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(2)姫君は竜を求める

 竜(くら)べは、古くから伝わる神聖なる儀式だ。複数の竜で速駆けをし、指定された経路を辿り、先にゴールに到着した者が勝つという極めて単純なものである。勝敗は絶対で、敗者は勝者に従わねばならない。それがなぜ国家の命運を賭けるような場面で用いられることになったのか。それはこの世界の成り立ちにまで遡る。


 この世界は、龍神によって創られたと言われている。しかし神はこの世界にとどまることを望まず、遠き空の上から見守ることを選ばれたらしい。とはいえ人々は弱く、また愚かであり、神の御手から離れると同時に、すぐに争い滅びの道を歩み始めてしまう。それを嘆いた龍神がこの世界に遣わせたのが龍人と竜である。


 龍人も竜も、龍神のお姿に似せて作られたのだそうだ。龍人は龍神の手足として、竜は龍神の目として働くために。龍人は龍皇国を建て、各王国に自治を認めつつ世界の導き手として今なお君臨している。一方の竜は、龍皇国から預かるという形で各国でお世話をされている。竜を悲しませることは、龍神を悲しませること。竜に見せられないような行いは、決してしてはならない。ある種の戒めとして、竜の預かりは機能しているのだった。


 とはいえ、同じ神を信仰しているとはいえすべての王国の関係が良好であるということはない。そのため戦争を回避するために、竜競べで白黒つけるようになっていった。龍神の遣いである竜は血を忌み嫌うと言われていて、同じ竜を預かる者同士、戦ではない決着の付け方をする必要があったのだろう。


 しかし近年では竜競べは滅多に行われることがなくなっていた。政治的な解決方法が優先されるようになってきたことが一番の理由だ。それにそもそも竜に乗るためには王族の血を引いていなければならないが、尊い血筋になればなるほど危険からは遠ざけられてゆく。廃れてしまうのも無理はない話だった。


(力のない私には、竜競べで神のご意思に委ねるよりほかに方法がない)


「何を言い出すかと思えば。ステファニー、君はまったく面白い。構わないよ。専用の服を用意するから、君が着替え終わったら竜を見にいこうか。ドレスのままでは、下穿きが丸見えになってしまうからね」


 あっさりとステファニーの要求を吞んだ伯父は、早速彼女のために服を手配してくれた。着替えのためにステファニーにつけられ侍女は、腕が良いらしい。女だてらに竜に乗るというステファニーの髪を、艶やかに美しく仕上げてみせる。


 着替えが終わると、早速竜の厩舎に連れて行かれた。邪魔されることなく厩舎に入れたことに驚きを隠せない王女に向かって、伯父はおかしそうに笑っている。


「ステファニー。君は一体自分の伯父をどんな卑怯者だと思っているんだい。まさかわたしが、姪に竜を与えないまま不戦敗にさせると思っていたのかな」

「いいえ、そんなことは……」


(正直、思っていました)


 あくまで全員の前で竜競べは承諾しても、竜に乗れなければ意味がない。だから彼女は、隣国に頭を下げて竜を借りなければならないだろうと思っていた。しかし伯父は、自国の竜に彼女が乗っても構わないというのだ。おずおずと柵に近づくステファニー。


「でもね、ステファニー。君は知っているかい。竜はね、王族の血を引いた人間の中でも、選ばれた者しか乗ることができないんだよ」


 伯父の言葉にステファニーが首を傾げる。その昔、両親が生きていた頃は当たり前のように竜に乗せてもらっていた。それなのに、選ばれた者しか乗ることができないというのはどういうことなのか。王女の手が竜に伸びようとしたその時、竜が大きな唸り声をあげた。今まで聞いた覚えのないその敵意のある声に、彼女の肩が跳ね上がる。


 柵の向こうの竜たちは、明らかにステファニーに対して威嚇をしていた。嫌悪感に満ちたまなざしに、思わず身体が凍りつく。


「おやおや君は竜に嫌われているじゃないか。それでどうやって竜競べに出るつもりなんだい。まさか自国の竜に嫌われているから、隣国から竜を借りたいだなんて、そんな恥知らずなことは言わないだろうね」


 くつくつと面白そうに笑う伯父の言葉に、ステファニーはひとり唇を引き結んだ。こうなってしまっては、竜を借りるどころの話ではない。王族としての資質そのものを問われてしまっているのだから。


(こんなこと、今までなかったのに。どうして? 竜たちも私は王族にふさわしくないと思っているの?)


「ステファニー、竜競べまではもう少し時間がある。それまでに竜を選びなさい。騎乗するための竜が見つからなければ、当日負けを認めるように。いいね?」

「……承知しました」


 伯父はステファニーに竜を貸さないというような卑劣な真似はしなかった。だからこそ彼女は竜に選ばれなかった自分を恥じ入るよりほかにない。


 ひとり静かに声を押し殺し、泣きながら王宮の片隅にある自室に戻る。伯父を慕う人々は、彼女の姿を嘲笑うだろう。ステファニーを応援してくれる数少ない人々は、少女の涙に胸を痛めるだろう。いずれにせよ、誰にも会いたくなどなかった。


 ――どこだ――


 不意に聞こえた声に、王女ははっと頭を上げた。今の声は、どこから聞こえてきた? 周囲を注意深く見回し、そっと壁に耳を当てる。


 ――どこにいる――


 やはりこの中だ。一気に顔を青ざめさせたステファニーは、大慌てで部屋の四隅に魔力を流すと()()()に潜り込んだ。

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