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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第107話 再会と油断と(前編)

 俺と御城ケ崎を乗せたエレベーターが、最上階のフロアへとたどり着いた。


 エレベーターを下りると、すぐ目の前に局長室へと繋がる両開きの扉が見える。


 ――いよいよだ。

 この先に父さんがいる。

 

「…………」

 

 御城ケ崎の視線に背中を押されるようにゆっくりと進んだ俺は、扉を静かに押し開けた。


 局長室。

 それは横に長い長方形の部屋で、奇妙なほど物が置かれていなかった。

 昨日までは普通に使用されていたはずなので、もともとこの部屋に置かれていた調度品は革命軍が搬出したのだろう。

 

 部屋の奥は一面ガラス張りで、ブラインドは下ろされていない。

 夜空に立ち込めていた暗雲はいつの間にやら流れ去っていたらしく、室内には月明かりが漏れ込んでいる。

 

 そしてそんな光を背中に浴びて、ぼんやりと部屋の中央に佇む人影。


 それは――。


「父さん……!」


「久しぶりだね、光太郎」


 長い髪を後ろで結び全裸で微笑む父さんは記憶にあるそのままの姿で、だからこそ違和感しかなかった。

 まるで過去に生きる亡霊が目の前にあらわれたような、そんな気がした。


「……悪いけど、のんきに挨拶をする気はない」


 俺の目の前にいる人物は、非道な行為も平然と行う変態革命軍のリーダー。

 昔の父さんは別人と思ったほうがいい。

 

 だから俺はそっけなくつぶやきながら、室内を視線で探る。

 むろん見るまでもなく分かり切っていたことではあるが、それでも失望は隠せない。


「……母さんはどこにいる」


「屋上だよ」


「…………」

 

 実のところ、察しはついていた。

 

 頭上から異常なほど大きなオーラを感じるのだ。

 息苦しくなるような、暗黒のオーラを。


 ……母さんがこんな禍々しい変態オーラを放つなんて、いまだに信じられない。

 

「シグマはまだ眠りから目覚めていないけれど、むしろちょうどいい。彼女の解放に必要な儀式を済ませていないからね」


「儀式……?」


 聞き返すと、父さんはなぜか首を振る。


「その話はあとにしようか。真っ先に母さんの居場所を聞いてきた以上、ドレッドさんの催眠は解けたんだろう? だとしたら今の光太郎にはもっと気になることがあるはずだ」

 

「……連城村の最後を知りたい。新聞に載っていた話と、俺が最後に見た光景はかなり違う。あの日連城村に起きた出来事を父さんの口から聞かせて欲しい」


 昔と変わらない父さんの穏やかな口調に絆されるように、俺はずっと気になっていた質問をぶつけた。

 

 もちろん父さんの口から希望に満ちた答えが返ってくるなんて思ってはいない。

 むしろ辛い現実を突きつけられるだけだろう。

 

 それでも連城村は俺の生まれ育った場所なのだ。

 せめてあの村がどうなったのかだけでも、きちんと知っておきたいと思った。

 

「……たぶん光太郎の目には、暴れる母さんの姿が焼きついていると思う。でも勘違いしないでほしいんだ。彼女はあくまでも被害者、決して悪意をもって連城村を破壊したわけじゃない。薬によって暴れざるを得ない状況に陥ってしまっただけなんだ」


「……薬?」


「御城ケ崎家が開発した新薬です」


「え……?」


 背後から掛けられた御城ケ崎の言葉に驚き、思わず振り返る。

 彼女は気まずそうに目を伏せていた。


「カンリシャの子孫のみが保有する細胞――通称K細胞。我が御城ケ崎家は一族から暴走者が出るのを防ぐため、K細胞の悪性変異を抑制する研究を長年続けてきました。そしてようやく臨床試験のフェーズにまで到達したのです」


 臨床試験。

 その言葉は、やけに不吉に響いた。


 話の流れを考えれば、恐らく母さんはその新薬とやらを投与された結果、暴走状態になったのだろう。

 つまり失敗作だったのだ。

 

 でもなんで母さんがそんな目に……。

 

「臨床試験の被検者は、言うまでもなくカンリシャの血をひいている必要があります。そして、失敗の可能性を考えれば同じ御城ケ崎家の人間は避けたい。そこでこの薬の開発責任者である母が目を付けたのは、連城村の城守――連城双龍様でした」


「は……? 母さんじゃなく……?」


「……当時の連城村は、変態詩人ドレッド・ハラスメントが出した詩集の効果もあって、変態管理に成功した唯一の村として世界的にも高い評価を受けていました。そしてそんな国外からの評判に押されるように、日本政府もついに重い腰をあげることになります。彼らは連城村独自の管理方式を、全国各地の変態パラダイス村にも導入しようと考えたのです」


「……変態管理を辞めたい人たちからすればそれが目障りだった?」


 御城ケ崎が語っていた話を思い出しながらつぶやく。

 「大昔ならいざ知らず、この現代社会において変態の管理を負担に感じていた城守は多い」。

 ……それは確かにそうだろう。

 

 御城ケ崎は表情を曇らせつつ、頷いた。

 

「それもある1面においては事実です。日本が誇る大財閥のひとつとして名を馳せた御城ケ崎家としても、変態管理というデメリットしかない分野から手を引きたかった。ゆえにその動きと逆行する連城村に反感を持っていた御城ケ崎家の人間は多い。ただなんにせよ、母の考えはそれとは違いました」


 御城ケ崎のお母さんはやめる気なんて無かったわけだ。

 でも実際、御城ケ崎家には変態管理を続けるメリットが少ない気はするが……。


「『――なぜ長い年月をかけて蓄積した変態管理のノウハウを自ら手放すのか。変態は今後その数を減らすどころか、ますます増えていくはず。日本国内において御城ケ崎家の存在感をさらに高めるチャンスではないか』それが母の持論でした。国から報酬をもらい、変態管理を行う。つまりビジネスとしての変態管理の在り方を模索していたのです。それ自体はわたくしも悪いことだとは思いません。他の村とも連携を取り真っ当に準備を進めていけば、誰にとっても実のある話になったでしょう。ただ、母はあまりにも狭量でした。あるいは卑怯でした。……他人を蹴落とすことで、利益の独占を図ったのです」


「だから変態管理に成功している連城村が邪魔だった……」

 

「ええ。連城村の村長である連城双龍を暴走させることで有力なライバルを失脚させ、なおかつ日本政府に変態の危険性を再認識させる。そのうえで御城ケ崎家がその危険極まりない変態を捕獲し飼いならすことができれば、我々の変態管理能力を高く売り込むことも可能。まさしく一石三鳥を狙っていました」


 御城ケ崎は俺に気を遣ったのか言葉を省いたが、その方法であれば『暴走状態のカンリシャ』という被験者も手に入れることができる。

 新薬の開発も進んで一石四鳥というわけだ。

 

「母が用意したのは、K細胞の悪性変異を意図的に促進する薬。もちろんこれは狙って作ったわけではなく偶然できた失敗作に過ぎませんが、廃棄直前に母が密かに回収していたのです。連城双龍をこの薬によって暴走させ、連城村に致命的な被害が出た時点で御城ケ崎家の精鋭部隊を投入。何食わぬ顔で捕獲し、世間に連城村で起きた惨劇を公表する計画でした」


「…………」

 

 怒りで全身が震えた。

 

 御城ケ崎家の利益。

 そんなもののために、連城村が犠牲になったのか……?

 

「今さら言うまでもないことだけど、その計画はうまくいかなかった」


 話を引き継いだのは父さんだ。

 その顔に怒りは無い。ただ諦観だけがあった。


「僕に薬を盛るために村へと侵入した直後、母さんに捕捉されたそうだ。そして標的が変わった」

 

「本人の同意を得ずに薬を投与するなど単なる人体実験。そしてその結果起きる惨劇を考えれば、テロと非難されても仕方がありません。露見すれば御城ケ崎家の評判こそ地に落ちることでしょう。だからこそ母は自身の立場を守るためにも隠ぺいを試みました。シグマ様の戦闘能力はこちらの想像をはるかに超えていましたが、それでも対カンリシャ戦を想定して日夜訓練を行っている精鋭部隊の敵ではありません。激闘の末、シグマ様の確保に成功。そして……」


「シグマは暴走させられたというわけだ。連城村の崩壊は、たしかに母さんの手によるもの。けれど本人の責任はない。……もちろん御城ケ崎家に対しては思うところもあるけれど、計画の立案・実行を担った御城ケ崎知代は連城村で命を落としたうえに、作戦に参加していた部隊員もみんな死んでしまってはね。死人にとやかく言うつもりは無いんだ」


「…………」


 本音を言うと、俺は父さんのように達観する気にはなれなかった。

 たとえ死んで地獄に落ちたとしても、とても許せはしない。

 

 とはいえ御城ケ崎の眼の前で、彼女の母親を罵る気にもなれず……。


 俺のそんな気持ちを察したのか、父さんも御城ケ崎に視線を向ける。

 

「ゆら君はまだ幼かったというのに、実に献身的に動いてくれたよ。彼女が御城ケ崎家の内情を暴露してくれなければ僕たちはなにも分からないまま無為な時間を過ごすしか無かった。適切に情報を提供してくれたおかげで、僕も最良と思われる手段を取ることができたんだ」


「最良の手段?」


「僕たちは御城ケ崎家の提案を受けることにした。事件の隠ぺいに協力する代わりに、僕たちを支援してくれるという案を呑んだんだ」


「は……?」


 言っている意味がまるでわからない。

 脳が理解を拒んだまま、俺は無意識につぶやく。

 

「なんで……なんでそんな話を受けたんだよ……」


「互いに利益があったからさ。御城ケ崎家にしてみれば、今回の件はなんとしても闇に葬りたい。だが同時に暴走を抑制する手段の確立は、カンリシャの血を引く一族である御城ケ崎家にとっても長年の悲願だった。そして僕としても、本来責任を取るべき御城ケ崎知代がすでに死んでいる以上、法的に責任を追及することになんて興味が無かった。そんなことより、僕が優先したかったのはただひとつ。――シグマの暴走を抑えたい。御城ケ崎家は暴走したカンリシャを封じ込めることのできる施設を保有している。一方僕らにはそんなものがない。催眠から突如目覚めシグマが暴れ出す可能性があることを考えれば、御城ケ崎家に預ける以外の選択肢は無かったんだ」


「……わけの分からない薬の実験体にされると分かっていて、御城ケ崎家に母さんを預けたってこと……?」


 父さんは静かに怒る俺を見て、ふうとため息をついていた。

 

(なじ)りたくなる気持ちはよく分かる。僕だってさんざん悩んださ。でも彼らに頼る以外、問題を解決する手段が思い当たらなかった。もっとも僕だってリスクは承知していたから、完全に御城ケ崎家に頼りきりにならずに済むよう、布石は打っておいたけれど」


 その言葉にピンとくるものがあった。

 

「それが変態革命軍……?」


 俺の言葉に、父さんはゆっくりと頷く。


「そうだよ。御城ケ崎家がいずれは変態管理から手を引くことは分かっていたから、いざというときのためにすべてを引き継げる組織を準備しておくことにしたんだ。これにはドレッドさんが快く協力してくれた。そしてどうせ布石を打つのなら多いに越したことが無い。同じく協力を申し出てくれた秋海さんには警察組織で出世してもらうことにした。彼には変態管理のスペシャリストとして、警察内外での信頼と尊敬を集めて欲しかったんだ。いざという時に動きやすくなるからね」


「これに関しては、わたくしも最大限協力いたしました。結果、御城ケ崎家の息がかかったカンリシャ級の変態を世に放ち、秋海のおじ様が捕まえるという仕組みができあがりました。俗に言う『やらせ』というやつです」

 

「父さんを逮捕したのもその一環か……」


 実際それは不思議に思っていた。

 暴走したのは母さんなのに、秋海局長が父さんを逮捕する必要なんてまるでない。

 

 結局は、秋海局長の評価を高めるための行動でしかなかったというわけだ。


「それに関しては御城ケ崎家に恩を売っておきたいという狙いもあったけどね。実際、僕という城守の逮捕をきっかけに、御城ケ崎家は変態パラダイス村の運営から手を引くことができた。あるいはそのことで実際に逮捕する秋海さんの立場が悪くなるかもしれないという懸念はあったけど、ここに関しては御城ケ崎家がうまく取りなしてくれた。変態管理局という専門の組織を作り、その局長に彼を据えるよう国に働きかけまでしてくれたほどだ」


 ……まあ誰かにきちんと押し付けない限り、再び貧乏くじを引かされてもおかしくないもんな。

 御城ケ崎家は変態パラダイス村の城守という役割がよっぽど嫌だったらしい。


「ゆら君の協力もありおおむね僕らの計画は上手くいった。ただ誤算がひとつ。――シグマを目覚めさせる目途がまるで立たなかったんだ」


「それはつまり……新薬の効果が出なかった……?」


 思いついたのはそんなことだったが、父さんは否定するように首を振る。

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