9 仲間の証
「ひぃいいいいい!? あぎゃっ!?」
咄嗟に、まな板少女を抱えたまま化け猫の攻撃を避けてしまった。
その結果、アッパーで脳が揺らされた上に、脇腹を剣でぶっ刺されてふらついてたチャラ男だけが化け猫の餌食になり、奴は頭から丸呑みという悲惨な末路に……。
「うっ……! おぇえええええ!!」
キャットフードのようにバリボリとやられてる音を聞いて、まな板少女が吐いた。
俺も吐きそう。
ユリア戦闘モードの精神状態に引っ張られてなかったら、余裕で吐いてた。
やっぱ、女騎士様のメンタルすげぇわ。
「ニャン」
やがて、チャラ男をごちそうさました化け猫は、俺達に狙いを定める。
……逃げられる気がしない。
俺一人なら頑丈さに任せて無理矢理振り切れただろうが、まな板少女を抱えたままだと無理だ。
俺の技量だと、抱えたこの子を守りきれずに死なせる。
だったら、戦うしかない。
「君、立てるか?」
「え、ええ」
「よし。強い子だ」
俺の腕の中から抜け出して、まな板少女は自分の足で立つ。
カクカクと膝が震えているが、俺だったら失禁してる自信があるから上出来だ。
「本当なら、私がこいつを引きつけている間に逃げなさいと言いたいところだが……あの速度で振り切られたら、君に追いつかせない自信がない」
最高速度さえ制御できればと強く思うが、できないもんはできないんだから仕方ない。
まったく、肉体が良くても中身がダメだと、どうしようもないな。
まあ、その肉体もピーキー過ぎるネタキャラなんだが。
「だから、君は通路の端で、できるだけ体を小さくしておいてほしい。そして、奴が私だけに夢中になってくれたら、その瞬間を狙いすましてコッソリ逃げてくれ。いいね?」
「なっ!? わ、私も戦……」
「来るぞ!!」
作戦会議が終了する前に、化け猫は飛びかかってきた。
そりゃそうだよな!
ショ○カーじゃあるまいし、相手の準備が整うまで待ってやる理由はない。
「ハッ!」
俺は化け猫が飛び出したと同時に、こっちも制御できる範囲での最高速で飛び出した。
ユリアの感覚に従った結果だが、多分近すぎるとまな板少女を巻き込むと判断したんだと思う。
俺の剣がまっすぐに化け猫の額目掛けて突き出される。
化け猫はそれを猫パンチで迎撃した。
剣と爪がぶつかり合い……ポキッと剣が折れた。
「なぁ!?」
あ、相棒!?
くそっ! やっぱり、そこらへんの村でもらった中古の剣じゃこんなもんか!?
しかも、剣が折れたせいで猫パンチが止まらなくなり、俺はそのまま爪に殴り飛ばされてしまった。
「くっ!?」
例によって例のごとく、ダメージはない。
だが、壁にめり込んで動きが止まってしまった。
この瞬間にまな板少女の方を狙われたらかなりヤバかったが、幸いなことに化け猫の標的は俺のままで、大口空けて俺を丸呑みにしようとしてきた。
服だけ溶かされる丸呑みプレイはちょっとやってみたい気もするが、チャラ男の血で真っ赤に汚れたお口に飛び込むのはお断りだ!
「おおおおおおッ!!」
必☆殺!!
女騎士右ストレート!!
化け猫の鼻に、必殺のストレートパンチを叩き込む!
「ギニャッ!?」
それによって化け猫の鼻が潰れ、顔面が大きくのけ反ったものの、すぐに割と元気に動き出して、追撃は躱されてしまった。
今のは速度と違って、ちゃんと全力を込められた渾身の一撃だったんだが……。
「この程度の相手にすら通じないのか……!」
どう見ても魔王はおろか、四大魔獣や八凶星の足下にすら及ばない奴相手に、レベル99の全力の一撃が大して効かない件について。
さすが、ネタキャラ。
攻撃力があまりにも足りねぇ。
これ、負けないけど勝てないぞ!?
スキルの補正が無いのはもうどうしようもないとして、せめて武器くらいは良いのを持たないと、マジでこの先、役に立たねぇ!
「ニャーオォォ……!」
おまけに、今ので相手を警戒させてしまったらしい。
化け猫は距離を取って俺を睨み、迂闊に突っ込んでこなくなった。
これじゃもう、拳もロクに当たらないだろう。
だが、この膠着状態を利用すれば、まな板少女を逃がすことはできるんじゃないか?
そう思ってまな板少女の方をチラリと見ると……って、おいおいおい!? 何やってんだ!?
「『焼き払え、真紅の弾丸!』━━『火炎球』!!」
「ニャ!?」
まな板少女は、なんと化け猫に杖を向けて魔法を放ってしまった。
魔法は普通に避けられた上に、それによって化け猫の注意がまな板少女の方にも向いてしまい、逃走計画は白紙だ!
「君!? 何をやっているんだ!?」
「決まってるじゃない! 私も戦うのよ!」
慌ててまな板少女の盾になれるような位置に駆け戻りながら問いかけてみれば、そんな勇ましい答えが返ってきた。
ええ……君さっきまで震えてたじゃん!
というか、今だって膝ぷるぷるしてるじゃん!
なのに、戦うの!?
凄い勇気だけど、その勇気は別の機会に取っておいてほしかったな!
「ダメだ! 君は逃げなさい! あの程度の魔獣なら、私一人で充分だ!」
「嘘つくんじゃないわよ! さっき思いっきり吹っ飛ばされてたじゃない! 私はもう、目の前で同郷が死ぬのを見るのは絶対に嫌なのッ!!」
うっ!?
吹っ飛ばされたのは俺の過失だから、それを言われると弱い!
あれでトラウマスイッチ押したんなら、結局俺の責任じゃねぇか……!
しかも……
「私はリベリオール王立学園魔導学科主席、ミーシャ・ウィーク! 故郷の仇、四大魔獣『凶虎』を討ち果たす者! こんなところで、猫なんかにやられはしないわ!」
膝を震わせながらも堂々と宣言する彼女を見て、ユリアの感覚がこの子を庇護すべき子供ではなく、共に戦う同志と見なし始めている。
身のほど知らずとは言うまい。
降って湧いたチートが無ければ、ユリアだって彼女と同じ立場だった。
というか、ダメージ無効に頼らなきゃ戦えない俺みたいな野郎に、誰かを身のほど知らずなんて言う資格はない。
俺からすれば、あのチャラ男だって、曲がりなりにもあそこまで強くなった、性格以外は尊敬すべき男だ。
ユリアも、俺も、このミーシャという少女の生きざまを否定できない。
「……わかった。こうなったら私も腹をくくる。共に奴を倒すぞ!」
「そうこなくっちゃ!」
俺は覚悟を決めて拳を構えた。
どのみち、まな板少女改め、ミーシャをこの場から逃がしても、無事に地上まで辿り着けるとは限らなかったんだ。
彼女はチャラ男にやられたのか、そこそこのダメージを負っている。
そんな状態でダンジョンを逆走するのはキツいだろう。
この場に残すよりは分の良い賭けだろうが、どっちにしろ危険はあった。
だったらもう、好きな方で命懸けさせた方がいい。
ヤケっぱちのようにそう思う。
何、俺が彼女を守りきればいいだけの話だ。
初めての、何かを失うかもしれない恐怖を抱えての戦い。
初めての本当の戦い。
くっくっく、燃えるぜ。
……ごめんなさい、嘘です、めっちゃ怖いです。
でも、ユリアが覚悟決めてる以上、俺もやるしかない。
ぬぉおおおおおおおお!!
やったらぁあああああ!!
男見せたらぁああああ!!
まな板とはいえ可愛い女の子を守れるなら、男として本望じゃコンチクショー!!
そうして、ユリアに続いて、俺もまた無理矢理に覚悟を決めた瞬間……
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ミーシャ・ウィーク Lv15
HP 91/150
MP 320/600
筋力 21
耐久 19
知力 650
敏捷 26
スキル
『火魔法:Lv10』
『知力上昇:Lv13』
『火属性強化:Lv3』
『火炎球:Lv9』
『火炎壁:Lv7』
『炎龍の息吹:Lv5』
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ピコン! という音がして、ミーシャの顔の横に半透明のディスプレイが出現した。
なんか出た!?