唯一無二村と書いてユニゾンと読みます
ヴゥー、……ガッ、ガッ、……ッピィイィーッ!
村内へ隈無く配されたスピーカーがノイズを発した。午前7時を告げる放送の、前触れ。
カッ、カッ、カッ。スティックを打つ音。
「っひゅううぅいひぃいぃぃぃーっむぅぅうぬぃいひぃいーぃいぃっ」
掠れた甘いハスキーな声が響く。唯一無二という歌いだしなのだが、何度聞いてもそんな風には聞こえない。
それが数年前から70歳を自称している村長の、魂を込めた歌。
比喩ではない。在任10年になる村長は当初の若々しさはどこへやら、年々尋常ならざる老け込み方をしている。これは文字通り、魂を込めているからに違いない。
「あぁぁあすぁがっ、あぁぁあすぁがっ、……きた。…………センキュウ」
やたらに最後ハッキリと「ウ」と発音し、放送は終わった。
溜めている間、村長の身に何かあったのかと心配して、つい村民は聞き入ってしまう。そのあたりはテクニックなのか、どうなのか。誰も知らない。
時刻は既に7時12分。12分も熱唱していれば、魂に関わらず相当な負荷であろう。
それはさておいて丁度、中央セントラルセンターから7時台1本目のバスが出る時刻。駅へと帰る路線であるため乗客は、まず居ない。夜はまた話は変わるが。
電々場雷乃は耳栓を抜きながら、伸びをした。村長の歌を目覚まし代わりに使わない村民、54パーセント(前年調べ)の中の1人が彼、或いは彼女だった。
雷乃は人天である。それ故、性別を持たない。父も母も無く、村内にある多層炉発電所で15年前に「発生」した。
電々場という名字は、発電所生まれであったから。68年前の村の成立と同じくして完成した発電所では、これまでに雷乃を含めて7体の人天が「発生」している。彼らは皆、電々場の名を与えられたが、外見上の類似点は殆ど無いと言えた。
中性的で美しいとされる(村内調査では98パーセントが「美しい」と答えた)外見は、人天の特徴で電々場に固有の特性とは言えない。
雷乃の長い睫毛が、ゆっくり上下する。視線は窓の外を見ているようで、何も見てはいない。瞳孔は未だ黒、眠りから覚醒していない証だ。
シューッ!
蒸気が吹き出すような音。ヤカン型目覚まし湯沸し器が発する音だ。電気で動くが、コンセントは勿論なく、給電ポートに置く必要もない。何故なら雷乃は電々場だから、……ではなく人天だから。
人天は個体差はあるが平均して、自身を中心とした半径2メートルの球体内に存在する家電を、給電ポートすら使うことなく利用出来る。本来バッテリー等で稼働するものも例外ではない。
雷乃の給電範囲は昨年の検査では、半径約28メートル。ヤカン型目覚まし湯沸し器は雷乃の寝台横の壁面に貼り付けてあるため問題なく給電範囲内だ。
ちなみに人天は水分を摂取する必要もなく、ヤカン部分は購入以来1度も水を注がれたことがない。完全に単なる目覚ましとして使われている。
「……うるさ」
カチッ。
雷乃が目を向けるとアラームのスイッチがオフに切り替わり、音は止まった。簡単な機械の操作なら、手を使う必要もない。それは、人天だから。
人天。
人を模した天使、人模天使。その略称。輪も羽も持たないが、持てないわけではない。人天と遭遇し存在を知ったなら、人と間違うことはないため、輪も羽も必要ないだけである。
しかし人天とわざわざ呼ばれることから察しがつくかもしれないが、そうでないものも存在する。あからさまな異形をとるもの。
変化する術を持たぬわけでなく、自身の姿を見せつける為に彼らは敢えて人を模さない。村で祀られる「眼多支天」もそういった存在であった。
異様に長い後頭部を持つ頭には千とも万とも言われる程の大小様々な眼球、首は糸のように細長く手足や胴体は反対に筋肉質。腕は左右8本ずつ、体の側面に沿って肩から腰にかけて均等に生えている。指は5本から13本と、まちまち。足は鳥に似たそれが7本。臀部には尾ではなく瘤のようなものが1つ。体毛は一切無く、ゼリーのように弾力を持った半固形の粘液が体表を満遍なく覆っていた。
どこからどう見ても人とは思えぬし、一般的な天使のイメージからもかけ離れている。呪い避けの為に書くことはしないが、どちらかと言えば、あちら側である。
それと比べれば人天の親しみ易いこと。眼多支天が村の前身である共同体にどれだけ貢献したか考えれば、あまり悪く言いたくはないが。
実際、殆どの人の家庭には眼多支天像が祀られている。人天は同類であるからか、まるで何も思わないらしく祀りもしなければ特に触れもしない。何なら眼多支天とルーツを同じくする人天もいた。
「雷乃、起きてる?」
雷乃の脳内に、声。思念。人天同士、或いは人と人天の間では思念による念話が可能だ。
この村では思念通信機により人同士でも念話出来たが、例外中の例外でしかない。通常、少なくとも一方が人天でなければ念話は出来ない。
「おーい、雷乃ー」
返事が無いからか、また思念が飛んできた。
声色を変えているつもりらしいが、相手はクラスメイトの断首魔殺だ。人天でない断首には分からないらしいが、思念にも各人固有の色がある。人天を騙せるわけがない。
「おはよ、タチクビ」
「名字で呼ぶな」
断首は名字で呼ばれることを嫌う。
雷乃とて人の体について知識がないわけではない。自分にはない乳首という部位が、人体にはあることも知っていた。
しかし、乳首と自分の名字が似ていると何が嫌なのだろう。それは雷乃には理解出来なかった。
「僕は電々場呼びで全然良いのに」
「クラスに何人、電々場いると思ってんだよ。とにかく名前で呼べ」
「はいはい、まさつ。で、朝から何の用?」
「お前が遅刻しないように、声かけたんだろうが。俺なんてもう教室だぜ?」
学校が好き過ぎる。良いことなのだろうけれど、と雷乃は思った。
それにしても、中等校時代はクラスどころか学年に電々場は1人だったのに。
今ではクラスには3人もいる。
しかし自分以外の2人と断首が話しているところを、見た覚えがなかった。既に9ヶ月以上一緒に過ごしてきたというのに。
だが、言うまい。別に特に気になることでもないし、断首の機嫌が悪くなるだけ。雷乃は飲み込んで、言った。
「ありがと。僕もそろそろ出るよ、それじゃまた」
「おぅ」
断首が自分をどう見ているか、雷乃にはぼんやりとしか掴めなかった。ただ、やたらに体を触りたいと考えていることは把握していた。そこにどんな意味があるか雷乃は分からなかったが、人天への接触は死を招く。
正確には、人天の体表に触れると高濃度のエネルギー体が流れ込み、多くの生物は一瞬で死に至る。
人天が体表の露出を極力避けているのは、そのため。不慮の事故が起きぬようにするためだった。雷乃も例外ではなく、外出時は和洋折衷の独特な甲冑を装着している。
ただし雷乃の趣味だった。クラスにいる他の人天は冬服に手袋と帽子を着用し、マフラーで口元まで覆う程度。雷乃のあだ名が鎧なのは必然と言えた。
カチャン、カチャン。
「あ、鎧だ」
「どんな顔なんだろ?」
「人天だからな、そりゃキレイだろ」
人の囁き声は、人天からすれば隠す意図があるようには思えなかった。視線を外してようと、同じこと。その気になれば通信機器を用いた文章でのやり取りどころか、思考そのものすら読める。知っているはずなのに、不思議なことだ。
雷乃は教室へと続く廊下を歩く間ずっと、人というものについて考えていた。
「お、よぉぅ」
声が震え気味な断首。怯えのような、奇妙な感情が渦巻くのが雷乃には見える。こうして対面するといつもそう。それでいて積極的に関わってくる。相反するようで、人というのは本当に面白い。
人天なら、わざと見せようとしなければ普通はそんな筒抜けに見えたりしない。肌も何もさらけ出すのが人なのだろう、そう雷乃は考えた。
「おはよ」
「ば、バス?」
「飛んだ。途中のマンションの屋上、ほら」
「わわっ」
席に向かいがてら振り向きざまに、まだ青みの残るトマトを放り投げた。無事キャッチ出来たらしいが、雷乃は興味がなかった。さっさと席につく。
色々と考え事があり、集中したかったからだ。
ネオヌーベルヌーボー・ニュー新財恩の屋上には菜園がある。養蜂もやっているし、ヤギも2頭いる。他には鶏も3羽いたし、ウズラも1羽いた。マンションの屋上菜園にしては本格も本格。
雷乃は通学前に必ずそこを経由する。屋上にある小屋、管理人室に住む老夫婦がとても親切であることが大いに関係していた。
どちらも雷乃が来る時間には畑端のベンチに腰掛け、数分前に収穫した野菜や果物を金だらいで冷やしている。訪問を待ってくれているのだ。ほんの2、3分語らうに過ぎなくても、老夫婦には心地良いらしい。雷乃も同じ気持ちで、食べなくてはならないわけではないのに、今朝もトマトを3つ、キュウリを2本も食べた。独特の青臭さが彼らにはたまらないそうで、懐かしげに語られる思い出を聞くうち、雷乃もそう感じるようになった。
「スーパーのとは、違うんだよな」
「ですね」と答える雷乃に嘘は無く、老夫婦にもそれは分かった。人天でなくとも、心を見ることが出来ないわけではない。雷乃は面頬の隙間から覗く彼らの笑顔に、自然と微笑んだ。
「おい、雷乃!」
聞こえていた。これが5度目であることも知っていた。考え事をしながら答えることだって出来た。
でも、雷乃はそうしない。面倒だから。考え事をすることは、大切な時間。
「……何?」
「あ、ぁ、いや……」
考え事の最中に話しかけるとは無粋だとは思わなかったが、まるでそう思ったかのように答える。案の定、断首は怒らせたのかと動揺した。想定どおりの反応。シンプルだ。
別にシンプルなのは悪いことじゃない、と雷乃は思う。あの老夫婦だって、とてもシンプル。こちらが喜べば、素直に喜ぶ。駆け引き、みたいなものは煩わしい。
「トマト、どうだった?」
「え?あ、ぁあ、うん。見た目より、あの、ずっと濃い」
「デミグラスソースみたい?」
「へっ?あぁー、……そっ、そうそうそう!」
嘘丸出し。人天でなくとも、気を引く為に合わせただけと分かる。何故そんなことをするのか、そこまでは雷乃には分からなかったが。
「タチクビって……、やっぱ良いや」
「ちょ!?ええっ!?なっ、何だよ!なな、な、な……」
「先生くるから、席戻りな」
教室内は、教師の到着とともに思念での会話が出来なくなる。人天から人の思考を読むことが出来ても、人天の思念を人が受信出来ない。思念通信機器は人天の機能の完全なる再現は未だ果たしておらず、妨害装置の影響を受けてしまう。
ただし、妨害装置も人天同士の念話までは防げない。教師が人天である場合を除いて。
ちなみにこのクラスの担任、焼紅火煤は人天であるため念話は全て使えない。
「あいっ、おはよ。欠席ゼロ、遅刻ゼロ。まこと上出来よろしいね、今日も。んじゃ後で」
お化けの仮装でもするように白いシーツを被った教師は告げるべきことのみ告げ、去っていった。
また、教室内を騒々しく思念が飛び交う。
焼紅火の素顔は教職員を除けば、人天である生徒の一部しか知らない。覚醒時に金に近い黄色の瞳になる雷乃と異なり、焼紅火の瞳は感情で青と赤の間で変化する。喜怒哀楽とは関係なく気持ちが強まるほど、深くなるほど青くなる。
しかし、その変化を見る機会はまずない。というのも焼紅火は目の力が特に強く、厚さ数センチ程度ならば何であれ透視出来たから。シーツ程度、余裕で貫通する。穴を開ける必要がないため、同等の能力を持たない限り目を見ることさえ不可能だ。
雷乃は透視が得意ではなく、特に担任の顔を見たいとも思っていなかった。だから多くの人と同じく、シーツを被った姿で見えている。
しかし、シーツを脱いでいる姿を偶然見かけたことはあった。肩にかかる赤い髪は毛先が内側に少しカールし、人の真似か唇には赤い口紅。濃いグレーのスーツに、足元は黒い革のパンプス。デキる女、と周囲の人たちが思考を垂れ流していた。きっと、人からはそう見えるんだろう。雷乃には分からなかったが。
人混みに消えていく背中、あの日担任はどこへ向かっていたのか。それもまた、雷乃には分からなかった。
分かる日なんて、来なければ良かった。なんて思う日が来ることも、まだ分からなかった。
何を書けば良いのやら作法がまずまるで分からんのであれですが、とりあえずどうなるものかエイヤっ、と。
古い。




