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名無しキャストの短編集

ブラックギルドを即日退職、その後で「お前が辞めたせいで仕事が片付かん」とか怒られたけど知らんし。

作者: 月嶋朔

 限界だった。

 私はサービス(無給)残業二十三日目の帰り道、とうとう倒れた。

 その後、担ぎ込まれた先の医者に「寝不足、栄養失調、働きすぎ」と言われ、強制的に三日間休んだ。

 何故三日って、それ以上は休ませられないってギルド長に言われたからだ。代わりに通信した医者が。

 信じられないって顔していたけど、ギルド長はそういう人(・・・・・)だから、仕方ない。


 今日、その休みが明けて、ギルドに出勤したのだけど……。

 まず目に入ったのは、私の机に山積みにされた書類と、ギルドで使う備品。……備品? なんで?

 まぁとりあえず。

 予想してた通りだなと思いながら、ギルド長に挨拶に行く。


「君さぁ、忙しいのに三日も休まれたら困るんだよね。皆もそれぞれの仕事があるから、君の仕事まで手まわらないしさぁ。体調管理くらい大人なんだからしっかりやってよ。周りに迷惑かけないって、当たり前のことだからね。常識だよ、じょーしき。机に置いといたやつだけど、あれ期日全部明日までのだから。三日も休んだんだから、君がやって当然でしょ。皆忙しいの。なのに休んだんだから、申し訳ないって君も思ってるでしょ? だから『やらせたらいいんじゃないか』ってね。ほら、君も気が楽になったでしょ。は? 備品? ああ、置くとこ無くてね、丁度空いてた(・・・・・・)からここでいいじゃないか、って。あ、置き場所無いから置いといてよ」


 ……。


 以前の私だったら、このねちねちとしたお言葉にも縮こまって「はい……はい……」って頷いてただろう。

 でも、二十三日ぶりにいっぱい寝た三日間で、私は変わったのだ。


 黙って踵を返し、机に戻るとまず絶対に明日までに終わらせなければならないものと、明日以降でも大丈夫そうなものに分ける。

 明日以降で大丈夫そうなものは確認を取って期日を延ばしてもらい、明日までに片付けなければならない仕事に手をつける。

 その間にも皆談笑しながら私に仕事を押し付けてくる。

 まぁ、いつものことなんだけど。


 このギルドに入った頃、新人は私を含めて五人いた。

 だけど一人辞めて、その穴を埋めるため仕事を新人の私たちで分けあい、また一人辞めては仕事を分けあい、そうして一年も経たないうちに私ともう一人だけになった。

 そして、その間に私ともう一人の立ち位置は、自ずと定まっていた。

 もう一人の女の子は、その可愛らしい容姿と人懐っこさで男女問わず先輩たちから可愛がられて、このギルドでの手の抜き方を教わっていた。

 しかもギルド長にも好かれているから、基本的に何をやらかしても怒られないで許される。

 一方、元来人見知りで引っ込み思案の私は、先輩たちの雰囲気に馴染めず『可愛げがない後輩』と見られて、雑用を押し付けられるようになった。

 私自身『可愛げがない後輩』という立ち位置に思うところがあって、役に立てたら周囲も見方を変えてくれるのではないかと思い、馬鹿正直に押し付けられた仕事を懸命に片付けた。

 終わらせると、次の仕事。

 終わらせると、次の仕事。

 その繰り返しで、いつの間にか私の仕事は毎日残業しなきゃ終わらないくらいまで増えた。

 それでも、最初は残業代がもらえたからよかったけど、ある日ギルド長に呼び出されて

「君さぁ、毎日毎日残業してるけど、なんでそんな雑用(・・)で時間取るのかな? 残業代目当てで手抜いてるんじゃないかって話出てるんだけど。そんなことないと思うけど、違うんだよね? 違うなら、わかるよね?」と、言われてから周りの目が怖くなってサービス(無給)残業するようになった。

 それからも仕事はどんどん増やされ、休日も出勤するようになった。そのときもギルド長に同じようなことを言われたから、もちろん無給だ。


 それでも、皮肉にも、仕事仕事仕事でお金をほとんど使わないから、しばらく働かなくてもいいくらいまで貯金が貯まった。

 精神はごりごり磨り減っていったけど。


 そしてギルドに就職して二年ちょっとの、三日前。

 とうとう倒れたのである。


 過去を思い返しながら、黙々と仕事を片付けて、昼休憩になる。

 私はさっと気配を遮断する魔法を自分にかける。こうまでしないと、ここで昼を食べる人たちのお茶汲みをさせられたうえに、私が昼食を食べているのを「サボっている」と脚色してギルド長に告げ口されるからだ。

 なのでいつも魔法を使って隠れて昼食を取るか、昼食を食べながら作業するか、いっそ昼食を抜きにして作業し続けるか。……主に三番目だった。

 この間まで何故かこの扱いが当たり前だと思っていたけど、さすがに理不尽すぎないかな。

 ぼやきながら栄養満点のお弁当を食べて、適当に休んでから魔法を解いて仕事を再開する。

 先に片付けた急ぎの書類を届けて机に戻ると、その片付けた書類の倍の量が乗っかっていた。周囲を見れば皆知らん顔しているけど、口元や目元が笑っている。

 見ると期日はまだあるもので、まぁいいか、と判断して私は残った仕事を分けて、それぞれにメモを貼る。

 こうしておかないと後々面倒そうだからね。


 その後も、楽しそうにお喋りしている皆を横目に作業を続けて、適当なところで空き箱に不用品(・・・)を入れてゴミ庫に捨てる。

 これで私の机に残ったのは、メモを貼った書類の山と置場が無いらしい備品だけになった。

 ちょうど就業時間まであと少しになったので、私は鞄から書類を取り出して、鞄を持ったまま、ギルド長に声をかけた。

「まだ仕事が終わってないじゃない。期日は明日までだって言ったよね。君、休んだせいで頭と手が怠けたんじゃないの?」

 ギルド長の言葉に、周囲から笑い声が漏れ聞こえてくる。私はギルド長の言葉も、笑い声も無視して、持っていた書類をギルド長に押し付けるように手渡した。

 そうすると、さすがに受けとるしかなくて、ギルド長は怪訝そうに横目に確認してから、綺麗に二度見した。

「医者の診断書と、退職届? おい、なんだこれは」


「お世話になりました」


 にこりと笑んで私は、背後で騒ぐギルド長と呆然としている周囲を無視してさっさと職場を後にする。

 定時に帰るのはいつぶりだろう。私は働き始めてから初めて軽やかな足取りというものを感じている。


 ギルドの退職は、退職届にギルド長のサインが必要なのが『通常』だけど、私は特例を使った。

 仕事が原因で倒れたから今後勤務は無理だという医者の診断書付きで退職届を渡したから、ギルド長のサイン無しで退職できる。

 要するに、ドクターストップ。

 助言してくれたのは、ギルド長の態度に信じられないって顔をした医者。

 倒れたときは、実は辞める気は無かったけど、いっぱい休んだ頭でよくよく考えて、三日目の朝に退職を決めた。


 ちなみに、退職届は『受け取ってない』が通用しないように特殊な魔法紙が使われている。

 ギルドと別に役所に提出する複製は、原本にギルド長が触れると魔力で色が変わる。それがギルド長が受け取った証拠になる。原本にサインを書けば、それもちゃんと複製に写る。

 その複製を役場に提出すれば、無事に退職完了という流れだ。


 今回は特例だから、サインは無いけどギルド長が確かに受け取った証拠付きの退職届の複製と、診断書の複製を、帰り道に役場に寄って提出した。

 職員はそれを流れ作業で処理して、ギルドを後にして数十分後に、私は晴れて無職になった。




 * * *




 退職届を出して無職になった次の日。

 案の定、ギルド長からの通信があった。


 お前が残した仕事が多すぎて全く片付かない、責任を持って全部お前が片付けてからじゃないと辞めさせない、と怒鳴られた。


 残してきた仕事は全部()のではなく、元はあの部署の人たち(・・・・・・・・)のもので、それぞれに振ればちゃんと片付く。

 最短のでも期日まで三日はあるし、処理する順番もメモで残してきたから、それに従えば問題なく片付けられる量を残してきた。

 あと、そんなことも片付けられないなら、あのギルドの人たちは、私一人より仕事ができないことになる。

 それに退職届は昨日役所で無事に処理されたから、私はもうギルドの職員じゃない。

 的なことをやんわりと言ったら、通信を乱暴に切られた。

 あっはっは。笑いが止まらん。


 あのギルドで『私』の仕事は何一つ無かった。二年間やってたことは、全部人から押し付けられた雑用だけ。

 費用の計算。

 文章の複製。

 書類の作成。

 等々。

 それらは全部手作業、所謂アナログ作業でとても面倒くさいし時間がかかる。だから皆私に押し付けてきた。


 だけど私は、実はオリジナルの魔法具を作ることが得意なのだ。


 山のような雑用を楽にするため、ぱっと計算できる魔法具。文章を複製する魔法具。書類を作る魔法具。

 いうならば電卓やプリンターやパソコンのような魔法具を作ってそれを使いながら、手作業でしかできないものだけアナログ作業で片付けていた。

 だから、あのギルドにいる何十人分の雑用を私一人でも片付けられた。……残業と休日出勤はしてたけど。


 でもあのギルドの人たちは私が魔法具を使ってたことも知らないと思うし、知っていても私が使っていた魔法具は全部使えなくして不用品(・・・)で捨てた。だってあれはギルドの備品じゃなくて『私個人』の物だからどうしようと私の勝手だし、あれを持って帰っても使い道が無かったし。

 あと、どうやって作業していたかも訊かれてないから、わざわざ教えてやることもない。

 なにも知らない皆は、あの面倒な作業を、全部手作業でやらなければいけない。

 といってもあの仕事の山は、押し付けられた私から、押し付けた本人に戻っていっただけの話だから、文句を言われても困るし、文句は自分で自分に言ってくれ、って感じである。


 今まで私以外の人たちは簡単な仕事だけしてお喋りを楽していたけど、実はあの部署は激務で有名なところで、本当ならお喋りするような余裕は無い。私がいたから、皆が楽できた、それだけのこと。

 見返りというボーナスがあれば別に雑用を押し付けられてても頑張ったけど、いじめみたいなことはされるし、給料は減らされるし、精神的に追い詰められるし、はっきり言って割りに合わない。

 なのに辞めずにいたのは、疲れて頭がおかしくなって判断力が落ちていたのだろう。

 あの日倒れなかったら、もしかしたら死ぬまで働いていたかもしれない。ありがとう、不健康。


 その後もギルド長はしつこく通信してきたけど、二回目に「もう私は退職した部外者なので」と言ってこっちから切って、ずっと通信を無視してたら来なくなった。

 やれやれ、と私はベッドに戻って惰眠を貪る。

 幸いというか、今まで使わずにいた貯金でしばらくは無職でも安心だ。

 私一人が抜けただけで仕事が捗らずにてんやわんやになっているだろう元職場を想像すると、いい夢が見れそうだった。




 * * *




 その後、忙しいけどホワイトなギルドに再就職できた。

 残業手当もちゃんと出るし、休暇も出勤する必要がない。なにより、働いている人たちがすごく優しい。

 私が前のギルドで使ってた魔法具を再現したときも、すごいすごい、っていっぱい褒めてくれて、なんと商品化が決まった。しかも私の名前で発表してくれるから、使用料とか、なんか色々なお金が私に直接入ってくる。

 いいのかなと思ったけど、いいんだよって皆言ってくれたから、ますますこのギルドに尽力しようと思った。

 あと老後も安泰かな。やったね。


 そんなうきうき気分で休日に『自分へのご褒美』買い物していると、偶然同期の可愛い女子、だった、お肌ぼろぼろの社畜に遭遇した。格好からこれからギルドに出勤するっぽい。

 開口一番「あんたが辞めたせいで私がこき使われてんだけど、どうしてくれるのよ!」って怒鳴られたけど「じゃあ、辞めれば?」としか言えなかった。

 それでも私が辞めたことへの文句しか言わないし、どうやって書類の処理をしていたのかも訊いてこないから

「そう言われても、私もう違うとこで働いてる部外者だから。口出しできない」って言い返して別れて、その後は彼女のことはすっかり忘れて休日を楽しんだ。


 商品化した魔法具があのギルドでも導入されれば作業はうんと楽になるけれど、果たして憎まれているっぽい私の名前が入ったものを、あのギルド長が導入するだろうか。

 多分しないだろう。

 それはそれ、これはこれ、って割り切ってしまえば楽できるのに、粘着気質だから魔法具にケチつけて全員に使用禁止くらい言うかもしれない。そうしてわざわざ手間をかけて仕事させるのだろう。

 うん、辞めてよかった!

 そんな清々しい気持ちで一日を終えて、私は『また明日から仕事頑張ろう!』と思うのだった。




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