その17
のりから急なバイトに誘われためるだった。
「ねえ、める、明日と明後日の土日なんだけど…ほんの3時間ぐらいだと思うんだけどね、一緒にバイトしない?何にも用事とかなかったらって話なんだけどね…どうかなあ?急な話で申し訳ないんだけどさ…。」
「うん、いいよ!テストも無事に終わったし、特に用事ってないから、いいっちゃいいけど…バイト、って…どんな感じの?難しい?あたしにも出来る様な?」
「ああ、簡単!簡単!売り子!売り子!」
「売り子?なんの?」
「え〜とね、え〜と…その…キャラクター…の…グッズ販売なんだよね…。」
「へ〜え…え、どんなキャラクター?」
「あ…その…パ…。」
「パ?」
「パパの…。」
「へ?パパ?パパって?え?ごめん…ちょっと、わかんないや…ちゃんと教えてもらえる?」
「うん、わかった…パパのキャラクターなの…よ。」
「ん?え?のりのパパさん、の?キャラ?え?どういうこと?」
「え〜とね…詳しく説明すると…あ、先に言っとくけど、ちょっと長くなるよ!それでもいい?」
「え、あ、うん…いいよ!聞く!聞く!」
「明日と明後日の土日ね、南町の町内会のお祭りなんだよね…そこにさ、うちのパパ達、呼ばれてさ…プロレスすることになっちゃったの…それと言うのも、この間のお寺のチャリティーイベントのやつ、見に来てた人が南町町内会の役員やってる人でさ、今度自分とこでやるお祭りでぜひやってもらえないかって…それはそれで普通にいいですよ!ってなったんだけどね…他のレスラーさん達も…で、それとは別に…この間のお寺の時に、違うお客さんからなんかグッズとか売ってないの?みたいなこと言われたんだって…プロレスラーの…でね、どうも、そのお客さんの子供が、うちのパパの、ブブブ.ザ.デーモンが特に気に入っちゃったらしくてさあ…。」
「へ〜…あ〜、なんか、でも、ちょっとわかるなあ…ブブブ.ザ.デーモン、ちびっ子達に大人気だったもんねえ…。」
「そうなの…あれがデビュー戦だってのに、ちょっと人気出ちゃったもんだからさあ…パパ、調子こいちゃって…そんで…。」
「それでどうしたの?」
「グッズ作っちゃったの…。」
「え?嘘っ?えっ?どんな?」
「こんなの…。」
のりからスマホで見せてもらった写真には、「ブブブ.ザ.デーモン」の可愛いイラストが描かれたTシャツと、ミニタオルと、エコバッグ。
「ブブブ.ザ.デーモン」の体は横向きだけど、顔だけ正面を向いていて、見えない側の右手をチラッと出して、こちらに向かって親指を立てたグーサインを出している。
丈の短いTシャツからへそをペロッと覗かせて、膝上丈の短パンのお尻の部分から漫画の吹き出しの様なのが小さく出ている。
そこにはひらがなで「ぶ」と。
顔は当然、あの手作りのフルフェイスマスク。
「わあ…可愛い…。」
思わず本音が漏れた。
「え…そ、そう?可愛い?可愛い…ん〜…可愛い…のか?ん〜…。」
のりは「可愛い」って言葉が引っかかるようだ。
でも、私は素直に可愛いって思った。
「ねえ、これ、誰が描いたの?どっかに頼んだとか?」
「…あ〜…え〜とね、ママが描いたの…。」
「え?そ!そうなの!」
「あ〜…めるには言ってなかったね、ごめん…。」
「へ?なんのこと?」
「うちのママ…あれでも、一応、イラストレーターなの…プロの…でも、全然仕事ないみたいだけど…。」
「ええーっ!そうだったんだあ〜!えー、すごいじゃん!」
そう言いながら、私は妙に腑に落ちた。
出会った幼稚園の頃から、のりの持ち物には名前の横に必ず、小さくマジックで可愛い絵が描いてあって、それは同じ物を使っているかもしれない他の子が、のりの物と間違ったら困るから、ママが勝手に描いてるって言ってたっけ。
妙に上手だなあとは思ってたけど…なるほど!そういうことか!
「ああ、そうそう、でね、話続けるけど、大丈夫?」
「うん、全然!全然!続けて続けて!聞きたい!聞きたい!」
「で、これらのグッズ販売のブース…って言っても、なんかでっかいゴザってのか、ブルーシートみたいなのを敷いて、そこにお店広げるって感じなんだって。フリマも同時にやるらしいから、その一角でって感じじゃないかな?」
「へ〜…で、その売り子のバイトってことね!ラジャー!ラジャー!」
「あたしとママと優馬と、本当はママの友達の人が助っ人に来てくれる予定だったんだけど…急なお葬式が入っちゃったって…それで、やむなく…。」
「お葬式じゃあ、しょうがないよねえ。」
「でさ…売り子もそうなんだけど…搬入ってのか、お店作りとかも、ちょっと手伝ってもらうけど…ごめんね。」
「そんな、全然大丈夫!全然大丈夫!」
「ありがとう!ちゃんと日当出るから!」
「え!」
「そらそうだよ!バイトだもん!日当5千円にランチ付きだよ!」
「わあ〜!やった〜!頑張る!」
「お願いしま〜す!…ところで、めるは白いのと、黒いの、どっちがいい?」
「へ?なんの?」
「あ、これ…明日、着るTシャツの…。」
「え!これ?」
「そう…明日ね、みんなでこれ着て売ろうって…。」
「え…でも…これって…2500円も…。」
「ああ…大丈夫!大丈夫!Tシャツも付いて…だから…日当、ランチ、Tシャツとミニタオルとエコバッグ付きのバイトだから!」
「えっ!もらえるの?いいの?売り物なのに…。」
「いいの!いいの!だって、いっぱいあんだもん!」
「え、どれぐらい?」
「え〜とね、Tシャツは白と黒50枚づつでしょ、ミニタオルとエコバッグはそれぞれ100枚づつ作ったんだって…。」
「す、すごいね…。」
「でしょ…なんかさ、パパも、ママも…いや、どっちかっつったらママの方が強いか…すんごい乗り気なの!ノリノリなの!これが上手くいけば…どっかから仕事の依頼が来るかもしれないとかさ、グッズが飛ぶ様に売れちゃうとか…そういうの考えてるみたい…だから、あたしも優馬も、ちょっと作り過ぎじゃない?って思ってんだけど…ママがさ、今、攻めなくていつ攻めるの!攻めるなら今でしょ!って…身振り手振りで…鼻息荒くして…。」
「そうなんだあ…じゃあ…明日と明後日、頑張らなくちゃね!」
バイトかあ…生まれて初めてのアルバイト。
前は高校生になったらやってみたい!って、強めに思ってた時期もあったな。
それがこんな形で実現できるなんて。
少しくすぐったい様な気分だった。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。