第97話 崩壊する日常 その5
「気づいていないと分かってはいましたが……謝罪はしません。光太郎様を裏切ったわけではなく、もともとわたくしは革命軍の人間だったのですから」
「なんで……御城ケ崎が……」
彼女が革命軍の人間だなんて、性質の悪い冗談としか思えない。
けれど、状況を考えればそうでないことは明白で。
――だったら俺も動揺している場合ではない。
彼女が革命軍に入っている理由なんて、後から聞けばいいんだ……!
(瞬着……!)
闇に紛れて放ったのは男性用下着――トランクス。
狙いをつける余裕はないので御城ケ崎を拘束するのは難しいだろうが、とにかく今は逃げ出す隙さえ作れればなんでもいい。
明らかに俺一人の手に余る事態だし、まずはこの場を逃げ出して特別対策室に応援を頼もう!
牽制目的で闇雲に放った下着は、けれど運良く御城ケ崎に向かって真っすぐ飛んでいき――不意に消えた。
「……!?」
予想外の事態に俺の足も止まる。
狙いを外したわけでも、失速して途中で落ちたわけでもない。
本当に忽然と消えてしまったのだ。
影も形も見えなくなってしまった。
御城ケ崎に動きはない。
ただジッとこちらを見ている。
あの様子だと、彼女が迎撃したわけでもなさそうだが……近くにもう一人いるのか……?
俺の瞬着を一瞬で排除する強敵が、この薄暗い公園のどこかに潜んでいる?
……可能性は高そうだ。
だとすると、逃走は厳しいかもしれない。
なら予定変更。
できるだけ時間を稼いで、ナギサ先輩に異変に気付いてもらう――。
「ナギサ様の助けは期待できないと思いますよ」
「…………」
「特別対策室も同様です。彼らが助けに来ることはありません」
こちらの心を読んだかのように続いていく御城ケ崎の言葉。
向こうが圧倒的に有利な状況のはずなのに、わざわざ俺を追い込むようなことを言ってくるのはなぜだ?
もしかすると、こちらが思っているほどには彼女にも余裕が無い……?
「助けが期待できないって、どういう意味だよ」
「ふふふ……」
御城ケ崎は思わせぶりに微笑んでから、こちらに憐れむような視線を向けてきた。
「――特別対策室は本日の昼過ぎに壊滅しました。変態管理局の本部も、革命軍の襲撃により機能不全に陥っています」
「……そんなわけ……ないだろ……」
あまりにも荒唐無稽な話すぎて、かえってリアルな反応になった。
いやだって、いくらなんでも嘘が下手すぎる。
今日の昼過ぎに特別対策室が壊滅した? 管理局も機能不全?
でもその特別対策室の一員であるヒャプルさんやシュアルさんと一緒に食事をしたのが、今日のお昼なのだ。
あのときすでに特別対策室が壊滅していたなんて、信じようがない。
「信じたくない気持ちは分かりますが、事実です。革命軍と特別対策室の間では、ここ数週間にわたり水面下で激しい攻防が繰り広げられていました」
「水面下ね……」
だから俺が気づかなかったと言いたいのだろうが、まるで子供の言い訳だ。
これは時間稼ぎの線が濃厚か……?
「すべての発端は、特別対策室がある特殊行動を実行しようとしたこと」
御城ケ崎も俺の冷ややかな反応には気づいたのだろうが、無視することに決めたらしく、表情を変えないまま話を続ける。
「その特殊行動の目的は――連城双龍氏の奪還」
「!」
父さんの救出作戦……!
たしかに城鐘室長もいずれ実行するような話をしていたが……。
ラビュを味方につけるという前提状況は満たしているし、それが今日だったとしてもおかしくはない……?
いや待て、こんなの単なる偶然の一致だ。
信用に足るものではない。
「学園を疑っているそぶりを見せつつ、その直後に革命軍の本拠地を急襲する城鐘壱里の手腕はさすがに見事でした。もっとも、失敗に終わってしまいましたが」
御城ケ崎の言葉はやはり信じられないが……これに関しても思い当たる節が無いわけでも無い。
城鐘室長は、ドレッド・ハラスメントが解放された直後に交わした会話の中で、俺の目が宇佐先生に――ひいては学園に向くように誘導していたのだ。
それはまるで、ドレッドハラスメントの消息を辿るうちに、俺が革命軍の本拠地を探り当てることを危惧したかのよう。
城鐘室長は、来たるべき救出作戦実行の妨げにならないように、俺を革命軍に近づけないようにしていた……?
そしてその作戦は本日決行され、そして――。
いや、だめだ、御城ケ崎の言葉を信じ込みそうになっている。
俺を動揺させるための作り話に素直に引っかかっている場合ではない。
今はとにかくこの場を逃れることを考える……!
「城鐘室長を筆頭に、留岡管理官・獅子宮管理官の両名も捕縛済み。こちらの被害はゼロ。完勝と言えるでしょう」
信じられるわけがない。
そんなこと、信じられるわけが……。
「我々が勝利した要因はふたつ。作戦の情報を事前に得ていたことと、あなた方の戦力の分散に成功したこと。……光太郎様は、シュアル様のことを信用されておりませんでしたね?」
「……」
「正しい判断でした」
肯定も否定もしなかったのに、御城ケ崎は我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷く。
「お判りでしょうが、シュアル様も革命軍の人間です。彼女のスパイ行為により特殊行動の詳細情報を入手した我々は、まず特別対策室の戦力分散を考えました。なによりも動きを封じ込んでおきたかったのは、華真知管理官。彼女の能力は面倒極まりない。ゆえに、怪しい動きをとるシュアル様を監視してもらうことで彼女の動きを封じ込みました。まあ向こうにも似たような目論見があったのでしょうが……」
室長も、当然シュアルさんのことは疑っていたはず。
彼女を監視することで革命軍の動きをいち早く察知するつもりだったが、戦力の分散を図る革命軍にとってはむしろそれが好都合だった……?
そして、ヒャプルさんが父さん救出作戦のメンバーに加わっていなかったのなら、呑気に俺たちと食事をしていたことも理解できる。
ヒャプルさんの目的は、まさに作戦決行のあのタイミングでシュアルさんを足止めすることだったのだ。
けれど同時にシュアルさんもあのタイミングにおいて、ヒャプルさんを革命軍の本拠地に近づけたくなかったと……。
辻褄は合う。
……合ってしまう。
「そしてわたくしは、ナギサ様と光太郎様のおふたりを足止めするため、皆様をプールに誘ったのです」
……俺とナギサ先輩を……?
革命軍がヒャプルさんを警戒するのは分かる。
催眠というスキルは、すべての状況を一気にひっくり返す奥の手となりうる。
だが俺やナギサ先輩は、警戒するような相手か?
「なんにせよ結果的には城鐘壱里の作戦が失敗するのは必然でした。最後の最後まで前提条件を勘違いしていた以上、たとえ襲撃メンバーに華真知管理官や光太郎様が加わっていたとしても、我々の勝利に終わったことでしょう」
「前提条件……?」
「救出しようとした人物が敵だったのです。成功など望むべくもありません」
御城ケ崎の言葉は、俺の口元を歪ませるのにじゅうぶんなほど、嫌悪感を煽るものだった。
「……なるほど。革命軍の人間が、父さんに化けて待ち構えていたわけだ」
「いいえそれは正確な表現ではありません。なぜなら――」
御城ケ崎は、俺を憐れむように微笑み。
そして言葉を続けた。
「――貴方のお父様こそが、変態革命軍の指導者なのですから」




