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11 初めての仲間

「うーん…………ハッ!」


 いつの間にか意識を失っていたミーシャは、覚醒するや否や即座に飛び起きた。

 確か、自分はダンジョンに行って、チャラ男にやられて、あのおっぱいと一緒に化け猫と戦っていたはず。

 チャラ男、おっぱい、化け猫と、登場人物がカオスすぎるが…………もしや、あれは夢だったのだろうか?


 だって、自分はダンジョンにいたはずなのに、ここはどこかの部屋のベッドの上だ。

 部屋自体にも見覚えがある。

 自分が借りた宿の一室だ。

 微妙に内装が違う気もするが、記憶違いだと言われれば納得できる程度の差異。


「ホントに、夢だったの……?」


 もし、そうだとしたら。


「……あいつが夢だったら、寂しいな」


 脳裏に浮かぶのは、やたら整った顔をした、金髪碧眼の贅肉の化身(おっぱい魔神)

 自分を守ってチャラ男や化け猫と戦ってくれた姿は……なんというか、その、カッコ良かった。


 最初は、生きる世界の違う田舎者のくせに、こっちの気も知らずに知ったような口利くいけ好かない奴だと思った。

 でも、違った。

 あの人は、生意気なこと言って彼女の手を振り払った自分を、それでも追いかけてきて助けてくれた、優しくて強い人だった。


 同じ過去を背負ってる同郷で、絶体絶命の窮地を救ってくれた美形とか、あれで男だったら絶体惚れてたって思うほどのシチュエーションだ。

 そんな人が化け猫に吹っ飛ばされるのを見たからこそ、自分はあの人だけでも死なせたくないと、恐怖を振り払って戦えたのだ。


 あれはミーシャにとって、自分を一段階成長させてくれたような、人生のターニングポイントのような出会いと出来事だったのだ。

 それが夢だったかもしれないと思うと、とてつもない悲しさと寂しさに襲われた。


「会いたい……」

「ん? おお、起きたか! 大丈夫か? 痛いところはないか?」

「ほぁあああああ!?」


 そんなことを思ってたら、件のイケメンおっぱいが扉を開けて現れた。

 手にはリンゴの乗った皿を持っている。

 夢じゃなくて良かったと思うより先に、恥ずかしいセリフが口からもれてる最中だったミーシャは奇声を上げた。


「錯乱しているのか……。大丈夫だ。あの魔獣は君の魔法でしっかりと討伐された。よく頑張ったな。偉いぞ」


 ミーシャの奇声を違う意味で捉えたのか、イケメンおっぱいは皿を机に置いてミーシャに近づき、凄く優しい顔で頭を撫でてきた。

 何か言いたいのに、口がパクパクするだけで言葉にならない。

 顔が熱い。心臓がうるさい。

 何これ、何これ、何これ!?


「あ、あ、あんたは大丈夫だったの?」


 やっとの思いでミーシャが口にできたのは、そんなありがちな言葉だった。

 しかし、これもまた彼女の偽りなき本音であり、一番強い感情でもある。

 あんな化け物と素手で戦っていたのだ。

 心配しないわけがない。


「ああ、問題ない。私は頑丈さだけが取り柄だからな。あのくらいなら傷一つつかないさ」


 そう言って、イケメンおっぱいは一番酷使していた左腕の袖をまくって素肌を見せてきた。

 ……本当に傷一つない。

 治療の跡すらない。

 回復薬(ポーション)や回復魔法を使ったのなら、何かしらの痕跡が残るはずなのに、それもない。

 あるのは大昔についたような、いくつかの古傷だけだ。


(え? 何こいつ、化け物?)


 正解。

 目の前の女は、まごうことなき化け物(ネタキャラ)である。


「これじゃあ、私、ホントに足手まといだったのね……」


 ずーん、という擬音がつきそうな勢いでミーシャはへこんだ。

 ちゃんと自分が言われた通りに逃げていれば、このイケメンおっぱいはもっと簡単にあの化け猫を倒せたはずなのだ。

 結局、自分はまたしても身のほどを弁えずに出しゃばっただけじゃないか。

 そう思えば落ち込みもする。


「いや、そんなことはない」


 しかし、目の前の女は、ミーシャの言葉をハッキリと否定した。


「確かに、逃走という目的で見れば君は足手まといだった。正直、最初はなんで素直に逃げてくれないんだこのまな板と思いもした」

「そうよね……って、ん? 今なんつった?」

「だが、目的が逃走から討伐に切り替わってからは、君はとても頼りになった」


 今、サラッと聞き捨てならないセリフが聞こえた気がしたが、イケメンおっぱいは何事もなかったかのように続きを話す。

 空耳だったのだろうか……?


「私は頑丈さには自信があるが、攻撃力はそうでもない。ましてや、あの時は武器すら失っていた。

 きっと、私一人ではあの魔獣を退けられはしても、仕留めることはできなかっただろう」


 彼女は少し悔しげな顔で語る。

 嘘ではないと、その表情が物語っていた。


「だから、あの魔獣を倒せたのは君の功績だ。君の魔法が奴を倒し、奴がこれから襲ったであろう人々を守ったんだ。

 卑屈になる必要はない。胸を張れ。あの時、あの瞬間、君は紛れもなく『英雄』だった」


 この人は迷いなくそう断言して、全力で自分の行動を肯定してくれた。

 何か得体の知れない感情が湧き上がってくる。

 嬉しいような、泣きたいような、そんな複雑な感情。

 でも、決して嫌な感情じゃない。

 その感情に流されて、空耳のことなどすっかり忘れていた。


「……それでも、君の行動が無茶だったことに変わりはない。冒険者になった直後の魔法使いが、一人でAランクのダンジョンに突っ込むなんて自殺行為もいいところだ」

「うっ……」

「君の行動は英雄的だったが、死なずに済んだのは偶然だ。これからはせめて、現実的に可能な範囲の無茶しかしないでくれ。そうでなければ心臓に悪すぎる」

「ご、ごめんなさい……」


 ミーシャはしゅんとなった。

 まるで学園の恩師に叱られた時のようだ。

 あの人もまずは褒めるべきところを褒めてから、叱るべきところを叱ってくれた。

 恩師は結構な歳のお婆さんだったから、見た目は全然似ていない。

 けれど、雰囲気が少し似ていて、なんだか切ない気持ちになる。


「それで、だな……」


 と、そこで彼女は少し緊張したような様子になった。

 「コホン」と咳払いなんかしている。

 どうしたのだろうか。


「君の目的は四大魔獣『凶虎』の討伐。それは間違っていないな?」

「……ええ、そうよ」


 忘れもしない。

 あの化け物に故郷を滅ぼされた時のことは。

 全部奪われた。

 恩師も、家族も、友達も、全てを奪われた。


 ミーシャは戦う力を持っていたのに、怖くて何もできなかった。

 避難誘導に従い、騎士団が稼いでくれた時間で、ガムシャラに逃げることしかできなかった。

 なのに、一緒に逃げた人達すらも、あの化け物は遠距離からの砲撃で皆殺しにした。


 運良く一人だけ生き残ってしまったミーシャには、皆の仇を討つ義務がある。

 あの時戦えなかった分まで戦って、絶対に仇を討つと誓った。

 だから……


「復讐をやめろだなんて言わないで」


 睨みつけるように、あるいは懇願するように、ミーシャは目の前の同胞を見る。

 同郷なら、わかってほしい。

 同じ苦しみを味わったのなら、理解してほしい。

 そんな願望の宿った目で。


「言わないさ、そんなことは。口が裂けてもな」


 そして、目の前の人は。

 ミーシャを決して否定しなかった。


「私だって志は同じだ。必ず故郷の仇を討つ。それは守るべきものを守れなかった騎士失格の私が、それでもやり遂げなければならない最後の職務だ」


 ミーシャ以上に強い瞳で、重い使命感で、彼女は語る。

 国を失い、主を失い、守るべきものを失い。

 それでも彼女は、故国に殉じる騎士であった。


「だが、一人では決して奴には勝てない。私には強い仲間が必要だ。そして、それは君も同じ。故に……」


 彼女は、ミーシャに手を差し出す。


「私と共に戦ってくれないか? 王立学園魔導学科主席、つまり未来の宮廷魔導師だったはずの大魔法使い、ミーシャ・ウィークよ」

「え、あ……」


 勧誘されている。

 こんなに強い人に仲間に誘われている。

 願ってもないことだ。

 この人と一緒なら、間違いなく目標に大きく近づく。

 けれど……


「私で、いいの……?」


 チャラ男によって粉砕されてしまった自信が、ミーシャを弱気にさせた。

 何事においても、壊すよりも直す方が遥かに難しい。

 励ましの言葉で少しは自信を取り戻せても、やはり心の傷が治り切ったわけではない。

 そんな心の傷に優しく触れるように、目の前のイケメンは言った。


「君でいいのではない。君がいいんだ。私は志も強さもある君に惹かれた。ぜひ、私と一緒になってほしい」

「ひ、惹かれ……!? い、一緒に……!?」


 女にしては低めのイケメンボイスでそんなことを言われ、おっぱいのついたイケメンと呼ばれるようなキリッとしたカッコ良い顔に見つめられ、なんだか頭の天辺が痺れてくる。

 ちなみに、超一流のホストにやられた時も似たような現象が起こるので、ミーシャはそういう場所に行かない方がいいだろう。


「よ、よろしくお願いしましゅ……!」


 そうして、ミーシャは堕ちた。

 差し出された手を取り、彼女達は仲間となった。

 お互いに初めての冒険者としての仲間である。


「ありがとう。これからよろしく頼む、ミーシャ」

「う、うん。おっぱ……じゃなくて、えぇっと……」

「ああ、自己紹介もまだだったか。これはうっかりしていた」


 彼女は「コホン」と咳払いしてから、名乗った。


「元リベリオール王国近衛騎士団所属『ユリア・ストレクス』だ。改めてよろしく頼む」

「ユリア……って、あの伝説の卒業生の!?」


 ユリア・ストレクス。

 王国最強と謳われた騎士団長の娘であり、次代の騎士団長を担うとされていた天才。

 弱冠18歳にして、既にAランク冒険者に匹敵すると言われていた実力者。

 なるほど、それならあの化け物っぷりも納得だ。


「し、失礼な態度の数々、すみませんでした先輩!!」

「いや、別に気軽に接してくれてもいいんだぞ? これからは背中を預け合う相棒になるわけだし」

「そ、そういうわけには……!」

「……まあ、徐々に打ち解けていけばいいか。あ、そうだ、リンゴをもらってきていたんだ。剥こう」


 ユリアは肩をすくめながら、机に置いていたリンゴの乗った皿に手を伸ばす。

 一緒に皿に乗っていた小さなナイフで皮を剥いていき……


「あ……」


 剥いていき……


「ぬっ……!」


 剥いていき……


「……もしかして、不器用さんですか?」

「……言っただろう。頑丈さだけが取り柄だと。それでも前はもう少し上手くできたんだが……」

「ぷ。何それ」


 剥かれたリンゴは、皮と一緒に結構な果肉が削られて歪な形になっていた。

 だが、ユリアの人間臭い弱点を見つけたことで、ミーシャの心の壁も果肉と一緒に少し剥がれた気がした。


 こうして、一つの見習い(Eランク)冒険者パーティーが。

 パーティー名『リベリオール』が結成された。

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