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(7)姫君は竜に手渡す

 竜競べの当日。指定されていた待ち合わせ場所に向かうと、すまし顔のステファニーに伯父が声をかけてきた。


「おや、ステファニー。きちんと竜を準備できたようだね」

「ええ、ありがたいことにご縁がありまして」

「てっきり君が竜に乗れずに終わってしまうのだと思っていたけれど、安心したよ。せっかくの竜競べだ。楽しもうじゃないか」

「竜競べは、王城内ではなく市街を回るコースにしたのですね」

「せっかくだからみんなに楽しんでもらうのがよいだろう?当事者以外にしてみれば、滅多にない竜競べは祭りと同じだからね。見てごらん、市中には屋台がずらりと並んでいるよ」


 ステファニーが不戦敗を申し出てくるとでも思っていたのか、いつもよりも少しだけ口数が多い。ほんの一瞬隠し切れなかった驚きと直後の不愉快そうな表情を思い出し、彼女はこっそり肩をすくめた。


(花の(かんばせ)なんて言われている伯父さまがあんな渋い顔を見せるなんて、よっぽど予想外だったということかしら)


 少なくとも伯父はステファニーに密偵をつけていたのだろう。そして王城で管理する竜に威嚇され、騎乗するべき竜を決められなかったあげくすごすごと部屋に引き下がった後は、一切外に出る様子もなかったことが報告されているはずだ。その時点で伯父は、彼女の不戦敗を確信していたに違いない。そうでなければ、竜競べを城下にまで知らせる必要はなかったのだから。


「弟君は、今日も寝台の上かい。姉君が自分のために体を張っているというのにその勇姿を見届けることすらしないとは、まったく軟弱で嘆かわしい。君のことが不憫になってくるよ」

「私が好きでやっていることですから、お構いなく」


(緊張して吐きそうなのは私だけのようね)


 そもそも竜競べを行うほどの争いがあるだなんて、王家の恥にもなりかねない。それにも関わらず一般市民にまで広くこの件を周知させているのだから、絶対の自信があったらしい。竜競べを申し込んだが勝負すらできなかった愚かな王女とステファニーを晒し者にすることで、自分の正当性を主張するつもりだったのだろう。


(なんと意地の悪いこと)


 ステファニーが竜を得ていたことを知らず、後ほど伯父に叱責されるであろう間諜たちのことを考えると哀れに思わないこともないが、それはそれこれはこれ。実際、この勝負で勝つことができなければ、弟は王位継承権を取り戻すことなく静養という形でどこかに追いやられてしまうのだから。


「城の正門を出発し、城下町の方向から一気に丘の上の神殿まで駆け上がる。神殿前で神官長さまに確認をいただき、再び城まで戻ってくるということですね」


 神殿は龍神を祀っている。竜競べの経路に入るのは当然のことに思われた。ステファニーが経路の確認をしていると、伯父が周囲に向かって声を張り上げる。


「ステファニーも竜を連れてこれたようだし、さあ竜競べを始めようか」


 伯父の言葉に、王女は眉をひそめた。


「伯父さま、なぜ従兄弟殿が観客席ではなくここにいるのですか。竜競べの参加者以外は、ここへの立ち入りは禁止されているはずです」

「ステファニーがちゃんと竜競べに出ると聞いた我が息子が、ぜひ自分も参加したいと言い出してね。飛び入り参加だが、構わないだろう?」


(問題ありすぎです!)


 だがここで指摘したところで伯父も、そしてへらへらと笑い続ける従兄弟も聞く耳を持たないに違いない。それに彼女には、もうひとつ確かめたいことがあった。


「伯父さまそれに従兄弟殿のお召し物が、竜競べにはふさわしくないように見えますが……」

「ああ、今回竜に乗るのはわたしたちではないからね。ステファニー、知っているかい。()()()()()に限り、竜競べにおいて代理人を選ぶことができるんだよ。国家間の戦争の代わりに竜競べをするための抜け穴なんだろうねえ」


 自らを国王、息子を王太子と言ってのける伯父の姿に、ステファニーは怒りを抑えるのに苦労する。その上、王族以外は乗れないと言われている竜だが、王族の血を少しでも受けついだ代理人ともなると意外な人物が出てくるものだ。


 竜にまたがる騎士たちの姿を見て、王女はため息をついた。もはやなりふり構わず、彼らはステファニーを潰すつもりらしい。彼女の様子に気がついたエルヴィスが、そっと頭をこすりつけてくる。


「なるほど、お前の伯父とやらはとんでもない人物のようだ」

「あらエルヴィスったら、今さらね」

「ならば、遠慮は無用だな。早駆けだけで勝負をつけるつもりだったが、少しばかり驚かせてやろう」


 エルヴィスはどこか楽しそうに瞳をきらめかせていた。一世一代の大舞台だというのにどこか余裕すら感じられる竜の様子に、ステファニーも調子を取り戻す。こっそり準備しておいた竜への贈り物を取り出した。


「そうだ、エルヴィス。出発前にこれをつけて」

「……これは?」

「私の服に刺繍をしたでしょう? 同じものをこのレースにも刺繍したのよ。あなたの首にぐるりと巻ける長さでチョーカーとして作ったから。はい、これでお揃いね」


 ところがエルヴィスからの返事はない。何を言われているのかさっぱりわからないとでも言いたげな顔で、大きな瞳をさらにまんまるにしている。


「やだ、刺繍が下手くそだからってそんなに不満? それとも犬や猫じゃあるまいし、首輪みたいで嫌だとか?」

「……いや、そういう意味ではないが……」

「じゃあ、いいでしょ。巻いてあげるから、ほら、早くしないと竜競べが始まっちゃうわ」


 なんとも神妙な顔をするエルヴィスのことなど気にも留めずに、王女はにこやかにお手製のチョーカーを竜の首につけてやった。

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