたのか、父さんの手には小さなカプセルが握られている。

 それは秋海局長が飲んだカプセルと同一の物のように思えた。

 

「HENTAIレボリューションパワーは、シグマと共に生きる世界で必須となるいわばパスポートのようなもの。この薬を服用すれば、光太郎も新たな力に目覚めることができるんだ。もっとも初回の服用時にはかなりの負荷が全身に掛かるから、1週間ほどは意識が混濁し身動きも取れなくなってしまうけど……むしろちょうどいいね。光太郎が目が覚めたときには、すべてが変わっているよ。母さんと一緒に暮らせる素晴らしい世界が待っているんだ」


 本当にそれが喜ばしいことだと思い込んでいる様子の父さんに、俺はゾッとした。


 母さんと一緒に暮らせるといえば聞こえはいいが、結局のところ一番の問題である『暴走』が解決できていない。


 暴れまわる母さんは、平和な生活を望む人々から畏怖の対象となるだろう。

 それのどこが素晴らしい世界なんだ……?

 

「俺は暴走する母さんに怯えながら暮らす世界になんて興味がない」


 きっぱりとこちらの意志を伝える。

 だが……。

 

「怯える必要なんてないよ。だって僕たちにはHENTAIレボリューションパワーという優れた力があるんだからね」


「……俺たちはそれでよくても、力に目覚めてない人は危険だろ。俺が知っている母さんですら、小さな街くらいなら滅ぼせそうな力を持っていたんだ。力を大量に吸い取り、そのうえ暴走までしている状態なら、東京――いや日本中を壊滅状態に追い込んだっておかしくない」


「もちろん僕だってそのくらいのことは考えている。だからこそ薬の量産体制が取れるまで待ったし、今なら光太郎の友達に配る分くらいじゅうぶんある。大切な人がみなHENTAIレボリューションパワーに目覚めれば、なんの問題もないことだ」


「……それはつまり、東京に住む人全員に行き渡る分の薬は用意できてないってことだろ。他のみんなはどうすればいいんだよ。俺たち以外のこの街に暮らす他のみんなは、結局母さんに怯えて暮らすしかないんじゃないのか?」


「他のみんな?」

 

 父さんはきょとんとした表情でこちらを見た。

 そして駄々をこねる子どもに言い聞かせるように、優しく微笑む。

 

「そんなものに価値などないよ」


「!?」


 あまりにも冷たい言葉に衝撃を受けた。

 

 俺の目の前にいる人物が、あの優しかった父さんだなんて到底信じられない。

 偽物が化けていると言われたほうが納得できただろう。

 

 ……ドレッドさんがこの場から離れようとした気持ちがよく分かる。

 今の父さんは一見まともなようで、明らかに異常だ。

 

 長期間の精神的な負荷が、父さんを狂わせてしまった……。


「光太郎。僕はこの国すべてを連城村に変えると決心したんだ」


「この国すべてを……?」


「ああ、シグマの力があればそれができる。たしかに母さんに認められない人間は死んでしまうかもしれないけど、それも世の摂理だ。悲願だった連城村の再建。……これでようやく、死んでいった村の皆にも顔向けできるようになる。もちろん光太郎だって嬉しいだろう?」


 嬉しいわけがない。


 にもかかわらず父さんの瞳は不思議なほど澄んでいて。

 俺に拒絶される可能性なんて欠片も想像していない様子の父さんを見ながら、ふとナギサ先輩の言葉が思い浮かんだ。

 

 可哀想だと思う。慰めてあげたっていい。でも――こんなやり方認めるわけにはいかない。


 全くもって同感だ。


 結局のところ、父さんと話して分かったのは到底分かり合えないということだけ。

 

 そしてこのまま放置することもできない。

 

 まずはテロ容疑で父さんを捕らえる。

 そのうえでドレッドさんに協力を要請して、母さんの催眠を継続してもらおう。


 もちろんこのタイミングで催眠の継続ができるのかは不明だが……なんにせよ無関係な人間の命が大量に失われる父さんの計画は、絶対に止めないといけない。


「……そうか」


 父さんの顔色が露骨に変わった。

 質問に返事をしなかったせいか、俺の変態オーラから立ち昇る不満の感情を読み取りでもしたのか、こちらの考えが伝わってしまったらしい。


「どうも光太郎は不服みたいだね。無理やり薬を飲ませるのは本意ではないけど……でも今回は光太郎の命が掛かっている。親として、きちんと躾をさせてもらうよ」


「っ!?」


 父さんが目を細めると同時、その場に立っていられないほどの強烈なプレッシャーを感じた。


 父さんが放つオーラはあきらかに常軌を逸している。

 ナギサ先輩はもちろん、御城ケ崎すら比較にもならないような強大極まりないパワー。

 そして絶対に逃がさないという強い意志を感じさせる、恐ろしいほど鋭い視線。


 たとえ狂気にその身を浸していたとしても、父さんの戦闘能力は甘く見ないほうが良さそうだ。

 

 だが実のところ俺は、逃げ出す気なんてさらさら無かった。

 こんなに強大なオーラを放つ今の父さんが相手でも、正面から対抗できる自信があったのだ。


 その自信の根拠は、俺の身体の中。

 爆発しそうなほどの高エネルギーが体内に蠢いていることに気付いたから。

 

 そのエネルギーの出所は、恐らくラビュだ。

 

 ――全裸ボタル。

 かつて暴走するラビュを止めるためにあの技を放ったわけだが、結果的に彼女から力を奪うことに成功していたらしい。

 無力化したのではなく吸収していたからこそ、あのときの俺は異常なまでの痛みを感じていたというわけだ。

 

 そしてラビュから吸収した力は、一ヶ月という時間経過のおかげか或いは母さんの記憶を取り戻すことをきっかけにしたのか、この瞬間俺の身体に完全に適合した。

 

 今の俺はHENTAIレボリューションパワーに匹敵するほどの力を持っている。

 けれど父さんはそのことに気づいていない。

 

 俺のことを子ども扱いしている父さんの隙をついて、必殺の一撃を叩き込む……!

 それさえできれば逃げる必要なんて一切ない。拘束だって容易だ。

 

 大事なのは不意を突くこと。

 そして初撃で決めること。

 

 先手を打つことさえできれば、決して勝てない相手ではないんだ。

 

 俺は静かに拳を握ると、わずかに前傾姿勢を取った。

 父さんはこちらの攻撃態勢に気付いていないのか、まるで動きを見せない。

 

 それは明らかな油断。

 

 だとすると攻めるべきは――今この瞬間だ……!

 

 俺は前傾姿勢を深くすると、勢いよく床を蹴り――。


「失礼」


「がっ!?」


 全力で駆け出そうとした瞬間、背中に恐ろしいほどの衝撃が走り、思わずその場に崩れ落ちる。

 そして俺の身体に巻き付く、不愉快な何か。

 

「申し訳ありませんが、親子喧嘩は見たくありません。……光太郎様の敗北は目に見えておりますから」


「……御城……ケ崎……?」

 

 俺をがんじがらめにしたのは、御城ケ崎が放った注連縄(しめなわ)のように太い縄だった。

 

 慌てて抜け出そうとするが……ただでさえ太い縄だというのに、それが二重三重に全身に巻きついているのだ。

 かろうじて顔が出せるだけで、あとは隙間なく俺の全身を覆っていて……これでは力の込めようが無いし、それ以前に身動きすらできない。


 ……先手を打つつもりが……逆に打たれた……?

 

 御城ケ崎を呆然と見上げる。

 彼女はこちらの視線を避けるように、静かに目を閉じた。

 

「光太郎様。どうぞ、わたくしをお恨み下さい。過ちを犯した御城ケ崎家の人間として……罪深き御城ケ崎知代の娘として、双龍様の望みは可能な限り叶えて差し上げたいのです……」


 ……恨むわけがない。

 御城ケ崎は最初から立ち位置をはっきりとさせていた。

 俺の味方ではなく革命軍の幹部だと、初めから宣言していたのだ。


 俺のミスだ。

 だって御城ケ崎がこの場にいることは常に頭の隅にあったんだ。

 

 それでも特に対策を打たないまま父さんに攻撃を仕掛けようとしたのは、本音では御城ケ崎が俺の味方をしてくれると思っていたから。

 秋海局長やドレッドさんがそうだったように、御城ケ崎も本心では父さんを止めようとしているなんて甘い考えを持っていた。

 最低でも俺の邪魔をすることはないと踏んでいたのだ。

 

 結果、この失態だ。


 絶対に失敗が許されない状況だと分かっていたはずなのに。

 御城ケ崎を牽制しつつ、父さんに攻撃を仕掛けることができるタイミングを慎重に見定めるべきだったのに……。

 なのに俺が浅はかだったせいで、すべてが台無しになってしまった。


 ……これで終わりなのか?


 父さんを止めることもできず、母さんがこの国を破壊していくのを黙って見ているだけ?

 いや俺は薬の影響で、それを見ることすらできないのだ。

 

 ようやく父さんと再会できたのに……母さんが生きていたというのに……俺が迎えるのはこんな結末……?


 己のあまりのバカさ加減に涙すら出ない俺は、こちらに近づいてくる父さんをぼんやり見ていた。

 その手には、カプセルが握られている。

 

 背後の窓ガラスから差し込む月明かりが逆光になっていて、目の前でしゃがみ込む父さんの表情はよく見えない。

 

 やがて俺の口元に伸びてくる、父さんの大きな手。

 そしてその指先に光る薬。


 飲みたくない。

 目覚めた時に目の当たりにするであろう光景のことを考えると、恐ろしくてたまらない。


 なにか……なにか手はないか……?

 どれほど追い込まれようとも、諦める気なんて無い。

 

 でも身動きすら取れない状況で、挽回の手段なんてあるのだろうか?

 たとえどれほど大きな隙を見つけたとしても、動けないんじゃなんの意味も無い。

 

 ……焦りのせいだろうか。

 俺の頭の中ではモーター音のような騒音が鳴り響いていた。

 

 そしてヘリが近づいているかのような、猛烈な風切り音まで聞こえてきて……。


 ………………。


 ……いや、っていうかこれ、すっごい現実感があるっていうか……。


 ……なんかこう、俺の頭の中だけじゃなくて……。

 本当に鳴り響いてない?


 俺がそう思った直後。

 

 父さんの背後の窓、その外から。


 ――真っ白なスポーツカーが突っ込んでくるのが見えた。


「……!?」


 何かを察したのか、父さんが勢いよく背後を振り返る。

 

 次の瞬間、凄まじい轟音とガラスの破片を撒き散らしながら部屋に突っ込んできたスポーツカーは、そのまま向かいの壁に向かって滑るように進み、衝突する寸前、止まった。


 呆然と見つめる中、凄まじい風切り音が遠ざかっていく。


 ここ何階だっけ……? っていうかなんでヘリじゃなくて車が……? しかもなぜスポーツカー? ヘリで運んでもらったってこと? でもカタパルトから射出したみたいな登場の仕方じゃなかった?


 疑問は次々と思い浮かぶが、どれひとつとして明確な答えを得ることはできず。

 俺は――いや俺たちは、混乱の表情でフロント部分が大破した車を見つめていた。

 

 沈黙が支配する暗い室内で、けたたましく点灯するテールランプ。

 

 その明かりが、スポーツカーから降りてきた人影を照らす。

 こんな時なのにやたらとスタイリッシュに登場したその人物は――。

 

「ほら見たまえ。無事に侵入できただろう? 確かに少々予定とは違うが、やはり相手の油断を誘うこの方法こそベストというわけだ」


「城鐘室長!?」


 いつもの白スーツは煤けているが、たしかに城鐘室長だ。

 そしてその後に続いてさらに2人。


「まじで死ぬかと思ったぜ……屋上に下ろしてもらうんじゃねえのかよ……」


「ビル風とは実に恐ろしいものだ、危うく輸送用のヘリごとビルに激突するところであったな。吊り下げロープの切断が間に合って実によかった」


 留岡管理官に獅子宮管理官!

 無事だったんだ!


 いや2人とも首やら腰やらを押さえていて交通事故に遭った直後みたいな陰鬱な雰囲気だし、なんだか無事じゃない気もするけど、でもとにかく捕まってはなかった!


「……随分乱暴な登場をするものだ」


 この常軌を逸した乱入の仕方に、父さんもさすがに驚きを隠せていない。

 というか、見たことがないほど不愉快そうな表情を浮かべていた。

 

「そうかい? 少なくとも革命軍の訪問スタイルよりはましだと思うけれどね」


 城鐘室長はそんな父さんの反応を気にした様子もなく、両手で地面を示している。

 恐らく、革命軍によって破壊された階下の状況を言っているのだろう。

 

 たしかにあのやり方は乱暴としか言いようが無い。

 でも個人的には、車で窓ガラスを割って突っ込んでくるのも同じくらい乱暴だと思う。

 

 まあそんなことを言える雰囲気ではないが……とはいえ思い浮かんだ言葉をそのまま告げたとしても、室長はやはり気にしなかったろう。


 重苦しい雰囲気を車と一緒にぶち壊した室長は、状況を理解していないのではないかと思えるほどやけに軽やかな足取りで父さんの前に立ち――。


「さて、こうやってきちんとお目に掛かるのは初めてかな。時間もないことだし、手短に自己紹介をさせてもらおう。私は特別対策室室長、城鐘壱里(しろがねいちり)


 そして、白スーツのホコリを手で払いながら優雅に笑った。


「――これからあなたの蛮行を止める男だ。以後お見知りおきを」

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