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辺境の狒々爺のお話

どうも……悪女ばかり買い付ける、辺境の狒々爺です。

楽しんで頂けたら幸いです。

「わ、わたくしに何をなさるおつもりですか!この変態爺!!その性根と同じように、さっさと腐り落ちてしまえばいいのに!!」



 どうもこんにちは、奴隷市場で買い付けて来た新しい奴隷に初日から罵倒されている爺です。

 買ってきた奴隷は泣きながら勝ち気な目で、割とキツい人格批判を何度も繰り出して来ております。泣きそうです。助けて。


 一応名誉のために言っておくと、変態ではないつもりです。一人もいませんが、もしいたとしたら孫ぐらいな筈の年代の女性に変な妄想を抱いたりもしません。性欲なんぞとっくの昔に枯れております。


 なのでお嬢さん、それ以上はやめて下さい、本当に風評被害です。心折れます。寿命に関する話は止めて下さい。老い先短い身なんです。洒落になっていません。



 曰く付きの若い女性を何度も奴隷として買っているからか、どうも世間的には『悪女ばかり買い付ける辺境の変態狒々爺』として知られているらしく……今回買ってきた奴隷()も私を変態の狒々爺だと思って罵倒してきます。

 まぁ、今まで買って来た子の中には全てに絶望した虚ろな目で「殺して」「殺して」と言い続けていた子もいましたから、それに比べれば元気で素晴らしいと思います。……あの時は元騎士だというのに震えてしまいました。大変怖かったです。



 奴隷を買ってくるのは老い先短い身で一人暮らしが寂しいからですし、悪女ばかりなのは曰く付きの子でもないとお金がなくて買えないからです。そもそも、女性ばかりなのも狙っているわけではなく偶然です。



 家事は自分で出来るので、今まで買ってきた子たちにも時々話し相手になってもらう以外は屋敷で好きに過ごしてもらっていました。奴隷として扱った事はありません。


 若い子の人生を無為に奪うのも良くないと数年でこっそり奴隷契約を解消して色々な場所に逃しては、毎度孤独に耐えられなくなって奴隷を買って来るので、奴隷を買った回数は多いかも知れませんが……。


 誓って変な命令を下した事は有りませんし、変な欲望を抱いた事も有りません。ただの年寄りの道楽です。やましい事はありません。





「………それで、わたくしをどうするおつもりですか……」


 懇々と説得を続けたおかげか、少し落ち着いて下さったようです。もしくは騒ぎ疲れただけでしょうか?


 此処は辺境の中でも、さらに人里からも少し離れた場所なので、朝から馬車を走らせたとはいえ既に夕暮れになってしまいました。


 先ずは夕ご飯にするとしましょう。作り終わるのに少し時間がかかるので、その間に体を清めて服を着替えるようにお願いします。


 此方での生活に慣れるまでと近隣の村から来て頂いた女性に、家の案内と彼女の手伝いをお願いしました。


「分かりましたわ………」


 何故か泣きそうな顔をしながら歩いて行かれました……。

 うん?あ、まさか……「体を清めろ」と言ったのを深読みされたのでしょうか?………毎度思う事ですが、信頼関係を築くのは大変ですね。






 私は、アリシア・アルトリンデ。アルトリンデ伯爵家の長女です。

 伯爵家令嬢として育ち、婚約者である公爵家長男様に嫁いでも問題ないようにと言われ続けて育ちました。

 お陰で成績は学園でも随一でしたし、容姿も幼少から磨いてきたお陰で良い部類に入ると思います。

 積極的に孤児院などに通っていたお陰で民衆からの支持も得ていましたし、公爵領でもやっていけるようにと領地経営についても学んできました。


 順風満帆な毎日だったのですが………。気付けば妹を虐めた非道な姉かつ、国を揺るがす悪事を企む最悪な悪女に仕立て上げられ、奴隷として売りつけられていました。身に覚えのない罪状によって。


 犯人は分かっています。私の妹です。彼女は父の愛人の子なのですが、可愛らしい容姿と男受けする言動で色々な人から愛されていました。その容姿で父上や私の婚約者を誑かし、罪をなすりつけたのだと思います。

 嫌われ者の私などいなくなってしまえば良いと家族も婚約者も下卑た笑みを浮かべて言っていましたので彼らも共犯でしょうね。


 えぇ、私の婚約者は平気で婚約者の妹に媚びるようなクズでしたし、私の家族は家族に愛情を平等に注げない可哀想な人達でした。

 悪巧みと被害妄想だけで中身のない妹がこれからどうなるのかは分かりませんが、私の代わりに彼の婚約者になると宣言していたので多分公爵家に行くのでしょう。……受け入れてもらえるかは分かりませんがね。公爵家当主夫妻は比較的まともな方々でしたから。


 まぁ、正直どうでも良い事です。かつて妹と婚約者に陥れられた時はともかく、今は。




 今、私はとても感謝しています。私を旦那様と引き合わせてくれた運命に。


 旦那様は、王都では『悪女好きの狒々爺』として一部で有名な方です。流石に令嬢が知るような話では無かったので私は旦那様に売られると教えられた時まで知らなかったのですが、それはもう酷い噂をいくつも聞かされました。

 お陰で私も変態狒々爺に売られたと思い旦那様を罵倒したものです。何しろ不安なんてものではありませんでしたから。慰みものにされるくらいなら、いっそ死んでしまいたいとすら思っていました。




 ですがこの旦那様、非常に紳士でした。


 正直、王都でも見たことのない程に素晴らしい紳士でした。




 これから汚されるのだろうと泣きながら体を清めた後に、温かい食事と優しいお声がけや謝罪をして下さり、実家(伯爵家)と遜色ない綺麗かつ快適で広いお部屋を与えて頂いた時には本当に驚かされましたし、旦那様ご自身の生活を知った時には感謝と罪悪感で涙が出ました。

 何しろ旦那様、ご自分の狭いお部屋には簡素なベッドとテーブルセットしかなく、食事も質素で、生活のほとんどを私が快適に生活するために使われていたのですから。


 大切なお客様だからと常に私に気を使い、不快な事の無いようにと常に紳士的に対応して下さる姿を見て、「変態爺」などと呼べる筈もありません。

 私は非礼を詫び、「旦那様」と彼を呼ぶようになりました。



 旦那様と共に過ごす生活はとても穏やかで、私のささくれ立っていた気持ちも少しづつ癒されていくようでした。

 特に、家族や婚約者に裏切られたと打ち明けた時に、少し悲しそうな顔で微笑みながら優しく頭を撫でられて―――何故か大泣きしてしまった時からは……私も心から笑えるようになった気がします。


 旦那様に出会えていなかったら、こんなに晴々とした気持ちになる事は一生無かったかも知れません。本当に、感謝しかありません。





 ただ、最近は悩み事があります。


 私を奴隷として買い上げて五年ほど経っている事に気が付いた旦那様が、私の奴隷契約を解除しようとおっしゃっているのです。

 どうにか居場所も確保するから、何になりたいか考えて欲しいとも。



 このまま一緒にいたいと、そう言えたらどれほど良かったでしょう。


 しかし、旦那様がそれを望んでおられない事も分かっています。

 旦那様は常々、「年寄りの道楽に付き合わせてすまない」とおっしゃっておられますから……。


 まだ若い私がこんな場所で引きこもってはいけないと旦那様は考えておられるのです。

 それは恐らく、旦那様なりの私に対する優しさなのでしょう。


 だからこそ私も、この場所を離れ自分なりの生き方を考えなくてはなりません。旦那様の優しさを無為にするなんて、とても私には許せませんから。


 何日も悩んで、学者になると決めました。昔からずっと夢だったのです。一度は諦めた夢でしたけど……今度こそ、心から叶えてみたいと思えたのです。




 ですが、覚悟が出来ません。


 この場所を、離れて行く覚悟が。

 旦那様に、「さよなら」と告げる覚悟が。


 優しい世界を捨てるのには勇気がいります。その世界が、幸せであればあるほどに。


 それに、旦那様もお年です。ここを出てしまったら、もう二度と会えないかも知れません。

 それは嫌です。絶対に嫌なのです。初めて出会えた大切な人と、二度と会えなくなるなんて。



 覚悟があれば、きっと告げられるのでしょう。「今までありがとうございました。どうか、お元気で」と。

 けれど弱い私は、どうしてもその言葉が口に出てはくれないのでした。何度口を開いても、出てくる言葉は「ごめんなさい」ばかりで。





 そんなある日……月に一度の旦那様が家を空けられている日に、珍しく来客がありました。


 戸口に立っていたのは、真っ赤な長髪に碧眼の、とても美しい妙齢の女性。

 旦那様は留守だと告げると、首をふりながら私に用があって来たのだとおっしゃります。

 お客様とは言え主人の許しなく家にあげるわけにはいかないと告げると、では庭で話しましょうと慣れた様子で庭先のテーブルセットに向かわれました。私も慌てて追いかけます。お茶はお客様がお連れになった方が入れてくださるようです。



「突然訪問してごめんなさい、アリシアさん。最初に名乗らせて貰うわね?私はナタリア。かつての名は、ナタリア・エヴァーグリーン。……元公爵家令嬢です」


「え!?」


「あぁ、やっぱりご存知みたいね。貴方も知っているとおり……かつて平民出身の令嬢の命を狙い奴隷身分に落とされた犯罪者です。今は、此処から三つほど離れた国で商会長をしているわ」



 ナタリア・エヴァーグリーン。

 十数年ほど前にあった有名な婚約破棄騒動で有罪判決を受けた方の名前だ。婚約者が懇意にしていた令嬢に嫉妬し、殺人未遂を犯した方。何故、そんな人がこんな所に?


「私も、ここでお世話になっていた時があってね……。先生には、本当にお世話になったわ……。プライドだけは高いくせに他人を貶める事しかしてこなかった、最低な私を導いて下さったの。―――今も、お元気でいらっしゃるかしら?」


「旦那様のことでしたら……。はい、今日もお元気そうに出発されていました。夕刻には帰ってくると思います」



 何と、ナタリア様も旦那様にお世話になっていたらしい。私を買い取る前にも何人も曰く付きの令嬢を買っていたとおっしゃっていたから、その一人だったのだろう。



「いえ……先生に会いたいのは山々なんだけれども………今回は、それとは別に貴女に伝えたい事があるの。アリシアさん」


「?、何でしょうか?」


「もし、私の思い過ごしだったらごめんなさいね?―――貴女……この家を出る覚悟が決まらなくて、悩んでいるんじゃないかしら?」



「!!―――どうして……」



「ハルシャ教の聖女様から、先生が困っているようだって連絡を受けてね?―――あぁ、あそこの聖女様も昔、目の前で家族を盗賊に殺された上に自身も奴隷にされて、心を壊した時に先生に買い取られた人なのよ……。その縁で、時々情報交換しているの。それで、先生が最近新しく買った奴隷()が謝る理由が分からないって相談したみたいで……私に一度話して来て欲しいって連絡が来たの」


 ハルシャ教というのはこの国にも広く広まっている巨大宗教である。聖女様といえば、ハルシャ教の組織の中でも最上位にいる筈だ。


「ハルシャ教の聖女様が……。そんな偉い人まで旦那様の元にいたなんて……。―――そう言えば、何故旦那様がハルシャ教の聖女様に相談できるんですか?」


 聖女様は此処からだいぶ離れた神聖国にいらっしゃる筈だ。日帰りで行ける距離じゃない。



「あれ?聞いてなかった?先生、今でも月に一回、各地の修道院でお悩み相談をしているんだけど。今日も、この家で教えを受けた賢者様が転移魔法で近くまで迎えに来てた筈よ?」


「えぇ!!賢者様まで!?」


 魔法国の重鎮まで……。この家の出身者ってとんでもない有名人がいるのね………。


「話を戻すけど……それで、やっぱり悩んでいるのね?」



「………はい」


 私の心が弱いせいで、旦那様に心配をかけてしまった……。その事実に少し落ち込む。


「分かるわ……私もそうだったから。というか、この家にいた人は皆悩むのよね……」


「どうすれば良いんでしょうか………」


「私はね、約束して貰ったの」


「約束?」


「そう。約束の内容はこう。―――――」






 月に一度の訪問を終え、家に帰って来るとアリシアさんが立っていました。

 何やら覚悟を決めた様子に……ついに来るべき時が来たのだなと少し寂しく、そしてとても誇らしく思います。


「旦那様、少しお話ししても構いませんか?」


「ええ。どうやら決意は固まったようだ。アリシアさん。……貴女は、何を目指しますか?」


「学者です。一度諦めた夢ですが……今度こそ、叶えて見せます」


 女性が学者になる事はとても難しい事です。ああいった分野は非常に頑迷な人が多くいますから……。学者になるという事だけですら、彼女は苦労する事になるでしょう。―――だが、彼女ならば……可能かもしれない。


 ―――何にせよ、若者が決意したのなら……我々老人は背中を押すのみ。


 ―――力強く、精一杯に。


 ―――それが……我々の特権ですからね。



 行って来るといい、若者よ。



 世界は恐ろしく理不尽で頑迷だが……いつか、素晴らしいと笑えるでしょう。

 君の未来が、果てしなく、美しいものでありますように。


「私、グスタフ・スレイプニルの名の下に告げる。汝、アリシア・アルトリンデの戒めを解く。―――さぁ、いつでも行きなさい。君の、君だけの、素晴らしい人生へ」



 この瞬間だけは、何度経験しても慣れませんが……やはり良いものですね。



「旦那様……最後に、一つだけ約束して下さいますか?」


 おや?もしやお決まりの()()でしょうか?―――今回来ていたとしたら……ナタリアさん辺りでしょうかね?

 彼女も元気にやっているなら素晴らしい事です。


「私に……愛を教えてくれた人。ひとりぼっちの私を……初めて見つけてくれた人。―――貴方を……家族と呼んでも、構いませんか?」


「えぇ勿論。―――行きなさい。……若者らしく、元気にね。私の()



「はい、行ってきます。お父様(旦那様)

 娘さんたちの、おじいちゃんの呼び方が違うのは仕様です。彼女達のちょっとした独占欲だと思って頂ければ。


 掲載する前に悩んだのですが、やっぱりジャンルを間違えたかもしれません。こっちのジャンルの方が合ってるよーとか教えてくださる方いれば変更させて頂きます。

※2021/3/17、ヒューマンドラマに訂正しました。

※誤字報告、ありがとうございます!

※2021/3/18〜20、日間ヒューマンドラマ1位でした。心底ビビりました。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいお話でした! 面白かったです! 「家族」になるって、いいですね。
[気になる点] この爺様を最後の最後まで疑った自身の汚れ具合を痛感させて頂きました(笑) [一言] 思わず、続きを読んでしまいました。 やはり<心理描写>が抜群だなと。
[良い点] いやー、ええお話やー、この物語の前に読んだお話が救いのない結末だっただけに感動もひとしおだ。
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