39 星欠の狼煙
「ま、まさか、このボクが、こんな、ところで……!?」
「げっ、まだ生きてるの……」
真っ二つにされたタコの残骸が驚愕の声を上げ、あまりのしぶとさに、ミーシャが台所の黒い悪魔を見た時のウチの妹のような嫌そうな顔をした。
バロンは貧民、兵士問わず負傷者達の治療に走り、ラウンも回復薬を手にそっちの手伝いをしてる。
よって、こっちに残ったのは俺とミーシャだけだ。
「人間……! 人間人間人間ッ!! 星を蝕む害虫が! 海を汚すクソどもが! 生きてる価値も資格も無い奴らのくせに! おのれ! おのれおのれおのれ!!」
タコは、ずっと恨み言を言っていた。
その内容はまあ、わからんでもない。
こいつは魔王の眷属。
つまり、星を破壊した人類文明を憎む『地神ガイアス』の眷属。
こういう恨み言を吐く資格はあるんだろう。
まあ、どんな理由があったとしても、あの外道行為は容認できないが。
「終わらせよう」
魔王軍を恨むユリアの感覚と、星に恨まれても文句言えないようなことしてる現代人の俺の感覚が混ざり合い、なーんか今一つスッキリしない微妙な気持ちになりながらも、俺は決着をつけるために背中の剣を抜いた。
俺が何を思おうとも、魔王軍は敵だ。
ユリアの故郷の仇を討つためにも、俺が安心して元の世界に帰る方法を探すためにも、必ず全員倒さなきゃならない。
ただまあ、せめて一撃で逝かせてやろうと思った。
「タ、タコタコ……!」
だが、そこで。
「タコタコタコ……! ターコタコタコタコタコ!!」
タコが突然笑い出した。
「何がおかしい?」
「なあ、知ってるタコか人間! ボクら八凶星は、魔王城にある『星将の間』と精神が繋がってるタコ! そのおかげで、離れた場所から精神だけを飛ばして交信ができるんタコ!」
え、何その設定? 聞いたことないんだけど。
ああ、いや、待てよ。
そういえばゲームの中に、某忍者漫画に出てきた敵組織みたいに、八凶星が半透明なシルエットになって円卓を囲んでるシーンがあった気がする。
カッケェなと思って見てたが、あの半透明で集まれる円卓の部屋の正式名称が、星将の間とやらなんだろうか?
「それがなんだっていうのよ?」
俺がそんな考察をしてる中、ミーシャはイラ立ったような声をタコにぶつけた。
重要な情報だし、ミーシャも俺なんかよりよっぽど深い考察を瞬時に行ってるんだろうが、このタイミングでタコが笑いながらそれを言い出す理由まではわからなかったんだろう。
笑うに足る根拠が何かある。
そんな嫌な予感がイラ立ちに繋がってるのかもしれない。
「つまり、ボクが死んだら、同じく星将の間と繋がってる他の八凶星は、瞬時にそれを察知するってことタコ!」
「何? だから、すぐに仲間があんたを仇を取ってくれるとでも言いたいの?」
「その通りタコ! せいぜい、このタイミングでこの町に来てしまった不運を嘆くタコ!」
タコは笑う。
まるで自分達の勝利を確信してるように笑う。
自分は殆どなすすべもなく負け、俺達はそこまで消耗してないっていうのにだ。
たとえ、こいつと同格のピエロとかが今すぐに襲来してきたとしても、負けるとは思わない。
なのに、この自信はどこから……。
「お前らは最悪の組み合わせが実現した現場に立ち会ってしまったタコ! あれに勝てる奴なんていない! 同じ海洋生物として断言するタコォ!」
「同じ、海洋生物?」
八凶星にタコ以外の海洋生物なんていたか?
記憶がふわっとしてるから断言はできないが、多分いなかったような気がする。
魔王軍所属で海洋生物っていったら、八凶星じゃなくて……。
「ッ!?」
そこまで考えが及んだ瞬間、ドバっと俺の額から冷や汗が出た。
俺の考えを受信したユリアの感覚がトラウマメモリーを流し始め、頭が痛くなってくる。
だが、そんなことを気にしてる場合じゃねぇ!
「おい……! まさか、いるのか!? 奴が!?」
「ターーーコタコタコ! 気づいてももう遅いタコ! お前ら全員、くたばる、と、いい、タコ……」
最後まで笑い声を響かせて、タコは急に糸が切れたように沈黙した。
慌てて駆け寄って確かめてみるも、完全に生命反応が無い。
死んだのだ。
「!? 皆さん! 海から何か来ますッッ!!」
次の瞬間、超高レベルの『索敵』スキルを持つラウンが、真っ青な顔になって叫ぶ。
「くっ!?」
「きゃ!?」
それを叫びを聞いた瞬間に、俺は剣を背中に戻してミーシャを抱き上げ、回収した盾を持って、医療行為中の二人のところへ走った。
そして、俺達の見ている先で、海面が盛り上がる。
港町から見える綺麗な海に、それは突然現れた。
ゲーム通りなら、全く違う場所とタイミングで現れるはずのそいつが。
「なっ!? 先輩、あれって!?」
「ああ! 多分、お前の思っている通りだ! 警戒を……」
━━その瞬間。
警戒とか、迎撃とか、そういう思考を嘲笑うように。
それの放った一撃が……全てを飲み込んだ。
美しさと汚さが同居していた港町グレースを。
人間同士のいがみ合いを。
くだらないと一笑に付すように、『災害』が全てを飲み込んだ。
◆◆◆
「ありゃ? オクトパルスさん、死んじゃいました?」
『洗教星』の死を感知した瞬間、港町の沖合いにそいつはいた。
支配したボールのようなフグの魔獣に乗って、そこにいた。
「うわぁ。マジですか。作戦がパーどころか、貴重な八凶星がこんなところで欠けるとか」
頭痛を堪えるように頭を抱えたのは、ピエロのような格好をした男だ。
魔獣を操る力を持つ八凶星の一人、『奇怪星』トリックスター。
色々あって、今回はオクトパルスと協力しようということになっていたのだが……まさかこうなるとは思わなかった。
「せっかく諦めてた超戦力を見つけて超ラッキー! って思ったのに……。やっぱり、幸不幸はバランス良く配分されるってことですかねぇ」
本来ならこれが蹂躙した跡地を、オクトパルスに洗脳された者達が進軍。
現地を支配し、生き残りを洗脳して勢力を増し、メサイヤ神聖国の西部国境地帯に大きな楔を打ち込む予定だった。
しかし、肝心のオクトパルスが死んでしまったのでは、計画は台無しだ。
わざわざ、彼の準備が整うまで待っていた意味も無くなってしまった。
「仕方ない。せめて、彼に暴れるだけ暴れてもらいましょう。私は叩き起すことしかできませんが……できるだけ内陸で暴れて、多くの都市を滅ぼしてほしいですねぇ」
そうして、トリックスターは己の能力を行使する。
海の底で眠っていたそれに『目覚めよ。暴れよ』という命令を送る。
彼の力ではこれが限度だ。
だが、それだけで充分すぎる。
「さあさあ、お待ちかね! オクトパルスさんの弔い合戦の始まり始まり〜! 誰が倒したのか知りませんが、せいぜい頑張って逃げ回ることですねぇ!」
海面が盛り上がる。
巨大な何かが、海の底から這い出してくる。
これこそは、人類が恐れる四つの災厄の一つ。
『ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
その時。
美しくも汚い港町の沖合いで、巨大な『絶望』が目覚めの声を上げた。




