第100話 父と娘と その1
「お父さん……」
局長の言葉通り、そこにはナギサ先輩が立っていた。
しかしなぜここに……?
シュアルさんが俺たちのマンションを襲撃しているという話だったが、ナギサ先輩はうまく逃げ出せたということか?
それにしては慌てた様子もないし、違和感があるが……。
「ナギサ様……?」
御城ケ崎にとってもこの状況は予想外だったようで、管理局の入口に視線を向ける彼女の顔には、明らかに動揺の表情が浮かんでいた。
「……シュアル様とはお会いにならなかったようですね」
「いや会ったよ」
ナギサ先輩は、足元の悪さに顔をしかめつつ、それでも危なげない足取りでこちらに近づいてくる。
「マンションに来た彼女が、状況についていろいろ教えてくれたんだ。それで、『私の話は疑わしいだろうけど、信じてくれるのなら管理局に向かうように』って。……別に信じたわけでもないけどコウちゃんはなかなか帰ってこないし特別対策室には連絡も取れなかったから、こうしてやって来たわけだけど……」
ナギサ先輩の視線は管理局の荒れ果てた室内を彷徨い、やがて彼女の父親のもとで止まる。
「どうやらシュアルさんの言葉は事実だったようだね。あとできちんとお礼を言っておかないと」
「……なるほど、そういうことでしたか」
眉をひそめ、不愉快そうにつぶやく御城ケ崎。
シュアルさんの行動を裏切り行為と判断したのだろう。
ただし、本当に革命軍を裏切ったのかは怪しいところだ。
ナギサ先輩は俺以下の戦闘力しかないし、ふたりで取り押さえにいったとしても、御城ケ崎に太刀打ちできるとは思えない。
つまり人質が増えただけ。
革命軍にとって不利になる行為というわけではないし、こちらの状況が好転したとも言い難い。
……シュアルさんが俺たちの味方だと思うのは早計だな。
「それで、そのシュアル様はいまどちらに?」
「さあ? すぐにどこかへ行ったけど……」
首を傾げるナギサ先輩は、とぼけているようにも見えなかった。
御城ケ崎もそれ以上の追及は諦めたらしく、軽くため息をついてから秋海伊千郎に向き直る。
「ナギサ様とお話があるということでしたら、わたくしは光太郎様と共に双龍様のもとへ向かうことにします。シュアル様の動きが不透明ですので」
「いや、光太郎君にも私の話を聞いてもらいたい。……まだ上の準備はできていないのでね」
「…………」
不満そうに無言で佇む御城ケ崎だったが……。
「……分かりました」
言葉少なに答え、その場から一歩下がっていた。
「お父さん……」
その代わりというわけでもないだろうが、ナギサ先輩が秋海伊千郎のもとへとゆっくりと近づいていく。
青白い非常灯に横顔を照らされながら父親を見つめる彼女の表情には、苦いものが混じっていた。
「なんでお父さんが革命軍なんかに……」
「……お父さん、か。ふふふ」
人を小ばかにしたような、含みのある微笑み。
その顔を見て、嫌な予感がした。
「――昔話をしてあげよう。ナギサには酷な話だが、いずれは伝えなければいけないと思っていたことだ。君の出自に関する、心温まるエピソードなのだからね」
厭味ったらしい口調に、口元に浮かぶ薄ら笑い。
……いますぐ彼の口をふさぐべきだと、俺の本能が警告している。
それでも会話を見守ることにしたのは、ナギサ先輩が真剣な表情を父親に向けていたから。
察しの良い彼女が、その身に向けられた嘲笑に気付かなかったということはあるまい。
それでも話を聞きたいと先輩が考えたのなら俺に止める権利なんてあるはずもなかった。
「……もともと妻とは、高校時代に知り合ってね。ライバルは多かったが、最終的には私が彼女のハートを射止めた。当時の私はそのことを誇らしく思っていたものだよ」
「……」
御城ケ崎は面白くもなさそうに、どこか空虚な表情で秋海伊千郎の話を聞いている。
……あるいは彼女は、この話の結末を知っているのかもしれない。
「その後、私は警察官の道に進んだ。忙しく危険もあったが、それ以上にやりがいを感じる日々。家に帰れば、妻が温かな食事と共に出迎えてくれて……。公私ともに充実した誰もが羨むような人生を送っていると、愚かな私は心の底からそう思っていたんだ。――あの忌まわしき日が来るまでは」
彼の薄ら笑いは変わらない。
けれどその口の端には、わずかばかりの躊躇が浮かんでいた。
「今にしてみれば、もともと違和感はあったんだ。ナギサを身ごもったころから妻の様子がおかしくてね。けれどそれは、出産を前にしたメンタルの不調だと思っていた。こればかりは避けられるものでは無いし、いずれ落ち着くだろうと。けれど……どうにもおかしい。出産が無事に終わり、赤ん坊は順調にすくすく成長していく……にもかかわらず、彼女はなにかにつけ憂鬱そうな表情を見せる。私はそれを疲れのせいだと結論付けた。実家に帰ることを勧め、彼女もそれに従う。けれどナギサとふたりきりになった瞬間。彼女がこちらに向けてくる屈託のない笑顔を見て、ふと頭をよぎることがあった。それは高校時代のことだ。最終的に私が妻のハートを射止めたが――ライバルは多かった。そのライバルのひとり。かつて親友だった男の面影を、俺はナギサに見てしまったのだ」
「……」
秋海伊千郎の言葉で、周囲に重苦しい沈黙が満ちる。
だがそれを打ち破ったのもまた、彼の言葉だった。
「我ながらどうかしているとは思いつつも、私は専門機関に親子鑑定を依頼することにした。……疑ったのだよ、妻の不貞を。あるはずがないと思いつつ、否定しきれなかった」
「それは……」
「結果が出た。そして分かった。分かってしまった。――妻は、私を裏切っていたのだ。私とナギサに、血のつながりは無かった」
ナギサ先輩と秋海局長は……実の親子ではない。
それは話の流れから想像できていたことではあった。
ナギサ先輩も同様だろう。
ただ……だからといって衝撃を受けずに済んだかといえばそれは違う。
身震いする俺の視線の先で、ナギサ先輩は明らかに色を失っていた。




