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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち  作者: 阿井川シャワイエ
終章 変態革命

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第101話 父と娘と その2

「ちょうど時を同じくして、連城村に新設する駐在所への異動の話があった」


 ナギサ先輩の反応を予想していなかったとも思えないが、秋海伊千郎も陰鬱な表情を浮かべていた。

 けれど言葉は止まらない。


「私個人への異動命令ではなく、心あるものは立候補せよというお達しだ。上意下達を旨とする警察組織においては極めて珍しい、本人の意思を尊重するという温情措置。危険な任務だと誰もが理解した。そんななか私は……自ら立候補したのだ。連城村への異動を、自ら。周囲には止められたよ。変態の巣窟に行くのはやめておけと。駐在所への勤務は、単身赴任ではなく家族ごと引っ越す必要があってね。だからこそ普段は血気盛んな彼らも、及び腰になっていた。家族と共にあの村に行くなど、単なる自殺行為だと皆が口をそろえて言う。私は、彼らの忠告を突っぱねた。これは警察官としての職責であり、誰かがやらなければならないことなのだと。そして他の誰もがやりたがらない以上、私がやるしかないのだと。だが……本心は違う」


 口元を歪め自嘲するかのように。

 彼は言葉を吐き出す。

 

「――自殺行為こそが、私の望むところだったのだ。妻に裏切られ、最愛の娘の顔すら直視することができなくなった私に、生きる希望などあるはずもない。すべてに嫌気がさした私の胸には破滅願望が巣食っていた。……今考えてもおぞましい。罪を犯した妻だけでなく、なんの罪もない我が子さえも地獄の鬼どもに売り渡そうとしたのだ。所詮は不義の子、変態どもの慰み者になれとそう願ったのだ。だが……その結果は、ふたりも知っての通り」


「あの村は、そんな場所じゃない」


「ああそうだ」

 

 怒りを込めた俺のつぶやきにも、彼はなんの抵抗もなく頷きを返してくる。

 そのことがかえって不気味だった。

 

「連城村が、荒んだ私の心を少しずつ癒してくれた。……もちろん来た当初は、村人全員が全裸ということに、かなりの抵抗があった。特に若く魅力的な女性の裸を見ることが苦痛でね。自身の欲望を強制的に引きずり出されるようなあの感覚。当時の私は妻の不貞行為に嫌悪感があっただけに、自身の中にも同種の欲望が眠っていることを突き付けられるようで本当に苦しかった。これこそ私に課せられた罰なのだろうと歯を食いしばって……だがある日、双龍さんに誘われたのだ」


「父さんに……?」


「ああ。一緒に全裸で散歩をしてみませんか。彼は警察官である私にそう言う。当然断るべきだと分かっていた。そんなことをしてはこの村の『駐在さん』として示しがつかない。鬼畜と化したはずの私にも、最低限の職業倫理だけは残っていたというわけだ。だが……あのときの私はどうかしていたのだろう。いつの間にか私は制服を脱ぎ捨て、彼と共に全裸で村を歩いていた」


「父さんと全裸で……」


 ……知らなかった。

 当時の秋海伊千郎は父さんに心酔している印象ではあったが、それでも全裸になることは拒否しているとばかり……。


「それは白昼夢にも等しい出来事。けれどあのときの私はたしかに、心の平穏を手に入れることができたのだ」


 昔を懐かしむように。

 険しい表情ばかり浮かべていた彼の顔が、わずかにほころんでいる。


「あれほど苦手意識があった全裸の女性と出会った時も、なんの気兼ねなく自然体であいさつを交わせた。あの時の爽快感は君たちには分かるまい。……私は連城村のどこまでも続く緑に囲まれたあぜ道を全裸で歩きながら、なぜ裸になるだけでこうも自身の気持ちが変わったのか考えたよ。そして分かったのだ。はっきりと分かった。この村の人達は、全てを共有していた。土地も財産も喜びも悲しみも、そして――愛すらも。彼らは、それを共有することができたのだ。すべてが自分の物であり、すべてが自分の物ではないという状況を、あるがままに受け入れていた。独占欲という心に巣食う醜い欲求とは無縁に暮らしていた。……私は裸になることで、あの村の一員になれたのだ。苦しみから逃れることができたのだ」


 ……連城村は、たしかにそういうところがある。

 悩める変態たちにとっての希望の光。


 ただ秋海伊千郎は、自身の変態性に悩んでいたわけではない。

 永遠の愛を誓いあったはずの人間が、素知らぬ顔で自身を裏切りっていたことに衝撃を受けたのだ。


 だからこそ思わざるを得ない。

 連城村という場所が、彼の苦しみに対する特効薬となり得たかというと、それは……。


 俺の思考を裏付けるように、彼の顔には再び影が差す。


「けれど……家に帰り妻の顔を見た瞬間……だめなのだ。俺の心が、どす黒い感情で塗りつぶされてしまう。連城村の暮らしを知ろうとも。それこそが真の幸せだと気付いたあとでも。私は――妻を許せなかった、娘を愛せなかった!」


 悲痛な叫びがエントランスホールにこだまする。

 その反響音は自身の耳にも届いたらしく、突如秋海伊千郎の表情が消えた。

 それは一見すると冷静さを取り戻したようにも見える。


 だが……。


「けれどそれは……私の落ち度だろうか?」


 彼の口から零れ落ちる言葉。

 そこには冷徹な響きすらあった。


「連城村に住む人々は、私より精神面が優れていたから、幸せな暮らしを享受できているのだろうか? ……その疑問に対する答えは分かり切っている。あの村で暮らす人々と私との違いは、ただひとつ。――受けてきた教育が違うのだ。周囲から教え込まれた倫理観が異なるのだ。法も倫理もこの世の絶対のものではない。人々が考える『普通』は、教育によって容易に覆りうる。結局私は、この国から教え込まれた倫理観のせいで苦しんでいた。この国が教える『普通』に苦しめられていた。……だからこそ、革命が必要なのだ」


 ……血走った視線を周囲に向け。

 彼の瞳にはいつしか狂気すら宿っていた。


「貞淑・清純・純潔・純愛、処女性を崇めるすべての倫理観を破壊し、性に関する人々の意識をフラットにする。そもそも恋愛感情なんてものは、遺伝子を後世に残そうという衝動を美辞麗句で飾り立てたものに過ぎない。なのに現代を生きる我々は、そこをはき違えてしまった。愛という名の絶対の信頼関係がこの世の中に存在すると勘違いしたのだ。そしてだからこそ配偶者の不義に怒りを覚えるという、無意味な倫理観を育んでしまった。私は本来すべての国民が享受できたはずの幸せな暮らしを――心の平穏をこの国に取り戻したい! 我々がもたらす革命によって、私のように無意味な苦しみに苛まれる人間を減らしたい!」


「要するに、洗脳が目的か。この国に住む人たちに、自分の理想を押し付けるためにこんなことをしでかしたわけだ」


「違う。それはむしろ逆だ光太郎君」


 彼は即座に言い返してくる。


「君こそすでに、この国からの洗脳を受けているのだ。君がそう反論すること自体、洗脳の結果なのだ。例え他の誰にも理解できなくても、君だけは分かるはずだ。連城村で生まれ育った君ならば。あの全裸村の素晴らしさを体感している君ならば! この国の『常識』こそ異常だと分かってくれるはず!」


「……」


 沈黙。

 それは別に彼の言い分に納得したからではない。


 ただ、彼を説得することに困難を感じてしまった。

 きっと彼は、俺がなにを言ったとしても即座に言い返してくるだろう。


 そこに妥当性がまるでなかったとしても、彼はきっと気にしない。

 自分がやっていることは正しいと、盲信を続けるだけだ。


 そんな彼と会話を続ける意味などあるのだろうか……?


「お父さんの話は分かった」


 そんな俺の考えを打ち破るように声を上げたのは……ナギサ先輩だ。


「でも……何で今までそのことを言ってくれなかったの? 私がお母さんの味方をするとでも思った?」


 彼女は軽く首を傾げながら、自身のロングスカートを撫でつけている。

 

 さきほどまで顔面蒼白になっていた人間の言葉とは思えないほど、ナギサ先輩の口調は落ち着いていた。


「……」


 その一方で、局長は動揺を隠せていない。


 恐らくこの話を聞かせたあとに、ナギサ先輩が平然と話しかけてくるのは、予想外だったのだろう。

 特に……『お父さん』と呼ばれるとは想像もしていなかったに違いない。

 

 虚を突かれたせいだろうか、さきほどまでの狂気すら感じさせる彼の勢いは完全に止まっていた。

 それどころか目を伏せた彼は、弱々しくつぶやく。

 

「言えば……ショックを受けると思ったんだ」


「でも結局言ってるじゃん!」


 ナギサ先輩は、ここぞとばかりに強烈な言葉を返していた。

 それは意図したものではなく、素直な気持ちを吐露しているだけなのだろう。


 そしてだからこそ、彼女の言葉は鋭利だ。

 秋海伊千郎の心に深く突き刺さるのが、はたから見ていてもよく分かる。


「それは……」


「むしろお父さんが黙ってた年月に比例して、私が受けたショックも大きくなってるんだけど! 子どもの頃に『お前は私の子どもでは無いんだ、本当の父親は別にいるんだ』って言われてたら、へーそうなんだで納得できたのに、無駄にこの話を熟成させたせいで、到底納得できる感じじゃ無くなってるからね!?」


 抗議の声を上げ続けるナギサ先輩は、その小柄な風貌も相まってなんだか子どもっぽく見えた。


 ……父親をなじる年頃の娘。

 そんな感じだ。


 そしてそんな状況にふさわしく、父親である秋海伊千郎は露骨に対応に困っているように見える。

 だが結局は強硬手段を取ることにしたらしい。


「ナギサが納得しようとしまいと、そんなことは関係がない」


 傲然と顔を上げた彼は、局長らしい威厳のある声を響かせる。


「我々の親子関係についての話など、所詮はこの革命の発端に過ぎないのだ。大事なことはそこではなく、これが国民のための――」


「くだらないこと言わないで! 国民のため? そもそも本当にそれがみんなのためになるって思ってるのなら、政治家でも目指して正々堂々と自分の意見を主張すればよかったじゃん! なのになんで力で全部変えようとしてるの!? こんな立派なビルまでボロボロにして……こんなの単なるテロリスト、周りの迷惑も考えなよ!」


「革命が成功すればそんなこと、なんの問題にも――」

 

「なにより気に食わないのは!」


 ナギサ先輩は大声で父親の言葉を遮り。

 そして吠えた。


「この革命を成功させても、お父さんが幸せになれないじゃん!」


「……!」


 先輩が叩きつけた言葉は、動揺続きだった秋海局長にここまでで一番の衝撃を与えていた。


 きっと彼にしてみれば、ナギサ先輩の怒りの根っこがそんなところにあるとは思ってもいなかったんだろう。


 でも俺にしてみればそこまで意外なわけでもない。

 思い返してみれば、管理局での俺の面談のときもそうだった。

 ナギサ先輩は自分のためではなく、大切な人のために怒るんだ。


「お父さんがやろうとしてるのは結局、後世の人間のためにこの国の教育を見直すってことでしょ!? それがもし仮に上手くいったって、お父さんは悲しい気持ちのまま生きていかなきゃいけないじゃん! どうせ頑張るんなら、もっと自分が楽しくなるようなことに時間を割けばいいのに! なにやってんのほんと!」


「……」


 沈黙する父親を前にして、ナギサ先輩は身体を半身にし、拳を軽く握っている。

 ……それは明らかな戦闘態勢だった。


「お父さんのことは可哀想だと思う。慰めてあげたっていい。でも、こんなやり方、到底認めるわけにはいかない。だから……お父さんの娘として、反省する時間をプレゼントしてあげる」


 バサッとスカートをたなびかせたナギサ先輩は、凛々しい顔で局長を見据えている。

 

「私も見習いとはいえ、変態管理官の端くれ。たとえ相手が父親だろうと局長だろうとその判断に変わりはありません。変態管理局局長、秋海伊千郎。――あなたを管理局への背任容疑で拘束します」


「……よく言った。だが――できるかな」


 そうつぶやく彼は、なんとか落ち着きを取り戻したようだった。

 弧を描くように足を移動させ、静かに構えを取っている。

 

 ……結局、秋海伊千郎との対立は避けられないか。

 率直に言って、残念だ。

 局長がナギサ先輩の説得に応じ、こちらの味方にでもなってくれればと思っていたが、さすがにそこまで甘くないらしい。


 そしてこの状況で御城ケ崎が大人しく見守ってくれるとは思えない。


 2対2では正直、俺たちの分が悪すぎるが……。

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