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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の恋人。

作者: 大器晩成の凡人

 【私の】シリーズ3作目です。この作品だけでも楽しめるように書いたつもりです。気軽に読んでってください( ・∇・)

「ここか……」


 私の名前はミチル。性別は女性だ。あまり、女性らしい事をするのが苦手で、化粧は最低限、髪は動きやすいってのもあり短めで、服は………とりあえず、スカートは履かない。


 そんな私は今、一軒の喫茶店の前に立っていた。喫茶店にはバイトの面接で来たのだが……


「close……店、閉まってる」


 店にはハッキリとcloseの看板が掛けられていた。


「時間間違えたかな?」


 スマホのメモ帳を確認するが、時間は合っていた。日にちも合っていた。という事は


「店を間違えたか……」


「もしかして、お客さん?ごめんねぇ、いま開けるから」


 諦めかけていたら、背後から男性が話しかけてきた。その発言からして店長さんだと思う。ていうか、私の目的を伝えなきゃ


「あの!私、バイトの面接で来たんですけど」


「おお!君がか!よかった、早速、面接するから店に入って」


 雰囲気は悪くない人だなぁ、60代くらいかな。


「じゃあ、ここに座って」


「失礼します」


 店長に案内され店のテーブル席で面接開始。


「8時間、周5。大丈夫そう?」


「え?」


 1日8時間で周5日勤務、そういう事だろう。だけど、これじゃあ採用決定みたいな物言いじゃないか、まだ履歴書も見せてないし、少し不安だ。


「あの、これ履歴書です」


 店長の質問はスルーし履歴書を見せる。


「あ、うんうん。ミチルちゃんね。オッケーオッケー」


 そう言うと私の履歴書をテーブルの端へ。履歴書は私の名前を確認しただけにしか見えなかった。それ以上に私が気になった事があった。


「あの、ちゃん付けは……ちょっと」


「ああ、ごめんごめん。今の時代だとセクハラなのかな?」


 セクハラになるかどうかは知らない。ただ、ちゃん付けはなんていうか、恥ずかしい。


「できれば、さん付けか名字でお願いします」


「オッケーオッケー。とりあえず、午前10時オープンで午後18時までだけど、何か質問ある?」


「えっと、質問ですか……」


 聞きたい事、聞かなくちゃいけない事、いろいろあるはずだけど、とりあえず、いま聞きたい事は時間に関する事だ。勤務時間に関する事ではない。今は午後13時半を少し過ぎたくらいだ。私の面接予定時間は13時だったはず。私はなにも店長さんが数分遅刻した事が気になってる訳でもない。私が気になってるのは店長は10時オープンと言ってた事が引っ掛かっているのだ。


「あの、10時オープンなのになんでさっきまで閉まってたんですか?」


 人にはそれぞれ事情がある。それは、あまり人に聞かせるような、聞かせたくない事情かもしれない。10時オープンの店で尚且つ、私の面接時間の13時を遅刻するくらいだ。下手したら身内の不幸とかかもしれない。質問した後に私は聞くべきではなかったかもと後悔。


「ああ、ちょっとコレをね」


 そう言うと店長さんは右手を捻り何かのジェスチャー。ん? ドアノブ? レバータイプのではなく、名称はわからないが、丸いタイプのドアノブを捻るような仕草。どういう意味だろう。


「あの、それは?」


「あ、わからない?パチンコだよ、パチンコ」


 ああ、パチンコかぁ、それじゃあ、仕方ない……わけない!百歩譲って、私の面接に遅れるのはいいとしよう。だけど、店を放ってパチンコなんて、いくら自分の店だとしてもどうかしてる。


「あははは」


 本音を言えず私は苦笑い。


「パチンコに行くとさ、店を空ける事になるでしょ?その時にお客さんが来たら困るでしょ?」


「そう……ですね」


 実際、私も困りました。


「そこで店番のバイトが必要になったわけ!だから、助かったよ」


 店長さんがバイトを募集した経緯はわかった。だが、まだ聞きたい事はある。


「あの、店番は私、一人でですか?私、喫茶店で働くの初めてで……」


「大丈夫、大丈夫!この店、ほとんど客は来ないから!トーストとコーヒー淹れられれば問題ないよ」


 トーストとコーヒーかぁ、それくらいなら………と思ったが、かなり重要な不安要素が私の脳裏を(よぎ)った。その不安を解消するには失礼な質問をしなければならない。だが、雇う側に人材を選ぶ権利があるのならば、雇われる側にもそれを断る権利がある。私の不安が解消されなければ私はこのバイトを断る事になるだろう。失礼を承知で聞かせてもらいとしよう。


「あの、給料ってちゃんと払ってもらえるんですか?」


 働く以上、給料が支払われるのは当たり前だが、正直、ほとんど客が来ない店で、1日8時間、周5日勤務……給料を払ってもらえるかが気掛かりだ。


「ん?あー、心配ないよ!この店は夜が繁盛するから。ミチルちゃんが働く時間帯はぶっちゃけ言うとパチンコの休憩の為に開けといて欲しいだけなんだよ」


「は、はぁ」


 つまり、私は店長さんを接客させられるという事なのだろうか。


「大丈夫そうかい?」


「はい」


 不安は拭いきれないが、私はこの喫茶店で働く事になった。もし、給料未払いが1回でもあったら即辞めるつもりだ。


 次の日、朝9時半、私はパチンコ屋さんの前に居た。別に店長さんの影響でパチンコに興味を持った訳ではない。目的は店長さんから店の鍵を受け取る為だ。店長さんが言うにはパチンコは開店前から勝負が始まってるらしい。他にも開店前の列に並ぶ事に意味があるのだとか、よって、喫茶店の開店は私に任せるつもりらしい。


「平日の朝なのにこんなに人が並ぶんだ」


 私はその人の列から店長さんを探す。


「ミチルちゃーん、こっちこっち!」


 ちゃん付けはやめて欲しいと言ったと思うんだけどなぁ、恥ずかしさで私は(うつむ)きながら店長さんのもとへ。


「助かるよ、ミチルちゃん。店を頼むね」


「は、はい。それじゃあ」


 私は早歩きでその場を立ち去った。そして、店を開けて、とりあえず、掃き掃除、拭き掃除を始める。


「よし、掃除は終わり!」


 私はカウンターに入り客が来るのを待つ。11時、客は来ない。まぁ、店を開けて1時間くらいだし……12時、客は来ない。お昼時なんだけどなぁ……13時、客は来ない。ヒマだ……14時、カランカランと音が鳴り、ドアが開いた音がした。バイト初日の初めてのお客さんだ。


「いらっしゃいませ♪」


 私は笑顔でお客さんを迎えるとそこには……


「笑顔は満点だ!じゃあ、トーストとコーヒー頼むね」


 店長さんだった。


「……………」


 私が呆気に取られていると


「ほら!接客接客!」


「あ、はい」


 店長さんは客として来たのだと理解した。なんとも言えないガッカリ感を抱きつつトーストとコーヒーを店長の座るテーブルの上へ置く。


「トーストとコーヒーです。ご注文は以上でしょうか?」


「うん……60点」


 60点? なんのこと? トーストやコーヒーの味? いや、まだその二つには手を付けてない。この点数は私の接客の評価だろう。


「60点……ですか」


「うん、さっきのような笑顔であれば85点くらいだね」


「………店長さんはパチンコどうなんですか?」


 勝手に評価された事にイラッと来た私は仕返しを兼ねて、店長さんの近況を尋ねる。パチンコなんてギャンブル、負ける人の方が多いはずだ。


「んんん、ボチボチだな」


 仕返しはあまりうまくいかなかった。悔しい!


「トーストは80点、コーヒーは70点だな」


 私が作ったトーストを食べ、私が淹れたコーヒーを飲み、またしても点数をつける。どこからが高評価なのかわからない私はリアクションに困る。


「コーヒーは頑張らんとな!」


「はい」


 トーストは最低でも及第点なのだろう。コーヒーかぁ、難しそう。


「まぁ、大丈夫だよ!バイト中に好きなだけ練習しな!」


「いいんですか?」


「接客優先なのは忘れないでくれよ?」


 そう言い残し店長は店を出ていった……パチンコを打ちに行った。


 私は店長からの許しを得たので、その日以来、暇な時間はコーヒーの研究で時間を潰すようになった。もちろん、接客優先でだ。まぁ、二ヶ月働いて店長を除いた客は二桁にも届かない。来店した理由が空いてたからとか、道を聞くついでとか、挙げ句の果てに『ここ開いてるの初めて見た』と珍しさで訪れる客ばかりだ。


 そして、二ヶ月経てば店長からの評価も変わってくる。トーストは80点、これは私が何も努力してないから変わらない。コーヒーは90点、これは嬉しい。努力した甲斐があった。


 だが、謎なのは接客だ。接客の点数は95点と飛躍的に伸びた。しかし、それは一般の客に対しての評価だ。何故か店長を接客した時は70点と言われる。一般の客と同じように接客してるはずなのに……もしかして、店長は自分は雇い主だから、一般の客と同じ接客では満足してくれないのだろうか、それとも私は無意識に店長の接客だけ雑になっているのだろうか、こればかりは店長の匙加減なので私にはどうしようも出来ない。


「いらっしゃいませ♪」


 そんなある日、私の運命を変える女性が訪れた。もちろん、そんな事を知る由もない私は今まで来店した一般客と同じように接客する。


「空いてる席へ、どうぞ」


 『空いてる席へ、どうぞ』、自分で言ってて虚しくなる言葉だ。その言葉は空いてない席があってこその言葉なのだから、今度からは『お好きな席へ、どうぞ』にしようかな。


 女性が席に座ったのを確認し、私は女性のもとへ。


「ご注文が決まりましたら、お呼びください」


 といっても、この店のメニューはトースト、コーヒーしかない。まぁ、コーヒーはホットかアイスとブラックかカフェオレくらいの選択肢はある。これ、どうにかした方がいい気がするんだけどなぁ。


「あの、メニューってこれだけなんですか?」


 だよねぇ、そう思うよね。残念な事にこれだけなんだよ。


「あ、はい」


 申し訳なさそうに答えた。


「…………」


 メニューに集中してる? 迷う程、多くないと思うんだけどなぁ。私は邪魔にならないようにその場から離れた。


 その女性を離れた場所から観察してると、目を細めメニューを睨み付ける。もしかして、せっかく一休みしようと思って入った喫茶店のメニューの少なさに怒ってらっしゃる?


 次に女性は斜め上辺り、何もない宙を見つめてる。もしかして、ここに来る前に見掛けた別の喫茶店に入るべきだったと後悔してらっしゃる?


 次は眉間に人指し指を当て、まさに悩んでるようなポーズ。これは、やっぱ店を出ようか迷ってらっしゃる? 


 これはマズイ! なんとかしなければ! コーヒーは多少自信がある。今、この場で成長しなければならないのはトーストだ。ただただシンプルに味付けもしてないトーストは言わば()(しろ)(かたまり)だ。だが、今、この店にはトーストに塗るようなジャムなどはない。コーヒーと食パン以外にあるのは夜の営業用のアルコール類とおつまみなどだ。私は今まで無いから仕方ないと思考停止してたが、今、この瞬間変わらなければならないと思った。


「あの、少し待っててもらってもいいですか?」


「え?あ、はい」


 私はお客さんを残したまま店から飛び出した。向かう先は近くのスーパー。入店した私は迷う事なく目的の場所へ。


「いちご、ブルーベリー……」


 目的はジャム。私はあの女性が好みそうなジャムを選ぶが、初対面でわかるはずもない。


「んー、仕方ない……全部買おう」


 私は各種一つずつカゴに入れ、そのままレジへ。


「お待たせしました!」


 店に戻った私はジャムのコンプリートセットをお客さんの座るテーブルの上に置いていく。


「あの、これ何ですか?」


「え?あ、わかりません!」


 そうだ、バイトの分際で私は何をしてるんだ。そもそも、お客さんがトーストの味の種類を求めてたかどうかすらわからないというのに、しかも店番まで任せてしまった。


「申し訳ありませんでした!」


「ふふ、ふふふ♪このジャム使っていいんですか?」


「あ、はい!」


 私の勝手な行動も女性の笑顔で報われた気がした。


「えーと、ご注文はトーストセットにしますか?」


「はい♪それでお願いします」


「コーヒーはどうしますか?ブラックかカフェオレ、ホットかアイスが選べますが」


「じゃあ、カフェオレのアイスお願いします」


「ご注文承りました。少々、お待ちください」


 私はこれ以上、待たせる訳にはいかないと思い素早く行動するが、私がどんなに急いでもトーストを作るにはどうしても時間が掛かる。それほど長い時間ではないが、煩わしい。


 チーン


 出来上がった! 私は勢いよくオーブンを開けトーストを取り出し皿に乗せカフェオレと一緒にお客さんのテーブルへ。


「お待たせしました!トーストセットです!」


「ふふふ♪私、そんなに急いでないから大丈夫ですよ」


「あ、いえ、でも」


「スプーンありますか?」


「あ、そうですよね!少々、お待ちください」


 私は何をやってるんだ。ジャムを塗る為にはスプーンが必要なのは当たり前だというのに……また、お客さんを待たせる事になってしまった。


「お客様、スプーンをお持ちしました」


「ありがとうございます♪」


 何度も待たされて、なんでこんなに機嫌が良いんだろう……もしかして、ダメダメな私を気遣ってる? なんて優しいんだろう。お客様の鑑だ。


「美味しかったです。ご馳走様でした」


「ありがとうございます!またお越しください!」


 お客様は支払いを済ませ店から出ていった……支払いを済ませ……………しまった! あんなに迷惑かけたのにお金を払わせてしまった。お詫びのタイミングを完全に逃してしまった。こんな店には二度と来ないよね……ホント、私のバカ。


 次の日、私はあの女性にお詫びが出来ないまま人生を終えるのだろうと大袈裟に悩んでいると


 カランカラン


「いらっしゃいませ、お好きな席へ、どうぞ」


 今日からは『お好きな席へ、どうぞ』に変更だ。


「ご注文はお決まり…で……」


 私は少し言葉を詰まらせた。


「トーストセットお願いします♪カフェオレ、アイスで」


 来店した客は昨日、迷惑をかけた女性だった。


「あ、昨日の!」


「また来ちゃいました♪」


 こんな機嫌良さそうに来店した客はこの女性が初めてだ。


「昨日は失礼しました!」


「え!なんで謝るんですか!?」


「昨日、迷惑かけたのにお詫びのひとつも出来なかったので」


「私は気にしてないので気にしないでください」


 そんなわけにはいかない。私なりのお詫びはすでに考えてある。


「今日のご注文は私の(おご)りにさせてください!」


 ありきたりだが、これが私に出来る限界だ。


「………じゃあ、お言葉に甘えます♪」


「ありがとうございます!」


 昨日同様にお客様にトーストセットを準備する。昨日と違うのは心に余裕がある所だ。急ぐ必要はない。美味しいコーヒーとトーストを提供するだけだ。


「どうぞ、トーストセットです」


「ありがとうございます………」


 トーストセットはすでにお客様の前にあるのに、お客様はなぜか私の顔を見つめトーストセットに手を付ける様子がない。


「お客様、どうされました?」


「昨日のジャムは無いんですか?」


「あ!少々、お待ちください」


 ジャムを求めていたのか。私は戸棚から昨日買ったジャムコンプリートセットをお膳に乗せお客様のもとへ戻る。


「こちらです。どれにいたしましょうか?」


「う~ん、マーマレードで」


「かしこまりました」


 お客様、ご所望のマーマレードジャムの瓶をテーブルの上に置いた。


「ご用がありましたら、いつでもお声を掛けてください」


 その場から離れようとすると


「あの!」


 お客様に呼び止められた。


「はい、なんでしょうか?」


「その大量のジャムって私のせい……ですよね?」


 大量のジャム……今、私がお膳で運んでいるジャム。昨日、お客様を満足させる為に買ったジャムだ。


「いえ!お客様のせいなんかじゃないです!まともなメニューが無い、この店のせいです」


「メニューの数は少ないですけど、良いお店だと思いますよ。客が少なくて落ち着きますし」


「客が少ないんじゃなくて、ほとんど来ないんですけどね………あはは」


「じゃあ、これから毎日来てもいいですか?」


 このお客様は何を言ってるんだ。こんな店に毎日? 何か理由でもあるのだろうか


「構いませんけど、どうして?」


「んー、コーヒー美味しいですし、それにそのジャム、私が責任持って使い切ります………それと喋り相手とか……ダメですか?」


 ジャムに関しては責任を感じる必要ないのに、それに喋り相手か、まぁ、ほぼ休憩のようなバイト時間だしいいかな。


「私で良ければ喜んで、それとジャムが無くなりそうになったら、また補充しますね」


 私なりのジョークだ。


「ふふふ♪この店から抜け出せなくなりそうです♪」


 一気に距離を詰めすぎたかと思ったが、私のジョークに笑ってくれた。


「あの……名前を聞いてもいいですか?私はサキって言います」


 名前か……喋り相手になるんだから、お互い知っておかないと不便だよね。


「私はミチルです」


「ミチルさんですね。覚えました。明日からよろしくお願いします♪」


「はい、こちらこそ♪」


 明日から? 今日はお喋りする気はないという事なのかな? 疑問に思っているとサキさんは黙々とトーストを食べカフェオレを飲み干した。


「今日はミチルさんの奢りなんですよね?」


「あ、はい!」


「それじゃあ、ご馳走さまでした♪」


 サキさんは立ち上がり出口へ。そのまま店を出るのかと思ったら出口前で止まり


「そういえば、ミチルさんはどの時間帯に居るんですか?」


「私は平日10時から18時なら毎日居ますよ」


「わかりました、それじゃ♪」


 そう言って手を振りサキさんは店から出て行った。


 驚くことにサキさんは次の日からホントに毎日店へ訪れた。私は店員として喋り相手に………いや、逆かもしれない。サキさんは毎日退屈な私の喋り相手になってくれていた。


 日を重ねる内に私はサキさんの異変に気づく。それは時折、ボーッとして上の空の時がある。しばらく、放っておくと深刻そうな顔をする。その顔を見ると悩み相談に乗ってあげたくなるが、ただの喋り相手の分際で出しゃばり過ぎだと思った。


 その光景を見慣れてから数日。


「……………」


 今日も悩んでるなぁ、心なしか、いつも以上に思い詰めてる気がする。やっぱり、聞いた方がいいのかな?


 ガタンッ


「サキさん!?」


 サキさんがいきなり立ち上がり、その拍子でイスが倒れた。思わず私も立ち上がっていた。


「あの!大事な話があります!」


「はい!」


 サキさんの真剣な表情に私は大声で返事をした。どうしたのだろう、『大事な話』って言ってたけど……もしかして、明日からもうこの店には来ないって言うんじゃ!


「あの!私、ミチルさんの事が好きです!」


 いつもの機嫌の良い口調ではなく気合いの入った口調のサキさん。私の事が好き? 私もサキさんの事はどちらかと言うと好き……だけど、大事な話と言う程の事ではない気がする。


「え?………えーと……」


「私と付き合ってください………私の恋人になってください!」


 付き合う? 恋人? 大事な話とはこれの事か。たしかに大事な話だ。サキさんが今やってる事は愛の告白だ。それは結果はどうあれ、個人と個人の関係性が大きく変化してしまう大事な、大事な行為。


 だけど、私の性別は女性。心も体も女性だ。サキさんはどうなんだろう?


「サキさんは女の人……ですよね?」


「はい、女性として女性のあなたが好きです!」


 そうか……同性愛者ってやつか。でも、私にはあまり関係ない。


「ごめん……私、あまり恋愛に興味ないんだよね」


 サキさんの告白に私は本音で答えた。


「興味……ですか?」


「うん、私ね、男の人と何回か付き合った事あるんだけど、キスしてもドキドキした事ないんだよね。だから、サキさんが女の人だからとか関係無く付き合えない……付き合ったとしても上手くいかないと思う」


 そう、私は男性との交際経験が何回かある。何回かっていうのは正直言うと記憶に残るような思い出が無いからだ。確実に言えるのは2回以上。だけど、付き合ってきた男性とキスまでいっても、それ以上に発展する事はなかった。


 その経験が続き私は恋愛から興味が無くなった。下手したら元からだったのかもしれない。


「なら、いいですよね?」


 『いいですよね?』、何が? サキさんは少し怒ったような覚悟を決めたような表情で私に詰め寄って来た。その圧に怯み私は足がもつれ倒れそうになる。その状態の私にサキさんは抱きつき二人一緒に倒れてしまった。


「ん!?」


 仰向けで床に倒れた私にサキさんは覆い被さるように倒れ込む。その拍子で私とサキさんの唇は密着していた。いや、違う、サキさんは自ら私の唇に自分の唇を重ねている。なぜか、私は抵抗出来なかった、しなかった……受け入れていた


 しばらくするとサキさんは上半身を起こし私達の唇と唇は離れた。顔が離れた事で表情を確認する事が出来た。その表情は失恋した女性の表情とは少し違い、悲しみを感じるもののどこかスッキリした表情にも見えた。


「迷惑かけて……ごめんなさい。明日からは来ないので」


「待って!」


 立ち上がろうとするサキさんの腕を掴み呼び止める。ここで止めなければ二度と会えなくなる。私は暇なバイト時間の喋り相手がいなくなるのが、嫌で止めた訳じゃない。


 私は私の想いを伝えたくなったのだ。その想いは前々からあるものではない。最近……たった今、芽生えた想いだ。それを伝える為にサキさんの手を私の左胸に押し当てる。


「ミチルさん?」


「サキさん……私、ドキドキしてる。私、サキさんの事……ん、んん」


 私の想いを全て伝える前にまたサキさんはキスをした。そして、すぐに離れると


「ミチルさん、私の恋人になってください!」


 またサキさんに告白された。たった数分で同じ人に二度も告白された。一度目は断ったが、二度目の私の返事は


「お願い……します」


 たった数分で私の返事は変わっていた。サキさんの影響だろう。それに体が暑い。病気なんじゃないかと思う程、胸の鼓動も速い。今まで付き合ってきた男性とはこんな風になった事なんてない。


 ただのキスが、これほど刺激的だと感じた事はない。


「サキさん!」


 その刺激を求めサキさんの体を引き寄せて今度は私からキスをする。どれくらいの時間、そうしていたかはわからない。それほどサキさんに夢中でキスしていた。


「これからも店に来てくれますか?」


 少し満足した私は理性を取り戻しサキさんに尋ねる。


「もちろんです♪」


 次の日から私とサキさんの関係は大幅に変わった。まずはお互い呼び捨てで呼ぶように。これはサキさんからの……サキからの提案だ。そして、昨日の出来事が現実だった事を確かめるように何度もキスをした。


 それからは付き合い始めのぎこちなさも無くなり、外でデートにも挑戦した。女性同士という事もあり私は周りの視線を警戒していたが、サキが私の手を握り締める度に警戒心が緩和されていった。


 そんなある日


「ミチル、今度、会ってもらいたい人がいるんだけど」


「え!?」


 この流れってご両親に会いに行くやつだよね。ど、ど、どうしよう、こんな私を受け入れてもらえるのだろうか。正直、このイベントは避けたい。でも、サキとの恋愛は遊びのつもりはないし、ちゃんと答えてあげたい………でも……


「ミチル?」


「待って待って!ご両親への挨拶なら、ちゃんとした服を用意しないといけないし、他にも……」


「ふふふ♪会ってもらうのは私の先輩だよ」


 なんだ、先輩か。何度か話で聞いた事はあるけど、どんな人なんだろう。


「先輩さんかぁ」


「いや?」


「そうじゃないけど、ちょっと怖いかな」


「大丈夫!良い人だから」


 サキは私の手を握る。


「うん、わかった」


 私が迷ったり悩んだりするとサキは私の手を握る。不思議だけど、優しい言葉以上にその行為は私を安心させてくれる。


 そして、しばらくすると先輩さんに会う日が決まり、当日を迎えた。


 実は私は車の免許を持っている。ちなみに車もだ。サキの道案内で運転中、雑に『この道を真っ直ぐ』と言われてから、10分。


「ねぇ、この道で合ってる?ねぇ、聞いてる?」


 珍しく会話がなく不安になった私は助手席のサキに尋ねる。

 

「え?あ、うん。合ってるよ」


 なんか、上の空だったなぁ。考え事してるのかな? 


「あ!こっちのアパート!」


「え!?ちょっとぉ、そういうのは手前で言ってよね」


 サキの事を気にかけていると目的地を通り過ぎてしまった。私のせいじゃない。道案内のせいだ。仕方なく引き返し無事に目的地に到着。


「車どこに停めればいい?」


 アパートの駐車場に停める訳にはいかないし、とりあえず、ここに何度も来てるであろうサキに尋ねる。


「んー、空いてるトコでいいんじゃない?」


 なんてテキトーなんだ、私の恋人は。なんてマナー違反なんだ、私の恋人は。


「途中でコインパーキング見掛けたから、そこに停めてくる」


「ま~じめ~」


 真面目で何が悪い。苦労はするけどトラブルを防ぐ為の私なりの処世術だ。だいたい、サキがテキトーなんだよ。おっと、愚痴は心の中に留めておくとしよう。


「降りろ」


「え?」


「降ーりーろ!」


 私はサキを車内から出るよう追い立てる。


「そこで待ってろ!」


 サキを置き去りにし車を走らせた。


 今日の私は緊張のせいか、なんか変だ。サキに意地悪してしまった、それに命令口調なんて滅多にしない。まぁ、置き去りにしたのは気遣いでもあるが、命令口調は反省しなくちゃ。


 車を停めた私は徒歩でサキを置いていった場所を目指す。サキの姿が見え手を振ろうとした矢先。


「おーそーい!」


 そんなに待ってないはずだ。ただのじゃれ合いのつもりで言ったのだろう。


「やっぱ帰る」


 それに対して冗談で返す。一応、冗談ではあるが、帰りたいとは思っている。


「あー、ごめん!冗談だから」


「こっちも冗談♪」


 私の腕を引っ張るサキに笑顔で返した。バカップルと言われるかもしれないが、私はこういうやりとりが好きだ。


「…………」


 サキが私の顔を見つめフリーズしてる。また何か考え事してるのだろうか。現実に戻してあげなくては、それに目的の先輩さんの部屋わからないし。


「サキ?」


「え?」


「行かないの?私、部屋わからないよ」


「そうだね、行こ♪」


 現実に戻ったサキは私の手を握り歩き出す。


「緊張してる?」


「そりゃあ、多少はするよ」


 嘘だ。強がりだ。かなり緊張してる。いろいろ何か言われるんじゃないかと不安だ。


「大丈夫だよ!私達の関係を知ってるし、それに私達の恋のキューピットなんだから」


 サキは緊張する私の手を強く握る。なんなんだろう、この手は。なぜ握ってるだけなのにこんなにも勇気づけられるのだろう。


 そんな事を考えているとサキは立ち止まる。目的の先輩さんの部屋に着いたみたいだ。


 サキがインターホンを押し、少しするとドアが開いた。遂に私は先輩さんと対面する。


「一週間ぶりね、サキ」


「一週間ぶりですね、先輩♪」


 なんだろう、モヤモヤする。サキが私以外の人に愛想を振り撒いている事に言い表せない気持ちを抱えていると


「その人が?」


 先輩さんは一瞬、チラッと私を見てサキに尋ねる。


「はい♪」


「んーと、彼女さん?彼氏さん?」


 先輩さんは私を見て尋ねた。私も考えた事なかった。私は彼女? 彼氏? どっちなんだろう。


「先輩、そういうのセクハラ、モラハラですよ」


 いいんだよ、サキ。この質問は重要な事だから。先輩さんの質問がなければ考える機会もなかったかもしれない。私は彼女なのか、彼氏なのか、サキは彼女なのか、彼氏なのか……答えはサキと付き合った時から決まっている。


「恋人です!」


 ハッキリと断言した。私達は性別を超越した関係だから、彼女だの彼氏だのは質問自体がナンセンス………などと大層な事を言うつもりはない。ただ私はサキの恋人なのだ。


「今日は私の親友とその親友の大切な人が来るって聞いてたから、曖昧に答えてたら追い返してた所よ。どうぞ、歓迎するわ」


 よかった。とりあえず、歓迎してくれた。


「勝手に寛いでぇ」


 私とサキさんは部屋に上がり、テーブルの前で腰を下ろした。


「私、ブラックだけど、ミルクと砂糖いる?」


「私はブラックで大丈夫です」


 あれ? サキは何も言わないのかな? サキはブラック飲まないはずだけど、私が代わりに伝えた方がいいかな。


「はい、これはサキ、あんたのよ」


 迷っていたらサキの分のコーヒーを先輩さんが渡す。チラッと中が見えたけど、茶色く濁っていた。先輩さんはサキの好みは把握済みという訳だ。私より、付き合いが長いのだから当然か。


「これはミチルさんの」


 まだ少し緊張してるせいか先輩さんから手渡されたマグカップを無言で受け取ってしまった。


「………」


「………」


 どうしよう、何を話せばいいのかわからない。サキ、何か喋ってよ。


「………ズズーッ」


 助けるつもりはないんだね。付き合う前はわからなかったけど、サキには少々、Sっ気があるらしい。これもそういう事だろう。自分でなんとかしなきゃ……


「あの!初めまして!私はミチルって言います!」


 自己紹介をしてしまった。一応、今日が初対面だから問題はないだろう。


「うん、サキからいろいろ聞いてるわ」


「いろいろって?」


 そう聞かずにはいられなかった。というか、大体の人は私と同じように聞いてしまうのではないだろうか。


「いろいろはいろいろよ。ファーストキスの話とか、苦手な物とか、他にも……」


「あーーー、いいです!言わなくていいです!」


 どの道、サキが話してるから制止する意味はないかもしれないが、ファーストキスの話は私にとって苦い思い出で、話題に挙げて欲しくない。


 先輩さんの人柄のおかげで、その後はだいぶリラックスした状態で会話が弾んだ。特に共通の話題としてサキのおもしろ話は盛り上がった。


「ふぅ、恋人相手にも同じような事やってるのね。サキ」


「え?えへへ」


「それで?今日は私に恋人を紹介しに来ただけじゃないんでしょ?」


「え!?そうなの?」


 私は何も聞いてないよ。


「うん、まずは先輩に見せなきゃいけないから……とりあえず、ミチル。こっち見て目を瞑って」


「う、うん」


 サキのSっ気と真剣な表情に私は戸惑いながら言うことを聞く。ていうか、なんで先輩さんはサキが何か隠していたのがわかったの? これも付き合いの長さ? それにサキは今から何をする気なの?


 サキが何をしようとしてるかわからないが、私の胸の鼓動は速くなっていた。


「ん!んんん!?」


 突然、私の唇は何かに塞がれた。唇の感触で塞いでいるものの正体はわかった。それは私の大好きなものだ。私はそれが唇に触れる度に胸の鼓動が速くなる。飽きる事のない刺激。私がサキと付き合うキッカケにもなったもの……いや、行為。先輩さんが居る前でサキは私にキスをした。


「ちょ、サキ!どうし……んんん」


 思わず突き離したが、サキはすぐさま私を抱き締めて私は身動きがとれなくなった。しかも私の後頭部を押さえつけ強引なキスを継続。


「んん、ふー……ふー…んんん」


 どれくらいの時間そうしていたのかわからない。それくらい刺激的で何も考えられなかった。気がつけば、サキの腕から解放されていた。もっとして欲しかった。もっと、もっと、もっと…………違う! 私は何を考えているんだ! 先輩さんが居るというのに………二人っきりなら、さっきの続きをしたいな。


「ミチル!ミチル!」


「え!あ、はい!」


 サキの呼びかけで私は正気に戻った。


「ごめんね、いきなり」


「ううん、気にしてないよ。先輩さんとの話は終わったの?」


「終わったよ♪」


 何を話してたのか全く耳に入らなかったけど、上機嫌なサキを見れば良い結果だったのがわかる。


「ボーッとしてたけど、そんなにサキのキスがよかったの?」


 先輩さんがからかうような口調で尋ねてきた。


「恥ずかしいから聞かないでください!」


 そうだ、先輩さんはさっきのキスを見ていたんだ。恥ずかしい。


「ふふ♪あんた達がどんなにアブノーマルな趣味でも私はあんた達の味方よ。だから、恥ずかしがらないで大丈夫よ」


 アブノーマルって……あのキスは普段はやってないです。でも、サキが求めるなら………私ってMなのかなぁ。


「やったね!ミチル。先輩は最高の味方だよ♪」


 最高の味方かぁ、先輩さんには悪いけど私はサキが居れば十分だよ。だって……


「サキ、手を握ってくれる」


「え?いいよ」


 サキの柔らかい手が私の手を包む。これだ、この手がいつも私を落ち着かせてくれる。不安な時もその手で触れてくれれば安心するし勇気が出る。でもね、不思議な事に凄く勇気が出るのにサキから離れると、あっという間に効力がなくなるんだ。だからね、これからも私の側に居て欲しい。私の恋人、サキ。

 最後まで呼んでくださり感謝です!【私の】シリーズ3作目のミチル視点の話でした♪サキは同性愛、先輩は弟LOVE、ミチルは恋愛に興味がない。三人共、それぞれの恋愛事情でした。いま思えばミチルは一番の勝ち組かもですね。そして、完結編に着手しようと思います!楽しみに待って頂けると幸いです。 ではでは

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