第99話 変態革命の狼煙
薄ら寒い風が首筋を撫でていく夜の白夜街。
俺は、目の前にそびえ立つ高層ビルを、陰鬱な気分で見上げていた。
――変態管理局本部ビル。
御城ケ崎が目的地の名を明かしたのはこの場所にかなり近づいてからだったが、正直な所どこに向かっているのかはかなり早い段階で察しがついていた。
だから本部ビルに連れてこられたこと自体に驚きはない。
ただ、ここに来るまで通行人と出会わなかったことと、本部ビルに明かりが灯っていないことに関しては率直に言って想像もしていなかった。
周囲の高層ビルは白夜街の名に相応しい明るさを放っているだけに、人払いをしたというわけでもなさそうだが……。
「光太郎様……」
「あ、ああ」
背後に立つ御城ケ崎が、俺の背中を軽く押してくる。具体的な指示こそなかったが、その意図するところは明白だ。
逆らうことなく、入口に進む。
……そこでようやく気付いたが、本部ビルの正面玄関には分厚いシャッターがおりていた。
そしてその中央には強引にこじ開けられたような破壊跡があり、内部に侵入できそうな空洞ができている。
その空洞からは、非常灯らしき青白い光がぼんやりと漏れていた。
「……光太郎様」
「わ、分かってる。そう急かすなよ」
砕けたコンクリートの床を踏みしめつつ、軽く身をかがめながら管理局の中へと入るが……エントランスホールは以前来たときとはまるで違う、爆撃でも受けたかのような惨状で、恐らく局員たちも必死に応戦したのだろう、あちらこちらに激闘の跡が残されていた。
この光景を見てしまえば、もはや疑う余地などない。
管理局が襲撃され機能不全に陥ったという御城ケ崎の言葉は事実なのだ。
だとすると特別対策室の皆が捕まったというのも、やはり……。
「いかがでしょう。この光景を見れば、さすがにわたくしが嘘を言っていないとお分かりいただけたのでは?」
「……よく管理局の警備システムを突破できたな」
素直に頷く気になれなかった俺の口からは、そんな言葉が漏れていた。
とはいえ実際不思議だったのだ。
いくら特別対策室のメンバーがこの場にいなかったとはいえ、彼らはあくまでも少数精鋭の突撃部隊に過ぎない。
対カンリシャの捕獲作戦には優れた成果を期待できても、革命軍を相手取った防衛戦でその能力を十全に発揮できたかというとかなり怪しいものがある。
だからこそ管理局は、彼ら抜きでも革命軍に対抗できるような最新鋭の警備システムを導入していたはずなのだ。
その全貌は俺などには知る由も無いが、こうやって周囲に目を向けてみると、まともに作動しているのは玄関の防護シャッターくらいに見える。
シャッターを下ろせている以上、革命軍の襲撃を事前に察知することは出来ていたように思えるが……実際は違ったのだろうか。
警備システムの大部分を作動させる余裕もないほどの一瞬で制圧されてしまった……?
それともやはり警備システムを作動させた上で、強行突破されている……?
「それは当然かと」
御城ケ崎は意味ありげに微笑んでいる。
「管理局の方々は様々な状況を想定し、我々革命軍の襲撃に備えていたようですが……彼らには誤算があったのです」
「誤算?」
「――ああ、そうだ」
「……!」
その声は、エントランスホールの奥から聞こえてきた。
靴音を響かせながら、ゆっくりと闇の中から姿をあらわしたのは、管理局の制服を着た壮年の男性。
もう何年も顔を合わせていなかったが、それが誰かはひと目で分かる。
彼は――。
「管理局も、さすがに私の裏切りは想定していなかった。こればかりは局員を責める気にはなれんよ」
「秋海局長……!」
連城村の『駐在さん』であり、ナギサ先輩の父親。
そして――父さんを逮捕し、変態管理局の局長まで上り詰めた男。
それが秋海伊千郎だ。
彼が今、俺の目の前にいる。
破壊された管理局の光景に心を痛める様子もなく、崩れたがれきを平然と踏みしめて。
……こちらを見る局長の顔には、余裕の笑みすら浮かんでいる。
その態度こそが、現在の彼の立場を如実にあらわしていた。
「こうして直接会って言葉を交わすのは久々だ。光太郎君もずいぶん大きくなった」
「なにをぬけぬけと!」
それは演技ではなく心の底から湧いてきた怒り。
長年溜め込んできた鬱憤が、この瞬間爆発した。
「あなたは……俺たちを裏切ったんだ! 管理局を……特別対策室の皆を裏切った!」
「これは面白いことを言う」
けれど彼は余裕の態度を崩さない。
微笑みをたたえたまま、俺をまっすぐ見つめている。
「君とて管理局に忠誠を誓っていたというわけでもあるまい。最初から裏切るつもりで、見習い管理官という立場を受け入れたのだろうと思っていたのだがね」
「……」
否定できない……というより父さんの行方を探るためのスパイ目的で管理局に近づいたのだから、まさしく彼の指摘の通り。
結果的にそうならなかったというだけで、俺にはこの男を裏切り者などと罵る資格なんて無いのだ。
反論できず言葉を失っていると……。
「……なぜ秋海のおじさまがこちらにいらっしゃるのですか?」
不審そうな御城ケ崎の声。
彼女は、何かを探るような視線を秋海伊千郎に向けている。
てっきり初めからここで合流する手はずだったのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
「双龍様と時間まで最上階で待機すると聞いておりましたが……。なにかあったのでしょうか?」
「ああ、それか。実は予定外の訪問客が来ていてね。出迎えようと思ったのだよ」
「おじ様が直々に? このタイミングで?」
「ああ。このタイミングで来たからこそ、私が出迎えなければいけないのだ。……彼女には話さないといけないことがあるからな」
思わせぶりな言葉を発してから、彼はゆっくりと管理局の入口に視線を向けた。
そしてつぶやく。
「――来たか、ナギサ」




