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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第102話 父と娘と その3

 隣に立つ御城ケ崎の出方をさりげなく窺う……が、特に怪しい動きは見えない。


 それどころか、相も変わらずつまらなそうに局長とナギサ先輩のやり取りを眺めているだけだ。


 ……考えてみれば御城ケ崎は、俺を父さんと会わせるためにここまでつれて来たわけだし、ふたりのことはそもそも眼中にないのかもしれないな。


 と。


 こちらの思考を遮るように、ガゴンッ、という鈍い破壊音が響いた。


 音の出処は――秋海伊千郎。


「念のため言っておくが……」


 彼は両手で自身の足元を示しながら、歯をむき出しにして笑っている。


 どうやら手近なコンクリートブロックを蹴り砕いてみせたらしく、彼の周囲には、コンクリートの塊がごろごろと散乱していた。


「私はカンリシャとしての力を得ている。並大抵のことでは止めることなどできない。ナギサよ……私に殺される覚悟はあるか?」


 その言葉に思わず息をのむ。

 単なる脅し文句と言いたいところだが、彼にはそれを実行できるだけの力があるのだ。

 

 局長が変態管理術に秀でているだけなら或いはこの戦いにも勝算があるかと思ったが、これはさすがに無茶だ。

 コンクリートを砕く相手なんて、まともに相手をしてられない。


 もちろんナギサ先輩だってそんなことくらい分かってるだろうが……。


「くだらない前置きはいらない、さっさと始めよう。私は頭にきてるんだ」


 まさかの挑発……!?

 

 もしかして先輩、頭に血がのぼってる?


 いやしかし、考えてみればそれも当然か。

 あんな話を聞かされた直後だし、冷静でいられるはずがない。


「ふむ……」

 

 秋海局長も好戦的な反応に面喰った様子を見せていたが、結局のところ戦いは避けられないと踏んだようだ。

 その身に纏うオーラが明らかに鋭くなった。


「……覚悟があると言うのならば仕方があるまい。すまないがゆら君は手を出さないでくれ。これに関しては、私自身でケリをつけたい」


「ええ、もとよりそのつもりです。特に手助けが必要だとも思いませんので」


 そっけなく告げる御城ケ崎。

 

 2対2の戦闘になることは避けられたようだが……局長が御城ケ崎より弱いとも思えないし、結果に大した違いは無さそうだ。


 しかし実際どうしたものか。

 ナギサ先輩には悪いがここで局長と戦うメリットが特に無いんだよな。

 仮に彼を捕縛できたとしても、御城ケ崎を拘束できない以上、すぐに解放されてしまうだけ。

 大怪我のリスクがある分、戦わないほうがマシなくらいだ。

 

 かといって御城ケ崎がいる以上、逃げることも難しく……。


 いっそ一時休戦でも提案してみるか?

 局長にしろ御城ケ崎にしろ、この戦いにさほどの意義を見いだしていないように思える。

 上手くやれば戦闘は避けられるかもしれない。


 そう考えた俺が、足を一歩踏み出す――と、御城ケ崎がこちらを見もせずに口を開いた。

 

「光太郎様も、この戦いには手を出さないようにしてくださいね」


「は!?」


 その言葉に俺は驚愕した。

 あまりにも非道な言葉だと思った。


「きょ、局長とナギサ先輩を一対一で戦わせるつもりか? いくらなんでもそれは戦力差がありすぎるだろ! ドーベルマンとミジンコが戦うようなもので、そんなの絶対に認められない! むしろ今すぐ止めるべきだ! よし一緒に止めに行くぞ、御城ケ崎!」

 

「はあ……」

 

 どさくさ紛れに彼女の力を借りようと画策する俺への反応は、やたらと冷たかった。

 御城ケ崎は呆れたようにため息をついている。


「やはり光太郎様は、おふたりの戦力差を誤解されているようですね。念のため忠告して正解でした」


「……なんだよそれ。その言い方だとまるでナギサ先輩のほうが強いみたいじゃないか」


「ええ、そう言っているのです」


「…………?」

 

 どういう意味だ?

 

 ふたりの体格差は歴然。

 まして男女という性差まであって。

 その上、局長はカンリシャなのだ。


 ナギサ先輩が勝てるわけが――いや待て。

 確信を持っている様子の御城ケ崎を見つめるうちに、ふと思い出すことがあった。

 

 この世の中には、たしかにあるのだ。

 体格で劣る御城ケ崎が、俺を圧倒したように。

 男女差など問題にならないような力が、この世界には存在している……。


 ハッとした俺は、慌ててナギサ先輩に視線を向けた。


 すると――。

 

「……!」

 

 感じる。

 ナギサ先輩から神々しい金色の輝きを……!


 あの光は……。

 

「HENTAIレボリューションパワー。ナギサ様は自力でHRPへと到達しておりました」


 御城ケ崎は驚いた様子もなく平然としたものだ。

 きっとナギサ先輩が纏う、まばゆいばかりのオーラにかなり早い段階で気付いていたのだろう。


 これならたしかに勝利もありえる……?


「では始めようか」

 

 固唾を飲んで見つめる俺の視線の先で、無言で向かい合うナギサ先輩と秋海伊千郎。


 ピリピリとした緊張感が漂う中、先手を取ったのは――。


「……ふっ」

 

 ナギサ先輩だ!

 わずかな息吹だけをその場に残した彼女は、音もなく局長の懐に潜り込み――。


「股間蹴り!」


 鋭いローキックが、局長の左足を捉えた。


「ぐっ……」

 

 低いうめき声と共に、慌てた様子でその場を飛びのく局長。

 その動きは俊敏ではあったが、ナギサ先輩の洗練された動きとは比較にもならない。

 

 これは……いけるんじゃないか?


「先輩、いつのまにこんな動きを……」


 それこそ、御城ケ崎の華麗な身のこなしと比較しても遜色がないように見える。

 HENTAIレボリューションパワーをその身に宿しただけで、即座にこんな戦い方ができるとも思えないが……。

 

「いつのまに、ということであれば、わたくしが出会った頃から彼女はこうでした。もっとも披露する機会はなかったようですので、光太郎様も気付くことはできなかったのでしょうか」

 

 御城ケ崎が出会った頃から……。

 まあたしかに言われてみれば、運動神経が悪いと自称してはいたものの、随所にその片鱗はあったように思える。


「なるほど。言うだけのことはあって、なかなかやるようだ」


 秋海局長の態度も明らかに変わっていた。

 余裕の表情を浮かべつつも、その奥底にたしかな焦りの色が見える。

 

「管理局に入りたいと言い出したときにはどうしたものかと思ったが、結果的には入れて正解だったかもしれんな。まさかここまで成長するとは……」


「違うよ、たしかに管理局でも戦闘術は教わったけど、正直あれは私向きじゃなかった。――連城村。私は父さんが知らない間に、あの村でスペシャリストになっていたんだ」


「スペシャリスト?」


「うん」


 ナギサ先輩は軽く頷いてから、あらためて構えた。

 

 先ほどと同じく先手を取るつもりなのだろう、いつでも動き出せるよう腰を低く落とし。

 自身の父親を正面から見据え、低くつぶやく。


「私はあの村で――相手の股間がどこについていても即座に対応できる、対股間戦闘のスペシャリストになっていたんだ」


「…………」

 

 たい……こかん……?

 なにそれ……。

 

「……な……なんだそのスペシャリストは……聞いたことが無いぞ……それに股間はそんなにいろんな場所についているものじゃないし……」


 秋海伊千郎も俺と同じように動揺を隠せていなかった。


 が。


「お父さんが何を言おうと関係ない。悪いけど、叩きのめす!」


 ナギサ先輩は問答無用だ!

 またもや一瞬で距離を詰めると、再びローキックを――。


「股間――襲撃脚!」


 放つと見せかけてからの、素早い回し蹴り!

 ロングスカートを翻すその虚をつく動きに、局長のガードが追い付いていない。

 肩を打たれ、鈍い音を響かせながら一歩下がっている。


「くっ……」

 

 もっとも、うめいてはいるが、負傷をおったわけでもなさそうだ。

 

 それこそコンクリートすら粉砕できそうな威力に思えたが、カンリシャはタフさも異常だな。


「まさか……これほどの力を持っているとは……」


 低く呟いた秋海伊千郎は、懐のポケットから何かを取り出す。


 それは……小さなカプセル?


 ……あれは……まさか!


「仕方がない……私も真の力を解放させてもらおう……」


 大口を開けた彼は、カプセルを流し込む。

 途端――局長の全身を黄金の輝きが覆った。


「あの輝きは……HENTAIレボリューションパワー!」


 薬で力を引き出したのか……!

 まずい……!

 

「ナギサ先輩、気をつけて!」


「……問題はないでしょうね」


「え……?」


 ここまで沈黙を保っていた御城ケ崎のつぶやき。

 彼女はこのあとの展開を予期しているかのように、落ち着いた表情で戦局を見守っている。


「秋海のおじ様からは、仮初の輝きしか感じません。そもそもおじ様は本来、カンリシャではないんです。あくまでも薬物により疑似的に力を与えられただけで、本物と比較すればその差は明らか。そしてなにより……本心ではナギサ様との戦闘を望んでいない。可哀想なことに、黄金のオーラが揺らいでいます」


 ……たしかに。

 そう言われてみると、ふたりのオーラの違いは明らかだ。


 周囲を威圧するほど圧倒的な光を放つナギサ先輩と……弱々しくほのかに光る秋海局長。


「いくぞ……ナギサ!」


 或いはそのことを自覚しているのか、自身を鼓舞するような鋭い叫び。

 スピードで翻弄するつもりだろう、ナギサ先輩の背後に超スピードで回り込んだ秋海伊千郎は、勢いそのまま右腕を振り下ろす。

 それは鋼鉄すら両断しそうな勢い。


 ――だが!


「股間エルボゥ!」


 ナギサ先輩が背後も見ずに放ったひじ打ちが、カウンター気味に腹へと突き刺さる。

 そして勢いよく反転し――。


「股間連撃!」


「ガハッ!」


 効いた!

 秋海伊千郎は脇腹をおさえつつ、その場を飛びのいている。


「なんという……破壊力……! 認識を改めねばならんようだ。まさかここまで優秀だったとは………ナギサはてっきり俺の娘だから管理局に入れたとばかり……」


「悪いですけど、そんな理由で仲間になることを許す腑抜けた人間なんて管理局にはいないと思いますよ。あなた以外にはね!」


 俺が叫ぶと、彼は苦笑いを浮かべた。

 

「なるほど。たしかにそうかもしれん。だが……だが……1つだけ言っておきたい」


 わなわなと慄く局長は、ナギサ先輩に向け大声で叫ぶ。


「さっきから股間股間と連呼してるが……俺の股間はそこにはないぞ! 大丈夫かナギサ! 思春期を連城村で過ごさせたのは、失敗だったか!? やはり性教育だけは、きちんとした教育機関で受けさせた方が良かったのか!?」


「悪いけれど……」


 ナギサ先輩は父親の必死の抗議の声も意に介さず、優しく微笑む。


「股間がどこにあるのか決めるのは、お父さんじゃない。――私だ」


「そ、そんな……!」


「……ふっ!」


 短い息吹を吐き出しながら懐に素早く潜り込んだ先輩は、驚きの表情を浮かべる父親の顔面に向け、勢いよく掌底を放つ!


「――股間撃滅掌ッ!」


「がああああああ!」


 鼻を押さえ、床をごろごろ転がりまわる秋海局長からは、金色の輝きが完全に失われていた。


 どうやら鼻だけでなく、心まで折れてしまったようだ。

 ――勝負あり、だな。

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